Zodiac 学園記   作:羽桜千夜丸

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 今回も終盤に戦闘シーンあります。


第3話 蝕 前編

 

 

 魔動機の操作には慣れが必要です。使っていく内にあなたは魔動機の動きに慣れ、また魔動機もあなたの思考パターンと動き方に慣れていきます。

 それでもふとした瞬間に動くのでは困りますから、あなたに合った調整と、セーフティ機能の設定をお忘れなく。

 

 竜頭工業『パーシアス』商品概要より抜粋

 

 

 ゾディアックの校舎にある教室のドアには大きなガラスの窓がはめ込まれている。このドアは押しても引いても開けられるので、ドアの前に人がいるかはいつでも確認できなければならない。

 アレクは若干困っていた。その窓の向こうには、あまりにも不機嫌な顔の女子生徒がいるのだ。彼に言いたいことがあるのか、釣り上げた目でじっと睨んでいる。

 

 

 遡ること数十秒前。

 

 魔術競技会の翌日。昼休みになり、教室を出たアレクは隣の1年1組に歩みを進めていく。

 

「ちょっと。食堂はそっちじゃないわよ?」

 

 彼を後ろから呼ぶのはエマである。アレクが振り向き、言い返す。

 

「わかってるって。本当に1組に用事があるんだ」

 

「あらそう」

 

 聞いた彼女も歩く方向を変え、アレクの後ろを歩き始めた。

 

「………」

 

「………」

 

「…いやなんでだよ!!」

 

 しばらくしてからアレクが勢いよく振り返ってツッコミを入れる。

 

「もし貴方が何かやらかしたら、クラス委員の私まで叱られる可能性もあるのよ。問題を起こせばすぐに引っ張って帰れるように、ついて行かせてもらうわ」

 

「俺の信用がそんなにも地に堕ちてる理由がわからん…」

 

 真横に来たエマが真剣な顔でアレクに言う。

 

「昨日の試合でアルテイルさんが怒っていたでしょう?1組に行く理由は知らないけど、貴方が何かする可能性も、される可能性もゼロではないわ。違うかしら?」

 

「それ、俺を心配してんの?それとも暗にけなしてんの?」

 

「………」

 

 エマは黙りを決め込んでいた。

 

「……まぁ、何かされるってのなら心配ないと思うぞ?あの人も寮にいるんだろ?だったら昨日の内に何かしら言ってくるもんだ。それに、昨日の事をまだ怒ってるなんて相当……」

 

 1組の扉の前に来たアレクは固まった。嫌悪感丸出しの表情のヴィヴィアが窓からこちらを見ているのだ。

 

 

「あはは…」

 

 アレクは引きつった顔で作り笑いを浮かべる。そのうち、ヴィヴィアがドアを開けた。

 

「1組に何の用だ?」

 

「あー…その。アルデラさんっているだろ?今話せるかなー、と…思って……」

 

 すると、彼女の表情は先程の不機嫌なものから驚きへと変わった。

 

「サラと話したいのか?」

 

「あれ、今いないのか?」

 

「いや…いるにはいる、が……」

 

「どうしたのかしら」

 

 ヴィヴィアの視線を追うと、その先では1人の女子生徒が机で読書をしていた。

 アレクとエマにはそれがサラだとわかったが、やはりどこか影がある雰囲気だからか、彼女の周囲に人がよりついていない。

 

「見ての通りだ。話しかける者はいない。彼女から誰かに話をしたこともない。普段から無口で…おい!ちょっと待て!」

 

 ズカズカと教室に入って行くアレクをヴィヴィアが止める。

 

「なぁに、こっちには共通の話題があるんだ。会話くらい簡単にできるって。任せとけ!」

 

 にこやかな笑顔でサラに向かって行く彼の背中を見るヴィヴィアは、また不機嫌になっていた。

 

「酷い顔ね、アルテイルさん?」

 

 そんな彼女に、エマが話しかける。

 

「?ああ、2組の…エマ・レグルか」

 

「ええ。悩みごとかしら?」

 

 エマを一瞥した彼女は、またアレクを見た。

 

「……そうだな。私はヤツの事を学園長から聞いて、ヤツの身の上や使える魔術を理解したし、試合の結果にも納得した。だが…どうもスッキリしない。ヤツを見ると、なんだか言いようのない気分になるのだ。この感覚が理解できなくてな」

 

「そう。…それってもしかすると………」

 

「ん?なんだ?」

 

 何か言いかけたエマは、どこか一点を見つめて固まっている。

 

「…ちょっと…あれ……」

 

「?…?!」

 

 その視線を追った先では、アレクとサラが既に挨拶を済ませていた。

 

 

「あんたも俺と話したかったのか?そりゃあ都合が良くて助かる」

 

 杖を取り出したサラは頷き、小さな声でポツポツと喋る。会話は得意では無さそうだ。

 

「…お前の機械…これに似ている」

 

「まぁ、ベースにしたのは杖の技術だからな」

 

「お前は…魔動機…だった?あれを1人で作った?」

 

「いやいやまさか。俺はこんなのあったらいいなって思って図面を描いただけだ。実際作るとなると問題はたくさんあったし、設計やってる人や工場にいる人、協力してくれる魔術師、コスト云々を考えてくれる経理の人にコンサルタント…。いろんな人と話しながらあーだこーだとアイデアを練ってようやくできたんだ。あんたの杖も、似たようなものだろ?」

 

「…そこは、違う。これは祖父が…1人で、何十年も…人生をかけて作ったものだから」

 

「1人で?!凄いな…」

 

「普通の剣としても使えて、刃の術式を手元で切り替えれば……魔術を無力化することもできる」

 

「……強すぎるだろ。魔術犯罪を取り締まる警察のチームは喉から手が出るほど欲しいんじゃないか?それ…」

 

 サラが首を振る。

 

「時代に合わないからと…この魔術の有用性は誰にも認められなかった。…杖と祖父は…魔動機とお前に似ている。境遇すら…」

 

「境遇…」

 

 こくりと頷くサラ。

 

「祖父は時代の流れに逆らって…お前は時代の先に行っていた……と、思う。受け入れない人の方が多い…」

 

「ああ、それはそうだが…。そのままでいても埒が開かない」

 

「…彼もよくそう言っていた」

 

 サラはどこか懐かしそうな顔をしていた。

 

「あんたは通学生なんだよな?お爺さんもこの近所に住んでるのか?できれば話してみたいんだが…」

 

 懐かしそうな顔が、少しの哀しみを宿す。

 

「自分の祖父は……2年前に…もう…」

 

 その言葉の、表情の意味するところは……。

 

 

「…そうか。悪かった。思い出させたな」

 

「気にしなくていい。お前に会えば、きっと彼も喜んだだろうから…そう言って貰えて、自分は嬉しい」

 

 遠くから見ているヴィヴィアとエマは愕然としていた。

 ヴィヴィアは今まで、あれほど柔らかな表情をしているサラを見たことが無かった。エマも、失礼ながらサラにあんな顔ができるとは思っていなかった。

 

 一方、アレクは後ろ頭を掻く。

 

「なはは…。そう言われると、なんか照れ臭いな」

 

「よく言う…。お前は、凄い…」

 

「何が?」

 

「お前のように誰かの前で、あんなふうに堂々とすることは…自分にはできない。今のように、話しかけることも…何年も前からこんなな自分には…」

 

 サラが言っているのは、試合のときのアレクの振る舞いだ。

 

「えっ。いや、あれは芝居用の第2人格みたいなものだし、あんたと話せたのも話題があったおかげというか…。それに俺の演技なんてのは目指すところじゃないだろ。気にしなくても…」

 

「でも、祖父から杖を受け継いだ以上、いずれ研究の発表をしなくてはいけない。早めに克服…しないと…」

 

 彼女は読んでいた本の中表紙をアレクに見せる。そこにはコミュニケーション術云々と書かれていた。

 

「……参考には…?」

 

 問いに対して首を振り、本を閉じて机に置いたサラは、前の席に座って訊いてきたアレクを見る。

 

「…自分には無理なことばかり。お前から直接聞いた方が早い。どうすればお前のように堂々としていられる?」

 

「どうすれば……ねぇ」

 

 しばらく考えた彼が導き出したのは、至極当然の結論だった。

 

「慣れるしかないだろ。人に話しかけることも、かけられることにもな。ご家族とはあまり話さないのか?」

 

「両親は2人とも外国で…自分だけでは無駄に広い家に1人で生活して…。兄弟姉妹もいない」

 

「なるほど、会話を練習するには厳しい環境だが…ほら」

 

「?」

 

 アレクは後ろでぼうっとこちらを見ているヴィヴィアに振り向き、サラの視線を引く。

 

「このクラスには、あんたに興味を持ってる人がいるんだ。家族以外ともちゃんと話せば、会話の練習になるし友達もできるぞ?」

 

「ちゃんと…。訊いて良い?」

 

「ん?」

 

「自分は…お前と話せていた?」

 

「当然。あそこで突っ立ってる2人よりはまともな会話ができて楽しかったぞ」

 

「……そう」

 

 サラは1つ決心して、右手をアレクに伸ばす。

 

「…よろしく」

 

「おう!お互い頑張ろうな!」

 

 彼も手を取り、握手をして去って行く。

 

(彼が最初の友達…)

 

 その背中を、サラは静かに見送った。

 

 

「話せば普通の人だったな」

 

「………」

 

 ヴィヴィアはまた苛々感丸出しの顔になっていたが、それに気付くことなくアレクは笑顔のまま食堂へ歩いて行く。

 

 後には彼女とエマが残った。

 

「正体が掴めたぞ…。気に入らないのは、ヤツの勝ち誇ったような態度だ!ヘラヘラして…!叩き潰してやりたくなる!」

 

 彼女の発言を聞いたエマは……。

 

「……ふふっ」

 

「なんだ?何がおかしい?!」

 

 ズイ、と顔を思い切り近づけられても、エマは笑顔で答えた。

 

「いえ。たぶんそれ、『悔しい』って言うのよ。彼が貴女にできなかったことをあっさりやって見せたから、ショックを受けていたのではなくて?」

 

「な!?そんなこと……いや、言われてみれば…」

 

「せっかくだから、一緒にお昼にしましょうか。貴女もこれから食事でしょう?」

 

「そうだな。クラス委員の貴様からヤツのことを聞いておきたい」

 

 こうして2人も食堂に向かい、アレクとは離れた席から彼を観察しつつ昼食を摂った。

 

 もっとも、視線に敏感なアレクには観察していることがすぐにバレて、笑顔で手を振られるという事態になり、ヴィヴィアの苛立ちは更に募ったが。

 

 

 

「今日もお疲れさん、俺!」

 

「自分で言っていて寂しくならないか?」

 

 放課後。

 アレクは今日もクラブ棟で、ジャックが淹れたハーブティーを嗜んでいた。

 彼の辛辣なツッコミを他所に見せかけの優雅さを演出する。

 対してジャックは、若干腑抜けになっているルームメイトを尻目に、自分の魔術の練習をしていた。

 

「準備よし。来い、ベルガ」

 

 妖精の名を呼び、湿った土が入った植木鉢に左手をかざすと濃い緑色の光が照らされた。

 

 それは同心円が連なる魔術陣を描き、その下の土から小さな芽が出て、見る間に10センチほどの高さになった。茎だけでなく、葉にも刺が生えた植物だ。

 

「こんなものか?いや、灰を土に混ぜればあるいは…」

 

 顎に手を当てて考え込む彼の後ろからアレクが声をかける。

 

「それも妖精の魔術なんだっけ?」

 

「ああ」

 

「ジャックが契約してる妖精って見たことないんだが、見えないヤツなのか?」

 

「そうだな……。エマやマリーは妖精を実体化させて自然にフルパワーを出す。そういうタイプの方が多いが、俺の妖精は実体化しなくてもこれくらいできる」

 

 そう言って、植木鉢を差し出してアレクに見せる。

 

「へぇー…」

 

「フルパワーを出さないといけない場合には実体化させるが、そのための魔力をかなり喰うから、あまり使わない」

 

「……ところで…これは…」

 

 アレクは植木鉢から生えている奇妙な植物を指差し、ジャックに正体を尋ねる。

 

「薬草の一種だ。刺から搾り取った液はそのまま消毒薬として使える。ちなみに、春になると人の顔のような花が咲く」

 

「なるほど…。ちょっと怖いな。もしかしてこのハーブティーの原料も魔術で育てたりしてるか?」

 

 

「……2度としたくないな…」

 

「え?」

 

 ジャックからの意外な返答に、思わず目を丸くする。アレクは冗談のつもりで尋ねたのだが。

 

「一度だけ試してみたことがある…が、どうやら魔術で育てたハーブは酷い味になるようでな。何も言わず弟に出したら『ジョークにしてもこれはない』と突き返された」

 

「自分では飲んでみたのか?」

 

「効能はいくらかあったかもしれないが…胃酸のような味の前にどうでも良くなった」

 

「うわぁ…」

 

「弟は2、3日口をきいてくれなくなった」

 

「そりゃあそうだろ…。弟さんからしたら新手の嫌がらせだぞ、それ」

 

「まぁそんなこともあって、原料は自分で買うようにしているから安心してくれ」

 

「おう…」

 

 慣れた手つきで薬草を回収するジャックに乾いた返事をしながら、残りの茶を啜る。

 

 

 そんなこんなで、また平和に1日が過ぎた。

 

 

 

 

 それが嵐の前の静けさだったことに気づくのは、早くも翌日の朝であった。

 

 

 

 

 教室に着いたアレクは一旦荷物を置き、競技会に関するレポートを提出するために管理棟の学園長室に向かっていた。

 すると別方向に繋がる廊下の曲がり角からヴィヴィアが現れた。鞄を持っているので、彼女は寮から教室に向かう道中でレポートを提出するつもりなのだろう。

 

「…ッチ!」

 

「げぇ…」

 

 目が合うなりこれである。気圧されているのはアレクの方だ。

 

 ヴィヴィアはぶつぶつと悪態を吐きながら早足で学園長室に向かう。後を追うアレクが声をかけた。

 

「なぁあんた。いい加減に機嫌直せよ。いつまでもストレス抱えてると胃袋と頭髪に穴が開くぞ?」

 

「黙っていろ。昨日の放課後、私は神経を擦り減らす思いをしたのだ。その元凶である貴様どと会話するのは願い下げだ」

 

「そりゃ御苦労様御愁傷様お気の毒。ついでに冤罪って言葉をよく調べておいてくれたら良かったのに」

 

 

「貴様は口を減らすことはできんのか?」

 

「よく言われる、俺の数少ない特技のうちの1つなものでね。これは譲れないなぁ」

 

「ああ言えばこう言う…!」

 

 階段を上がりつつ、なおも口喧嘩は続く。

 

「あんたも偉そうなこと言えた立場か?1度の苛立ちが日を跨いでも継続とか、原子炉みたいな精神だな」

 

「うるさい。静かなだけサラの方がまだまともだな」

 

「サラ?なんであの人が出てくんだ?」

 

「ああもう!私が彼女に興味があると貴様が吹き込んだせいで、放課後に彼女に数学を教える羽目になったのだ!私はあのような考えの読めないタイプは苦手なのに!貴様に比べれば楽な方だったがな!」

 

「それ俺もサラも悪くないよな?イライラされても困るぜ」

 

「わかっている!だからこそ気を遣って…慣れないことをしたから疲れたと言っているのだ!全く…」

 

「そう文句言うなよ。あの人も勇気出したんだから。クラスメイトの1人くらい友達と思ってても良いだろ?」

 

「はっ…」

 

「あん?……ははーん。さてはあんた、クラスに友達がいないな?」

 

「う…うるさい!黙れ!」

 

 図星を突かれ焦るヴィヴィアに対して、アレクが愉悦に歪んだ笑顔を向ける。

 

「ハッハッハッ!いやー愉快愉快!ここは俺とジャック、マリーを見習うべきだな。出会って四日で仲良しトリオだぜ。交友の秘密、聞きたいか?どうしようかな〜」

 

 腕を組み、芝居がかった悩み顔で煽る。

 

 頬に汗を流しつつ、取り繕った笑顔でヴィヴィアも反撃に転じた。

 

「…フッ。ど、どうせならカルテットにしてみたらどうだ?エマも加えて。できるだろう、貴様なら。その秘密とやらを使って。クラスメイトの一人くらい仲良くできるのだろう?ん?」

 

 実際の所、いくらか気心が知れてきたとは言え、アレクとエマはさほど仲良くはない。彼女と他2人は、入学時期2週間分のズレのためにアレクよりは仲が良いようだが。

 

「ぐっ…ヘッ。言うじゃないか…。俺の特技を盗もうってのか?役立てられなきゃ嫌われ者へまっしぐらだぜ?」

 

「その警告、そっくり貴様に返すとしよう」

 

「まぁ、なんてこと!こんなに立派に…私の技を身につけて…成長したのね…。よよよ…」

 

「………」

 

 謎の演技をするアレクを嫌悪しながら歩いていると、2人の横の壁…否、ドアが開き、学園長が出てきた。口喧嘩しながら、いつの間にか目的地に着いていたらしい。

 

「……下手な芝居は結構だ。レポートの提出なら、さっさと済ませなさい」

 

「あ、ごめんなさい!」

 

「申し訳ありません」

 

 慌てて謝るアレクの横で、ヴィヴィアが粛々と頭を下げた。

 

「ところで…下手でしたか?俺の、母の演技…」

 

「全くだ。あのような母親がいるものか。気持ちの悪い…」

 

「学園長、泣かされそうです。助けてください」

 

「無理だな。君にも落ち度や反省点はあっただろう」

 

「そんな…」

 

 軽く絶望感を漂わせるアレクを放っておいて、2人からレポートを受け取ったシーザーはパラパラと中身を見た。

 

「ふむ。概ね、よく書けている。2人の評価はまた後日知らせ………?!」

 

 

 

「「?!!」」

 

 

 

 突如、何かが爆発したかのような轟音が鳴り響き、学園長室の窓ガラスを空気もろともビリビリと震わせた。

 同時に警報機が作動し、構内にサイレンが響き渡る。

 

「な、なんだ一体?!」

 

 アレクが驚きの声をあげた直後、学園長室に置かれた電話が鳴り、シーザーが受話器を取る。

 

「私だ」

 

『学園長、緊急事態です。魔物が構内に出現しました。南東の塀を破壊して、校舎へと向かっています』

 

「魔物除けの結界は?」

 

『機能していたはずですが、何らかの手段で突破されました』

 

「ふむ。わかった。規則通りに生徒を競技場へ避難誘導し、手の空いている教員で対処する。迅速に行動するように」

 

『かしこまりました』

 

 シーザーは受話器を置き、目の前にいる生徒2人を見る。

 

「聞いた通りだ。二人も速やかに競技場へ避難しなさい。いずれ私も移動する」

 

「わかりました!」

 

 2人は踵を返し、ドアを開けて廊下へと駆け出した。

 

 構内に避難を促す放送が流れる。この事態になってもまだ、ヴィヴィアは悪態を吐いている。

 

「なぜこんな時に貴様と行動を共にしなければならない?!」

 

「腐れ縁ってヤツだろうよ」

 

「ごめん被る!エアロ!!」

 

 外が見える窓が並ぶ廊下の曲がり角で、ヴィヴィアは妖精を出現させ、その魔術が造り出した槍を手に取ると同時に手近な窓を開ける。

 

 続いて振り返り、廊下の先へ槍を投擲した。

 

 彼女が何をしようとしているのかわからず困惑しているアレクに向けて、窓枠に足をかけたヴィヴィアが告げる。

 

「貴様とはここまでだ。せいぜい魔物に喰われないように気をつけるんだな!」

 

「はぁ?!」

 

 

 彼女は窓枠から勢いよくジャンプ。

 

 一方、廊下の先で方向転換していた槍は、アレクの横を掠め、窓から飛び出し、ヴィヴィアの足の下に達した。

 

 風の妖精によって飛行能力を得た武器に自らの足を空気圧によって張り付け、槍の上に屈んだヴィヴィアはそのまま競技場へ向けて飛翔する。

 

「おおい!?ふざけんな!!俺も乗せてけよーーー!!」

 

 窓から身を乗り出して叫ぶアレクを無視して、彼女はぐんぐん離れて行く。

 

「勘弁してくれよ…」

 

 項垂れて顔を地面に向けると……。

 

 

「アレク?」

 

「ん?」

 

 

 フードに包まれた見知った顔があった。マリーが彼を見上げていたのだ。

 彼女の背中、次いで全身が蒼く輝き、彼女の体を持ち上げながら、青銅の巨人が姿を現した。

 3階にいるアレクに向けて手を伸ばす。

 

「『乗ってください!』」

 

「魔術の修復できたのか、助かる!ありがとな!!」

 

 窓枠を抜けて指に掴まり、肩に移動して兜にしがみつく。

 

「『振り落とされないで!』」

 

「おう!……うおお?!」

 

 巨人の加速は彼が思っていたよりも強かった。

 肩で上下に揺さぶられるアレクを気にも留めず、巨体を纏ったマリーが疾走する。

 

「(意外に速い!)他の連中は?!」

 

「『知るはずありません!喋っていると舌を噛みますよ!』」

 

 アレクは無言で頷き、ラクダに乗るように揺さぶりのリズムに身を任せた。

 

(試合のときも思ったが…普段よりも攻撃的だよな。もしかして憑依すると性格が変わるのか?)

 

 言動からいつもの淑やかさが薄れている。そんなことを考えながら、彼女と共に競技場へ向かう。

 

 

 

 一方校舎では。

 

 放送を聴いたサラはすぐに教室から出ようとしていたが、常に冷静沈着な彼女は、無情な現実を受け入れ始めていた。

 

(間に合わない…!)

 

 地響きのような音…怪物の足音と思しき規則的な振動が空を揺らす。

 

 

「おいあれ…」

 

 

 誰かが呟く。それと同時に廊下の壁が粉砕された。

 ガラスやコンクリートの瓦礫が降り、衝撃で天井も一部が崩落。廊下は寸断され、その瓦礫の山の上に怪物が姿を現した。

 

 体長は10メートル近く。

 手足は長く、先になるに従って太く大きくなっている。

 長い爪と尻尾、頭の両側についた目はトカゲを思わせるが、全身を覆うのは鱗ではなく硬そうな皮膚。

 ゴツゴツした頭の下半分は人間に近く、4つの眼が一層不気味さを際立たせる。

 

「こりゃあマズいな…」

 

 いつの間にかジョンが彼女の隣に来ていた。

 怪物の狙いは、先に逃げていった生徒ではなく、教室の近くに取り残された、サラやジョンを含む袋小路の数人に絞られている。

 

「窓から出るしかねぇ!急げ!!」

 

 戦闘が行える類の魔術が使えるのは、取り残されたメンバーの内、ジョンとサラだけである。彼の指示に従い、何人かが走り出す。

 

 

『■■■■■■■■■■!!!』

 

 

 逃がすか、と叫ぶように怪物が声をあげ、全身に濃い紫の光の筋を浮き上がらせる。

 そして怪物の肩の上に、光と同じ色の、正方形が組み合わさった魔術陣が練り上げられた。

 

「嘘だろ…」

 

 戦鎚を召喚したジョンが呟く。

 

 陣の中心から紫水晶の塊がメキメキと伸びる。数瞬のうちにある程度の大きさに成長し、根元が爆発。

 

 水晶の散弾が一斉に彼らに襲いかかった。

 

「ストラ!!」

 

 妖精を呼び、瞬時に戦鎚を複製。そのときに生じた気流で水晶を引きつけ、複製した武器に叩きつける。

 だが。

 

「うわああああ!!?」

 

「くっそぉ!!」

 

 全ては防ぎきれず、何発かは生徒に当たり悲鳴があがる。

 

 それを気にしていてはダメだと判断したサラは杖…否、剣を抜き、身体強化も最大にして怪物に斬りかかる。

 

『■…!』

 

 彼女に気付いた怪物は体を巡る光の筋を薄い緑色に変える。同時に怪物の体をすっぽりと囲う、光と同じ色のドームが形成された。

 サラは瞬く間に剣の刃を対魔術用に切り替えてそのまま斬り付ける……はずであった。

 

 

「っ!」

 

 

 目に映った光景に彼女は息を飲む。刃の、ドームに触れた部分が消滅していたのだ。

 

 怪物は突撃の足を止めた彼女を突き飛ばし、ドアに叩き込んで教室へと送り帰す。

 

 魔術によって無傷で済んだ彼女は教卓まで続く坂の途中になんとか踏み止まると、一旦刃を消して杖をソケットに戻し、改めて魔術陣を練る。

 

 と、その動作に入った瞬間……。

 

 

「ぐおおっ!!」

 

 ドア横の壁が爆発し、ところどころに傷を負ったジョンが飛び込んできた。もっとも動きは鈍っておらず、机の上を階段のようにジャンプして教卓まで後退する。

 

「こいつ!!」

 

 その間に空気の塊で複製した戦鎚をぶつけるが、それは緑のドームに沈み込み、風船が萎むような音と共に消えた。

 水面に投げられた石が呆気なく沈んで行く様を思い出す。

 

『主殿!お怪我は?!』

 

「んなことより、あの妙な結界、ど……!?」

 

 

 妖精が心配する声に答えていたジョンは言葉を繋げられなくなった。目の前にいたストラが消えたからだ。

 

 いや、消えたのではない。

 突如視界を横切った、生肉のような色をした細長い何かに喰われたのだ。

 

 その膨らんだ先端を目で追うと、ある場所に吸い込まれた。

 そこは壁を崩しつつ教室に入る怪物の口…正確には顎と言ったほうが良いだろう。

 

 ジョンも、一部始終を見ていたサラも理解した。怪物は顎の中身を瞬時に伸ばし、その先にある口で妖精を喰らい、飲み込んだのだ。

 

 さながら伸ばした舌で虫を捕らえるカメレオンのように。

 

『■■■■…』

 

 怪物は深く息を吸うと、体に走る光の筋を黄色に変えた。

 

 次に起こることが容易に想像できた2人は戦慄を覚える。

 

 

 紫の魔術陣から造られた水晶の散弾。

 その輪郭を黄色い光が縁取り……宙に形成される逆三角形の魔術陣、その表面に光の線が浮き上がり、それは形を変え、怪物の顔の横に浮くものと全く同じ、黄色い光で縁取られた立体図形を生み出した。

 

 圧縮空気の水晶の塊が空中にいくつも浮かぶ様には、驚異と言う言葉が相応しいだろう。

 

 

「くそったれぇ!!」

 

 ジョンはエクシードを起動し全力を込めてハンマーを振り、黒板の下の壁に叩きつける。

 

 鉄塊がめり込み、亀裂はできたが、外に繋がる穴を壁に穿つことはできない。

 

『■■■■■■■■!!』

 

 雄叫びと共に自らの武器を発射する怪物。水晶とそのコピーがジョンに到達するほんの少し前、サラが彼の前に駆け込んだ。

 彼女は壁に刺さったハンマーを蹴る。その衝撃で、ジョンが打ち込んだときにできた亀裂が大きくなり、壁を脆くする。

 また、飛来する水晶のうち、当たれば致命傷になり得る物を徹底的に斬り裂き、叩き、防ぎきる。

 

 圧倒的な破壊力を前に、壊れかけた壁が吹き飛ばされた。

 

 怪物は水晶やそのコピーに込めたエネルギーを爆発力に変える方法を学んだのか、威力は以前よりも高くなっている。もはやミサイルだ。

 だが、その爆発を逆手に取ることに成功している。2人は壁諸共吹き飛び、瓦礫と共に校舎の庭に放り出された。

 

 

 サラの機転で教室から脱出し、どうにか着地したジョンは、エクシードが活きる最後の瞬間に全開の魔力を込めて、教室に居座る怪物めがけてハンマーを投げつけた。

 

「うりゃああああああ!!!」

 

 手も足も出なかった彼が一矢報いようとした最後の攻撃。怪物はそれを手で払い、横の壁に跳ね飛ばす。

 

 

「あ?おい見たか!?」

 

「……!」

 

 ジョンの質問に、隣に着地していたサラが頷く。違和感があったのだ。なぜ今の攻撃は手で防いだのか?

 

 だがその答えを探す余裕などない。怪物は壁の穴から顔を出し、2人に更なる攻撃を加えようとしていた。

 

 

 

 校舎の廊下でサラたちが怪物と対峙していた頃、アレクはマリーと共に競技場へ入っていた。

 

「おお、無事だったようだな」

 

 屈んだ巨人の肩から飛び降りたアレクの前にはアイラがいた。

 

「ええ。で、先に来てるアルテイルさんはどこですかね?文句言ってやりたいんですが…」

 

「彼女なら、避難する3、4組の護衛に向かった。すぐ戻ってくるだろうな」

 

「フットワークの軽い人だ…」

 

 アレクがボヤいていると、アイラの後ろにエマとジャックが来て報告する。

 

「先生、2組に来ていた生徒が揃いました。一部は寮に待機しているとのことです」

 

「俺たちがすることはありますか?」

 

 聞いたアイラは競技場を見渡す。負傷者やショックを受けている者が数名いることがわかる。

 

「そうだな。よし、聴け!1組の者の話では、まだ校舎に何名かの生徒が残っている。ギウス、レグルは彼らの援護を。他の者は医療チームを手伝え!」

 

「はい!」

 

「わかりました」

 

 アレクとジャックが答える。

 

「援護の二人は十分に注意しろ。敵の魔物は、魔術が通じない結界を持つ上に、妖精を喰ってその魔術が使えるようになるとの情報がある。今は水晶の射出を武器にしているようだ」

 

「『水晶…まさか!』」

 

「そうだギウス。お前のルームメイトが最初に襲撃され、妖精を奪われている。今のは、彼女からの情報だ」

 

 

『フゥゥゥゥゥゥゥ…』

 

 マリーも巨人も、相当な憤りを抱いている。巨体を包む鎧がカタカタと音を立てた。

 

「気持ちはわかるけど、戦闘は無意味よマリー。それより、教室の近くまで乗せて行ってくれない?」

 

「『っ……はい…』」

 

 エマに諫められ、巨人が手のひらを出す。彼女はそこから登って肩に移動した。

 

「じゃあ行ってくるわね」

 

「おう!そっちは任せたぞ!」

 

 立ち上がったマリーはエマを乗せて走って行く。アレクとジャックがそれを見送った。

 

「よし。俺たちもやるぞ」

 

「ああ!」

 

 彼らは医療スタッフが置いたテントへ駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 名称:カノーネ

 種別:爬虫類型IV種魔物

 体長:2〜12メートル

 最大個体:15.7メートル

 被害想定:第III種

 特記事項

 雑食。魔力の流れを消し去る結界を持つ他、妖精を食作用によって吸収し、その能力を自らの魔術に変換する。

 緊急時以外に妖精の吸収は行わず、危険が去り次第開放する。力は強いが凶暴性、攻撃性共に低く、人間に対する危険性は留意する必要がある程度。

 捕獲、追放、殺処分等を行うことには魔術全般が向いておらず、特に妖精魔術を使用することは推奨されない。

 制圧に有効な、現在確認されている唯一の方法は、召喚した物体や通常兵器による攻撃である。

 

 ナオキ・バイエル主監『魔物図録』第3巻(南十字社)「爬虫類型種」の項より抜粋

 

 

 

 

『■■■■!』

 

 校舎の壁が吹き飛んだ部分から、怪物が顔を出す。再び魔術を起動し、水晶のミサイルを装填しはじめた。

 

「く…くそっ…!」

 

「………ッ!」

 

 負傷していた上に、得物を全て失い、エクシードで無理をしたジョンが膝を打つ。サラも無傷とは言えず、剣を正眼に構える腕や、地面に踏み止まる足に浅い傷がいくつかできていた。

 先程の攻撃で生じた破片に当たったのだ。

 

(どうすればあの生き物を追いやれる?…いや、思いつかない…。逃げる方法も…)

 

 嫌な汗が流れる。ジョンを連れて逃げる時間もないだろう。

 

 逡巡する間に敵の水晶がある程度の大きさに成長し、炸裂。

 

 

 しかし、それは2本の稲妻が直撃したからであった。

 

 サラの想定よりも少ない破片が飛来する。

 

 

「『はああぁぁぁぁぁぁ!!!』」

 

 

 次いで視界の横から突如飛び込んで来た青い巨人。

 サッカーのゴールキーパーのように滑り込み、盾となって水晶の攻撃から2人を庇う。巨人にも大したダメージはない。

 

 

『■?』

 

 突然の邪魔に怪物が声をあげて、やって来た者たちを見た。

 

 エマは両方の手に雷の剣を戻し、後ろにいるマリーに指示を出す。

 

「2人を連れて避難場所に行きなさい」

 

「『貴女はどうするんですか?』」

 

「この魔物をどうにか足止めしてかそっちに行くわ。一緒に逃げれば追いかけられて避難場所にいる全員を危険にさらすから、ここからは別行動よ」

 

「『……わかりました』」

 

 マリーは苦々しく呟いて、サラとジョンを手に乗せて立ち上がる。

 

「なぁお前さん、他の奴らは大丈夫か知らねぇか?」

 

 そんな彼女に、指にしがみつくジョンが仲間の安否を問う。

 

「『皆さんは無事に避難しました。もう貴方たちだけですよ。急ぎましょう!』」

 

2人を抱えた巨人が走り出す。

 

 

 一方、怪物は再び水晶のミサイルを装填し始めていた。狙いはマリーたちだったが、その水晶がまたもや雷に破壊された。

 

 自分と対峙する少女を睨む。彼女は右手を伸ばし、紫電が宿る短剣を真っ直ぐ怪物に向けた。

 

「貴方の相手は…この私よ!」

 

『■■…』

 

 相手に自己犠牲の精神は無い。必ず自分を打ち負かす気でいる。

 

 怪物は妖精を取り込んだからか、人間の感情が読み取れるようになっていた。そして魔物としての本能が警告を発する。この敵を侮ってはならないと。

 

 そこで怪物がとった行動は、即ち先手必勝。

 相手が従える妖精をも喰らえば、圧倒的にこちらが有利となる。

 

『……■■■■■■!!!』

 

 顎を開き、口を発射。だが、その速さについていけないエマではない。

 身体強化で得た俊敏さで回避し、続け様に短剣を投擲する。

 

 これに反応した怪物は、すぐさま口を引き戻し、結界で雷の一撃を防御する。緑のドームを掠めた短剣が発する電気は結界に阻まれ、中の怪物に到達しない。

 

「(やっぱり届かない…)でも!」

 

 手に戻した短剣を握り直し、素早く怪物に接近する。

 

『■!!』

 

 怪物は速やかに水晶のミサイルを造り出す。雷を防いで得た一瞬の隙に魔術陣を組んでいたのだ。

 

「そんなもの、また壊して……!?」

 

『■■!』

 

 剣を投げる用意をしたエマは驚いた。怪物は自らの拳で水晶を砕き、細かな破片にして空中に浮かせたのだ。

 

「まさか……」

 

 エマの予感は的中する。怪物は破片の1つ1つを順番に加速させ、機関砲のように撃ち出した。

 

「くっ…!」

 

 雨霰と降り注ぐ水晶の弾丸。それらを剣で叩き落としつつ走り、怪物の脇を抜け教室へと入り、駆け抜ける。

 黒板や時計、前後の壁すらも吹き飛び、机と椅子も踏み荒らされ壊れたこの空間を、果たして教室と呼べるかはわからないが。

 

 

『■■!!』

 

 怪物が振り向き、その体全体を教室の中に戻した。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 廊下に出たエマは再度振りかぶり、両手の短剣を怪物目掛けて投撃する。

 

 当然、怪物は結界で防御する。これに触れれば剣は失われてしまう。

 

 

 

 戦力を大幅に削った。怪物がそう確信した瞬間、エマがニヤリと笑い……剣の軌道がぐんと曲がる。

 

 

 

『?!』

 

 短剣は結界の手前スレスレで進行方向を真上に変えて天井を穿つ。

 

 1組の天井は既に限界に近かった。

 最初に怪物が校舎に入った瞬間の打撃。ジョンが壁を崩して教室に飛び込んで来たときの衝撃。圧縮空気と水晶のミサイルが壁を吹き飛ばしたときのダメージ。怪物が室内を動いたことによる揺さぶり。

 

 そしてこの大打撃。脆くなった天井はあっという間に崩落する。

 

『■■■■■■■■■!!?』

 

 運の悪いことに、1組の真上の屋上にはエアコンの室外機が置かれていた。それも1年生棟を統括する巨大な物が。

 

 単純な質量が怪物に降り注ぎ、瞬く間に生き埋めにした。

 

 

 

 その少し前、競技場では。

 

「レグルが残ったと?」

 

 サラとジョンを医療スタッフに預けたマリーは、エマがまだ校舎にいることをアイラに伝えていた。

 

「やれやれ。援護に行った者の援護まで考えねばならんとはな」

 

「俺で良ければ行きましょうか?」

 

 たまたま近くで薬品を運んでいたアレクがその役を買って出ようとした。手にしていた箱を近くの生徒に渡す。

 

「迅速に動けなくてはならない。魔動機には高速移動向きの物もあるのか?」

 

 アイラからの質問に、彼は競技会で見せた営業口調で答え始める。

 

「もちろんですとも!パーシアス(ペルセウス)を名乗るなら、当然飛行用オプションがありまして。これが魔動機中最速の移動手段でございます!」

 

「ほう?面白い」

 

 興味を持ったアイラは手を叩き、声を張る。

 

「おいお前たち!注目だ!エルタがまた新しく魔動機を見せてくれるそうだぞ!!」

 

 なんだなんだと、数人の視線が注がれる。

 魔動機を見たことのない3、4組の生徒や、彼らの護衛を終えたヴィヴィア、ジャック、マリーなどがアレクを見やる。

 

 

「ご助力に感謝いたします、ラリス先生。それでは早速、以前の彼に来てもらいましょう!鋼鉄演舞(IRON WALTZ)!」

 

 アレクの背中に物質召喚の魔術が展開され、両腕と脚の装甲を備えたアシストスーツが、彼の体に装着される。

 

「そしてこれがパーシアスの飛行用オプション!かの英雄が旅の途中に手に入れた伝説のアイテムを再現いたしました!」

 

 両足の下にまた物質召喚の魔術が起動し、その陣が潜ると、足の装甲に靴のような装置が取り付けられた。

 

 両側と脹脛に排気口があり、ハイヒールのように、足裏と地面の間に空間を作る爪が踵に付いている。最も特徴的な点は、爪先からそそり立つ、溝が彫られた缶のような部品だ。

 

「空飛ぶサンダルをモチーフとしたオプションユニット、スラストブーツでございます!それでは早速、クラスメイトの下へいざ…テイク・オフ!!」

 

 

彼はフェイスガードを閉じ、勢いよくジャンプして………そのまま着地した。

 

 

「「「?」」」

 

「あ、あれ?あれ?」

 

 今度はなんだ、どうしたんだと周りが騒めく。

 

「……エルタ」

 

「あ、あーその…ち、ちちょっっとだけ、少々おお待ちを…」

 

 アイラからのキツい視線と予想外の事態に焦りつつ、飛び立てない原因を探る。

 

「…ぁ……」

 

「何かわかったか?」

 

「あ、あはは。私としたことが…。初期設定をしておりませんでした。いや~~申し訳ありません…」

 

「はぁ…」

 

 アイラが溜息をこぼす。彼女だけではない。

 周囲から落胆の声や息の音が聞こえてきた。

 

「ラリス先生、エマ・レグルの援護なら、私が向かいます」

 

 手を挙げてアイラに進言するのはヴィヴィアだ。

 

「アルテイルか。上手く連れ戻せる自信もあるのだろうな?」

 

「少なくとも、そこにいる垂直跳びしかできない恥晒しよりは。戦闘の心得もあります」

 

「きぃぃぃぃ…」

 

 アレクは悔しそうな顔をして、初期設定を進めていく。

 

「……まぁ良い。だが忘れるな。お前の妖精が吸収されれば、あの怪物は飛行能力を得るだろう。そうなれば最悪だ。その事態は回避しろ。いいな?」

 

「はっ!」

 

 姿勢を正して返事をしたヴィヴィアは、管理棟から出たときと同様に、槍に乗って校舎へ向かった。

 

 

 

 アレクがスラストブーツの召喚を始めようという頃。

 

「ふぅ」

 

 エマは瓦礫の山を見て一息。そして手元に雷となった剣が戻る。

 フルパワーを出していたので、彼女の両側に双子の妖精が浮く。

 

「少しは効いたかしら?早い所、競技場へ行かないと…」

 

 

『お嬢様!!』

 

 

「っ?!」

 

 

 駆け出そうとしたエマは固まった。

 

 砂煙の向こうから突如として怪物の口が伸びて来たのだ。

 

 

「ライ…!」

 

 躱すように命じようとしたときにはもう遅かった。双子の妖精の片割れが、蛇のような口に丸呑みにされ……彼が作っていた、右手に持っていた短剣が砕け散った。

 

 

 油断していた。侮っていた。建物を崩した程度で動きが封じられるほど、相手が弱くなかったら?目が見えなくとも、妖精を捕らえることができるなら?

 

 

(口が飛び出してくることを…予想していれば…むしろ逆手に取って斬り落とせたかもしれないのに…!)

 

 ショックで鈍った剣筋。おまけに両手で使うことが前提の扱い方。縦横無尽にうねる口に刃が届くことはなく、逆に左手に噛み付かれた。

 

「うあ!!」

 

 そのまま空中に持ち上げられ、すぐさま地面に叩きつけられる。

 

「かはっ!…ぐう?!」

 

 更に引き摺られ、今度は適当なコンクリートの塊に打ちつけられた。

 

「ッ!!あ?!」

 

 

 遂に左手からも剣が奪われる。同時に宙を舞うもう一体の妖精が喰われた。

 

 

『■■■■■■■■!!!』

 

 地の底から聞こえるような怪物の声。それは正に狂喜の叫びである。

 

 瓦礫の山がせり上がり、ガラガラと崩れる。

 

「くっ!」

 

 身体強化を全開にし、脱兎の勢いで走る。しかし、やはり遅かった。

 怪物は埋まっている間に水晶を練り上げていた。かなりの大きさの塊、その複製すらも完了している。

 

 振り返った瞬間に気付く。姿を現した怪物の横に浮く、2つの水晶塊。その上に迸る紫電に。

 

 水晶のミサイルは放射状に放たれる。だから距離を取れば回避しやすい。

 しかし、エマの妖精を吸収し、今やその弱点は克服された。水晶同士の間隙は、稲妻で埋められてしまう。

 

(嘘でしょう?!これ……逃げられない!!)

 

 

複製された水晶から炸裂する。蓄電された空気の塊は彼女に直撃はしなかったが、やはり電撃が身体を射抜く。

 

「……ッ!……!」

 

 放電と同時に空気圧も開放された。彼女は吹き飛び、校舎の壁に激突。

 

 彼女が纏っていた水色の光が消える。もはや身体強化すら維持できず、悲鳴は声にならない。

 

「ハァ…ハァ…ゲホッゲホッ!…うぅ…」

 

 かなりの痛みと不自然な呼吸にむせ返る。壁に寄りかかり、どうにか上体を起こす、が、彼女には防御の手段などない。

 逃げる気力も、体力も同じだ。

 

『■■■■!!』

 

 

 

 留めの一撃と言わんばかりの声をあげ、怪物は本命の水晶を撃ち出した。

 

 

 





 後編へ続きます。
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