千雨infinity(改稿版)   作:雑草弁士

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Episode:11『超音速』

 麻帆良のあちこちを走り回った千雨は、肉体的にはともかく、精神的にはかなり疲れ果てている。だがその苦労が報われ、彼女はようやくの事でネギを見つける事ができた。ネギは麻帆良学園都市外れの橋の上で、エヴァンジェリンと茶々丸に捕まっている。千雨は舌打ちした。

 

(ち、結局捕まってやがんのか。くそ、マクダウェルを弾き飛ばして……)

 

 千雨は加速状態のまま疾走し、エヴァンジェリンに掌打で充分手加減した一撃を加える。

 

ゴワンッ!!

 

 しかしその打撃は、何ら効果を表さなかった。千雨が手加減していたと言う事もあるのだが、その攻撃はエヴァンジェリン自身に当たる前に、何か別の物に当たって威力を散らされたのだ。それは封印解放状態のエヴァンジェリンが常に纏っている、魔法障壁であった。

 

(ち……! 以前マクダウェルと戦った時は、この程度であっさり障壁を破壊できたのに! いや、そうか。コイツ今は学園結界が落ちて、魔力が全開状態なんだったな。それで障壁の強度が桁外れに上がってやがるのか)

 

 千雨は瞬時の判断で、ネギを引っ掴んでその場を離れる。そして彼女はエヴァンジェリン達から充分離れた吊り橋主塔の陰で、高速転移を解除した。エヴァンジェリンは急に魔法障壁を殴られた上にネギがいなくなり、驚き騒いでいる。

 

 ネギは小さく呻いた。

 

「あ……?」

 

「喋るな。ゆっくり深呼吸してろ。加速して助け出したからな、前と同じで目が回ってるハズだ。……いいか、私が時間を稼いでやる。身体が回復したら、とっとと逃げろよ。」

 

 そして千雨は再度高速転移すると、加速状態でエヴァンジェリン主従の前に移動し、わざと加速を解除する。エヴァンジェリンは目を見張った。

 

「貴様は! ……たしか『ディー・エイト』だったな。そうか、坊やがいなくなったのは、貴様の仕業か」

 

「まあな。……なあ、どうしてもネギせ……少年の血が必要なのか? 他には方法は無いのかよ?」

 

「ふん、他の方法がある様なら、こんな所でこうしてはおらんわ。これはようやくの事で巡って来た、千載一遇の機会なのだ」

 

 エヴァンジェリンの答えを聞き、千雨は顔を俯かせて深く溜息を吐く。そして彼女は顔を上げた。その眼には決意の色がある。彼女は(おもむろ)に言った。

 

「……仕方無ぇ。どうやら私は、てめえと戦わないとならないみたいだ。やりたか、無かったんだがな」

 

「は! 今さらだな! 来るがいい!」

 

 茶々丸がエヴァンジェリンの前に出て、構えを取る。エヴァンジェリンは呪文を唱え始めた。

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック! 来れ(ウェニアント)氷精(スピリトゥス・グラキアーレス)大気に満ちよ(エクステンダントゥル・アーエーリ)! 白夜の国の(トゥンドラーム・エト)凍土と(グラキエーム)氷河を(ロキー・ノクティス・アルバエ)!」

 

 千雨は瞬時に高速転移する。加速状態の千雨からすれば、茶々丸もエヴァンジェリンも動きは止まっている様な物だ。千雨は彼女の主観で動きが止まっている茶々丸の脇をすり抜け、エヴァンジェリンに迫る。

 

(……今のマクダウェルの障壁に私の攻撃が通じるか?いや、それ以前に、私にできるか?うかつにハイパワーでぶん殴れば、障壁を貫いた残余の威力でも、人体を致命的に破壊してしまうかも知れねえ。たとえ相手が吸血鬼だったとしても、生きた人間相手に、そんな威力で攻撃できるのか?)

 

 千雨の拳の一撃は、本気になれば鋼の塊さえも穿ち砕く事が可能である。しかしそんな攻撃が直撃してしまえば、エヴァンジェリンの身体は粉々になりかねない。とりあえず千雨は、40%程度の力で殴りつける。だがその一撃は、障壁に防がれてしまった。

 

(ちっ……。まだ甘く見てたかよ!)

 

 千雨は次は50%程度にパワーを上げて、ぶん殴る。その攻撃もまた、障壁に防がれてしまった。60%でも、70%の力でも、それが80%であっても、エヴァンジェリンの障壁は持ち堪える。

 

 そして90%の力で殴り、またも障壁が軋みはしても持ち堪えた時、千雨は嫌な予感を覚えた。彼女は跳躍し、橋を支えるケーブルの上に降り立つ。次の瞬間、エヴァンジェリンの前方数メートルの橋上面が、全て凍って行くのが見えた。

 

 エヴァンジェリンの魔法、「凍る大地」の効果である。先程千雨が加速する前に唱えていた呪文が、たった今詠唱完了したのだ。うかつに今までの場所にいたなら、膝下から氷に閉じ込められて動きを止められてしまっていた所である。

 

(ちくしょう!これでどうだ!)

 

 千雨はエヴァンジェリンの後方に飛び降り、とうとう全力全開の力で殴る。

 

バリン!

 

 エヴァンジェリンの魔法障壁は、ついに音高く破れた。だが結局、障壁を破るのに力の大半を使い果たした千雨の拳は、エヴァンジェリンの胴体にやんわりと食い込んだだけに終わった。エヴァンジェリンの瞳が笑っているのが、千雨には見える。あたかもそれは、獲物を捕らえた獣の様な瞳だった。

 

 千雨は全力で飛び退(すさ)る。

 

(……ヤバいッ!!)

 

 千雨は転倒する。彼女の左脚が凍りついていた。エヴァンジェリンが無詠唱で行使した、氷の『魔法の射手(サギタ・マギカ)』によるダメージである。千雨は加速を解除した。全ての力を、損傷の回復に当てるためである。

 

 加速を解除して姿を現した千雨に、エヴァンジェリンは称賛の拍手を送る。もっとも半分以上嫌味ではあるが。

 

「凄まじい物だな、『ディー・エイト』。私の……真祖の吸血鬼の魔法障壁、それも封印解放されて全力全開の私のソレを、単純な力技で破るとは、な」

 

「へっ、高速転移中の私を、自分を囮にして捉える様な奴に褒められてもな。すっかりしてやられたよ」

 

「貴様は気配があからさまだからな。捉えやすいと言えば捉えやすい。まあ、私以外の奴になら充分通用するさ」

 

 その台詞を聞き、千雨は内心で舌打ちする。

 

(くそっ……。生きて帰れたら、長瀬にでも気配の消し方、教えてもらうかな……)

 

 そんな千雨の、悔しそうな気配を感じ取ったのだろうか、茶々丸を背後に控えさせたエヴァンジェリンは、嘲笑を浮かべて言う。

 

「……ふん。話を長引かせているな?」

 

「!!」

 

「貴様の脚が、急速に解凍、回復しているのには気付いている。だが、そんな余裕はやらんよ。リク・ラク・ラ・ラック・ライラック。氷の精霊(ウンミリア・スピリトゥス)千一頭(グラキアーレス)集い来りて(コエウンテース)敵を切り裂け(イニミクム・コンキダント)魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾(セリエス)氷の千一矢(グラキアーリス)

 

 エヴァンジェリンの右掌から、1,001本の魔力の氷柱(つらら)が射出された。それは各々別個の軌道を描き、千雨に迫る。

 

 先程高速転移中の千雨に命中したのは、エヴァンジェリンが速さと早さを最大限に意識したため、無詠唱のしかもたった1本の『魔法の射手(サギタ・マギカ)』であった。だが今度の攻撃は、エヴァンジェリンがわざわざ呪文を詠唱して放つ、本気の攻撃だ。

 

 いや、完全に本気とは言い切れないのかも知れない。エヴァンジェリンが使ったのは、矢の本数が桁外れに多いとは言えど、基本魔法である『魔法の射手(サギタ・マギカ)』である。これはエヴァンジェリンの、『貴様など大呪文や秘呪文を使うまでもない』と言う意志表示なのかも知れない。

 

 だが実際の所、それで充分だ。今の手負いの千雨など、全開状態のエヴァンジェリンに取っては塵芥に等しいのだろう。

 

 千雨は迫る氷の魔法の矢を見つつ、苛立(いらだ)っていた。

 

(ふざけるな……)

 

 エヴァンジェリンの魔力によって構成された、魔法の氷柱(つらら)が迫る。

 

(ふざけんじゃ、ねえ……)

 

 1,001本の魔法の矢が、千雨に引導を渡そうと迫り来る。

 

(こんな……。こんな事で、2度も死んでたまるかよ! 私はまだ何もやっちゃいない!何もできちゃ、いないんだ! ふざけんなあああぁぁぁッ!!)

 

 

 

ドン!

 

 

 

 千雨の周りから、音が消えた。そして彼女に新たな感覚が目覚める。目でも耳でも、皮膚感覚でもない、全く新しい感覚……レーダーである。1,001本の氷の魔法の矢が、確実にレーダーに反応している。その全ての位置が、明確に判る。

 

 空気の感覚が変わった。まるで水の様に、千雨の身体にまとわりついてくる。千雨はそれを切り裂いて疾走した。そして千雨は、ついに『音速の壁(サウンドバリア)』を突破する。凄まじい衝撃を感じた後は、いきなり静かになった。

 

 そう、千雨はついに超音速での機動を会得したのである。彼女の姿は、何時の間にか変わっていた。基本的には、今までの戦闘形態と変わらない。だがよりスリムになって前面投影面積や空気抵抗が減り、膝や肘などにカナード翼が飛び出している。凍りついていた左脚は、既に完全に復元していた。これが千雨……『ディー・エイト』の超音速形態である。

 

(これは……何処かでこの感覚を味わった記憶がある。何処か、遠い何処かで……)

 

 それは光一……『8マン・ネオ』から移植された、『8マンのマトリクス』に付随する『8マンの戦闘経験』による記憶だ。千雨はその戦闘経験に従い、疾走する。橋の上に、無数の氷の華が咲いた。千雨が超音速で疾走した事で衝撃波が発生し、その衝撃波に触れた氷の魔法の矢が誘爆したのである。

 

 千雨は方向転換し、最大加速で走り続ける。その目標は、橋の真ん中に立って千雨を嘲笑っているエヴァンジェリンだ。超音速の域まで加速している彼女以外にとっては、時間的にはほとんど経過していない。エヴァンジェリンは千雨が彼女の魔法から逃れた事すらも、未だ認識していないだろう。

 

(もう手加減なんて言ってらんねえ……。ソニックブーム……。超音速によって生み出される、大気のハンマー……。それで奴を……打ちのめす!!)

 

 千雨がエヴァンジェリンの脇を駆け抜ける。凄まじい衝撃波が、エヴァンジェリンを襲い、彼女の魔法障壁をいともあっさり打ち砕いて、更に彼女を打ち据えた。エヴァンジェリンを叩き伏せた衝撃波のほんの余波が、傍らに控えていた茶々丸をも吹き飛ばす。

 

 茶々丸は麻帆良湖に落ちそうになった所を、自らのスラスターによる噴射で空に浮かび、難を免れた。千雨は加速を解除して、ズタボロになったエヴァンジェリンに両拳を向ける。指向性電撃装置をいつでも使える構えだ。茶々丸は自らの主を呼ぶ。

 

「マスター!!」

 

 その瞬間、エヴァンジェリンの姿が無数のコウモリに変わり、分解する。そしてそのコウモリが再び空中に集まると、やはり瞬時にエヴァンジェリンの姿に戻った。その身体には、傷一つ無い。但し着ていた衣服はズタズタになったままだが。彼女は宙に浮かび、苛立(いらだ)たしげに言葉を発する。

 

「やってくれたな……。肉体の再生は疲れるし、面倒だと言うのに。……だが一つ、詫びておこう。貴様を見くびっていたよ。ここまでの事ができるとは、な。だが吸血鬼……特に真祖はただの武器では死なん。貴様にとっては残念な事だが、な」

 

「……へっ。ずっと見くびってくれてても、私はかまわねえよ?その方がこっちとしては楽だかんな」

 

「そんなに自らを卑下することもあるまい。私が本気を出すに値すると認めてやったのだから、な」

 

 互いに言葉での牽制を繰り返しているが、実の所こうなれば千日手に近い。千雨から見れば、エヴァンジェリンに空を飛ばれては、攻撃の手段は指向性電撃装置しか無く、果たしてそれでエヴァンジェリンの魔法障壁を破れるかどうかは分からない。たぶんおそらく破れるのでは無いか、とは思うのだが確証はまったく無い。

 

 一方エヴァンジェリンの側からしても、千雨が超音速での機動を繰り返せば、魔法攻撃を狙って当てる事など不可能に近い。先程の様に相手の攻撃を誘って無詠唱『魔法の射手(サギタ・マギカ)』を当ててやろうにも、もうおそらくは千雨は引っ掛からないだろう。

 

 そして千日手となれば、実は勝利は千雨の物だったりする。麻帆良学園都市のメンテナンス作業が終了し、停電が終われば、今現在落ちている学園結界は復旧してしまう。そうなれば、エヴァンジェリンの魔力は再び失われ、彼女は10歳相当のただの子供同然になってしまうのだ。そうなればエヴァンジェリンは、もはやネギの血を吸う事もままならない。

 

 

 

 だがその時、年端もいかない少年の声が、周囲に響いた。




千雨はなんとか超音速を会得いたしました。そしてエヴァンジェリンとも、仕切り直し……と思ったところで! どうやら水入りの様です。

今回で改稿前部分を終えようかと思っていたのですが、ちょっと長かったので更に一回分割いたしました。
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