Zodiac 学園記   作:羽桜千夜丸

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 日常パートです。


第5話 観望

 

 

 

 ゾディアックから合格通知が届いて嬉しかった。第一期生になれることや、色々な魔術師の家系の人と交流したりすることはとても大事だと思う。

 けれどそれ以上に、大好きな彼と一緒にあの学校に通えることが、何より嬉しくて、幸せに感じている。一緒に教科書を買いに行く日がとても楽しみだ。

 

 マリー・ギウスの日記(6月20日)より

 

 

 カノーネの襲撃から1週間が経った今日。

 授業は襲撃の2日後から再開され、1組は空き教室を代用しているものの、依然としてカノーネが攻撃を仕掛けて来た理由は不明なままである。

 

(結局、あの魔物が現れた訳はわからず仕舞いか……)

 

 今朝のホームルームでのアイラの発言を思い出し、アレクは心の中で愚痴を吐いた。

 

 今日の授業は終わり、教室からゾロゾロと生徒が退出して行く。アレクは彼らを見送りつつ、鞄からタブレットパソコンのような装置を取り出した。

 

「ん?アレク、今日も設計か?」

 

 彼の後ろから、ジャックが声をかける。

 

「おう。警察からの依頼だから、早めに片付けろって言われてな。これができたら、俺もティータイムにする」

 

「そうか。では、先に行っているぞ」

 

「ああ。んじゃ」

 

 ジャックが教室を離れ、アレク1人が残った。

 

「さてと……」

 

 机に置いた装置を起動し、画面を操作すると立体映像によって板が空中に投影された。

 専用のペンで図形に手を加え、計算やファイルの展開などを絵を描くように進めて、それらを投影された板状の装置、『Scutum』に反映させて行く。

 

 

 一方……。

 

「あっ。いけない。体操服を忘れたわ」

 

 寮に戻る道の途中で違和感に気付いたエマは踵を返し、人の流れに逆らって教室へと戻る。

 

 ドアを開けると、立体映像と向き合って思案するアレクが目に入った。

 

「よし、これで試すか……」

 

 彼が呟き、何か操作すると、投影された板の上から球体が落下して跳ね返り、同時に板の色が変わる。

 

「おお…うーん…」

 

 納得がいかないのか、板を層状に分けてまた手を加え始めた。

 その様子を見ながら、エマは心の中で呟く。

 

(よくやるわね。何が面白いのかしら…)

 

 クラスの全員が、彼が設計をしている場面に出くわしたことはある。その様子は男子からは人気だが、女子からは今一つだ。

 

 集中しているのか、彼は彼女が入ってきたことに気づいてはいない。

 

「………」

 

 エマは自分の席まで静かに歩き、屈んで机の下に手を伸ばす。そこに体操服を入れたザックがあるのだ。

 

 掴むと同時に、ドアが開く音が聞こえた。しゃがみ込んだまま頭だけを起こして、音のした方を見ると……。

 

(あら?)

 

 そこからは、マリーがアレクの後ろに近づいているのが見えた。エマが入ったときとは別のドアを使い、たった今戻って来たのだろう。

 頬を赤らめて、緊張している様子だ。

 

「あ、あの…アレク……」

 

「んー?」

 

 マリーの声に、集中しているアレクは空返事をする。

 

「私…その…す、好き…です……」

 

「は、何が?」

 

 またもや空返事。エマは少し焦っていた。

 

(ちょっと!察してあげなさいよ!)

 

「ですから…私…」

 

 黙々と作業を続けるアレクの後ろで、真っ赤な顔のマリーが決意を固めている。

 その様子を、エマはまじまじと見てしまっているが、それに彼女は気付いた様子もなく、遂に声をあげた。

 

 

「ジャックのことが好きなんです!!」

 

 

「?」

 

「ウッ」

 

 アレクの頭が疑問符で埋まり、思わず手が止まる。同時に、ゴツンという鈍い音、そして短い呻き声が聞こえてきた。

 

 そちらを見ると、頭に手を当てたエマが立ち上がるところだった。

 彼女はマリーの予想外の発言に驚いてよろけ、頭を机の角にぶつけてしまったのだ。

 

 それを見たマリーは耳まで赤く染めて悲鳴をあげる。

 

「ひゃあああああ?!エ、エマ!?もしかして私の告白、き、聞いてましたか?!」

 

「痛た…。告白って言うのかしらね?あれは」

 

 ザックを肩に掛け、立ち上がったエマが2人に近づく。アレクは自然に彼女と会話を始めた。

 

「想いの丈を言葉にしているという意味ではそうだろ……たぶん。で、そうだな…」

 

 彼は振り向き、後ろであたふたしているマリーに言葉をかける。

 

「おめでとさん。でもどうせなら本人に言えよ。あんたみたいな美人に告白されたら、あいつ喜ぶぜ、きっと」

 

 エマも賛同してマリーを見る。

 

「そうね。勇気は要るだろうけど、頑張りなさい」

 

「そ…それができないので…貴方に相談を…」

 

「悪いけど対人心理学は専門外でな。他をあたってくれ」

 

 アレクは彼女に手の甲を向けて、シッシッと追い返すように振った。

 

「うう〜〜〜…」

 

「ちょっと…!そんな断り方…」

 

 今にも泣きそうなマリーをエマが擁護していると、彼女は素早くアレクの正面に移動した。

 

 そのまま腕を伸ばして立体映像越しに彼の両肩を掴み、思い切り前後に揺さぶって涙目で懇願する。

 

「そこを…そこをなんとかお願いします〜〜〜〜!!」

 

「おわああああああ?!ちょ、止め、眩しっ!」

 

 

 アレクはこの装置を使った設計を2年ほどやっているが、立体映像に顔を何度も出し入れされたのは初めてであった。

 ペンが図形に触れていないので、設計データが変わることはないことがせめてもの救いか。

 

 

 アレクを揺さぶり続けるマリーの肩に手を置き、エマが声を掛ける。

 

「ほら落ち着きなさい、マリー」

 

「はっ?!ご、ごめんなさい!大丈夫ですか?!」

 

 アレクの顔色は若干青くなっていた。

 

「あ、ああ。大丈夫…。ちょっと酔ったけど…」

 

 呟きながら彼は設計の経過を上書き保存して装置をスリープにし、仕切り直しとした。

 

「で、相談だったな。まぁ話くらいなら……」

 

「告白を聞いてしまったし、私も混ぜてもらうわ」

 

「ありがとうございます…」

 

 アレクは普段通りマリーの隣、エマは通路を挟んだ彼女の隣の席に座り、話を聞く。

 

 

「私とジャックはその…幼馴染なんです。実家も近所で、小さな頃からずっと一緒で…」

 

「ああ、たまに仲良さそうにしてるなって思ってたんだ。そういうことか」

 

「はい…。私は…こ、こんな見た目で、日光も苦手で…昔は吸血鬼だって、よくからかわれていたんです。でも、彼はいつも庇ってくれて…。泣いてしまったことも1度や2度ではありませんが、そういうとき、彼は黙って…ただ、側にいてくれました。それで、彼の隣にいると、安心できるって思うようになったのです。彼以外に初めて友達ができたときは、自分のことのように喜んでくれました」

 

「なるほど。クラスでも安心感あるって評判のジャックらしいわね」

 

「はい。そうして、中学校に入ってすぐ、私は巨人さんを身につけるための修行をしたのです…が、私も両親も思っていたよりずっと厳しいものになってしまいまして。終わったときには体調を崩して、かなりの熱を出していました。そのときに痩せてしまったのが、今もまだ続いているのですが…」

 

「体質変わってるよな?本当にやっていい修行だったのかよ…」

 

「えと…結果的には大丈夫だったので、たぶん…」

 

「ジャックが心配しただろ?」

 

「はい、本当に…。熱を出している間のことはよく覚えていないのですが、彼が毎日来て看病してくれたことは…はっきり思い出せます。ようやく熱が下がって体調が落ち着いたとき、両親はずっと私に謝っていましたが、彼はお祝いしてくれました」

 

「ああ。ジャックなら絶対そうするよな」

 

「そんな彼に惚れたということかしら?」

 

「いえ、その時にはまだ…。と言いますか、いつから彼が好きなのか、自分でもよくわかりません。…ただ、気持ちに気付いたのは、彼が私のように妖精魔術の修行に行って、三ヶ月ほど会えなくなっているときでした。私の体が不調になったこともあって心配でしたし、それ以上に…会いたいという気持ちが強くて…。寂しくて寂しくて、夜になると上手く寝付けなくて、一月も経つと毎晩のように泣いて。泣き疲れて眠っても目覚めが悪くて…。そういう日が何日も続いて、ようやくわかったんです。私は…彼が大好きなんだなって…。恋を、しているんだなって…」

 

「くっ……」

 

「そう…え?なんでアレクが泣いているのよ?」

 

 彼はティッシュを取り出して鼻をかむ。

 

「いや…感動してしまってなぁ。本当に良い話で…!ズッ…すまん…」

 

「そう…かしら…。で、それなら、もっと早く告白してもよかったと思うわよ」

 

「はい。彼が戻ってきたらすぐにでも言おうとは思ったのです。でも…この気持ちは一方的で…彼の気持ちも負担も都合も、何一つ考えていないと気づいて…」

 

「うう…は…」

 

「結局、再会しても…少しだけ我儘を言って、側にいて貰って…それだけで、罪悪感で胸が一杯になってしまったのです。冬になると、痩せたせいか以前よりも寒さが身に染みて…彼に告白して、甘えて、暖めて貰おうと、何度も考えては振り払って…」

 

「ひっ…ぬがぁぁぁ…」

 

「彼ならすぐに気づくわよね?」

 

 こくり、と頷き、マリーが続ける。

 

「彼は何度も無理をしていないかと訊いてきました。その度に平気な素振りをしては、心配をかけていることにまた罪悪感を覚えて、ついには彼を避けてしまって…。温かくなる頃には疎遠になっていたと後悔して、謝ろうと声をかけたら、彼は普通に接してくれて…」

 

「ぐう…うううううう…!」

 

「ちょっと!!いつまで泣いてるのよアレク!!気持ち悪いわ!!」

 

 話を聞いていたアレクは涙と鼻水で酷い顔になっていた。

 机の上にはティッシュの小山が築かれつつある。

 

「いや…ヒック…気にしないでくれ…スン…後で…ま、まとめて…おぉ……」

 

「ま、まぁ良いわ。それで、その後は?」

 

「ざあ、ぎがぜでくれ、ばやく…!」

 

「え、え〜と。そのまま夏が来て過ぎて、ゾディアックに入学しました…。はい…」

 

「あら、終わり?」

 

「その…お友達に戻って…今、です」

 

「よぉし!!」

 

 アレクは掛け声と共に立ち上がり、唐突にマリーの腕を掴んで引き上げた。

 

「え?あの…何を?」

 

 きょとんとする彼女に対して、彼の表情には決意が浮かんでいる。

 

「何をだ?寝ぼけたことを訊くんじゃないぜ!!」

 

「待って。本当に何をやろうと言うの?」

 

 今の彼…感情が物理的に溢れているアレクなら、何かしらの奇行に走る可能性も捨てきれない……と、心配になったエマも問いかけた。

 

「クラブ棟に行くんだよ!ジャックがどの部屋を借りてるのか、俺は知ってる!連れて行くから、そこでぶちまけるんだ!!あんたが今まで、何年も前から育んで来た想いを!感情を!!胸の内を!!余す所なく!!全て!!リアルに!!生々しく!!グロテスクなまでに!!!」

 

「なんだか猟奇的な言い方はやめなさい!」

 

 鬼気迫る顔でマリーに言葉を飛ばすアレクをエマが叱る。だが、それでも彼には止まる気はない。

 

「さあ行こうすぐに行こう最速で行こう!!時間は待ってはくれないんだよ!さっさと言うんださっさと!!」

 

「ま、待ってください!今すぐに告白するわけにはいきませ…」

 

「それじゃあダメだぁ!!」

 

「「っ?!」」

 

「いいか?!自分の好きって気持ちを伝えることに、罪なんてないんだ!!これに関しちゃあな!相手のことを考えてやる必要なんてないんだよ!!甘えたいって気持ちもな!!それが悪いわけじゃない!!それでいいんだ!素直になっていい!!あいつは…ジャックはそれを望んでいたんだよ!!だからあいつはあんたの我儘に付き合ったし、会話が無くなっても寄りを戻したんだ!わかるか?!あいつも、あんたが好きなんだよ!!」

 

 言い切ったアレクはフンスと鼻息を荒げる。

 

「……えと…」

 

「最後のは本人から聞かないとわからないわね…。でも、普通に見て貴女とジャックなら十分脈があると思うわ。今すぐにでも告白した方が良いという所には賛成ね」

 

「わかったらすぐ!ほら!!カモン!!」

 

 アレクはマリーの腕を引き、走り出そうとした。しかし、彼女は左手で机の縁を掴んで抵抗する。

 

「ま、待ってください!!わかっています!彼が使っている部屋も、気持ちを伝えることが大事なのもわかっていますから!」

 

「じゃあ渋ってないで…」

 

 

「で、ですから…!聞いてください!ジャックにはもう、恋人がいるかも知れないんです〜〜〜!!」

 

 

「え?!」

 

「何ぃ??!」

 

 彼女の発言に、エマとアレクが驚きの声をあげる。

 

「そうじゃなかったら、アレクを相談相手にしていません!」

 

「あ…」

 

「そ、それもそうね」

 

 

 アレクがティッシュを片付け、またもや仕切り直しとなった。

 

「聞こう。どういうことだ?」

 

「…その、ですね。アレクがここに入学する少し前に…見たんです。放課後に、ジャックがここの制服を着た女性と、仲良さそうに歩いている所を………」

 

「おっと…?」

 

「それは…どれくらい仲良さそうだったのかしら?」

 

「お互い…笑い合っているようでした。ジャックは凄くいい笑顔で…隣にいた女性は…顔は見えませんでしたが、仕草で笑っていることがなんとなくわかって…」

 

「あら…。恋人の可能性が高いわね…」

 

「ああジャック…罪な男だぜ…。辛かっただろ?」

 

「あ、はい。2人を見た後はニーナ…ルームメイトの胸を借りて、部屋でずっと唸っていました…」

 

「気の毒に…」

 

「となると、俺に相談したのは…?」

 

「えと…変、と言いますか、奇妙な所がありまして…」

 

「何かしら?」

 

 

「私は…あの日以来、彼の隣にいた方を見ていないんです」

 

 

「……は?」

 

「その人を見かけたのは一度きりと言うことかしら?」

 

「はい。それきりで…。あの方が誰だったのかわからくて…。彼に訊こうとは思いましたが、少し怖くて言い出せなくて…。結構、特徴のある方だったのですが……」

 

「どんなだ?」

 

「まず、背がとても高い方でした。ヴィヴィアより、少し大きいくらいの…」

 

「いやちょっと待て。それってジャックと同じくらいってことだよな?物凄く高くないか?!」

 

「はい。びっくりしました。同じくらい驚いたのが、あの方の髪です。染めているとは思えない自然な…そして綺麗な長い赤髪で…」

 

「……あら?変ね。私の知る限り、そんな生徒はゾディアックにいないわよ?」

 

「そうだよな。それだけ特徴がある人なら、1回でも見かけたら忘れないだろうが…」

 

「はい、奇妙なんです。もしかすると恋人ですらないのかもしれませんが…やっぱり不安で。そんな訳で、ジャックのルームメイトの貴方に、相談を持ちかけたのです。何か話していませんか?」

 

「なるほどねぇ。俺と話しに来た理由はわかった…が、生憎と女性関係の話はしてなくてな。正直全く知らないんだ」

 

「嘘よ!男子なのに!!」

 

「男子なのにですか?!」

 

「あんたらは(俺たち)を何だと思ってるんだ?!…とにかく、俺は何も知らないとしか言えないな…」

 

「では、少々探りを入れていただいても……」

 

「うーん。ここまで相談されたからな。断るのも悪いから引き受けたいが…どうするか…」

 

 アレクは顎に手を当てて思索顔になる。

 

「悩むことかしら?」

 

「持ちかけるのは普段は使わない話題だからな。正直に聞き出すなら、怪しまれず、自然にその話題に持って行く必要がある。それまでの会話の組み方が…よくわからない」

 

「言い出した手前、私も考えます!でも…普段話さないことを自然に会話に入れるのは…凄く難しいですね…」

 

「な。エマ、あんたは何かないか?」

 

「そうね…」

 

 数瞬考えた彼女は、不意に何か思いついた顔になり、ニヤリと笑った。

 

「……何よ、簡単なことじゃない。マリー、ちょっと退きなさい」

 

「え?はい…」

 

「どうしたんだ?」

 

 マリーが席を離れると、エマがアレクに歩み寄る。彼女は座っている彼の横から向き合う形になった。

 

「ライラ!」

 

『はい、お嬢様』

 

 右手を伸ばして雷の妖精を呼び、それが造り出した諸刃の短剣を握ってアレクに向ける。

 

「やりなさい!」

 

『了解!!』

 

 

「は?ちょっと待て何をすばああああああああああああっ!!!?」

 

 

 剣から無慈悲に放たれた紫電がアレクに襲いかかった。攻撃が止まると、彼の髪は爆発したように持ち上がり、体の動きを鈍くする。

 

 その様子を目撃したマリーは困惑。対して雷の妖精とエマは、得意げな表情をしている。

 

「あわわわわ…」

 

『ふふん!』

 

「いかがかしら?」

 

「……い、いかがな物かと思うね…。何してくれてんだよいきなり…!」

 

 椅子の上にひっくり返っていたアレクは、机の縁に掴まって上体を起こした。

 

「貴方は女子である私に攻撃された。この事実を持ってクラブ棟に行って、ジャックに会うのよ。当然、彼は何があったか尋ねてくるわ。それで、『気難しい私を怒らせた。女子って意味不明』みたいな話をすれば、そこからの流れで彼に恋人がいるのかわかる話ができるものよ。自然にね」

 

「な……なるほどです!」

 

「うーん。名案かも知れない…が、あんたはそれでいいのか?」

 

「あら、事実だもの、どうってことないわよ」

 

「凄いメンタルだな…。わかった。なんとかやってみる。ただ、聞いたことを話せるのは、たぶん明日になるぞ」

 

「それで十分よ。私たちは、マリーが見た女子生徒が本当にゾディアックにいるか調べておくわ」

 

「はい!お任せしますのでお任せください!」

 

「そうか…。じゃあ、また明日な」

 

 荷物を持ち、重い足取りで教室から出て行くアレクを見送る2人。

 

「さて!こっちも行動開始ね!」

 

 エマの威勢のいい声が教室に響いた。

 

 

 

 第8条 クラブ棟の使用

 

 本校における生徒の交流、並びに創造的活動の場として、クラブ棟を設置する。

 

 1.規則

 

 1-1:クラブ棟は学校が所有する施設である。

 

 -2:クラブ棟の使用を希望する生徒は、使用申請書を提出し、学園長の許可を得なければならない。申請書の様式は別に定める。

 

 -3:使用可能な時間帯は、以下に定める。この時間において、生徒、教員はクラブ棟への出入りを原則自由とする。

 

 平日:授業終了から19時まで

 休日:8時30分から17時まで

 

 -4:夜間、長期休業中、日を跨いでのクラブ棟の使用並びに宿泊は原則禁止とする。もしこれらを行う場合、学園長に申請し許可を得なければならない。

 

 -5:年度末には使用している部屋を片付け、使用前の状態に可能な限り戻さなければならない。休業中の点検において不備が見つかった場合、部屋に置かれている物品等は処分し、使用者からは次年度の使用権を剥奪する。

 

 -6:その他の規則は別に定める。

 

 ゾディアックガイドブック(生徒向け)各種規則の項より抜粋

 

 

 

 アレクはクラブ棟に着き、ジャックが借りている部屋の前に来た。

 

(やれやれ…気が重い…)

 

 ドアを開け、手を挙げて入る。ガラスのポットを手にしたジャックと目が合った。

 

「よぉ。今日もティータイムに邪魔させてもらうぞ」

 

「アレクか。意外に早か……どうした?その姿は?」

 

「そのダメージは大方、レグルの機嫌を損ねたと言った所だろうな」

 

「ああ、今日も来てたんですか。よくわかりますねラリス先生…って、ええええ?!」

 

 アイラがここにいる光景には慣れたが、今日は新たな客がソファで寛いでいるとわかり、アレクは驚いた。

 彼女の隣に座っているのは、小柄で筋肉質な体格にショートカットの黒髪が特徴的な女子生徒。

 

「サラ?!あんたも来てたのかよ?」

 

「アレク…?」

 

 アイラが我が物顔で寛いでいるのに対して、サラ・アルデラはただゆったりと、ソファに身を任せてハーブティーを楽しんでいるようだ。

 リラックスしているからか目は少しとろんとしており、小さな声で片手を挙げてアレクに挨拶する。

 愛らしさや淑やかさでは、圧倒的にこの教員より上である。

 

「たまさか近くを歩いているのを見かけてな。せっかくだから誘ってみたのだ。人数は多い方が、賑やかで楽しいだろう?」

 

「だからって賑やかさとは対極にいるような人を連れて来ますか?」

 

「気にするな。彼女も気に入ったようだからな」

 

 ハーブティーを少し飲み込んで、ほぅ、と一息。そのサラの顔はとても和やかだ。

 

「美味いか?」

 

「…とても」

 

 アレクの問いに、柔らかな笑顔で頷く。その横でふんぞり返っているアイラが見習うべき仕草だ。

 

「今日は何の茶だ?」

 

「カモミールが入ったからそれを」

 

「俺もそいつを貰うかな…。疲れたし…」

 

「わかった。少し待ってくれ」

 

 彼の注文に答えたジャックが湯を沸かし始める。アレクはサラとアイラの向かいのソファに溜息と共に座った。

 

「それで?何があったか話してみろ」

 

「先生、躊躇なく訊いてきますね…」

 

「当然だ。生徒たちにトラブルがあれば介にゅ…いや、解決するのも我々教員の仕事だからな」

 

「それって興味あるだけですよね?言い直した意味ないですよ。…つまりですね……」

 

 そう言って、アレクは半分事実で半分は捏造の説明をした。

 その間にジャックがアレクの隣に座って、4人でテーブルを囲む。

 

 

「……なるほど。ギウスに悩み相談をされたが適当に追い返そうとし、偶然居合わせたレグルがそれに怒って攻撃してきたと…」

 

「まぁいいんですけどね。結果的に平気でしたから。作業中だったとは言え、俺も無愛想になってましたし」

 

「当人同士が納得しているならそれで良いが…しかし、レグルやギウスとの間に溝ができてはいないか?」

 

「ああ、そう言えば…。せっかく気心が知れてきたのになぁ…」

 

「はぁ…。ポルグス、彼らの仲を取り持ってやれ。お前はレグルともギウスとも、それなりに仲がよかっただろう?」

 

「俺ですか?別に構いませんが…」

 

「よし。…そうそう。ギウスが持ちかけて来た相談とは、何だ?」

 

「(!)あ、それ訊きます?」

 

「当然だ!生徒の悩みを聞くのも…」

 

「教員の仕事なんですよね、わかってます。良く覚えてはいませんが、俺が入学する前に構内で変な人を見たとか言ってましたね…」

 

「不審者…侵入者か?そうであれば教員として見過ごせないが…」

 

「でもそれきり見てないってエマに話してましたから、人違いだったんじゃないですかね」

 

「ふむ。2人はどうだ?不審な人物を見たことはあるか?」

 

 サラは首を振る。その正面に座っているジャックは少し考える顔をした。

 

「アレクが来る前…そういえばラリス先生が…」

 

 

「ポルグス?」

 

 

 何か言いかけた彼に普段は見せないような笑顔を向けるアイラ。よく見れば若干狂気じみている。

 その顔を向けられたジャックは少し冷や汗をかく。

 

「…いえ。何でもありません」

 

「そうか。それでいい」

 

 狂気がなくなった普段通りの顔に戻るアイラ。だが、この違和感に気づかないアレクとサラではない。

 

((絶対に何かあった…))

 

 アレクが正面にいるアイラに問う。

 

「…あの、2人の間に何が…?」

 

 それに答えたのはジャックだった。

 

「いや、気にするな。先生の…意外な一面を垣間見ただけだ」

 

「……?よくわからないが…そんなこともあるだろ」

 

 サラもこくこくと頷く。

 

「…そうだな」

 

 冷や汗をかいたまま、ジャックも納得したように振る舞う。

 

 そのうち、空のカップをテーブルに置いたアイラが立ち上がった。

 

「今のところ、不審人物がいたという連絡は受けていない。…まぁ、最低限留意はする」

 

「はぁ。俺が言うのもなんですが、どうも…」

 

「それから、この学校の生徒、男女比はほぼ1対1だ。孤立したくなければ、お前たちは嫌でも異性と仲良くする術を学ぶ必要がある。アルデラもいるし、レグルやギウスをダシに下世話な話にでも花を咲かせるといい。学生らしくな」

 

「そんならしさはいりませんよ…」

 

 教員のものとは思えない発言を残し、アイラは去って行った。それを確認したジャックが口を開く。

 

「ダシか…。そんな失礼なこと、できないよな」

 

「それにマリーはまだいいが、エマは苦手なんだよな。話題にできるほど会話してないし…」

 

「逆に君は好きな女性のタイプがいるのか?」

 

(お?これは……)

 

 ジャックからの問いかけに引っかかるものを感じたアレク。そのまま話を広げる。

 

「俺か?考えたこともないなぁ…。サラはどうだ?理想の男性像とかあるものなのか?」

 

 サラは両手で持ったカップの液面を見つめて、少し考えた。

 

「……趣味、合えばいい、と思う」

 

「趣味か…。どんななんだ?」

 

 アレクに訊かれた彼女はカップを置き、制服のジャケットから左腕だけ引き抜いてシャツの袖を捲る。

 

 

 現れたのは、そこらの男子でも持っていないであろう、無駄なく鍛えられ引き締まった筋肉を備えた腕であった。

 

 ジャックとアレクが目を皿にして見つめる。

 

「…筋…」

 

「トレ…?」

 

 2人の細い声に頷くサラ。

 

「一緒に汗を流すことは、自分の憧れ…」

 

 そう呟き、袖を戻してジャケットに腕を通す。

 

「そ、そうか…。ジャック、筋トレ趣味なんじゃ…」

 

「いや、これはつけたのではなくついた物で……すまん」

 

「謝ることない…。あとは…蛇が好きだったり…」

 

「へぇ〜。俺はどうとも思ってなかったが……どうした?」

 

 アレクは、隣で『何を言っているんだ』とでも言いたそうな顔になったジャックに気づいた。

 

「蛇か…。いや、俺はどうも苦手でな…」

 

「……可愛いのに…」

 

 サラが少しむくれる。それを流して、アレクがジャックに問う。本命の質問だ。

 

「そういうジャックは?好みの女性のタイプとか考えるのか?」

 

「………」

 

 ジャックは少し押し黙り、しばらくしてから口を開いた。

 

「そうだな…。別段、考えたことはない。考えても仕方ないだろうからな」

 

「ふぅん?その心は?」

 

「大したことじゃないが…いつ、誰の、どんな所に惚れるかはわからないだろう?だから自分の好みのタイプを固定していては、気づけない人の魅力があるかもしれない。それなら、考えないのも一つの手だ。その方が、自由な気分で恋愛できるだろうしな」

 

「お…おぉ…」

 

「ジャック、凄く達観している…」

 

 アレクとサラは彼の考え方に気圧された。彼自身、それ程のことは言っていないと考えているが。

 

「確かにな。これだけ余裕のある口振りは……さては、既に恋人がいるな?」

 

「フッ…それは無い」

 

「本当か?んん??」

 

 アレクが若干ふざけ気味に問いかけるものの、ジャックはそれを無視して茶を飲む。

 

 すると、サラが身を乗り出してアレクの肩を小突いた。振り向くと、彼女が小声で話し始める。

 

「きっと彼…大恋愛とその末の壮絶な別れを、経験している…。だから余裕もあって、達観した心理になっている……と思う」

 

 アレクも小声で返す。

 

「なるほど…深くは聞かないほうがいいかもな…。今まで通り、優しく接して…」

 

「うん。恋愛にトラウマがあるかもしれないから…」

 

 このやり取りはジャック本人に丸聞こえであった。

 

「恋人がいたこともないぞ?」

 

「なんだ…」

 

「ただ考えが深いだけだったのか…?紛らわしいことを…」

 

 

 ボヤいてはいるが、アレクは狙い通りの情報を引き出せて内心ではほっとしていた。

 

 

 もうすぐ陽が沈むという頃。エマたちはひたすら構内を歩き回ったせいでヘトヘトになっていた。

 図書館の前、寮に向かう通路に出る。

 

「出発点にようやく戻ったわ。脚が…棒になりそうね」

 

「この学園、斜面に造られているので…登り下りが辛いです。そろそろどこかに座りませんか?」

 

「ダメよ。座ったら立ち上がれなくなるわ。でも…もう遅いし、寮に戻りましょうか…」

 

 夕陽を浴びる登り坂に、2人が長い影を引き摺って歩く。

 

「やっぱり見当たりませんでしたね…」

 

「ゾディアック中を探したのだけれど…。通学生で、既に下校した可能性もあるとはいえ……貴女が見たのは、本当にここの生徒だったのかしら?」

 

「え?でも制服を着ていて…はっ!もしや…」

 

「何よ?」

 

「どなたかの…じょ、女装だったのでしょうか?それなら説明がつきますね。ジャックに近い身長の方は、男性であれば多く…」

 

「彼の知り合いにそんなことする人がいると言うの?!」

 

「……いいえ、いません」

 

「全く…。ここは、アレクの情報とあれに賭けるしか無いわね」

 

「あれ…とは?」

 

 

「来週の野外実習よ。泊まり込みだし、これに欠席する人はまずいないわ。そこで確かめるのよ、コトの真相を」

 

「そう…ですね」

 

 

 やがて夜になる。

 アレクは遅い時間まで設計をしており、眠りに就いたのは午前2時あたりであった。予定が狂ってしまった分の埋め合わせである。

 

 

 翌朝。

 ホームルームでアイラから野外実習の連絡を受け、クラス中が浮き足立ち始めた。彼女自身も楽しみにしている様子である。

 

 ただ、アレクは眠い目を擦りながら聞いていたため、その和気藹々とした輪には入れなかった。

 

 やや浮ついた雰囲気で午前中の授業が終わり、そして昼休み。

 アレクとエマ、マリーの3人は丘の頂上に集合した。ジャックはもちろん、誰も彼らについて来ていない。

 

「凄い顔ねアレク」

 

「ああ。昨日は…いや、今日は寝るのが遅かったからな…。午後の授業、寝てしまわないよう頑張る。それはそうと…」

 

「はい。わかったことですね。アレクの方はどうでしたか?」

 

「あんたが見たって人の正体に迫る情報は手に入らなかった…が、ジャックに彼女はいないことはわかった。これだけで一安心だろ?マリー」

 

「わぁ…。そ、そうですか…そうですね…」

 

 マリーは嬉しそうに頬を赤らめて微笑む。一方、エマは神妙な顔である。

 

「こっちでも、マリーが見かけた背の高い女子生徒の手がかりは何も見つからなかったわ。こうなって来るといよいよ謎ね。野外実習で何かわかるかもしれないけれど…」

 

「それだけで解ける謎とは思えないよな」

 

「ええ」

 

 

3人が話し込んでいると、いきなり声が飛んで来た。

 

 

「こんな所で何やっているんだ?」

 

 

「「「ぎゃあ?!」」」

 

 突然の来客に悲鳴を上げる3人。その正体は、彼らの中で時の人となっているジャックであった。

 

「び…びっくりしたぁ!」

 

「ジャック!驚かさないでください!」

 

「いや、すまない。昨日、3人の仲を取り持つように言われてな。探していたんだ」

 

「は…?何よそれ…」

 

 きょとんとするエマに視線を送るアレク。その意味を持ち前の直感で理解した彼女は、ジャックの話に合わせるように言葉を選んだ。

 

「ぁ…え、ええ。でも昨日の事は単なる罰ゲームという所よ…?」

 

「あれを罰ゲームと呼ぶか、普通?」

 

「ふふ…。あのお2人は…なんと言いますか、昨日もいつも通りでしたから。貴方は心配しないでください、ジャック」

 

 2人のやり取りとマリーの言葉に一応納得したのか、ジャックは安心した顔になる。だが、まだ疑問は晴れていないようだ。

 

「ああ、それならいいんだが…そんな3人が集まって何を…?」

 

((!))

 

 女子2人は焦るが、この場で冷静になったアレクがサラリと答える。

 

「いや、マリーが見たって言う変な人に興味出てきてな。2人を探して、ここにいるのを見つけて話を聞いてたんだ」

 

「仲直りはしたんだな…よかった。それで、誰だったんだ?」

 

「見間違いだったってさ。やれやれ。早いとこ、教室に戻ろうぜ?」

 

「…そうだな」

 

 腕時計を見たジャックは向きを変えて校舎へ歩き始める。

 

「?…??」

 

 話の流れに付いていけなかったマリーは当惑しているが、エマがその肩に手を置く。

 

「大丈夫よ。後で説明させるわ」

 

「?…は、はい…」

 

 

 放課後の教室。

 ジャックがクラブ棟へ行き、アレクたち謎解き3人衆は彼の目を逃れて集まることができた。

 

「昼休み、ありがとな。助かったぜエマ」

 

「言い訳としてはかなり苦しいと思ったのだけれど…今一つ意味がわからないわね」

 

「あの……私が変な方を見たって…。いえ、間違ってはいないのですが、その…」

 

「えーと、つまりだな…」

 

 アレクは昨日、ジャックたちにでっち上げた話を2人にも説明した。

 

「なるほど。上手く誤魔化してくださっていたんですね」

 

「そうそう。エマが話を合わせてくれたから、俺たちの目論見がバレずに済んだってわけだ」

 

「ありがとうございます!」

 

「べ、別に、するわよ…それくらい…」

 

 面と向かって礼を言われると思っていなかったのか、エマは少し照れた。

 

 そんなこんなで教室から出て、廊下を進む。

 

「さてと…この後はどうするんだ?」

 

「私は寮に戻るわ。野外実習に必要な物をリストアップして、足りないのはお休みの明日にでも買いに行かないと…」

 

「真面目か!持って行く物なんて大して無いだろ…」

 

「不測の事態に備えるだけよ。用心に越したことはないわ」

 

「よくやるな…。俺はキャンプ用の料理本を通販で買っておいたくらいだぜ?マリーはどうだ?」

 

「あ…私も寮に戻って…野外実習で、ジャックとどうやって2人きりになるか考えます」

 

「2人きり…ってことは、俺たちはあんたの告白が上手くいったか現場で確認できないんだな?」

 

「はい…。申し訳ありません…」

 

「気にするな。後から聞かせてくれよ」

 

「貴方はどうするのよ、アレク?」

 

 玄関から出た所でエマがアレクに尋ねた。

 

「俺は…そうだな。マリーが見た人とか…まだ謎があるとは言え、俺たちが打てる手はもうないし、ジャックの所でのんびり茶でもいただく。設計も一段落したしな」

 

「そう」

 

「それでは、また」

 

「ああ。じゃあな」

 

 別方向に歩き出して、2人に向けて手を向けて別れの挨拶とし、アレクはクラブ棟に向かった。

 

 

「よう、また来たぜ」

 

 クラブ棟の一室。ハーブの香りが立ち込めるこの空間。普段はゆったりとした時間が流れているが、今日のジャックは忙しそうだ。

 

「ん、アレクか。悪いが、少し待っていてくれ」

 

「忙しいのか?」

 

「ああ。見ての通りだ」

 

「え?…あれ?!また増えてる!!」

 

 アレクはジャックの視線を目で追い、思いもよらない光景に出くわした。

 

 既に3人がテーブルを囲んでいる。

 1人用のソファにはアイラ、2人が座れるソファには、サラに加えて新たな客が来ていたのだ。

 

「ほう、本当に来るとはな。これは都合が良い」

 

「こっちはあんたが来てるなんて予想外だけどな、ヴィヴィア」

 

 学園長の娘にして、アレクに対して爽やかな敵対心を抱いている生徒、ヴィヴィア・アルテイルが、ティーカップ片手に寛いでいた。

 

「貴様がここの常連だとサラから聞いてな。私も来れば貴様に勝負を申し込みやすくなると思ったのだ」

 

「勘弁してくれよ…って、ん?サラから?」

 

「そうだが?」

 

「へー?苦手とか言ってた割には、案外仲よくなれたんだな」

 

「はっ…?」

 

 ヴィヴィアはしまったと言わんばかりの顔になり、口に手を当てた。少し冷や汗もかく。

 

「アレク…」

 

 そんな彼女を他所にサラはアレクの方を向いて右手を挙げ、ハイタッチのポーズを取った。

 

「お?」

 

「3人目の友達、できた…!」

 

 意図を理解し、手の平を軽く打ち合う。

 

「おお!よかったな!」

 

「お前のおかげ…」

 

「いやいや、あんたが頑張ったからだって」

 

「な…!私が2人目ではないのか?!」

 

「……?」

 

 ヴィヴィアは驚いた顔で声を上げた。もっとも、サラは首を傾げて返しただけだったが。

 

「あのな、あんた。サラはもうここに来た事があるんだぜ?そうなれば2人目の友達っていうのは当然…」

 

「あっ…」

 

 アレクが言葉を切ると同時に、ジャックがサラにティーカップを手渡した。

 

「ジャスミンだ。ハーブとは違うが、いい香りがする」

 

「ありがと…」

 

 ヴィヴィアは2人の間に流れる、自然で親密な空気を感じた。彼女は愕然としていたが、アレクは別なことをぼんやり考えていた。

 

(恋のライバルになるか…な?とりあえず頑張れよ、マリー)

 

「ま、待て…!サラ、貴様とジャックが初めて話したのは、私が数学を教えたときより後のはず…」

 

「あの時、ヴィヴィアは…ピリピリして、素っ気なかった。お前がそうではなくなったの…今日が初めてだから…」

 

 それを聞いたヴィヴィアはカップを持ったままがっくりとうなだれ、右手を額に当てた。

 

「あれが悪かったのか…」

 

「おおい、溢すなよ。火傷するぞ?」

 

 ジャックの注意は彼女の耳に入らないらしい。

 

「それで?お前は彼に勝負を挑みに来たのだろう?」

 

「あ、そうでした」

 

 アイラの一声で、ヴィヴィアは我に返った。

 サラの正面に座ったアレクに、ポケットから取り出したパンフレットを見せる。

 

「これを見ろアレク・エルタ」

 

「ん?ああ、野外実習で行くキャンプ場のか。これがどうかしたのか?」

 

 ヴィヴィアはそれを広げて、現れた地図の一角に指を押し当てる。

 

「これだ。キャンプ場を一周するようにアスレチックが組まれている。全て廻るのが上級者コースだ」

 

「あ、読めてきた」

 

「野外実習2日目の自由行動で…魔術を使わず、どちらが速くこのアスレチックを制覇できるか…この私と勝負しろ!」

 

 キッと顔を上げ、鋭い眼差しで相手を睨むヴィヴィア。対するアレクは両手を胸の前で振り、拒否の意志を示す。

 

「いやいや危ないだろそんなの。こういうのは急いでる人ほど怪我するんだから、むしろゆっくり行かないと…」

 

 サラもこくこくと頷くが、ヴィヴィアはそれを気に留めていない。

 

「ゆっくりで構わん。その上で勝負しろと言っているのだ」

 

「ええ…。自由行動だってのに、なんであんたに縛られなきゃいけないんだ?」

 

「ほう?不服か?」

 

「当たり前だろうが!あんたの不戦勝で良いからさ…」

 

 それを聞いたヴィヴィアは眼を見開き、テーブルを叩いた。『カップを割るなよ』とジャックが目で訴えているが、やはり彼女は気にしない。

 

「そんな勝負で私が納得すると思っているのか?!」

 

「してくれよ面倒くさい!…ラリス先生もほら!何か言ってやってくださいよ!ドライフルーツ頬張ってないで!!」

 

 今日の茶のお供はブドウやイチヂク、バナナと言った果物から、保存がきくように水分が取り除かれた物だ。

 彼女はそれらを満足そうに食べている。

 

「む?…ごくっ。別にいいではないか。彼女なりのコミュニケーションなのだ。少しくらい付き合ってやれ」

 

「ありがとうございます!」

 

 ヴィヴィアは明るい顔でアイラを見た。

 

「フッ。礼には及ばないさ」

 

「だああもう!わかったよ、受けてやるよ!やればいいんだろ、やれば!?」

 

「「よく言った!」」

 

 待っていたとばかりに、アイラとヴィヴィアの発言が見事に重なった。

 

「でもな、他の人に迷惑かけるなよ?その時点であんたの負けだからな!」

 

「それは貴様とて同じことだ」

 

「はいはい…ん?」

 

 諦めたアレクがふとテーブルを見ると、そこに置かれたパンフレットをサラが手にとってまじまじと見ていた。

 興味深々といった顔だ。

 

「…アレク…ヴィヴィア…。自分も、お前たちとこれ、やってみたい…」

 

「貴様も混ざって勝負すると言うのか?面白い。だが…後悔するなよ?」

 

 サラが力強く頷く。ヴィヴィアは彼女に勝てると思っているようだが、アレクは昨日見たサラの筋肉を思い出していた。

 ヴィヴィアはどちらかと言えば細い方だ。筋肉に関しては、体格に対する量、質共にサラを下回っているだろう。

 それは平均的な背格好の彼もまた同じ。

 

(あ…これ、ダメだ…)

 

「貴様も異論はなかろう?」

 

「もう好きにしてくれ…!」

 

 両手を顔に当てて嘆くように落ち込むアレクを労るように、ジャックが彼の前にカップを置いた。

 

 翌日。

 エマはアステリオンの大型ショッピングセンターに出かけ、メモを片手に店内を巡っていた。

 ジャックも街へ出ており、商店街でハーブを購入している。

 アレクは図書館で召喚魔術の本を見ながら、魔術陣をノートに写していた。

 サラは自宅で木刀を使ったトレーニング、ヴィヴィアは射手座の施設で妖精魔術の訓練と、皆が思い思いの休日を過ごしている。

 

 そんな中、マリーは寮の部屋に篭り、野外実習のスケジュールとキャンプ場の地図を机に広げ、ルーズリーフにプランを書いては頭を抱えていた。

 

「ダメです…彼が1人になってくれません…」

 

「昨晩からそればかりですわね…。何方かにポルグスさんを1人にするようにお願いしてはいかがですの?」

 

 いかにもお嬢様といった口調で話す彼女は、1組のニーナ・スハイル。

 マリーのルームメイトであり、薄い青の瞳と、背中の中間まで伸びるシャンパンゴールドの髪が特徴。

 優雅で媚びない立ち振る舞いから、多くの男子(と一部の女子)からの情景の的である。

 

 以前の事件で妖精をカノーネに喰われたが、無事に戻って来たこともあって、そのショックからはすっかり立ち直っている。

 

「む、無理ですよ〜〜…恥ずかしい…」

 

「そんな調子で本当に告白できるとお思いですの?!」

 

「わかっています…でも……」

 

 シャーペンを机に置き、両手の人差し指を付けては離す動作を繰り返すルームメイトに対して、ニーナが溜息を溢す。

 

「はぁ…。ポルグスさんの連絡先は御存知ですのよね?」

 

「は、はい…」

 

「なら簡単ですわ。こちらを…」

 

「恋愛小説?!」

 

 ニーナは自分の本棚から1冊の本を取り出した。

 

「これをご覧なさい。彼女と同じことをすればよろしいのです」

 

「え…えと…ふぇえ??!」

 

 ニーナが開いたページを見たマリーは悲鳴をあげた。顔も真っ赤になる。

 

「こ…こんなの…万が一彼に届いていなかったら…読んで貰えなかったら…お終いです!私、泣きます!!」

 

「こちらのヒロインと同じように、少しは御自分の思い人を信頼なさい!親友でもあるとお聞きしておりますわよ!!」

 

「うう〜…」

 

「さあ、先ずはロマンチックな場所の選定ですわ!……この辺りがよろしいですわね…」

 

「か、勝手に決めないでくださ〜〜い!」

 

 マリーの抗議も虚しく、ニーナがルーズリーフを埋めていった。

 結局、殆ど彼女が決めたプランに従うことになってしまうのは、後の話である。

 

 

 数日後、陽が沈みゆく頃。

 キャンプ場では、職員が忙しそうに行き来している。いよいよ明日、ゾディアックの生徒たちを迎えるので、その準備を行っているのだ。

 

 

 その灯りが薄く見える山の上。

 突き出た岩にいた『それ』は、翼を広げて薄明の空へ飛び立つ。

 

 炎が宿った瞳で捉えたのは、頭上を彩る夏と秋の星座たち。

 

 





 アレクは恋愛の話になると涙腺が弱くなります。
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