その時、年端もいかない少年の声が、周囲に響いた。その声は、ネギ・スプリングフィールドの物である。
「やめてください! エヴァンジェリンさん! 『ディー・エイト』さん! ……エヴァンジェリンさん、あなたの標的は僕のはずでしょう!?」
「なっ! 馬鹿! 調子が戻ったら逃げろって……!」
それはネギの声だった。彼の後ろには、ネギの保護者役である明日菜と、ネギの使い魔であるオコジョ妖精のカモがいる。千雨は一瞬、怒りと心配とで我を忘れそうになった。
だがそれも、ネギの次の台詞を聞くまでであった。
「僕がここに出て来たのは、僕を逃がそうとしてくれた『ディー・エイト』さんのお気持ちを無駄にする事だって、分かっています。ですが、このまま逃げちゃったんじゃ、駄目なんです!
僕はいつまでも逃げなきゃならないですし、エヴァンジェリンさんはいつまで経っても僕の血を狙い続けるでしょう。今後似た様な機会があれば、エヴァンジェリンさんは何度でも同じ様な事を繰り返すでしょう。
それじゃあ何の解決にもならないんです。また何人も被害者が出る事は、なんとしても避けなければならないんですっ!」
「……待て。また何人も、って事は、もう誰か被害者が出てるのか?」
「まき絵さん、アキラさん、ゆーなさん、亜子さんが吸血鬼の下僕化されてしまいました。今は気絶してもらってますけれど……。この事件が終わったら、吸血鬼化の手当てをしないといけません。
だから、もうそんな事にならない様に、エヴァンジェリンさんと僕の間で、『なんらかの決着』をつけておかないと駄目なんです! もし僕が負けて血を吸われる結果になったとしても……」
「……」
ネギの言葉に、千雨は気圧される物を感じる。彼女は頭を振った。
「あー、あー。分かったよ。アンタがそこまで覚悟決めてんなら、何も言えねーさ。あ、いや1つばかりあった、な。
手前、もう少し他人を頼りやがれ。他人に助けを求める事は、悪ぃこっちゃねぇぞ?特にてめえは子供だ。誰かに助けを求める事は、別に恥ずかしい事じゃあ無い。大の大人だって、やってる事だ。
それに、だ。1人で突っ走るのは、一見格好いい様に見えるが、アンタを応援したい、助けたい、そう思ってる人間に対して失礼になる事だってあるんだぜ?」
「はい、わかってます。アスナさんにも同じ様な事、言われました。……お願いします、『ディー・エイト』さん。アスナさんといっしょに、僕がエヴァンジェリンさんと1対1になれるよう、力を貸してください」
千雨は頷いて見せる。そして彼女は改めて、エヴァンジェリン主従に向き直った。
「……と言う訳で、選手交代だ。話の間、待っててくれたんだろ?サンキュ」
「ふん、少しぐらいはかまわん。それより坊や、さっきは半ベソだったのが、味方が来たとたん元気になったな?」
「ええ。これほど心強い物だとは、思っても見ませんでしたよ」
ネギはエヴァンジェリンの皮肉に、真正面から応える。そして彼は一枚のカードを取り出した。
「
「何っ!? 『
リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!!」
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!!」
2人の呪文詠唱の声に乗って、茶々丸が突貫してくる。それを明日菜が迎え撃った。と、明日菜に向かう茶々丸の攻撃を千雨が掴んで止める。今千雨は、超音速形態を解除して通常の戦闘形態に戻っていた。走力ならばともかく、単純なパワーにおいてはこちらの方が若干有利だ。そして茶々丸をここで明日菜と2人がかりで釘付けにしておくには、超音速は必要無い。
「悪いがアンタにゃ、ここで私らと睨み合いをしてもらうぜ」
「
ネギはポケットから、星型のヘッドが付いた1本の小さな杖を取り出す。それは彼が昔使っていた子供用練習杖だ。彼が本来使っていた大きな魔法の杖……父親の形見の杖は、先程エヴァンジェリン達に捕まった際に麻帆良湖に投棄されてしまっていたのである。
「何だそのカワイイ杖は! ハハハ、喰らえ!
「くうっ!
エヴァンジェリンとネギの放った魔法の矢が、ネギの眼前の空中で激突し、爆煙を上げて互いに消滅する。
(……曲がりなりにも、撃ち合えてんじゃねーかよ。マクダウェルの方は若干手加減してるみてーだがな。……ま、そうか。マクダウェルはあのガキの血が欲しいんだ。粉微塵に吹き飛ばすわけにもいかねーか)
千雨は明日菜と共に、茶々丸の攻撃を封殺しながらネギの様子を見遣った。茶々丸自身がネギとエヴァンジェリンの戦いに気を取られている様子であるため、その程度の余裕はいくらでもある。
また再び、ネギとエヴァンジェリンの魔法がぶつかり合い、爆煙を上げて相殺された。ネギは勝負に出る。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!
それはネギが今使える中で、一番強力な魔法だ。だがエヴァンジェリンもまた、呪文を唱える。
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!
それはネギが唱えていた呪文と、同種の魔法だ。エヴァンジェリンはネギと真っ向から撃ち合うつもりの様だ。それはエヴァンジェリンの戯れであろうか、それともネギの事を単純に侮っているのだろうか。
いやもしかするとエヴァンジェリンには、ネギに対しての期待の様な物でもあるのかも知れない。少なくともエヴァンジェリンは、本来彼女が使えるであろう強力な大呪文や、秘呪文の類を使ってはいなかった。
「
「
2人の魔法が炸裂し、激突する。
「
「
同種の魔法だけあって、威力的にはほぼ互角だ。となれば、あとは術者の力量次第である。流石に600年余の研鑽を重ねたエヴァンジェリンの力は凄まじく、ネギは徐々に押され始めた。
「ぐうっ……。くくっ……。」
「う、うう……。ああ……。」
ネギの持つ子供用練習杖に、罅が入る。あくまでこの杖は子供用の練習用であり、この様な大出力に耐えられる造りにはなっていないのだ。だがネギは諦めてはいなかった。彼は後先考えない全力を身体の奥底から無理矢理に引っ張り出し、壊れかけた杖に注ぎ込む。
暴走と言っても良い魔力の奔流が、ネギの魔法、雷の暴風を後押しした。
「な、何っ!?」
エヴァンジェリンの闇の吹雪を押し切ったその魔法の余波が、エヴァンジェリンを襲った。雷と風のエネルギーが、周囲を荒れ狂う。明日菜と茶々丸が叫んだ。
「ネギー!!」
「マスター……!!」
「……2人とも一応は無事だぜ?」
千雨が呟く様に言う。彼女の身体に搭載されているセンサー群は、茶々丸のそれを性能的に遥かに凌駕しているのだ。立ちこめていた煙が吹き払われると、そこには、荒い息を吐くネギと、ズタボロの状態で宙に浮かぶエヴァンジェリンの姿があった。ネギの手の中で、子供用練習杖は砕けてしまっている。
溜息を吐き、千雨は頭を振った。
「今の一撃だけなら、ネギ少年の勝ち、だな。もっともこれで終わるかと言うと……。あ、いや終わりだな」
千雨の『耳』には、麻帆良学園学園長近衛近右衛門の携帯電話に連絡する、メンテナンス作業完了報告の電話の内容が傍受されていた。
『学園都市のメンテナンス作業、完了いたしました学園長』
『ほっほっほ、急がせてしもうて済まんの。予備システムの方は、まだ復旧できんそうなのでのう。早速正システムを起動してくれたまえ。これで学園結界が復旧できるわい』
『了解です。では早速……』
突然茶々丸が叫んだ。彼女は今夜の停電が始まってからずっと、学園結界の様子をモニタリングしており、そのシステムの復旧を感じ取ったのである。
「いけないマスター! 戻って!!」
「な……、何!?」
「予定より7分27秒も停電の復旧が早い!! マスター!!」
「いや、お前らが学園結界の予備電源を落としたりするからだ。だから学園側が急いで正規のシステムを復旧させたんだ」
千雨の言葉にはかまわず、エヴァンジェリンは急いで橋上に戻ろうとするが、間に合わなかった。エヴァンジェリンの身体を、電撃に似たスパークが包み込む。彼女は叫んだ。
「きゃんっ!!」
学園結界の復旧により、魔力の封印が戻ったエヴァンジェリンの身体は、10歳の少女の物に等しい。無論、空を飛ぶ事など不可能だ。彼女は麻帆良湖へと落下して行く。茶々丸がスラスターを吹かしてそれを追うが、間に合わない。
「――魔力がなくなればマスターはただの子供、このままでは湖へ……。あとマスター泳げません! ……!?」
「エヴァンジェリンさん!」
ネギが落下するエヴァンジェリンを追い、橋の手摺を蹴った勢いで麻帆良湖に飛び込んで来る。後先考えずに、エヴァンジェリンを助けるつもりだ。彼は先に湖へ投棄されていた、父親の形見の杖を呼ぶ。
「
湖面に漂流していたネギの杖が、まるで生き物の様に飛んでくる。だが間に合うかどうかは危うい所だ。ネギは落下しつつ、右手でエヴァンジェリンの腕を掴む。彼は飛んできた杖に、左手を伸ばした。だが水面まではあと僅かである。
「!!」
ぎりぎりで、本当に水面ぎりぎりで、ネギは杖を捕まえてそれに跨った。と同時に、彼はエヴァンジェリンを引き上げる。ビキっと彼の右腕が、筋を痛めた音を発する。だが彼は無事にエヴァンジェリンを救い上げた。
エヴァンジェリンは、ネギに向かい呟く様に問う。
「……なぜ助けた?」
「え……。だ、だって……。エヴァンジェリンさんは僕の生徒じゃないですか」
「……。バカが……」
何やらいい雰囲気である。明日菜が呟く様に言った。
「……なんか私、空気?」
「……心配ありません。私も空気になっています」
「俺っちなんか、最初っから空気だぜ」
「私もかよ……」
明日菜に追従した茶々丸やカモの言葉に、千雨は疲れた様に続けた。そんな千雨に、明日菜が微笑む。
「え……と。『ディー・エイト』さんだっけ?ネギがピンチの時、護ってくれたんでしょ?ありがとうね」
「ん。いや別に礼を言われる様な事……だったかも知れねえな、アレは。あ、いや私はそのつもりは無かったんだが、全開状態のアレの相手は、流石に骨が折れた」
「でしょ。だから素直にこっちのお礼、受け取っておいて」
「わかった」
やがて橋の上に上がって来たネギとエヴァンジェリンが、彼等の方へやって来る。ネギは満面の笑みを浮かべ、対してエヴァンジェリンは少々むくれている様子だった。ネギは千雨の方に歩み寄る。
「『ディー・エイト』さん! 今日は助けてくださって、どうもありがとうございました!」
「ん……。まあ、アンタも良くやった、よ。ま、今回の所はネギ少年の勝ち、でいいな? なあマクダウェル……だったか?」
千雨がエヴァンジェリンに名字を訊いたのは、実の所演技だ。まかりまちがっても、『ディー・エイト』の正体が千雨であるなどとは思われるわけには行かない。それ故彼女は、『自分がエヴァンジェリンの名前を正確には知らない』と言う演技を行ったのである。
エヴァンジェリンはそれには気付かずに、普通に応える。
「ああ、マクダウェルだ。にしても、予定通り停電が続いておれば、私の勝ちだったぞ?」
「そりゃ、有り得ねえな。お前らが学園結界の予備電源なんぞ落とすから、学園結界を復旧させるために学園側は大急ぎでメンテナンスを終わらせて、正規の電源を復旧させたんだ。下手すりゃ、もっと早く電源が復旧してたかも知れねぇぞ?お前が私に一時的に叩きのめされた、あの瞬間あたりに」
「く……。ふん、分かった、分かったよ。確かに今日のは1つ坊やに借りだ。今後坊やの授業には、きちんと出てやるし、見境ない吸血行為もやめる。それでよかろう」
不貞腐れた様なエヴァンジェリンの物言いに、周囲の人間は各々苦笑なり微笑なりの笑みを浮かべる。千雨は付け加える様に言った。
「ああちなみに、だ。学園結界は別にてめえの魔力を封じるための物じゃねえ。ソレはあくまで副産物だ。本来は強力な霊地である学園都市内で、強力な魔物や妖物が暴れるのを防ぐためのもんだ。だから今回、結界が落ちたせいで結構色々大変だったみたいだぞ?」
「ええっ!? そ、それじゃあ麻帆良の街が大変な事に!?」
「ああ、いや。大変だったのは警備の皆さんだ。街自体には影響は全く無いから安心しろ」
あんまり安心できない事を言いながら、驚くネギを落ち着かせる様に、千雨は彼の頭を撫でる。やがて千雨はネギの頭から手を放し、別れの挨拶をした。
「さて、んじゃこの辺で私は失礼する。じゃ、またな」
「あ、はい! またお会いしましょう!」
「じゃ、またね!」
「んじゃあな姐さん」
「ふん……」
「それでは御健勝で」
千雨は高速転移して加速し、その場を後にした。一瞬で、ネギ達の姿が後ろの彼方へと消える。と、千雨は体内無線を使ってコールを掛けた。
『光一さん、居るんでしょう?たぶんリープもダイも。なんで来てくれたかは分かりませんが』
『ああ。やっぱり気付いてたか。』
『はい、来たのはつい先程ですが。』
『オツカレ、ナノラ』
加速して疾走しつつ、千雨は頭をめぐらす。すぐに彼女に並走する3つの影が現れた。それは光一……『8マン・ネオ』と、リープ、そしてリープの背に乗ったダイである。当然の事ながら、彼等の姿はいつもの戦闘形態だ。
光一は、
「本当は、さ。長谷川の声が聞こえたとき、すぐに来ようと思ったんだけど、途中で妖怪に苦戦する魔法使い達を見つけてしまって。それで手伝ってるうちに遅くなった。すまない」
「声?私、何も通信した覚えは……」
「無意識だったんでしょうね。凄い剣幕の声が響いてきましたよ」
「スゴイ声ダッタノラ。『ふざけんなあああぁぁぁッ!!』ッテ」
「あ……。あん時か……」
それは千雨がエヴァンジェリンの魔法の矢を逃れるため、超音速形態を発動させたその瞬間の叫びだった。千雨は思わず赤面する。だが千雨はすぐに立ち直り、光一に報告すべき事を言う。
「ところで光一さん。超音速、つい先程なんとか物にしましたよ」
「! ……そうか、おめでとう。よかったよ、これで一安心だ」
「超音速機動を物にしたとなると、これで私の戦闘能力は追い抜かれてしまいましたね」
「別に戦闘能力で、リープを追い抜きたいわけじゃなかったんだけどな」
複雑な思いの千雨だったが、光一の次の台詞にがっくりと来る。
「これで次の訓練に入れるな」
「!! ……ま、まだあるんですか」
「まだまだあるさ。長谷川には申し訳無いけれど、全ての能力を十全に使いこなせる様になってもらう。
……俺達マシナリーは決して兵器じゃあ無い。だけど兵器として使えば、恐ろしい武器になる。包丁や金槌、バールの様な物が、その気で使えば人殺しに使える武器になる様に、ね。だから扱い方を間違えたり、迂闊に使ったりしない様に、心してしっかり学んで欲しい」
光一の声は硬く、重々しい。千雨は息を飲んだ。
「特にこれから使い方を練習してもらう能力は、本当に危険な力だ。武器にもなる力、じゃなくて本物の武器、兵器そのものだから……。本家の『8マン』である東さん……東八郎さんは、俺にこの『8th』ボディを与えた時に、危険だからそのマトリクスを封印していたほどだ。
だけど俺はその能力を封印せずに『16th』ボディにコピーした」
「……何故です?」
「俺は最初にその能力の封印を破って発動させた時、激烈な怒りにまかせて強引に封印を破ったんだ。その結果、俺は暴走した。相手は千人を超える人々を虐殺したテロリストだったんだが……。だけどそれでも、むやみやたらに『人間に向かって』使っていい力じゃあなかった。たとえ暴走して、自分自身の制御が利かない状況であったとしても……。
だから俺は、あえてその力を封印しなかった。『16th』を受け継ぐ人に、俺の様にならないで欲しかったから。きちんと最初から理性を持って、その力をコントロールできる様になってもらいたかったから」
千雨は光一の声に、深い悲しみを感じた。彼女は思わず光一に問う。
「……そんな大事なボディを、私のためなんかに使って良かったんですか?」
「うん。長谷川を助けるために使えて、良かったと思ってる」
「私、力に溺れるかも知れませんよ?もしかしたら好き勝手絶頂にこの力を使うかも」
「そうなったら、命を懸けてでも俺が止めるさ。……でもきっと大丈夫だ、長谷川なら」
「……。その……。光一さんの期待に沿えるよう、頑張ります」
彼等はそのまま疾走し続けた。そこへリープとダイが突っ込みを入れる。
「……光一、長谷川さん。まことに言いづらいんですが……」
「中等部ノ女子寮ハ、トックニ過ギタノラ」
「「!」」
光一と千雨は思わず足を止めた。光一は言う。
「こりゃ、しまったな。つい話に夢中になってた。どれ、戻るとしようか」
「あ、いえ、いいです。1人で帰れますから!」
「……そうかい? 気を付けてな」
「はい! では!」
千雨は180°方向を変えると、再び高速転移して走り出した。その表情は、何とはなしに明るい。千雨は女子寮に向かい、走る。
この夜は色々な事があったが、なんとか大団円で終わってくれた。危険もギリギリであるが、乗り越えられた事であるし。彼女の心は軽い。今日は安心して眠れそうだった。
ほぼ原作と同じ道筋で、ネギが勝利しました。ただし、ネギ当人の心の持ちようなのか、『くしゃみ』による暴走に頼らずに、必死になって自らの内から引き出した魔力によって、勝利しています。
そしてようやくの事で、改稿前に発表していた所まで追いつきました。次回からは、完全新作部分となります。
そして、やっぱり魔法の呪文にルビを振るのは、物凄く大変でした……orz。