千雨infinity(改稿版)   作:雑草弁士

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Episode:15『誘拐未遂と大事な友』

 とりあえず夕食を食べた後、千雨は宿の温泉に入って汗を流す。まあその気になれば、どちらの必要も無い事は哀しいが事実でもある。けれど、嫌々ながらとは言えどもせっかく来た京都であるのだ。美味しい物も食べたいし、温泉にも浸かりたいと言う物。

 

 ただでさえ、ストレスの溜まる状況だったのだ。癒しはいくらあっても足りないと言う物である。そして彼女は、ようやく一日が終わったとばかりに気を抜いていた。気を抜いてしまった。それ故に彼女は、自班の風呂順の後に風呂場であった騒ぎも、気付く事無く見逃してしまう。

 

 彼女はその気になれば戦闘形態にならずとも、自身の体内センサーで宿全体とは言わないが、自分を中心にした家1軒分ぐらいの領域はチェックできる。無論、戦闘形態になればもっと広範囲を調べる事も可能だ。

 

 しかし彼女は、センサーの知覚範囲を普段はあまり広く無い程度に絞っている。そうしないと精神的に色々気疲れする上に、女子寮の他の部屋を盗聴とかしているも同然の状態だからだ。

 

 だが今は非常時だとの認識を、彼女は持つべきであったかもしれない。あえて宿の他の部屋を覗き見する事になってしまっても、センサーで注意深く探っているべきであったかも知れなかった。

 

 まあ、いかに高機能のボディに入っていたとしても、中身の彼女は結局は普通の女子中学生なのだ。しかも今日は色々あって精神的に疲労し、注意力も散漫になっている。気を抜くなと言うのは、やはり(こく)と言う物だ。

 

 ちなみに『人間がそう簡単に、高性能になれるかよ……』と言う台詞がある。これは、かつて光一が元居た世界で敵対していた組織の構成員、『林石隆(リン・シールン)』の言葉だ。その男は、加速能力を持つ軍用サイボーグをその欠点と慢心を突いて、生身で打倒した事がある。

 

 つまりは、そう言う事だ。彼女は先に風呂場で起きた誘拐未遂の騒ぎに気付かなかった結果、『敵』の最大の狙いが関東魔法協会理事の孫娘にして、関西呪術協会の長の一人娘、そして極東最大の潜在魔力を持つ一般人の少女、近衛木乃香である事を知る事ができなかったのである。

 

 

 

 そんな訳で、自分では気を張っているつもりの千雨だったが、廊下で長瀬楓と話をしているとネギと明日菜がやって来る。ちなみに明日菜の頭には謎のオコジョ、アルベール・カモミールが乗っていたりもするが。

 

 ネギが千雨と楓に声を掛ける。

 

「はいはい皆さーん、就寝時刻ですよー。自分の班部屋に戻ってくださーい」

 

「あいよ」

 

「お疲れでござる、ネギ先生。修学旅行初日の夜にしては、静かでござったな」

 

「多くの皆さんが、例の事件で酔っ払って寝ちゃいましたから。それを放っておいて、残りの皆さんも騒ぐわけにはいかなかったんでしょう」

 

 その場の全員が、はっはっはーと乾いた笑いを上げた。

 

「酷いイタズラでござったなあ……。ネギ先生、何やら大変そうでござるな。拙者でよければ、何時でも力になるでござるよ?」

 

「あ、はい。ありがとうございます長瀬さん」

 

 そしてネギと明日菜は、他の起きている生徒の所へと歩いて行った。千雨は大きく息を吐く。

 

「はぁー。どうやら一日終わったか。もう今日は何も無えだろな?」

 

「いや、わからんでござるよ?」

 

「え」

 

 思わず千雨は、楓の方を見遣る。楓の糸目は、厳しい光を宿していた。冗談で言ったわけでは無いらしい。それを理解した千雨は一瞬うんざりした気持ちになるが、それを無理矢理振り払い気を引き締める。

 

「……油断してたか。済まねえ」

 

「いや、長谷川殿はよくやってる方でござる。こう言うのは、慣れが必要でござれば」

 

「そか、サンキュ。とりあえず、班部屋戻らねえとな。んじゃ、何かない事を祈っておこうか」

 

「でござるな。にんにん」

 

 千雨は楓と別れて班部屋に戻る。そして彼女は思った。

 

(やっぱり長瀬の奴、絶対気付いてるよなあ……)

 

 とりあえず彼女は布団に潜り込む。寝言でネギへの偏愛を呟くいいんちょが、何か鬱陶(うっとう)しかった。

 

 

 

 ある時は新幹線車内販売の売り子に化け、ある時は修学旅行宿泊先のホテル嵐山従業員に化けた、今回の様々ないやがらせの騒ぎを起こしていた呪術師は、その最大の目的である近衛木乃香嬢を誘拐し、悠々と逃走していた。呪術師の名を、天ヶ崎千草と言う。

 

 女の細腕で、気を失った女子中学生を抱えて走るのは、さぞかし大変であろうかと思われる。だが実のところ、彼女は巨大なサルの着ぐるみを着込んでおり、それがまるで強化服(パワードスーツ)の様な働きをしているため、大した苦労もせずに木乃香を運べるのだ。

 

 更に言えば、このサルの着ぐるみは猿鬼と言う大型の式神である。いざと言う時には、脱ぎ去って単独(スタンドアローン)での運用も可能な優れものだ。間抜けな外観からは想像もつかない高性能な代物なのである。

 

「フフ、西洋魔術師()ーても大したことあらへん。このかお嬢様まで楽に手に入れてしもたわ」

 

 楽しそうに(うそぶ)く千草だった。しかしその言葉に、返事をする者がいる。

 

「10歳児を出し抜いても、自慢にゃならんだろ。いくら素質は高くても、経験無いんだからよ」

 

「そうでござるな。勝ち誇るのは、まだ早いでござるよ、にんにん」

 

「!?」

 

 千草の行く手にある2本の電柱の上に、1本に1つずつの影が立っていた。片方は忍者装束を着た一見17~18くらいの少女。これが14歳だと知ったら、誰しもが詐欺だと言うだろう。その名を長瀬楓と言う。

 

 もう片方は、スレンダーなスタイルのこれこそ14歳程度に見える少女。ただしその姿は、各所にメカニックな意匠があり、人間型はしているものの人間かどうかは定かでは無い。当然ながら彼女は『ディー・エイト』、千雨の戦闘形態であった。

 

 2人はふわっと言う感じで電柱の上から跳ぶと、千草の前に降り立った。

 

(……長瀬に注意されなかったら、すっかり油断してるところだったぜ。危ねえ、危ねえ。けどやっぱり長瀬、わたしの事完全に気付いてるよな)

 

 千雨は就寝後も、布団の中であえて眠らずに、体内のセンサーを全開にして周辺状況を探っていたのである。まあ人間形態であるから、たいした範囲は探れなかったのだが。しかし千雨の3班と木乃香の5班は比較的近い部屋であった。故に木乃香を誘拐して逃走する千草が、かろうじて熱センサーや動態センサーに引っ掛かったのだ。

 

 そして泡食って戦闘形態になり窓から飛び出したら、同じく窓から飛び出して来た楓と出くわしたのである。彼女らは逃走する千草の前方へ回り込み、一見余裕たっぷりな様子で声を掛けたのだ。

 

「わたしが近衛を救出するから、誘拐犯頼めるか?」

 

「了解でござるよ、『16th』殿」

 

「あ、わたし正式な呼び名を決めたんだ。『ディー・エイト』って呼んでくれ」

 

「む、わかったでござる。では『ディー・エイト』殿……」

 

「応」

 

 千雨は一瞬で高速転移する。超音速形態は使わない。流石に誘拐犯をソニックブームで消し飛ばすのは、まだそこまで千雨は覚悟が決まっていないのだ。それにそれをしてしまったら、木乃香まで吹き飛ばしかねないし。次の瞬間、気を失った木乃香の身体は、千雨の腕の中にあった。

 

 一方の楓は、苦無(クナイ)を構えて瞬動で相手の内懐に飛び込む。一瞬でサルの着ぐるみがズタズタに破壊され、そしておそらくその様な仕組みになっていたのだろう、千草の身体が離れた場所に放り出される。

 

「あひいいいぃぃぃ!?」

 

「む、逃がしたでござるか。体術はなってないでござるが、あのサルの着ぐるみは妙ちくりんな外見と異なり、中々の代物の様でござる」

 

「待てーーー!!」

 

「お嬢様ーーー!!」

 

「このかーーー!!」

 

 そしてその時、ネギ、桜咲刹那、明日菜の声が聞こえた。木乃香が攫われた事に気付き、慌てて追いかけて来たらしい。

 

「ちい! あと少しで駅だったものを! 二枚目と三枚目の御札(おふだ)、もったいないんやけど使わせてもらいますえ! お(ふだ)さんたち、お(ふだ)さんたち、ウチを逃がしておくれやす……」

 

 千草が2枚の御札(おふだ)を自身の前後に投げる。すると千雨や楓の方には突如として大量の水が出現し、激流となって彼女らに押し寄せる。一方のネギたちの前には、爆炎により大文字が描かれてその行く手を阻んだ。

 

 千雨は木乃香を抱えたまま、近場の家屋の屋根まで跳躍する。楓もまたそれに倣い、激流を(かわ)した。一方のネギたちは、焦る。刹那は叫ぶ。

 

「正気か!? 人払いもしていないこの様なところで、こんな派手な術を……!!」

 

「ひ、火を消さないと……」

 

「待ってくださいネギ先生! 派手な魔法はまずいです!」

 

 焦って杖を構えるネギだったが、これも刹那が制止()める。その隙に千草は新たに2体の式神を召喚する。

 

「猿鬼! 熊鬼! くうっ、あとちょっとやったんに……」

 

 そして千草は猿鬼に掴まって夜空に舞い上がる。その後方を熊鬼に警戒させつつ、千草は逃走を図った。

 

「あんたら、覚えてなはれ!? この借りはあわひゃあああぁぁぁ!?」

 

 そして捨て台詞を吐きかけた千草は、恐怖に叫んだ。千雨が民家の屋根の上に木乃香を降ろし、その両拳から最大10万kwの電撃を熊鬼に向けて放射したからだ。熊鬼は、一瞬で消し炭になる。

 

「何言ってやがる。借りはこっちの方が大きいぜ。ち、悪人と言っても、流石に人間を撃つのは……」

 

 流石に人間を撃つのは、千雨も覚悟が決まっていなかった。千草は大空の彼方へと消える。千雨は舌打ちをした。一応は彼女にも空を飛ぶ能力はあるらしい。だがそれは、未だ訓練を行っていない破壊兵器能力の1つと表裏一体の能力(ちから)なのだ。うかつに使うのは、躊躇(ためら)われた。

 

 見遣ると、炎と激流が消えている。オコジョ妖精、カモが叫んだ。

 

「やっぱりだぜ! ハマノツルギ(エンシス・エクソルキザンス)って言うからにゃ、魔法に対して効果てきめんだと思ったんだ!」

 

「見た目ハリセンだけどね……。なんとかなんないの、コレ?」

 

 明日菜が少々げんなりした様子で愚痴る。その手には、何やら神秘的な力を(まと)わりつかせたハリセンが握られている。『なんでハリセン?』と言うのは、所有者を含めその場の全員の統一見解であっただろう。

 

 このハリセンは、仮契約(パクティオー)により明日菜が手に入れた、魔道具(アーティファクト)である。その能力は、今見せた様に圧倒的な対魔能力。これでぶったたけば、魔法的な存在は魔法であれ式神であれ召喚魔であれ何であれ、一撃必殺だ。

 

 ……見た目、ハリセンであるが。

 

 それはともかく、千雨は木乃香を抱え直すとネギたちの前に飛び降りる。楓もまた、それに倣う。千雨は溜息を吐くと、抱き抱えていた木乃香を刹那に引き渡した。刹那は一瞬泣きそうな笑顔を浮かべ、そして安堵する。

 

「よかった、お嬢様……」

 

「最初から気絶してたからな。その上で、加速して助け出したから多分、しばらくは目が覚めねえだろ」

 

「貴女は……。以前にも、土蜘蛛……蜘蛛の妖怪から助けていただきましたね」

 

「ん? あ、ああ。そんな事もあったっけな」

 

 刹那は木乃香を抱えているので、首だけで頭を下げると言った。

 

「あの時も、今回も、ご助力いただき本当に、ありがとうございました」

 

「……気にすんな。こっちも、あの犯人が気に入らなかったんでな」

 

「だけど、なんで麻帆良に居るハズの『ディー・エイト』さんが京都に?」

 

「え゛」

 

 千雨はネギの悪気無く放った言葉に、一瞬硬直する。と、ここで楓が口を挟んだ。

 

「それは当然、わざわざ京都に来ると言ったら観光旅行でござるよ。そうでござろ? 『ディー・エイト』殿」

 

「あ、ああ。うん、観光だ」

 

 まあ修学旅行も、観光ではあるだろう。楓も千雨も、嘘は吐いていない。

 

「でも長瀬さんと『ディー・エイト』さん、お知り合いだったんですね」

 

「はっはっは、『ディー・エイト』殿は、大事な友でござるよ。言わば、『2人はマブダチ!』って奴でござるな」

 

「……ま、そうだな」

 

「!!」

 

 楓はちょっとした諧謔(かいぎゃく)のつもりで放った、『マブダチ』と言う言葉を当の本人である千雨から肯定されて、ちょっと赤面してしまう。小さく笑みを浮かべた千雨は、だが眉を(しか)めて全員に向けて語る。

 

「ちょっとまずい事態だ。今、警察無線を傍受したんだが……。もうすぐパトカーがここに来るぞ。消防車もな。あの炎の魔法? で、いいのか? アレが見られて通報されたッポイ。急いで姿消せ、お前ら」

 

「!! まずいでござるな。拙者と『ディー・エイト』殿はまあ色々隠れて移動する手段はあるでござるが……」

 

「わ、わかりました! 皆さん、急いで宿に戻りましょう! それじゃ、『ディー・エイト』さん、ありがとうございました!」

 

 ネギの掛け声で、その場の皆は一斉に逃げ出した。無論、千雨は高速転移したので別行動だったが。

 

 

 

 翌日の朝、人気が無い宿のロビー片隅で、千雨は光一に電話をしていた。流石に麻帆良と京都ほど距離が離れると、体内無線はちょっと届かない。

 

「……と言うわけで、長瀬がネギ先生たちから聞いた話だと、『敵』が近衛を誘拐しようとした理由なんですがね。奴らは近衛に秘められた、極東随一の魔力を利用して、関西呪術協会を牛耳ろうって考えてるフシがありそうです」

 

『そうか……。更にそう言う強硬派が、西の組織を掌握したりしたら、面倒な事になりそうだね。わかったよ。俺とリープ、ダイも今日中にそちらに向かうよ』

 

「すみません、光一さん」

 

『気にしないでいいさ。それより、長瀬さん、だっけ? その忍者の娘』

 

「は、はい」

 

 急に話題が楓の事に変わり、千雨はちょっと驚く。

 

『君の正体に気付いてる可能性が高い、って事だけど。でも、話さないでいてくれるんだろう? いい友達じゃないか、大事にするんだよ?』

 

「……はい!」

 

『じゃ、俺たちは出立の準備するからコレで。なるべく早く行くから、待っててくれ』

 

「はい、お願いします! それじゃ!」

 

 千雨は電話を切る。今日は丸一日、奈良にて班別行動の日だ。

 

(わたしらは3班、長瀬は2班。近衛の5班には桜咲と神楽坂が居るが……。不安だ)

 

 なんとか木乃香の近場に居る事はできないか、悩む千雨であった。




まあ千雨も結局は、付け焼刃で強くなっただけの女子中学生なんです。能力に振り回されるかたわら、能力を使いこなしてはいません。常時周辺を見張り続けるなんて事したら、精神的な疲労が溜まる一方です。そう言うときの、効率的な手の抜き方や休み方なんて体得してませんし。

まあ、それでも何とか木乃香誘拐は防ぎました。加速装置があるので、千草が電車に乗る前に捕捉しました。そのせいで、人払いしてないところで戦い? 戦いになってませんでしたが、一応戦いと言う事で。そうなっちゃったんで、警察が呼ばれちゃいましたけどね。

そしてついに、『8マン・ネオ』も京都にやって来ます。でも原作だと、奈良では手出しして来ない上に、この日に騒ぎを起こすのは朝倉なんですよね(笑)。
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