千雨infinity(改稿版)   作:雑草弁士

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Episode:21『変わる日々』

 今、千雨は森の中でぐったりとヘバって横たわっていた。まあ身体は機械なのであるが、精神がメタメタに疲れたのだ。その隣では、楓がこれも荒い息を吐いて、長い脚を投げ出して座り込んでいる。

 

「ぜーっ、ぜーっ。長谷川殿、やる様になったでござるなあ。超音速無しの縛りではあっても、ちょっとどころではなしに厳しいでござるよ」

 

「それでもよ、超音速無しとは言え加速装置ありのわたしに勝つのって、何なんだよ長瀬……。やっぱり気配とか、消し方もっと練習しないと駄目だな……」

 

「それでも以前よりは、気配が静かになってるでござるよ? ……だけど、顔と言うか頭だけ長谷川殿のままで、身体が戦闘形態と言うのは、やはり何かアレでござるな」

 

 そう、千雨は今、身体は戦闘形態であったが頭だけ千雨の物にして、楓と会話しているのだ。まあ周辺をセンサーでチェックしているので、その状態を見られている可能性は無きに等しいのだが。

 

 何にせよ、何故彼女らが森の中でこんな話をしているかと言うと、千雨は楓と語らって、修学旅行が終わったその週末に、麻帆良奥の山中に修行に来ていたのである。

 

「なんつーか、気配の消し方って言うか、静かにさせ方っつーか。森の中を、鳥とか虫とか飛び立たせないで走れって言われてもなあ……。具体的な方法がわからんと……」

 

「申し訳ないでござるが、拙者も頭で理解してやっているわけではござらぬ。何百回、何千回となく森の中を走り抜けているうちに、いつの間にか体得したでござる故に。

 他には、習字紙を濡らして床に敷き、その上を習字紙を破らずに走り抜けるとかの鍛錬法もあるでござるが」

 

「あ、ソレは比較的有名な忍者の訓練法だよな」

 

「せ、拙者は忍者じゃ……いや、もう長谷川殿でござるし、構わんでござるな。はっはっは」

 

 そして楓は改まって名乗る。

 

「甲賀中忍、長瀬楓でござる。改めて、今後よろしくお願いするでござるよ。あと、拙者の事は名前で構わぬでござれば」

 

「……わかった、楓。こちらも改めて、アディッショナル・ナンバーズ・マシナリー『16th(シクスティーンス)』、『ディー・エイト(Double Eight)』でもある長谷川千雨だ。わたしの事も千雨でいいぜ?」

 

「了解でござるよ、千雨」

 

 木漏れ日が眩しい。厳しい鍛錬による疲労感と虚脱感の中、千雨たちは何とはなしに充実感と満足感を感じていた。

 

 

 

 ふと、楓がぽつりと疑念を漏らす。それは千雨や楓に直接関係する事では無かったが。

 

「そう言えば、ここに来る前にネギ坊主に会ったでござるが……。いつもはもう少し、動きがキビキビしていたでござるが、何やら今日は普通の10歳児レベルにまで落ちていたでござるな?」

 

「ああ、そりゃあそうだろ。昨晩魔法使い連中の動きが知りたくなってな。ちょっとネットにダイブしたんだ。いや、流石にあれだけの事件の後だからな。ちゃんと後始末とかしたか不安でな。

 そしたら、まあまあ無難に後始末はしてたんだけどよ。ネギ先生は、生徒に魔法をバラした罰を受けてた。いや、お前ら含む、修学旅行で魔法を知っちまった連中については、例の『敵』の首魁(しゅかい)である天ヶ崎千草の責任って事になったんだけどな。

 それ以前に魔法を知ってやがった、神楽坂の件についてだ。ネギ先生は、学校に戻って来るなり学園長に謝りに行ったらしい。『明日菜さんに、魔法でのどかさんを救助したところを見られてしまいました、黙ってて御免なさい』って事の様だ」

 

「それは……。筋を通したでござるな、ネギ坊主。しかし聞くところによると、ネギ坊主はオコジョにされてしまうのでは?」

 

 千雨は楓の疑問に、笑って答えた。

 

「いや、それがな。学園長先生は『誰にでも間違いはある。しかも人命救助に魔法を使ったんじゃ。報告が遅くなったのは、いただけんがの。けれど、よく話してくれたのう』って言ってな。と言うか、学園長先生は神楽坂に魔法がバレた事、知ってたみたいだけどな。

 そんで、本来はオコジョ罰なところを学園長先生の権限で目こぼしして、1週間の魔法封印罰だそうだ。魔法が封印されてるから、身体の動きとかもフツーのガキ同然だってわけだな。(おおやけ)の刑罰じゃないから、ネギ先生の経歴にも傷はつかねえし」

 

「学園長先生も、人の上に立つだけの事はあるんでござるなあ」

 

「でもって、学園長先生は今後、まほ大の明石教授とかにいくらか権限移譲して、仕事量を減らすらしいぜ。そして空けた時間で、ネギ先生と近衛に魔法を教えるんだそうだ」

 

「ほほう! ネギ坊主と木乃香殿でござるか」

 

「ほんとは師匠役に、マクダウェルとかも考えたらしいんだが。麻帆良の魔法先生たちの激烈な反対が予想できたらしくてなあ」

 

 まあ、それはそうだろう。いかに麻帆良の警備員として同僚的な位置に居るとは言えど、15年前まで超高額な賞金首だ。それを高名な英雄『千の呪文の男(サウザンドマスター)』の一人息子や、関東魔法協会理事である近衛近右衛門の孫にして関西呪術協会の長たる近衛詠春の一人娘かつ極東随一の魔力保持者の師匠にするのは、流石に外聞が悪すぎる。

 

 たとえ当の本人(エヴァンジェリン)の正体が、悪ぶってるだけの身内に甘いキティちゃんであったとしてもだ。たとえ近右衛門や肝心の『千の呪文の男(サウザンドマスター)』ナギ・スプリングフィールドがエヴァンジェリンに寛容で、同情的であったとしてもだ。

 

「さあて。充分休んだし、再開するか?」

 

「そうでござるな。では……」

 

 そして千雨は、森の中を疾走(はし)り始めた楓に続いて、彼女もまた疾走(はし)り出したのである。残念ながら、鳥や虫は驚いて飛び立って行ったのだが。千雨には、もう少し修行が必要な様であった。

 

 

 

 数日が過ぎた週半ばの水曜日の放課後、千雨と楓は古菲の指導で中国拳法を修行しているネギを見かける。

 

「ありゃん?」

 

「どうしたでござるか、千雨?」

 

「ああ、楓。ネギ先生が中国拳法の修行してんだよ。古を師匠役にして」

 

「ああ、あれはでござるな。ネギ坊主が是非にと古に頼み込んだ模様。なんでも、体術も最低限は学ばねば、イカンだそうでござる。それに……」

 

「それに?」

 

 楓はにっこりと微笑むと、暖かいまなざしをネギに送りつつ言う。

 

「ネギ坊主は、肉体や技を鍛えるよりもまず、心を鍛えたがっているフシがあるでござるな。古にも、技とかを教えてもらう以前に基礎や地道な鍛錬法などの教授を願っていたそうでござるよ、古から聞いたところ。

 『8マン・ネオ』殿に言われた事が、よほどこたえた模様で。『魔法』がただの『武器』と変わらない事、けれど自身がそれを考慮せずに、いかにも普通(フツー)の感覚でソレを行使していた事が、よほどショックだったでござるなあ」

 

「力を手に入れるよりも、まず心を鍛えないといけない、か。いい事だよな。わたしも考え無いとなあ。ちょっと順番は違っちまったが、何の覚悟も無えのに力だけ手に入れちまった。

 しかもその多くは、うっかり使ったりしないためにキッチリ練習しないといけないのに、場所が無くて練習とか出来ねえ。せめて心がけだけでも、しっかりとしておかにゃならん」

 

「鍛錬なら、付き合うでござるよ」

 

「うん、頼む。けどヤバい能力の訓練、どうしようか……。困ったな」

 

 千雨と楓は、その場を離れて寮への帰途に着く。後には、ネギの気合声と古の叱咤の声が響いていた。

 

 

 

 ある日千雨は、PC(パソコン)前で悩みを抱えていた。それは自分の趣味であるコスプレサイト、『ちうのホームページ』の運営についてであった。

 

(……やはり、学業を理由にして活動を縮小すべきだろうか、『ちうのホームページ』を。今のペースで訓練とか鍛錬とかに時間使ってたら、HP(ホームページ)の更新はともかく、チャットとかBBS(けいじばん)とかに顔出すのは難しい……)

 

 いや、HP(ホームページ)の更新自体は今までよりもずっと短時間で効率よく行えるので、それは問題無いのだ。急ぎならば普通にサイト更新作業をせずに、ちょっとばかり自分のPC(パソコン)にダイブして作業すれば、それで済む。まあしかし、千雨は時間が許す限りは普通にPC(パソコン)作業をしていたが。

 

 コスプレ自体、形態形成マトリクスの書き換えで以前よりも自由自在に、容易に衣装を用意できる。しかも無料で、かつ衣装の置き場も自身の記憶領域だけで事が済む。

 

「ただなあ……」

 

 そう、それがコスプレと言えるのであるならば、だが。なんと言うか、それで衣装を作っても、達成感が無いのだ。それ故に衣装の設計こそ頭の中、量子脳の演算能力で済ませてしまっても、実際のお針子作業は未だに自分の手でやっている彼女である。

 

「総じて、なんか達成感が無くなりそうなんだよな……」

 

 口に出して言うと、問題が浮き彫りになった。彼女は視線を製作中のコスプレ用衣装に向ける。それは『魔法少女ビブリオン』と言う魔法少女物アニメの、泣き虫の敵女幹部『ビブリオルーランルージュ』のコスチュームであった。

 

 なんと言うか、千雨は今必死になって、このコスチュームの製作に取り掛かっている。だが完成してしまった後の事が、彼女は恐ろしい。マシナリーとしての能力故に、その気になればこれをマトリクス書き換えで創ってしまうのは、簡単なのだ。彼女は何時でも、『コレを着用した状態』に自らの姿を書き換えてしまえる。

 

 だが、だからこそ千雨は、可能な限り手作業でコレを製作している。確かに衣装の設計とかは、量子脳の演算能力を自由に使える様になって来たためもあり、頭の中だけでさっくり完了している。型紙ですらも頭の中にデータを創り、実際に型紙を起こす必要なしに直接失敗無しに布地を裁ち鋏(たちばさみ)で直接切り出す事もできるのだ。

 

 しかしマシナリーの能力を使うのはそこまで。逆にそう言った能力まで使わないのは、それこそ(ハサミ)や刃物があるのに、手で紙や布を千切るのと変わりない。だから、量子脳の演算能力とかは使う。しかし形態形成マトリクスを使って姿を再現するのと、一生懸命にコスプレ衣装を手作りするのは、全く違うのだ。

 

「だけど……」

 

 そう、『だけど』なのだ。これが完成してしまったら、なんと言うか趣味と言う物に使っている、精神的な『燃料』が尽きてしまいはしないか。それが恐ろしくてたまらない。

 

 だがしかし、完成させずに放置する事もできない。それをしてしまえば、それはそれで『コスプレに対する愛情と言うか執着』が薄れそうな気がするのだ。

 

(なまじ鍛錬とか訓練が、ちょっと遣り甲斐が出て来てるのも、ソレに拍車かけてるんだよな。特に、結果が出た時なんかは確実に)

 

 結局のところ、千雨の価値観が最近変革して来ている事が、最大の問題なのだろう。もしかしたら、千雨は変わる事を恐れているのかも知れない。しかし変化は止まってはくれない。と言うか、既に周辺状況も彼女自身の肉体も、そして精神面も、既に明らかに変化しているのだ。

 

 そして以前からの生活スタイルの一部である『趣味(コスプレやホームページ)』そのものが、新しい彼女の環境や彼女自身に対して、適応して形を変えるだけの柔軟さを持っていないのかも知れない。いったいどうした物か、と千雨は悩む。

 

「どうしたもんだろうなあ……」

 

「……」

 

「……!?」

 

 いつの間にやら、千雨の後ろには本来は寮の同室である、ザジ・レイニーデイが立っていた。ザジは普段、寮の部屋ではなく部活動の曲芸手品部の方に泊まり込んでいる。そのため、寮の部屋には滅多に現れないのだが。そして今、その視線はしっかりと、製作中の『ビブリオルーランルージュ』コスプレ衣装に注がれている。

 

「……いい出来ですね」

 

「へ?……あ、ああ。頑張ったからな」

 

「完成したら、見せてくださいますか?」

 

「……いいぜ。ただ、言いふらすなよ?」

 

 ザジは頷くと、そっと微笑んで部屋を立ち去る。千雨はザジの笑顔を見るのは、たぶんではあるが、初めてであった気がする。現金なもので、誰かに褒められた事で、彼女の悩みは少し軽減した。

 

「見たいってんなら、仕上げないとな。頑張るか」

 

 千雨はPC(パソコン)の電源を落とすと、裁縫道具を出してコスプレ衣装を縫い始める。とりあえず、これを完成させてから他の事は考えよう、と彼女は思った。下手な考え休むに似たり、と言う言葉もある事だし。

 

 そして彼女はこの日、ひたすらにお針子仕事に熱中したのである。




千雨、悩んでます。自身が新しい環境に順応して行くにつれて、過去の自分の趣味が、新しい自分について来れないっぽいのです。とりあえずザジの言葉でそれを先送りにしましたけどね。

ネギ君、本作でも明日菜に魔法バレした事について、学園長に謝りました。これは以前、千雨が「ごまかしはできるかぎり避けるべき」と語った事によりますね。
それと、ネギ君は『8マン・ネオ』から言われた事も、色々考えてます。力を手に入れたいは手に入れたいのですが、それより優先してまず強い心とか必要だと考えました。いい事です。

そしてネギ君と木乃香を教導するために、本作では近右衛門が自身の権限を明石教授とかに幾分委譲してまでもヒマを作って、2人を教える事になりました。まあ、エヴァンジェリンは修学旅行で活躍の場を作者(わたし)に奪われてしまいましたからね。

そして長瀬楓サン、良い友人やってます。更にはザジさん。なんか唐突に出番を奪い取りました(笑)。
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