「……って言うわけなんですよ。何考えてるんですかね、魔法の修行に10歳、いや数え年だから実年齢は9歳ですか……そんな子供を教師として送り込んで来るなんて。それにあんなお子様に教師としての義務を負わせるっていうのは、学生側にも本人にも、いい事だとは思えませんよ。
しかもいきなり担任教師ですよ?あの子供と生徒側、どっちにも負担が大きいでしょうが。いや前担任の高畑先生もしょっちゅう出張とか行ってて、担任教師としての義務をきちんと果たしてるとは言い難かったんですが……」
「……少なくとも長谷川が大変なストレスを溜め込んでるってのは、よくわかった」
千雨の剣幕に、光一、リープ、ダイは若干引き気味だった。ここは光一のマンションである。千雨は例の携帯電話の通話傍受によって得てしまった情報について相談するため、日曜日の休みを利用してここに来ていたのだ。
その情報とは、この世界には『魔法使い』と呼ばれる特殊能力者達が存在し、麻帆良学園都市がその『魔法使い』達の街である、と言う事である。千雨は最初のうちはその事についての説明をしていた。だがそのうちに感情がエスカレートし、気付けば麻帆良の日常において『魔法使い』達がもたらしていると思われる変事やトラブルについて、盛大に愚痴を垂れ流していた。
それらの変事の中でも最たる物が、しばらく前に前担任タカミチ・T・高畑に代わり彼女達麻帆良学園本校女子中等部2-Aの担任になった子供先生、ネギ・スプリングフィールドの事である。
ネギは僅か10歳――数え年であるため、実年齢は9歳――の天才少年だ。この年でイギリスのウェールズにあるメルディアナ魔法学校を首席卒業しており、最終課題の修行として『日本で先生をやる事』を与えられた。そしてその修行を果たすため、日本の麻帆良学園で教職に就いたのである。
だがいくら天才児とは言え、子供は子供。その様な子供が担任教師となる事に、千雨は頭を痛めていたのだ。実際既にその子供先生は、幾つかの魔法がらみと思われる騒ぎを起こしていた。主に女生徒が脱げると言う、少々破廉恥な方向性で。
もっともネギが担任となっている2-Aの面々は能天気かつ妙に大らかな輩が多く、そのためか魔法がバレると言う事は無かった様だが。
と、そこへ絨毯敷きの床に寝そべっていたリープがふと訊ねる。
「ところで長谷川さん。先程の話ではついつい傍受してしまった携帯電話の通話から情報を得た、と言う話でしたが……。それにしては詳し過ぎませんか?」
「う゛……」
その指摘に、千雨は硬直する。リープはじっと千雨を見つめた。ダイも千雨を見つめる。光一もそれに倣う。千雨は観念した。
「う……。じ、実は……。電波傍受であのガキ……ネギ先生が来るって事知ってから、ネット経由で学園長のノートPCにダイブして情報盗った……んです。学園側が正気とは思えなかったんで、つい……」
「長谷川……」
「長谷川さん……」
「長谷川……。アンタ……」
光一とリープ、ダイは、疲れた様な声で千雨を窘める。光一は頭を振り、顔を引き締めると千雨に向かい言った。
「長谷川。あまり無理はしないでくれ。電脳戦は危険なんだ。電脳空間で致命傷を負えば、現実世界の君も死ぬ。……まあ、この世界、この時代のネットワークには、それほど強力な敵になる存在は無いとは思うけど。
電脳戦の訓練は、今度必ず時間を取るから。最初のうちは必ず俺と一緒にダイブする事。いいね?」
「はい……」
千雨は肩を竦めて小さくなっていた。光一はそんな千雨の頭に手を置いて、優しく撫でる。彼の顔には柔らかい頬笑みが浮かんでいた。千雨の顔が紅くなる。だが彼女は光一の手を振り払おうとはしなかった。
千雨は問う。
「光一さん。あんた、一体何処から来たんだ?麻帆良の技術力は常識を外れてる。ウチのクラスにもロボットの学生がいるぐらいだ。誰も不思議に思ってないけど、さ。たぶんアレも魔法関係なんだろうさ。
……だけど光一さんやリープ、そして私の今の身体は、そんなウチのクラスのロボを遥かに超えた科学力の産物としか思えない。ただでさえ高度な麻帆良の技術力を、ブッチぎってるんだ」
「……。そう、だな。ある程度は話しておいても良いか。もう戻る事は叶わない世界の事だし……」
光一はそう言うと、千雨の頭から手を除ける。千雨はその手の感触が去るのを、無意識に少々名残惜しく感じる。光一は
「俺はある時、電車のホームから落ちた女の子を助けようとして、身代わりみたいな形で電車に轢かれたんだ。そして死んだ俺は、東八郎……先代の『8マン』からこのマシナリーボディ『8th』を貰って蘇り、『8マン・ネオ』として戦う事になったんだ。
敵はこのボディそのものや、他のマシナリー達、更に様々な軍事サイボーグ、超科学兵器等を造り出した超国家機関『ジェネシス』……。あまりに強大な敵だったよ」
「……」
「途中経過は今のところ省くけど、何年もの長い戦いの末、俺達はかろうじて勝利した。そしてあの最後の決戦の時、俺はある『超エネルギーシステム』の暴走を抑え込もうとして、リープやダイと共に時空の歪みに捉われて……。
気付いたら、この世界にいた。俺の元いた世界の十何年、あるいは何十年もの過去に酷似した、この世界に」
千雨は目を見開く。
「過去に……酷似した世界?」
「うん。俺の世界の過去そのものじゃ無い事はすぐに分かった。一応ネットが存在してたから、そこから情報を引き出せたから。歴史や地名の微妙な違いとかな。俺とリープからすれば、『極めて過去に近い並行世界』って所かな」
「……正直、予想を斜め上に突き抜けた話でいっぱいいっぱいです」
千雨は溜息を吐く。光一は柔らかく微笑む。だがその瞳には、一抹の寂寥感が垣間見えた。千雨はそれに気付いたが、何か言う前に光一が話を続ける。
「ちなみに君の身体である『16th』は、『ジェネシス』が造ったアディッショナル・ナンバーズのマシナリーに、俺が持つ『8マンのマトリクス』をコピーした物だよ。俺である『8th』よりも後発のマシナリーだから、実の所秘められたポテンシャルは俺よりも高いんだ。
俺とリープがこの世界に来た時に、未使用のそのマシナリーも巻き込まれて一緒に来たんだよ」
「え゛っ!? 光一さんよりも強いんですかっ!? 私が!?」
驚く千雨だが、リープとダイが苦笑まじりにそれを否定する。
「いえ長谷川さん。長谷川さんには戦闘経験がほとんどありませんし、その能力を使いこなしてもいません。ですからあくまで伸び代が光一よりもあると言うだけであり、もし今戦ったら光一どころか私にも勝てませんよ」
「戦イカタニヨッテハ、ダイトハ良イ線イクカモ。デモ、ダイハ直接戦闘用ジャナイ……。長谷川ハ、イマノトコロ、ソノ程度……」
リープとダイの台詞に、千雨はなるほどと納得する。そして光一の話の中で一寸だけ気になった事を尋ねた。
「ところで光一さん、あんた一体いま何歳なんです?見た目高校生ぐらいにしか見えないけど、何年も戦ったって……」
「ああ、そっか。俺はついつい外形を、最初にマシナリーになった時の年齢のままにする癖がついてるからな」
光一はそう言って、身体の外観を変化させる。身長が伸び、スーツ姿になったその姿は、今まであった少年らしさが失せて大人の男っぽさが醸し出されていた。光一は軽く微笑すると言葉を続ける。
「実年齢は今の所23歳だ。もっともこっちの世界に来た時に戸籍を作ったんだけど、それでは16歳って事になってる。ちなみに学校には行ってない。大検を取って、麻帆良学園がやってる工学系の通信制大学に籍を置いてる。
……大人の姿の方が良ければ、こっちの姿で応対するけど?」
「い、いえっ! さっきまでの姿でいいですっ! な、なんか違和感がっ!」
「そっか」
光一は失笑して姿を少年の物に戻す。千雨は大きく息を吐いた。実際の所彼女は、違和感と言うよりも何か気恥かしかったのだ。先程まで気安い感じで話していた相手が急に大人になられると、狼狽してしまう。そんな千雨と光一を、リープとダイが『やれやれ』と言った様子で眺めていた。
「随分話が逸れちゃったな。話を戻そうか。と言っても、学園の『魔法使い』達に関してはとりあえずこちらからは静観するしか無いと思うけどね。直接こちらに何らかの手出しをしてこない限りは」
「……そう、ですよね。けど、『魔法使い』かぁ……。なんでそんなファンタジーがこんな風に現実を侵食しやがるんだか……。現実にそんなもんが居るなんて、考えもしなかったけどなあ。
SFに片足どころか両足、いや首までどっぷりと浸かってる私が言う事じゃないかもしれないですけど」
「そうですね。私など長谷川さんから話を聞いた今でもまだ半信半疑です」
「ソウデモナイ……」
「「ダイ?」」
悲し気なダイの呟きに、千雨とリープはきょとんとする。しかしリープはすぐに、何かに思い当たったかの様に『ハッ』とすると、ダイに頭を下げた。そして光一もまた、口を開く。
「いや、俺達の世界にも『超能力者』は存在したからね。『超能力者』が居るんなら、『魔法使い』だって居てもおかしくないさ」
「ウン……。ダイモ、ソウ思ウ……」
光一の目に、一瞬だけ哀しみの陰りが走る。リープは思わず視線を下げた。ダイは光一の脚に、身体を擦り付ける。まるで慰めるかの様に。千雨はふと思う。
(光一さんは……。『超能力者』がらみで、過去に悲しい事があったのかな。たぶん……きっとそうだ)
しばしの沈黙の後、光一はあえて軽い口調で言葉を発する。
「それに長谷川から『妖怪』の映像を受け取っただろ?あんな物がいるんだ。『魔法使い』ぐらいじゃ驚くには当たらないさ。
まあとりあえずは、『魔法使い』達には俺達の正体は隠しておくべき、だな。麻帆良大工学部やら麻帆良工科大に拉致されて分析、分解されるってのは、ぞっとしないし」
「……そうですね。でもそうだとすると、妖怪と戦ってた桜咲……。あ、私のクラスメートですけど、それを助けたのはまずかったですかね?」
「長谷川は、その事を後悔しているのかい?」
急に真正面から光一に見つめられて、千雨はどぎまぎする。だが光一の瞳が真面目な事を理解すると、彼女は思わず背筋を伸ばした。そして彼女は深く息を吐いて自分を落ち着かせると、首を横に振った。
「いえ、後悔してません。あそこで保身に走って桜咲を見捨ててたら、凄く後味の悪い思いをしたと思います。そんなのはご免ですから」
その答えに、光一は満面の笑みを浮かべる。それを見た千雨は、思わず赤面した。光一は力強く頷く。
「ああ、それでいい。それで、いいんだ。長谷川がやった事は、決して間違いじゃ無い。きっとそれは、正しい事なんだ」
千雨は光一のマンションを出て、街を歩いていた。
(結局は現状維持、か。まあそれしか無いんだけどよ。でもまあ愚痴を聞いてもらっただけ、気は晴れたか。……こんな魔法なんてファンタジーが関わった悩みなんて、理不尽さをネットのチャットで大衆に訴えるワケにもいかねーしな。……まあ言葉を飾って内容を
駅のある方向へ歩きながら、千雨は色々と考える。学園の魔法使い達の事やそれに対する自分の立ち位置、光一達の事、それに自分自身の身体の事など。
(しかし光一さんから出された能力トレーニングの宿題、けっこう厳しいもんがあるよなあ。まあ事情はわかるけど。きちんと力を使いこなせる様になっておかないと、下手な時についついうっかり力を使っちまわないとも限らないからな。……うっかり体力測定なんかの時に加速装置で高速転移なんかしちまったら、とんでもねえからな。
仕方無ぇ、今日も時間を見て人気のない山中にでも出向くか……。はぁ……私はインドア派なんだが……)
ふと喉の渇きを覚えた千雨は、何処かに自動販売機でも無いか、と辺りを見回す。自動販売機は無かったが、喫茶店が見つかった。そこそこ人気のある店らしく、見た限り満席では無いものの結構客が入っている。
(……機械の身体だってえのに、喉が渇くとはね。良く出来てるよ、まったく。飲み食いも普通にできるし。……本当は飲み食いしなくても良い身体だっつーのに)
千雨はその店に入ると、奥まった席が空いていたのでそこに座る。そして店員が水を持って来たので、一番安いブレンドコーヒーを注文した。やがてコーヒーが運ばれて来る。千雨は香りを楽しみつつコーヒーを啜り、そしていきなり
『……緊急! 緊急! 八十九銀行東麻帆良支店にて銀行強盗発生! 犯人は4名、各々拳銃を所持しており……』
パトカーのサイレンが辺りに鳴り響き、喫茶店の客達が立ち上がって窓際へと駆けよる。よりにもよって事件が起きた銀行は、千雨が入った喫茶店の目の前だったのだ。千雨は頭を抱えた。
(クソ、私が出張る事はねえ! 警察に任しときゃいいんだ! 落ち着け!)
千雨はコーヒーカップの取っ手を握りしめ、あおる様にコーヒーを流し込む。外から拳銃の発砲音が聞こえた。悲鳴が上がる。
『犯人グループは客と銀行の行員を人質に立て篭もっており……』
(今回は前とは違う! 前は、桜咲は顔見知りだった! 今回はそうじゃ無い!)
千雨は伝票を持ってレジへと向かう。外の騒ぎはますます大きくなる。
(見知らぬ誰かがもしも死んだからと言って、私に何の責任がある!?)
千雨は呆然としている店員を呼んで、コーヒー代金を押し付けると店の外へと出る。
(私の知った事か! この身体が超人的な力を持ってるからと言って、中身の私はただの一般人なんだ! ただの小娘なんだ!)
千雨はその場から走り去った。
なんか本当は、麻帆良には悪人いないらしいんですけどね。ちょっと設定曲げてます。
さて、千雨は必死に自己弁護しつつ、喫茶店を出ます。彼女がどういう選択肢をとるのかは、次回をお待ちください。