Zodiac 学園記   作:羽桜千夜丸

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 今回で戦闘パートは一応決着します。やや短めです。


第4話 蝕 後編

 

 

 物質の破壊と魔術の無力化の性質を合わせ持つ剣の、根本となる魔術の封印は、上述のように簡潔に記述することができた。しかし、これを制御する魔力の回路は複雑化(詳細は後述)したため、人体への封印は不可能となった。

 この点は杖を用いることで克服できた。日本で生産される、二重構造を持つ均質かつしなやかな鋼鉄に封印することができた。……

 

(中略)

 

 ……利便性は若干落ちたものの、この魔術が高い威力を持つことは上記の通りであるため、使用者を限定することが可能となる杖を用いる方が、結果的には得策と言える。

 

 ランベルト・アルデラ著『制圧魔術に関する研究論文』14ページより抜粋

 

 

 

 眼前に迫るのは、魔物…カノーネが放った水晶のミサイルの群れ。それをしかと見つめるエマの脳内は、絶体絶命のこの状況にあって冷静であった。

 

(思っていたより早く会えそうね……)

 

 

 そんなことを考えていると、不自然な突風が流れ始めた。

 

 それはミサイルを横から押し流し、衝突させて次々と誘爆を起こす。

 

 結果、エマにミサイルが当たることはなかった。

 

「え…」

 

『■■■?!』

 

 彼女も怪物も驚いていると、目の前に槍を携えた女子生徒が着地した。

 

「ヴィヴィア…?」

 

『■■■■!!』

 

 怪物は新たな敵に怒りを剥き出し、再び水晶のミサイルを発射する。

 

「悪いが、貴様などの相手をしている暇はない」

 

 槍の先に集めた空気を一方向に放ち、ミサイルの正面に当てて逆に押し返す。爆発力と、かなりの速度を持っているとはいえ、推進力は発射された瞬間から弱まるミサイル。

 

 猛風に速度を殺されたそれらがまたもや誘爆し、怪物の前に煙幕を作る。

 

 そうして視界を奪った隙に、ヴィヴィアはエマを担いで運び、空中に浮かせた槍に座らせて空気圧で固定していた。

 

「肩に掴まれ。このまま飛ぶ」

 

「…わかったわ」

 

 エマの横に普段通りの姿勢で屈むヴィヴィア。エマは右手で彼女の肩を掴む。

 

「よし、出せ、エアロ!」

 

 彼女の命令に対し、苦い顔のエアロが反論する。

 

『お言葉ですが、私の魔術の性質上、人間二人を乗せての飛行は困難……』

 

「わかっているが、やれと言っている!ここから離脱しなくてはならないのだ!私の魔力ならいくらでも使え!早くしろ!!」

 

『…無茶をなさる…』

 

 エアロは無理矢理魔術の出力を上げ、精一杯の加速をする。普段よりかなり遅いが、それでもゆっくりと離れて行くことができた。

 

「…よし!これなら煙幕が晴れぬうちに…」

 

「あ……!」

 

 エマは先程の自分に、笑うヴィヴィアの姿を重ねる。

 

「ダメよ!油断しないで!あれは目が見えなくても攻撃してくるわ!!」

 

「な…」

 

 ヴィヴィアが驚く中、エマは次の攻撃を読んでいた。

 

「避けて!!」

 

 またもや怪物の口が伸びてきた。その狙いはヴィヴィアが従える妖精……ではなく。

 

「何っぐは?!!」

 

 

 閉じられた口は、ボクサーのパンチのように彼女の腹部に的確に打ち込まれた。

 

 衝撃で槍は大きく揺さぶられ、痛みによりヴィヴィアの集中が一瞬切れる。

 

 振り落とされながらもなんとか意識を保ち、空中の槍を掴んだ。だが、それができるのは彼女だけ。エマは衝撃に揺さぶられて落下する。

 

 ヴィヴィアはエマの手をとっさに取り、地上に激突することを避けた。何しろ先程までの加速で、既に地上20メートル程度までには上昇しているのだ。どう考えても無事では済まない。

 

 エマは一命は取り留めたが、状況はさっきまでよりも苦しい物となっている。

 特に、2人分の体重を支えるヴィヴィアの右腕が早くも限界に近づいていた。

 

「ぐ…んん!急げエアロ!早く競技場に…」

 

『もう無理です!この体勢では支えることが精一杯で…!』

 

「何を…言っている!貴様も喰われるぞ!」

 

「そ、それは違うわね…」

 

 左腕に捕まるエマが、地上から見上げる怪物に目を向けて言う。

 

「何だ…と?!」

 

「もしあれがその…気なら…。とっくに食べられている…わ。狙いは…私たち…を…」

 

 ヴィヴィアも怪物を見て、エマが言おうとしていることを理解した。

 

 怪物の体の左右に、電光が迸る水晶のミサイルとそのコピーが練り上げられている。

 

 しかも、かつてないサイズだ。

 

「直接…始末する気か…!」

 

 見えるのは、獲物か、そうでない物か。

 怪物はそれだけを考えていた。もはやその眼前に、敵など存在していない。

 

 

 動けない獲物に向け、水晶のミサイルをいよいよ発射される……そのとき。

 

 

「お困りですかな?お嬢様方!!」

 

 

 エマとヴィヴィアの斜め上前方に人影が現れた。

 営業マン風の芝居がかった口調と、独特な声質。そして日光に煌く、金属製の背中の腕。

 

 足に付けられた装置が、気流を操作していることがわかる。それが彼を浮かせているのだ。

 

 人影の正体は……。

 

「アレク?!」

 

「き、貴様何をしに…」

 

「エマの援護に行くと言い出したのは俺だ。それを他人に任せて放り出すヤツがいるかよ!」

 

「「……!」」

 

 普段の飄々とした態度から想像できないアレクの発言に、驚いた2人は息を呑んで彼を見る。

 

「(条件クリア!)それでは一仕事!」

 

 乱入者に構わず、ミサイルを放つ怪物。アレクはその射線の真上に移動した。

 

「私の秘蔵のコレクションをお見せいたしましょう!!鋼鉄演舞(IRON WALTZ)……魔動機…」

 

 振り上げた手を真っ直ぐ下に降ろす。指先から直径10メートルはあろうかという巨大な魔術陣が展開された。

 

 

「…の!ジャンクパァァァァーーーツ!!」

 

 

 彼の召喚に応えたのは、無数の機械の部品だった。

 水が入ったバケツをひっくり返したように、スクリューシャフト、サスペンション、ネジ、モーター、プロペラ、エンジンのシリンダー、燃料タンク、ボルト、ナット、ワッシャー、ラジエーター、H型鋼……。

 

 いくつもの金属が、魔術陣から雨となって降り注ぐ。それらは丁度ミサイルを遮り、電気も散らし、全てをヴィヴィアたちの遥か手前で爆破処理した。

 

 

 2人が唖然としている間に、エマの足下にアレクが移動。機械の腕を動かし、彼女を背中に受け止められるように構える。

 

「特別便でございます、お嬢様」

 

「わ…わかったわ。手、離すわよ」

 

「あ、ああ…」

 

 掴みあった部分の力を抜いて、エマは金属の腕に身を任せる。左手でパーシアスの肩の部品を握り、右手を離してアレクの首に回してしがみつく。

 機械の腕はしっかりとエマを支えた。

 

「魔動機って、空も飛べるのね」

 

「魔術以上の品質だからな。さてと」

 

 魔力を介してパーシアスからのデータを受け取り、脳内で設定を変更していく。

 

「重心位置、再度検出、OK。スラストブーツ、出力調整、完了。気流制御、再構築…」

 

 その間にヴィヴィアは槍を投げる。加速した槍は弧を描き、落下を始めた彼女の足下に到着。それに飛び乗り、競技場へ進路を取る。

 丁度その頃、アレクも調整を終わらせた。

 

「準備完了だ!」

 

「ねぇ、乗り心地は?」

 

「……保証いたしかねます」

 

「え…うわっ?!」

 

 エマの質問に答えると同時にフェイスガードを閉じ、一気に加速。ヴィヴィアの横を飛び、真っ直ぐ競技場を目指す。背後から、獲物を取り逃して激怒する怪物の声が聞こえてきた。

 

「あれ、空飛んできたりしないよな?」

 

「今は、ね」

 

「それは助かる。見たところ、あんたも妖精を喰われたようだな」

 

「……ええ。でも、このお礼は必ずしてあげるわ」

 

「その前に一息入れるぞ。あんたやヴィヴィアはもちろん、俺もさっきのジャンクパーツの召喚で消耗したからな」

 

 

 マリーの手当てを受けたエマは、医療スタッフに診察されていたヴィヴィアと共に、3人でテントから出た。

 アレクと到着した直後は競技場の中は騒然としていたが、今丁度落ち着いた頃合いなのだろう。アイラが生徒たちに向けて説明を行っている。

 

「まず、襲撃して来た魔物はカノーネ。人間に対して敵意を持つことは普通あり得ないが、敵に回れば厄介な相手だ。既に数名が体験している通り、妖精を吸収して能力をコピーし、元々持っている魔術を打ち消す結界と合わせて戦う手段とする。おそらくこの能力で、学校が張っていた結界を無力化して入ってきたと考えられる」

 

 一度言葉を区切り、静かに話を聞く生徒を見渡すと、少々苦い顔になりながら話を再開。

 

「……お前たちを失望させるだろうが、我々教員は魔術のエキスパートであると自負している。故にカノーネに対抗する手段を、教員が持っていると言うことはできない」

 

 生徒の間に騒めきが広がる。しかし、それを諫めるようにアイラが続ける。

 

「だが、ヤツを制圧する手段がないわけではない。1組の生徒が言うには、自分が召喚した武器を投げつけたところ、ヤツは結界でなく、手で払うという、リスクのある手段で防御したとのことだ。実際に、カノーネに有効な攻撃は召喚した物をぶつけることだと書かれた文献がある」

 

 このことを報告したのはもちろんジョンとサラだ。

 

「生憎、教員には召喚魔術を満足に使える者はいない。そこでだ。エルタ!」

 

「はい?」

 

「魔動機でヤツを制圧できるか?」

 

 アレクは困った顔になる。

 

「えぇーと。不可能じゃないとは思います…けど、相当無茶ですよ?魔物制圧用の魔動機なんてないですから、期待はしないでください…」

 

「何、完膚なきまでに叩きのめせとは言っていない。お前はヤツを弱体化させろ。あの結界に切れ目ができる程度に弱めれば…アルデラ!」

 

「!」

 

「お前は魔力の流れを断ち、結界と魔術を封じろ」

 

 命令されたサラは力強く頷いた。

 

「後は…」

 

「先生」

 

 ヴィヴィアとエマ、そしてマリーがアイラの前に出る。

 

「留めの一撃は我々にお任せを」

 

「…やれやれ。仕方ない。話し合っている時間もないようだしな」

 

 アイラが呟いた直後、遠くから、しかしはっきりと怪物の声が聞こえた。

 

「おいおい…」

 

 アレクはスラストブーツを吹かして競技場の観客席の頂上に移動。そこから顔を覗かせて声がした東側を見る。

 

 校舎と管理棟の間の、東門まで続く通路。その真ん中にカノーネがいた。

 校舎が並ぶ場所から這い出して、そこまで来ていたのだ。

 

「位置がバレてる…。真っ直ぐ競技場に来たのは失策だったかな?」

 

 彼の後ろにある観客席にエマたちも登ってきた。

 

「武器はあるんでしょうね?」

 

「まさか。竜頭工業は軍事産業には手を染めてない」

 

「ではどうやって攻撃するつもりだ?」

 

「技術屋としてはやりたくないが…間違った使い方をするしかないな。取り敢えず、マリーとサラは下に行って様子を見ててくれ。二人と…先生も離れたところから俺を見ててください。最悪、頭が潰れるので」

 

「「?!」」

 

 彼の横にいたエマとヴィヴィアは驚きつつ何歩か距離を取り、アイラは下の観客席へ移動した。

 

 一方、マリーとサラが競技場の出口に近づいた事を確認したアレクは、機械の腕で観客席の縁によじ登る。そこが競技場で一番高い場所だ。

 地上からおよそ30メートル。幅は2メートルほどあり意外と広い。そこに足をつき、立ち上がる。視線の先の地面には、建ち並ぶゾディアックの施設と、その間に居座るカノーネが見える。

 

『■■■!』

 

 相手もこちらの動きに気づいたのか、またもや声をあげた。

 

 

 アレクの口調がセールスマン風の物に変わる。

 

「これからお見せするのは我々も手を焼いた問題児。試作品の時点でもう商品化は無理と、お蔵入りになった品を引っ張り出しましょう!鋼鉄演舞(IRON WALTZ)!」

 

 彼が左手を掲げると、そこに物質召喚が起動し、金属の柱のような形の機械が出てきた。

 

 そして、彼の背中から伸びる機械の腕、その先端が変形する。3本の指先が正三角形の頂点に並ぶように構えられ、それが柱の側面にある板状のソケットに接続された。

 

「我々はこの品をペルセウスの剣と呼んでいましたが、彼がこれを使っていたなら、メデューサの頭は粉微塵になっていたことでしょう!」

 

 機械の腕が接続された装置にある、引き金の付いたレバーを握る。そして柱をそのままゆっくりと前に倒す。

 

 ついに彼が呼んだ機械の全貌が現れる。

 直径30センチ、長さ150センチほどの金属の六角柱だ。その後方を装置群が囲み、パーシアスはそこに接続されている。アレクが握るレバーもそこにある。

 

「岩石破砕用魔動機、ネイルドライバーでございます!人間サイズでの使用は危険すぎると、不採用となりました!」

 

全体的なシルエットは逆さにした拳銃だが、その銃口にあたる部分、柱の中心からは太い釘の先端が見えており、その周囲に黄色と黒の縞模様の帯が描かれている。

 

 

『■■■■!!』

 

 

 アレクが召喚した新たな魔動機を見たカノーネは、すぐさま水晶のミサイルを練り上げる。

 

「させるか!ジャンクパーツ!!」

 

 ネイルドライバーをカノーネに向け、フェイスガードのバイザーでロックオン。その正面に機械部品を呼ぶ。彼が持つ中でも強度が高い物だ。

 

「耳塞いでろぉ!」

 

 背後にいるエマたちへの警告と同時に左手でトリガーを引くと、とてつもない衝撃音が響いた。

 エマとヴィヴィアは驚いて耳を塞ぐ。柱から打ち出された釘はジャンクパーツに火花を散らし、弾丸のように加速したのだ。同時に、反動でネイルドライバーの柱の部分が、銃のブローバックのように後ろに突き出される。

 アレク自身もよろけるが、スラストブーツの気流操作で踏み止まった。

 

 放たれたジャンクパーツは瞬く間に水晶のミサイルに撃ち込まれ……その衝撃で粉々に砕き、爆散させる。

 

『■■■■■■■■■!!!』

 

 とっさに張った結界により、カノーネ自身にダメージはないが、その目も叫びも怒りに燃えていた。

 

「あれは…後ろにいたら確実に死ぬな…」

 

「そ…そうね…」

 

 反動で飛び出る後ろ半分の速さはかなりのものだった。それに慄くエマとヴィヴィアを他所に、アレクはパーシアスとネイルドライバーの状態を、フェイスガードに映る輪郭の画像で確認する。

 

(よし、動作に問題はない…が、マズいな。今の一発でコンデンサーの魔力を1割弱持って行かれた。残り68パーセント…心許ない。それに…)

 

 バイザーに投影されたネイルドライバーの一部が、注意を促すために黄色で点滅している。それは温度が一気に上がっている証拠。

 

「(排熱が上手くできないのもコイツの弱点だ。冷却推奨…そんな時間はないよな)ッ!鋼鉄演舞(IRON WALTZ)!」

 

 怪物が再び練り上げるミサイルをもう一度、ジャンクパーツを発射して破壊する。

 

(今ので60パーセント…やるしかないか!)

 

 スラストブーツで飛び立ち、カノーネに向けて加速する。ドライバーの重量に引き摺られ、気流操作による姿勢のコントロールが上手くいかない。

 

(重いなぁ…この…!)

 

『??!』

 

 ふらつきながらも、狙い通り接近することはできた。困惑しながら、カノーネはアレクを叩き落とそうと腕を振る。

 

「くっ!」

 

 仰向けになり、迫り来る手の平にネイルドライバーの照準を合わせる。

 

「うりゃあ!!」

 

『!!』

 

 打ち出された釘は、カノーネの手に深く突き刺さり流血させる。撃った反動で石畳が破壊された。

 

(1メートルは飛び出るんだが貫通しないとは…硬いな…)

 

 釘を引き戻し、押し潰そうとする手の動きを回避する。バランスの悪さ故に空中で錐揉み回転し、止まったとき眼前にあった相手の肩にもう一度撃ち込む。

 

『■■■■!!!!』

 

 怒り心頭のカノーネは水晶のミサイルとコピーを、全身を囲むように展開した。だがアレクは、それらを突破できると直感で理解していた。

 

(この視線…マリーとサラか!助かるぜ!)

 

 カノーネがミサイルを放つ…そのタイミングに合わせて魔術を起動。

 

「忘れたか!俺の鋼鉄演舞(IRON WALTZ)!!」

 

 本日4度目のジャンクパーツの召喚。それでミサイルを無力化し、隙を突いて背中に移動。立て続けに2回、全く同じ場所へ釘を撃ち込む。

 

『■■!■■!!』

 

 怪物が苦悶の声をあげて掴みかかろうと手を回す。釘を引き抜きつつ回避すると、手や肩よりも多くの血が噴き出る。

 

(太い血管でもあったか?相手の弱体化は進むが……いや、それは俺も同じか…)

 

 既にコンデンサーの魔力は、残り30パーセントを下回っている。

 

「(持久力ならカノーネの方が上)あっつ!!」

 

 声をあげ、レバーから手を離す。過熱により、まともには触れない温度になっている。バイザーの視界の端で、感嘆符が入った赤い三角形が、真っ赤に光るネイルドライバーの輪郭と共に激しく点滅し始めた。

 

「うお!?」

 

『■■!』

 

 この隙を逃すカノーネではない。口を伸ばしてアレクの右足に噛みつき、地面に叩きつけようと振り回す。

 

「ぬあああ!!ふん!」

 

 左足のスラストブーツでどうにか空中に留まるが、そちらの出力も限界一杯である。

 

「は、な、せぇ!!」

 

 火傷しつつレバーを握り、引き金を引く。足に食らいつく口の根元に釘を撃ち込んだが、力は緩まない。おまけに、怪物は釘が刺さっている部分に力を込めて、ぐにゃりと折り曲げてしまった。

 

『■■!』

 

(っ!こいつ……!)

 

 カノーネは全身に光を浮き上がらせ、ミサイルを放つ用意をする……が、それは叶わなかった。まるでノイズが入ったテレビのように、光の筋や現れ始めた魔術陣にもブレが走る。

 

 結果、ミサイルが練り上げられることはなかった。

 

『■■!……■■■■!!』

 

 それでも、カノーネはアレクを地面に引き摺ろうとさらに口の力を込める。

 

 対するアレク。もうコンデンサーの魔力残量は10パーセントを切っていた。

 

「わかるか?俺の魔力が減ってるのが…。あんたの魔力も減ってるのが。だがな…」

 

『?』

 

 

「…へへッ。俺だけを見ていていいのか?」

 

 

『………!!』

 

 

 相手が何か自信満々に言っている…。そう思った瞬間……

 

 怪物は顎の間の感覚を失った。

 

 そしてやって来たのは激痛。視界の端には、いつか見た紅い光刃……。

 

 

 校舎の裏に回り、身を潜めていたサラは、カノーネがアレクを捕らえ、動きを止めたこの瞬間をチャンスと見て、顎から伸びる口に急接近し、剣を抜きながら素早く切断した。

 

 

『■■■■■■■■■■■!!!!』

 

 

 彼女はかつて無い慟哭を無視し、刃を対魔術用に切り替えて巨体の上を駆け回る。

 不十分に展開した防御用結界の隙間を抜け、その光の筋を徹底的に斬り裂いた。怪物は慌てて殴りかかるが、サラはそんな攻撃を当てられる相手ではない。

 

『■■?!■■■■!!』

 

 抵抗も虚しく、魔術陣がズタズタに斬り裂かれ……結界を含めた全ての魔術が無力化された。

 

 肉塊と共に着地したアレクが、フェイスガードを開けて叫ぶ。

 

「今だああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 ヴィヴィアは先程アレクが飛んで行った場所に立ち、槍を投擲できるよう構えていた。彼が戦っている間、残っていた魔力をかき集め、莫大な風をその穂先に集中させている。

 

「「『はあぁぁぁぁぁぁぁ!!』」」

 

 彼女が槍を投げた瞬間、持てる全ての魔力を右腕に展開したエクシードに込めたエマが、その槍の石突きに全力の拳を叩き込んだ。

 

 エアロも出力を増加させている。放たれた槍は亜音速でカノーネに直撃。余りにも強烈な、そして超局所的な暴風は怪物の胴体を凹ませ、吹き飛ばし、石畳の上を100メートル以上滑走させる。

 

 

『…■■……■……!?』

 

 大ダメージを受けて呻めきながらも、止まった場所でどうにか立ち上がろうとする怪物。

 

 その霞む視界には、蒼い光を纏った白い少女がいた。彼女を認めた瞬間、脳天にとてつもない打撃を受け……。

 

 

 それきり、怪物の思考は途絶えた。

 

 

 

 

 

「…ルームメイトの仇です」

 

 青銅の巨人の足だけを憑依させて体から伸ばし、怪物の頭を踏みつけ石畳にめり込ませたマリーが、魔術を解除して一息つく。

 

 と、競技場から歓声が聞こえ、同時に教員のチームが走ってきた。それに混じって、アレクとサラ、その向こうからヴィヴィアとエマも来る。

 

「よくやった君たち。妖精の解放は私たちがやっておくから、もう少し待ってくれ」

 

 どこか古めかしい服を着た教師が彼らを褒める。彼の名は…。

 

「はい、ハウト先生」

 

 エマが答えていると、駆けてきたマリーが彼女に抱きついた。

 

「よかった!やりましたね、エマ!!」

 

「わっ?!そ、そう…?よかったのかしら…」

 

「被害…結構大きい…」

 

 サラがポツリと呟いた言葉に、アレクが同意を示す。彼の制服の左袖口は焼け焦げているが、この際それは些末な問題だ。

 

「全くな。死人はいないし、皆軽傷で済んだが…建物も通路もこのザマだ。ここ新築なのに…」

 

「まあ、すぐにでも修理はされるだろう。…そうだ。アレク・エルタ」

 

「ん?」

 

 声を掛けてきたヴィヴィアの方を振り向く。清々しい顔をしているが、彼女の発言は表情とは真逆だ。

 

 

「私は、貴様が気に入らん」

 

 

「はぁ?」

 

「今回の件は、貴様の活躍無しには片付けられなかっただろう。…子供のようだと自覚してはいるが、そうやって貴様が私にできないことをやって見せるとな、負けた気がしてどうにも…悔しくなるのだ」

 

 彼女の隣で話を聞いたエマは微笑む。

 

「なんだそりゃあ…?俺はあんたに勝ってるなんて思ったこと無いがな。魔術の腕じゃ、確実に俺より上だろ?」

 

「それは当然だ。勝っているのが当たり前のことを喜ぶ者がいるか?」

 

「見たことは…ない気がするけど…」

 

「それに、私は魔動機では貴様に勝てん。貴様はそれで嬉しいか?」

 

「あぁ…いや、別に…。全然違う特技だからな」

 

「ともかく、貴様とは魔術関連の物事では甲乙つけ難い。いずれ他の分野で貴様と決着をつけてやるから、首を洗って待っていろ」

 

「へいへい…」

 

 意気揚々と宣戦布告したヴィヴィアがその場を離れていく。

 

「なんか面倒な人に目をつけられたなぁ…」

 

「ギスギスしていた割に、仲良くなれたみたいね?アレク」

 

「どこがだよ…」

 

 エマからの質問に、彼は困り顔で返した。

 

「ヴィヴィアとも友達に…アレク、お前は凄い…」

 

「なってないからな?」

 

 サラの発言をあしらっていると、マリーもボケを投下してくる。

 

「では、宿命のライバル…でしょうか?アツいですね!」

 

「そういう事でもないだろ…」

 

「君の顔の広さには驚かされるな」

 

「だから違う…え?いつ来たんだジャック?!」

 

気づかぬ間にマリーとエマの間から顔を覗かせるルームメイトがいた。

 

「少し前だが?」

 

「曖昧な返答ありがとな。とりあえず、もうボケ担当を増やさないでくれ。ツッコミ切れない…」

 

「すまないな。それで、この後はどうするんだ?」

 

「先生は速やかに下校するように言ってたわね。私たちも寮に戻りましょうか」

 

「では…自分はここで」

 

 サラが一団から離れ始めた。そんな彼女にエマが問いかける。

 

「え?荷物とかは…」

 

「家の鍵はポケットにある。けど…他の荷物は…」

 

 振り向くサラにつられて、皆が校舎の方を見る。

 

「「あ…」」

 

 彼らの視線の先では、瓦礫に埋まった1組の教室が無残な姿を晒していた。

 

「…明日、取りに来る」

 

「そ、そうね…」

 

 教室を崩した張本人であるエマは苦い顔をしたが、この場では誰も気にしていない。4人で手を振ってサラと別れ、その足で寮に向かう。

 

「皆さん助かってよかったですね、ジャック!」

 

「ん?ああ。そうだな…」

 

微笑み合うジャックとマリー。アレクはその後ろを歩く。

 

と、頭に疑問が浮かんだ。

 

(…あれ?ジャックって、マリーとこんなに仲よかったっけ?)

 

 

 

 

 夜のゾディアックの管理棟。その地下にある研究所の一室で、カノーネの解剖が行われていた。妖精たちは既に解放済みである。

 

 アイラやシーザーなどの教員数名が、解剖による分析結果をまとめている。

 

(カノーネは本来、人間を獲物とみなして攻撃する性質はない。人に好んで近づかないのが普通だ)

 

 アイラは机に置かれた資料を手に取る。そこには魔術の封印がいくつかスケッチされていた。

 

(となると、これは人為的な事件だ。あの魔物に掛けられた魔術が見つかっているしな。これは凶暴化の魔術だが…こちらの封印は見たことがないな。おそらく制御の類か…)

 

 壁に取り付けられたホワイトボードには、カノーネが襲撃して来た理由の予想がいくつも書かれていた。

 

(カノーネを送り込んだ者が誰かは、理由を解明すればわかるかもしれないが…)

 

 ボードにある、横に引かれた線で消された文章を読む。

 

(どこがの研究所から逃げ出したか。これは周辺の機関にあたって確認した。どこもカノーネを飼育したりしていない。最も物議を醸したのは竜頭工業のデモンストレーション説だ。魔動機の有用性を示すためにカノーネを凶暴化させて、エルタのいるここに送り込み解決させる。だが…)

 

 机の一角には、竜頭工業から届いた、会社に所属する魔術師の出自と、仕事内容などが書かれた書類が積まれていた。

 

(裏をとってみても竜頭工業に請求した資料の通り。魔物の扱いに長けた者はあそこにいない。振り出しに戻って今…もう日付けが変わる頃だな)

 

 彼女は席を立ち、建物の修理工事依頼書を封筒に詰めるシーザーに進言する。

 

「学園長。今日のところはひとまず仕舞いにしては?明日からの仕事もございます」

 

「ふむ。そうだな、働きすぎた」 

 

 彼も立ち上がり、部屋に集まっている教員に向けて声をあげる。

 

「皆、今日はここまでだ。カノーネの体は研究所の職員が保存する。残りの調査は、明日から警察と協力して行う。解散しよう」

 

 声を聞き、ある者は伸びをしながら、ある者は欠伸をして席から離れ始めた。

 部屋から出て、暗い廊下を歩きながら、アイラは考えに耽る。

 

(おそらくこれで終わりではない。第2、第3の事件がこれから起こるはずだ。できるだけ避けなくては……)

 

 

 こうしてまた、ゾディアックの夜は更けて行く。

 

 

 

 

 

 

『やはり竜には敵わなかったか』

 

「はい。ですが、実証実験の第一段階は成功と言って良いかと」

 

『その通りだ。今すぐ夜を明かす必要はない。時が来れば、星明かりは太陽の輝きに掻き消される』

 

「ははっ。そうですな。先日の競技会といい今日といい、有益な情報ばかりでございます」

 

『では、それを踏まえて第2段階の準備に入れ。くれぐれも、油断は禁物だ』

 

「仰せの通りに」

 

『今日はもう下がれ』

 

「はっ。それでは、また…」

 

 ローブの男は、どこからとなく聞こえる声の主に礼をした。

 部屋にしては余りに広く、余りに暗い空間に、彼は1人佇んでいた。胸元には、表紙に鍵穴が付いた本を携えている。

 

 彼が頭を下げると、鍵穴から炎が吹き出し、瞬く間に全身を包んだ。

 一瞬の灯り。それは周囲の暗闇に飲み込まれるように、炎の中にいた男ごと消えてしまう。

 

 

 辺りには、冷たい暗黒だけが残った。

 





 次回は日常パートの予定です。
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