千雨infinity(改稿版)   作:雑草弁士

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Episode:16『悩ましいクラスメート』

 夕刻になって、麻帆良学園女子中等部3-Aの面々は、修学旅行の宿であるホテル嵐山まで戻って来た。修学旅行二日目の今日、彼女らは丸一日、奈良で班別の自由行動だったのである。肉体的な疲労はさほどでも無いのだが、精神的疲労でへとへとになった千雨は、よろよろとバスを降りた。

 

「やれやれ。今日はなんとか何事も無かったが……。けれど今晩も油断はできねえか」

 

「あまり根を詰め過ぎても、それはそれでまずいでござるよ?」

 

「頭じゃ分かっちゃいるんだが……」

 

 楓は流石の自然体である。それをちょっと羨ましく思いながら、楓は楓で物凄い修行の果てにそこまで至ったのだろうと考えると、羨ましがるのも失礼かと千雨は自戒した。

 

「しかしネギ坊主たちは、別な意味で大変だったらしいでござるな」

 

「なんだ? 何かあったのか、結局?」

 

「いや、例の『敵』関係では無いでござるが……。のどか殿がとうとう、ネギ坊主に告った模様でござれば」

 

「ブッ!?」

 

 楓の台詞に、千雨は吹いた。この大変な時に、と思わなくも無い。だが実のところ、裏の事情を知らなければ修学旅行で告るなぞ、普通の生活ではそれこそ普通の出来事である。楓は続ける。

 

「ネギ坊主は当初知恵熱を出してひっくり返ってしまったらしいでござるよ。意識を取り戻してからも、呆然としたりジタバタしたり、今もたぶん思い悩んでいるでござろうな」

 

「あー、とするとネギ先生は、今晩は使い物にならねーな」

 

「まあ、この話はこの辺にするでござるよ。ここには余計な『耳』が多い故に」

 

「だな」

 

 千雨は宿の3班班部屋へと向かう。楓もまた、同じく2班の班部屋へと歩いて行った。

 

 

 

 しばし後、千雨は喉の渇きを覚えてロビーの自動販売機まで出向いた。所詮、『生きていた頃の名残(なごり)』でしかない感覚だが、やはり千雨はそれを捨てる気にはなれない。彼女はとりあえずコーラを買って、飲み干す。

 

「……ぷはぁっ。ん?」

 

 ひと息ついた千雨が周囲を何の気なしに見回すと、こそこそとした様子で宿の外に出て行く朝倉和美を見つける。和美は麻帆良学園の報道部であり、麻帆良のパパラッチと異名を取る、ある意味迷惑な人物だ。そして彼女は、常日頃からスクープを求めてあちこち徘徊している。

 

「あいつ、今度は何を追ってやがるんだ。ん? あ……」

 

 和美の歩く先に『視線(センサー)』を向けた千雨は、その先にふらふらと歩くネギを見つける。千雨は内心溜息を吐いた。

 

(……まったく。次の取材先は、ネギ先生かよ。何の事で取材してるか知らんが、ネギ先生は今、あの『敵』の一件とかの他にも、私生活でも大変らしいんだがな。詳しくは知らんが。どれ、仕方ねえ……)

 

 とりあえず和美に声をかけて、ネギを逃がしてやろうなどと考えた千雨であった。だがその瞬間、事態は急変する。ネギが突然走り出したかと思うと、外の車道に飛び出したのだ。千雨からは見えなかったが、車道に飛び出した猫がトラックに轢かれかけていたのである。ネギはそれを救うべく、飛び出したのだ。

 

 千雨はぎょっとして、高速転移しようとする。ぎりぎりで、間に合うか間に合わないか。いや、ほんの(わず)か、本当にぎりぎりで間に合わない。千雨の脳裏には、自分が一度『死んだ』ときの、交通事故の情景が生々しく思い出される。

 

 そしてトラックが、宙を飛んだ。ネギの魔法、『風花(フランス)風障壁(バリエース・アエリアーレス)』にはじき飛ばされたのだ。唖然とする千雨。見ると、和美もまた唖然としてはいるが、条件反射的にカメラのシャッターを切っているのが見える。

 

 そしてネギは、よりによって和美が隠れて見ている前で、オコジョ妖精と喋りながら杖に跨って空を飛びやがったのである。千雨はネギが無事で安堵したと同時に、和美の次に取る行動があからさまに分かってしまい、凄まじい精神疲労を感じてその場に(くずお)れた。

 

 だが、落ち込んではいられない。千雨は必死の意志力を振り絞り、立ち上がる。そしてスクープだとガッツポーズをしている和美に歩み寄って声を掛けた。

 

「やれやれ。ヤバいネタを掴みやがったな、朝倉」

 

「う、わっ!? は、長谷川!?」

 

「ここじゃ、誰が見てるかわからんから、来いよ。手前が見た(もん)について、説明してやらあ。ほんとは、当人とかの許可も取らずに話しちゃいけない事なんだけど、今回は仕方ねえだろ」

 

「えっ……。ええっ!? ちうちゃん、知ってるの!?」

 

「わたしを『ちう』と呼ぶな。その呼び方知ってるって事は、隠してるって事も知ってんだろ?」

 

 千雨は先に立って、歩き始めた。和美はわたわたと慌てた風情でその後に続く。千雨は頭の中で、和美に何をどの様に話した物か、考えを纏めていた。

 

 

 

 ここは宿の廊下にある、共用のトイレである。基本的にトイレは各部屋にも存在するので、ここにはあまり人が来る事は無い。更に千雨は、体内のセンサー系を全開にして、周囲の様子を探っていた。これは誰にも聞かれるわけにはいかない話だからだ。

 

「朝倉、お前が何を見たのかは、理解してるか?」

 

「……超能力者とか宇宙人かとか思いもしたけれど。あのオコジョが喋ってるのを聞いた限りでは、魔法とか聞こえた。つまりは、人間界の修行に来た、魔女っ子の男の子版かな。と……」

 

「近い(もん)がある。世界にはあちこちに、魔法学校ってえ物がありやがってな。ネギ先生は、そのうち1つの飛び級主席卒業生だ。ちなみにこの世界とは位相を(こと)にする空間に、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)とかもあるが、ネギ先生は歴とした現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)の魔法使いだな。

 そして魔法学校では卒業生に対し、最後の修行を課す事になってる。一般社会に出して、修行を積ませるんだ。ネギ先生の場合は、学校の教職。おそらくは対人能力とか、一般社会でいかに魔法を使うか、あるいは逆に、『いかに魔法を使わないか』を勉強させる目的なんだろ。たぶん。きっと。おそらく。だといいんだが」

 

 千雨は、和美がカセットレコーダーを動かしているのに、気付いていた。気付いて、それを制止()めていない。

 

「そしてな? 魔法使い連中の目的は、なんつーのか……。『善き魔法使いたらん』って事らしい。無論、結局は魔法使いも人間だからな。悪い奴もいれば、いい奴もいる。けど、表向きは、それが奴らの目的らしい。ネギ先生は、将来的に『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』って言う、『善き魔法使い』の最高位の称号を目指してるって話だな。

 ここまで聞いて、お前はこの件をどうしたい?わたしは、それを聞きたい。お前、この(ネタ)をどうするつもりだ?」

 

「ん……。そ、そりゃあ……。これだけのスクープだよ!? 魔法使いが実在するって話を世界中に広めて、私の独占インタビュー記事が新聞、雑誌で引っ張りダコに!! 更にはネギ先生をわたしのプロデュースで映画化、ノベライズ化……と……か……」

 

 和美は熱く語ろうとしたが、千雨のしらけた目に言葉が尻つぼみになる。

 

「つまりは、名誉欲、金銭欲だな? 社会正義とか、報道の使命とか、関係なしだな。そんな薄汚れた(きたね)え欲得ずくで、手前はネギ先生の夢を潰すわけだ」

 

「な……!」

 

「まさしくマスゴミって奴だな。やりやがったら、わたしは手前を軽蔑するぞ? しかもネギ先生は、車に轢かれかけた猫を助けようとした、その善意の結果、自分の未来が閉ざされる事になるんだ。その絶望は、計り知れねえよ」

 

「な、だ、ぎ、ギャランティはきちんとネギ君と折半するよっ!?」

 

「そんな問題じゃねえのは、わかってんだろ? それとも、それがわからん程の阿呆か? 学業成績が良いくせに、頭のいい馬鹿ってのは、こう言うもんか?」

 

 和美は黙する。千雨は更に言い(つの)った。

 

「それによ。手前がそれを世の中に広めようったって、無駄だぞ」

 

「え?」

 

「魔法使い連中は、中世時代にあった『魔女狩り』の記憶が、ヒステリックなレベルで染み付いてやがる。一般社会との軋轢を防ぐ目的もあるんだろうけどよ、魔法使いの事を公表しようとしたら、その手の専門機関が動き出して、手前は記憶を消されちまうぞ。ネットで情報を拡散しようとしても、魔法使いお得意の電子精霊とかが動いて火消ししちまう。

 それだけ魔法使い連中は、一般社会に自分たちの存在を知られるのを、恐れてるんだ。まあ、再度の魔女狩りとか起きる可能性は本気で高いと、わたしも思う。

 そして手前が魔法に関する事の公表に成功しようがしまいが、ネギ先生の未来はその時点で閉ざされる。魔法をばらしちまった罪で、ネギ先生は最低数ヶ月、最高でずっと一生、魔法でオコジョに変えられて収監されちまうんだ。当然、麻帆良とはサヨナラだな。そして……」

 

 千雨は冷たい目で、言葉を紡ぐ。

 

「一度刑罰を受けた人間が、一度経歴に傷が付いた人間が、『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』に認定されるなんて、あるはずが無えのは、理解できるだろ? いかに『善き魔法使い』だなんだって言ったって、そこら辺は普通の人間社会だ。ぜんぜんファンタジックじゃ無えんだ。

 いや、魔法そのものだって、ファンタジーじゃねえな。初級の基本魔法からして、攻撃魔法があるぐらいだ。ただの武器だよ。鉄砲みたいな。……ちょっとした杖と寝言みたいな呪文で、人が殺せるんだ。んな(もん)、広めちゃいかんと思うぜ」

 

「……」

 

「……」

 

 しばし、2人の間に沈黙が続く。やがて和美は、カセットレコーダーを取り出して中身のカセットテープを出すと、それを千雨に渡す。更に彼女はデジカメと携帯電話を取り出し、写真のデータを全て消去する。

 

 和美は溜息を吐いて言った。

 

「あーあ……。スクープになると思ったんだけどなあ」

 

「いや、正直安心した。クラスメートを軽蔑する様な事にならなくて済んで、な」

 

「クラスメートから軽蔑されたくないよ、流石にね。マスゴミになるのも、勘弁だよ。でも、なんで長谷川は、そんなに詳しいの? 長谷川も魔法使いだとか?」

 

「違う。ちょっと個人的な事情があってな、非合法な手段で調べた。いかに自分の安全のためにやった事だとは言え、バレたら捕まる」

 

「まだ何か深い秘密がありそうだね。でも、あえて聞かないでおくよ。それじゃ」

 

 そして和美は、共用トイレを立ち去って行った。千雨は大きく息を吐くと、肩を落とす。今回は非常に危ない橋を渡った。上手く行きはしたが、できれば二度とやりたくない。千雨はそう思い、再度大きく溜息を吐いた。

 

 

 

 その夜は幸いなことに、何も大きな事件は無かった。せいぜいが、あまりに生徒たちが深夜まで騒いでいたために、学園広域生活指導員でもある新田先生の逆鱗に触れて、翌朝まで自分たちの班部屋から退出を禁じられたぐらいである。

 

 そして千雨は、自分の班部屋でさっさと布団に(くる)まっていた。一応センサーで周囲に気は配っていたが、ちょっとばかり注意散漫になっているのは自分でも分かる。彼女の精神面は、けっこうなレベルで疲労していた。

 

 そこへ体内無線に着信が入る。それは千雨が心から待ち望んでいた物であった。

 

『長谷川、まだ起きてるかな? 今着いたよ。近くのペット可のホテルに入った』

 

『光一さん! まだ寝てません。って言いますか、布団には入ってましたけど眠るつもりは……。もし『敵』が来たらと思うと……。』

 

『駄目ですよ、長谷川さん。ちゃんと眠ってください。マシナリーと言えども、睡眠は不要なわけではありませんよ? まあ生身よりは少なくて構いませんけどね』

 

 リープのお説教に、千雨はしかしそれに頷くしか無かった。たしかに今、彼女は注意が散漫になっているのは、自分でも理解していたからだ。そこへ猫のマシナリーであるダイが、口を挟む。

 

『ダイジョウブ、ダイガ周辺警戒ヲシテオクノラ。イザト言ウ時ニハ、呼ビ出シ掛ケルカラ、安心シテ眠ッテテ良イノラ』

 

『済まない、ダイ。んじゃ、頼んでいいか?』

 

『イイノラ』

 

『わたしは犬なので、ちょっと飼い主無しで出歩いてたら不味いですね。申し訳ありませんが……』

 

『何にせよ、長谷川。これまでご苦労様。ゆっくり休んでくれ』

 

 光一たちの優しい言葉に、千雨は感謝する。

 

『ありがとうございます。それじゃ、わたしは眠らせてもらいますね』

 

『ああ、お休み長谷川』

 

『お休みなさい、長谷川さん』

 

『オヤスミナノラ』

 

 そして通信が切れる。千雨はほっと安堵して、久々にゆっくりと眠りについたのである。




本作での朝倉和美は、ちょっとはマシな性格にしております。まあ、欲望に目がくらんで突っ走らなければ、原作でも宮崎のどかにインタビューした結果を揉み潰す事にしたりと、理性が働く限りに於いてはマシな反応をしていましたし。

まあ、理性がすっとぶ事が良くあるのは玉に瑕なんですがね。

そしてついに、光一たちが到着いたしました。これで味方は過剰戦力(笑)。
オマケに『ネギ先生とラブラブキッス大作戦』は朝倉が色々思いとどまったので、発生せず。うん、良い事だ(笑)。
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