千雨は、気分的に疲れ果てていた。今さっきまで彼女はクラスメートと共に、新幹線の車両内に突如現れた、108匹のカエルを捕まえて集めていたのだ。引率者の1人、源しずな先生はカエルが苦手なのか、失神してしまっている。後は保健委員の和泉亜子なども同様に気を失っていた。
(まったく、何だってんだ……。やっぱり問題起こりやがったよ。突然何の脈絡もなく、今まで居なかったカエルが出現するってのは、絶対に魔法関係だろ。魔法の秘匿ってのは、どうなってるんだよ、関西呪術協会……。
い、いやいやいや。この程度の嫌がらせで済んでると考えた方が良い。と言うか、そうとでも考えねえと、やってらんねえ……)
と、ここで突然千雨の脇を、何かが高速で飛び過ぎて行こうとする。そしてネギが声を上げた。
「あーーーっ!? 鳥!?」
千雨はつい反射的に、その自身の傍を飛び過ぎようとした飛翔体を、素手で掴んだ。最初に鳥の羽毛の様な感触がする。続いて右手の中でそれが失われ、紙を握りしめた様なクシャっとした感触に変わった。
「何だこりゃ……」
千雨が右手の中を見遣ると、クシャクシャに潰れた呪紋が描かれた紙札がそこにあった。そしてはらりと、別の封書が床に落ちる。千雨はそれも拾い上げた。
(麻帆良学園の封蝋がついた書簡に、この呪符っぽい紙札……。たしかこの紙札は、わたしがうっかり掴み潰すまでは、なんかツバメみたいな鳥だった……。あ、これって式神ってやつか?)
「あーっ! ぼ、僕の親書! 長谷川さん、ソレ……」
「ああ、ネギ先生。なんか鳥が飛んでたので、反射的に掴んだら、こんな
問われたネギは、非常に慌てる。
「あ、い、いや。それは……。が、学園長先生のお使いで、向こうにいるお知り合いに手紙を届ける事になってるんですよ!」
「……普通に郵便じゃ駄目なんですかね? 大事な物でも、書留郵便って手もありますし。ネギ先生も、修学旅行中にお使いって、大変ですね。ハイ、これ。
こっちの
「あ、あははは! そうですよね、困ったもんです!」
ネギは千雨から封書と御札を受け取ると、そそくさと立ち去る。それを横目に、千雨は溜息を吐いた。
(親書、って言ってたな。って事は、学園長からって言うか、関東魔法協会から関西呪術協会への親書って事か? なんでネギ先生が、ンな物を……。って言うか、それに関しては知らなかったな。ネットに上がって無い情報や、携帯電話で喋らなかった話は、わたしじゃ集めようが無いからなあ……)
まあ、そう言う事だ。千雨や光一の情報収集能力は、電脳世界に著しく依存している。ネット上に上がらなかった情報は、知り得ない。彼等は他にも携帯電話や警察無線の情報を傍受してはいるが、基本それによらない情報もまた、知る事はできないのだ。
そして千雨たちを乗せた新幹線は、京都駅へと到着した。無事に、とは言えないかも知れないが。しずな先生や和泉亜子など数名が、カエルのいたずらで失神させられた事もあるし。まあ、その程度で済んで良かったと千雨は思っていたが。
そして修学旅行の一行は、清水寺へと向かった。清水の舞台などでは、誰か飛び降りろとか、では拙者がとか、とんでもない事を始めそうになったため、いいんちょなどの良識派? まあ良識派が、それを
(こいつらは……。まあ、裏に何があるか知らない連中は、いいよな……。のんきに旅行を楽しめるんだからよ)
千雨は肩を落とす。そこへ楓が近寄って来て、声を掛けた。
「せっかくの修学旅行だと言うのに、元気無いでござるな」
「長瀬か……。お前は、はっちゃけ過ぎだ。いくら忍者だからって、本気で清水の舞台から飛び降りようとすんな。少しは忍べ」
「せ、拙者は忍者じゃないでござるよ?」
失笑を交えて、千雨はしかしすぐに真面目な顔を作って言う。
「それはまあ置いとこう。ちょっと力を借りたいんだが」
「……何でござるかな?」
楓も、雰囲気を真面目な物に変える。千雨は小さく頷いた。
「わたしらの一行に、いやがらせを仕掛けてる奴らがいる。それとなく注意を払ってて欲しいんだが。列車の中での、カエルの一件とか」
「やはりアレは、人為的ないやがらせであったでござるか」
「いや、それ以外の何物でもねえだろ。今のところは、怪我人とか出てないけどな。あれがエスカレートしてくれば、どうなるかわからん」
「わかったでござるよ。特にカエルなどと言うおぞましき物を使ってテロを仕掛けるなど、ゆるせぬでござるな」
「カエル、嫌いなのか」
忍者のくせして、と言う言葉を飲み込んだ千雨だった。
3-A一行は、そのまま地主神社へ向かう。そこには有名な、恋占いの石があるのだ。20mほどの間隔を空けて置かれた2つの石と言うか岩があって、それを目を瞑って岩から岩へと渡り歩くと、恋が叶うと言う物である。
早速、いいんちょこと雪広あやか、更にはバカピンクこと佐々木まき絵、更には宮崎のどかなどがその恋占いに挑戦しようとする。だがそれに待ったを掛けた者がいた。
「待ったでござるよ、いいんちょ!」
「な!? まさか長瀬さん、貴女もネギ先生の事を!?」
「「「「「「名前言っちゃってるよー、いいんちょ」」」」」」
「そうでは無いのでござる。正直、この気配は触るのも嫌なのでござるが……」
そう言って楓は、結局触らずに手裏剣を投げる。手裏剣の中でも一番安いと思われる、小さな十字手裏剣は、恋占いの岩と岩の間の地面に突き立った。すると地面は広範囲に音高く陥没し、中からカエルの集団が出現する。
「お、落とし穴ーーー!?」
「またカエルだー!!」
千雨は唇を噛む。新幹線の中での騒ぎは、単にカエルが108匹出現したと言うだけの物だった。故に、カエルが苦手な者が気絶する程度で話は済んだ。しかし今度は落とし穴付きだ。落とし穴の深さは、けっこうある模様だった。
つまりは、落とし穴に落ちた者が怪我をする可能性は、充分以上に存在する。『敵』のいやがらせは、エスカレートして来ている、と千雨は感じたのである。千雨はネギを探して見つけると、声を掛けた。
「ネギ先生、神社側の管理者に、危険なイタズラが仕掛けられてた事を報告した方がいいです。あの落とし穴、けっこう深いですよ。落ちたら、危ないです」
「え、あ、は、はい! じゃ、じゃあ今から行ってきますね!」
駆けていくネギの後姿を見遣りつつ、千雨は大きく溜息を吐いた。
千雨は大きく溜息を吐いた。彼女の目の前では、3-Aの女生徒陣の一部が、完全に酔いつぶれて意識を失っていたりする。彼女たちは音羽の滝の、縁結びの滝の水を必死になって先を争って飲んだのだが、縁結びの滝は上流でせき止められて、代わりに酒が流されていたのだ。
滝が落ちて来る屋根の上まで上がった楓が、その流されていた酒が入った
「ネギ先生、とりあえず新田先生たちを呼んで来ます。先生は酔いつぶれた奴らを手当てしててください」
「ま、待つです! 飲酒がバレたら、修学旅行中止の上に、飲酒した人たち全員停学に……」
「え、ええっ!?」
綾瀬夕映の言葉に、ネギは顔を蒼白にする。しかし千雨はキツい目線で夕映を見遣ると、厳しい口調で言った。
「……馬鹿か。いや、馬鹿なんだな?」
「な、なんですか一体!」
「お前はこう言ってるんだぞ? 急性アルコール中毒になるかも知れない
「「!!」」
「勿論そんなつもりは無かったんだろうけどよ。考えてモノ言え。ネギ先生も、学園長先生のお手紙のお使いの事考えてるのかも知れませんが、万一修学旅行中止になったとしても、事情を新田先生に話してネギ先生だけ帰るの遅らせて、手紙届ければいいでしょう」
そして千雨は、噛んで含める様に言った。
「ネギ先生、聞いてください。綾瀬も聞け。ごまかしは、駄目です。勿論、仕方の無いごまかしも存在します。警察が、捜査の都合で身分を隠した私服警官使うのも、広い意味ではごまかしでしょう。
だけど、自分の欲得ずくとか、失敗とかごまかすのとかは、できる限り避けないと。特に今回のこれは、ごまかしちゃ駄目な奴です。酒に弱い体質の奴がいたら、大事ですよ。今まで飲んだ事なんかあるはず無いですから、判別なんてできませんが」
「!!」
「じゃ、わたしは行きます。酔いつぶれた連中が容体急変したら、すぐに救急車呼んでください。いいですね?」
「はい!」
このとき、ネギの目になんらかの決意が浮かんだのを、千雨は見落とした。まあ、千雨自身にはそう影響がある事では無かったのだが。
そうして千雨は、事の次第を新田先生たちに報告した。無論、飲酒が当人たちの意志ではなく、音羽の滝に仕掛けられていた酷いイタズラによって飲まされてしまったのだ、と言う事もきっちり報告したのである。
幸いなことに、新田先生は今回の飲酒には、生徒たちの責任は無い事を理解してくれた。度重なるいやがらせやイタズラに、修学旅行を中断して麻帆良へ帰るべきではないかとの意見も一部から出たが、この場は修学旅行続行派の方が、意見を押し通す。
そして新田先生は警察や神社など関係各所と連絡を取り、きっちりとその場の後始末をつける。その他の先生方や当の生徒たちは、先に宿へと送り出し、自分だけ残ってあちこちとの折衝や事情説明など事後処理に走り回ったのだ。
「流石だよな、新田先生」
「そうでござるなあ」
「聞いたか?修学旅行中断派の意見を、『生徒たちに責任の無い事で中断しては、楽しみにしていた生徒たちにとって良くない影響が残る』って一喝して退けたんだそうだ」
「厳しいだけの先生では無かったんでござるなあ……」
「その分、イタズラの犯人に対してはもう烈火のごとく怒ってたらしいぜ。あー、だけどあんだけ泥酔してて、ヤバい容体の奴が出なくて本当に良かったぜ」
千雨は楓と語り合いながら、バスに揺られつつ宿へと向かっていた。本音では、修学旅行中止であっても彼女としては良かったのだが。だがまあ、他の生徒たちに取っては、中止などになったら悪影響が出るのも確かだろう。
「今後は新田先生の胃壁のために、あんまり迷惑かける様な事はやらない様にしとけよ?」
「そうでござるなあ……。普段、3-Aの連中は迷惑ばかりかけておるでござるし……」
「自分だけ違う様な言い方だな」
「せ、せ、拙者も反省してるでござるよ!?」
そして彼女らの乗るバスは、ホテル嵐山へと到着したのである。彼女らを含む、酔いつぶれていないクラスメートたちは、酔いつぶれた面々を運ぶのに大変な思いをさせられたのだった。
千雨は思う。『敵』のいやがらせは、明らかにエスカレートして来ている。相手からすれば、酒を飲ませる程度はたいした事じゃないと思ってるのかも知れないが。しかし今まで酒を飲んだ事も無い女子中学生が、泥酔するほど飲んだのだ。
今回は無事に済んだが、酒に弱い体質の奴らがいたら、えらい事だったはずだ。相手は一般人の生徒を殺すつもりはなさそうだが、だからと言って配慮する気も無いのか、あるいは想像力が欠如しているのだろう。自身が仕掛けた事で、相手がどうなるのか、分かっているつもりで分かっていないのだ。
それを思うと、千雨は頭が頭痛で痛くなる。文法的にはおかしいが、これは重複して記述する事による強調表現だと思って欲しい。何にせよ、千雨はこの先の旅程を頭の中で考え、溜息を吐いたのである。
千草さんたちによる妨害と言うかいやがらせですが、一般人(逸般人も多いですが)を巻き込む事まったく
最後の酒樽事件は、どう考えてもアウト。酒飲んだ事ないハズの女子中学生が泥酔して、ほんとに急性アルコール中毒症状出て死んだらどうするんでしょうか。それとも、あの酒樽使った工作は魔法(呪術)関係ないから、OKと言う認識?
……いや、駄目だろ。
東を恨む理由があるからと言って、やる事があまりに杜撰で危険ですよね。
そして本作でも、頑張れ新田先生。