八十九銀行東麻帆良支店のロビーで、目だし帽を被って顔を隠したステレオタイプな銀行強盗が、拳銃を見せびらかす様にして客や行員の様子を見張っていた。その数は4名。その内のリーダー格と思しき男が、銀行カウンター内に置かれていた電話にがなる。
「包囲を退かせろって言ったろうが! それと逃走用の車だ! はやくしねぇと人質を殺すぞ!」
男は乱暴に受話器を叩きつけると、仲間に向かい叫んだ。
「おい! 適当なのを1人表に連れ出して、見せしめに殺せ!」
「わ、わかった。おい! てめえだ!」
「ひ、やだ! やだあぁ!」
「みちるちゃん! やめて、私が代わりになりますから、その子を放して!」
「うるせぇ!」
言われた仲間の男が、年端もいかない少女を引っ立て、その母親を蹴り倒して気絶させた。だがリーダー格の男はそれを止める。
「馬鹿野郎! 適当ってのは、でたらめって事じゃねえぞ! 女子供は逃走の時の人質だ! 野郎を殺せ!」
「す、すまねえ! んじゃてめえ、来い!」
「ひ、ひやぁああぁ!」
中年の男性銀行員が引っ立てられた。引っ立てた犯人の男は嫌らしく笑って言う。
「運が無かったな。さ、表に出な」
「い、いやだ、死にたくない……。たすけてくれ……」
「諦めなっ!」
「あんたが、な」
何処からともなく、少女の様な声がした。次の瞬間、犯人の男がいる真上の天井板が崩壊し、そこから何か黒い影が降りて来る。黒い影は、人質を引っ立てていた犯人の男を叩き伏せた。肋骨が折れる、嫌な音が響く。黒い影は、少女の様な形をしていた。
リーダー格の男と、残り2名の犯人の計3名が、慌てて拳銃をその影……黒い少女に向ける。リーダー格の男が叫んだ。
「サツか!?」
「……ったく、よりにもよって私が近くにいる時に、迷惑な真似してくれやがって。何考えてやがんだよ! だいたい金が欲しけりゃ、もっと賢く稼ぎやがれ! こんな割に合わねえ事しねえでよ! 迷惑なんだよっ!」
「「「……あ?」」」
犯人達はあっけに取られるが、それも一瞬の事。彼等は即座に気を取り直すと、一斉に発砲した。だがその弾丸は一発足りとも命中しない。黒い少女の姿は瞬時に霞み、消える。
キイィィンと耳鳴りの様な金属音に似た音が周囲に響き、犯人達の持っていた拳銃が銃身を縦に斬り飛ばされてばらばらに分解した。更に犯人達の腕や足がへし折れる音が派手に聞こえ、その全員が崩れ落ちる。直後、黒い少女が再び姿を現した。
黒い少女は言わずと知れた、戦闘形態になった千雨の姿だった。
(くっそ、手加減がうまくできねえ……。色々折っちまった。人の骨を折る感触って、気持ち悪ぃもんだな、ちくしょう)
千雨は内心で毒づく。たとえ凶悪銀行強盗犯と言えど人間を傷つけたと言うのは、千雨の一般人としての感覚には重い物がある。
その時、悲鳴の様な少女の叫びが上がった。
「あぶない!!」
千雨は反射的に体を躱す。その瞬間、千雨の身体に掠る様にして銃弾が通り過ぎた。千雨は慌てて振り向く。そこには警備員の服装をした男が、拳銃を構えて立っていた。
おそらくは事前に潜り込んでいた、犯人グループへの内通者だろう。その男は舌打ちをすると、千雨に警告の叫びを上げた少女を掴み上げ、銃を突きつけた。
男は忌々しげに言う。
「やってくれたな……。何者か知らねえが、おかげで計画が滅茶苦茶だ」
「……警察が来た時点で、全部おじゃんになってるって思うのは、気のせいか?」
「てめえ!」
千雨の台詞に、男は激昂する。千雨は慌てて男を宥める。
「オーケー、オーケー。わかった。落ち着け。その子を放せ。余計罪が重くなるだけだぞ」
「ち、逃げ切れねえのはわかってらあ、ちくしょう。ああちくしょう、どうせここで金が手に入らなきゃ、俺達ぁオシマイなんだよ。
ヤバい借金のカタに、移殖用にハラワタやら角膜やら皮膚の一片、血の一滴に至るまで、残さず売り飛ばされるコトに決まってるんだ! どうせなら、行く所まで逝ってやらあ! 人質、皆殺しにしてやる!」
「おい待てって!!」
「黙れっ!動くな!」
男が拳銃を人質の少女から離し、狙いを千雨に移した。千雨はその銃口を見つめつつ、千載一遇のチャンスとばかりに高速転移しようとした。
そしてその拳銃がばらばらに斬り裂かれた。
「は? ……ぐうっ!?」
鈍い音がして、警備員の格好をした男が崩れ落ちる。
「はい?」
千雨はまだ高速転移していなかった。突然の事態の急変に、頭が付いて行っていない。ともあれ千雨は放り出されかけた少女を抱きとめた。
「……っと、大丈夫か?」
「う、うぇえぇ……。こ、怖かった……。うええぇぇえぇぇん……」
「ああ、泣くな。もう終わったから、な?」
「大丈夫か、『16th』?」
その時、突然声がかけられた。千雨はその声の方を見る。そこには千雨の戦闘形態に似た、黒を基調としたマシナリーの姿があった。その胸には、赤で『8』の文字。視界の中には『8th』のアイコン。……光一の戦闘形態である。
「こ、光、じゃなかった、『8th』……でいいんですか?来てたんですね」
「君より一拍遅れたけどな。それと『8マン・ネオ』と呼んでくれると嬉しい。拘りのある名なんだ」
「どっから入って来たんです?」
「通気口」
見ると彼の斜め後ろにある通気口の給排気口の、その蓋が吹き飛んでいた。
光一はふっと笑うと、その口を開く。
「さ、もう行かないと。警察が来る」
「あ、ちょ、ちょっと待って……」
千雨は慌てて抱きかかえていた少女を降ろし、踵を返した光一の後を追う。2人が高速転移して加速状態に入った直後、銀行の中の様子がおかしいと気付いた警官達が突入してきた。
パトカーが集まり騒がしい銀行前を後にして、千雨と光一は並んで歩いていた。と、光一の体内無線にコールが入る。隣を歩いている千雨からだった。
『……本当は、事件なんか無視して警察に任せようと思ったんですよ』
『うん、それも間違いじゃない』
『ですよね。被害者達は顔見知りでもなんでもない他人だし。第一、こういう時のために警察があるんだし』
『……』
光一が黙っていると、千雨が言葉を続けた。無論、口には出さずに体内無線による通話である。
『だけど……。気付いたら銀行に忍び込んでた。そして、銀行員のおっさんが殺されそうになった時、飛び込んでた。
素人が下手に手を出して失敗して、被害が広がったら、どうする気だったんでしょうね、私。現に最後の一人、警備員に化けてたやつを見逃すって失敗をしたし。正義のヒーローにでもなったつもりだったのかよ、私』
「でも誰一人死ななかった」
光一が体内無線ではなく、口に出して言った。びくりと千雨の肩が震える。光一は続ける。
「犯人も含め、誰一人として死ななかった。人質には傷一つ無い」
「だけど……。だけどっ……」
その時、突然光一の右手が千雨の左手を握った。千雨は顔を上げる。視線の先には、光一の優しい目があった。光一は呟く様に言う。
「怖かった、んだろ?」
千雨は小さく頷く。彼女もまた呟く様な声を、なんとか絞り出す。
「怖かった……んだ。あの妖怪なんかと戦うよりも、ずっと怖かった。妖怪はなんて言えばいいのか……。現実感が、小さかったって言うか……。殺すのにも躊躇は……無かったんだ。
でも、あの銃口は、こ、怖かった。それに、手加減を間違え、て、殺しちゃ、う、のも、こ、怖かった。ひ、ひとごろし、になりたく無かった。で、でも人質、を、殺され、るのは、も、もっと怖かった、んだ。そ、そうなって、後から後悔に、苛まれ、るのの、方が、嫌だった。怖かった」
「俺も怖いよ……」
「!」
光一は小さな声で、しかしはっきりと言った。
「俺も怖い。かつて怖かったし、今も怖いし、これからも怖いだろう。ずっと、ね」
「こ、光一、さんは……」
「だけど立ち向かう。だから立ち向かう。怖いからこそ、それに立ち向かえるんだ。
……ごめん、何を言ってるのかわからないな、これじゃ。だけど、これだけはわかって欲しい。長谷川は一人じゃ無い」
その言葉を聞いたとたん、千雨の目からはらりと涙がこぼれ落ちた。彼女は思わず袖口で涙を拭く。そして今度は真っ赤になって下を向いた。
そしてその後千雨は駅まで光一に送ってもらった。駅に着くまで、光一は千雨の手を放さなかった。いや、千雨が光一の手を放さなかったのかも知れない。まあ、どちらでもいい話ではあるが。
明けて月曜日、千雨は2-Aの教室に登校していた。窓際から4列目、前から5段目の自分の席に着く。と、そこへ麻帆良パパラッチを自称する報道部員、朝倉和美がやって来た。千雨は怪訝な顔をする。
「おはよーちうちゃん。良い週末だったかな?」
「な、なんだよ朝倉。私がどんな週末過ごそうと勝手だろ。……って言うか、そのハンドルネームで人を呼ぶな。どこで知りやがった手前」
千雨がそう言うと、和美はにんまりと笑う。
「いやー、実は日曜日に八十九銀行東麻帆良支店に強盗が入ったってニュース、知ってる?」
「なっ!?」
「いやー実は私もその時現場近くに居てさー。拳銃を持った銀行強盗を、謎の人物がばったばったとなぎ倒したって言うじゃない。まあ警察が来てたし、その現場には入れなかったんだけどねー。
でもってさ、そこで見ちゃったんだよねー。ちうちゃんを、さ。ちなみに写真も撮ったよ」
千雨は顔面蒼白になる。
「な、お、おい!」
「ふふふ~ん、どーしよっか、な~♪ この写真」
「待て、待て待て待て!」
千雨は和美の胸倉を掴むと、教室の後ろ扉からそのまま廊下へとダッシュした。そして廊下へ出ると千雨はドスの効いた声で和美に問う。
「何が望みだ、朝倉ぁ……」
「ん~、そだね~。折角のスクープだし」
和美はにやりと笑う。千雨は唾を飲み込んだ。緊迫した空気が漂う。
と、突然和美は笑いだした。
「あははは、な~んてね。心配しなくてもいいよ♪ 人の恋路の邪魔なんかしたら馬に蹴られちゃうしね~」
「は? 恋路?」
「またまたー。ま、写真も返してあげるよ、ホラ。ネガも渡すから安心して」
そう言って和美がネガごと渡してきた写真を見て、千雨は目を丸くした。千雨はその写真を見る瞬間まで、そこには千雨が戦闘形態に変身する様子でも写っているのだとばかり思い込んでいたのだ。だがそこに写っていたのは……。
「いやー、ネットアイドルちうちゃんの趣味がああいう優男だとはねー。なんとなく筋骨隆々としたマッチョマンが似合うんじゃないかと思ってたんだけど」
「……」
そう、その写真に写っていたのは、光一に手を引かれ、赤面して下を向いて歩く千雨の姿だったのである。その写真を見た千雨の顔は、今度は蒼白から一気に紅潮した。
「なななななな、お、おまおまおまえ、かか勘違いすんじゃねーぞ。別に光一さんは私と付き合ってるってワケじゃ……」
「へー、コーイチさんって言うんだ。名字は?」
「だだだ黙れっつってんだろ朝倉てめぇ!」
「いや言われて無い。今初めて言われた」
「~~~~~~ッ!!」
千雨は完全にテンパっていた。そんな千雨を尻目に、和美は教室へ戻って行く。
「ああ、そろそろ朝のSHR始まるね。急いで戻らないと。んじゃお先」
「あ、てめぇ待てコラ!……行っちまった。くっ、私も戻るか……」
自分も教室へ戻りながら、ふと千雨は和美が返してよこした写真に目を向ける。ピント、構図、その他諸々がきちんと整った、いい写真ではあった。確かにこれだけ見れば、千雨と光一の逢引写真にしか見えまい。
千雨は右手で頭を掻きつつ、和美の勘違いをどうすべきか考えながら、教室へと入って行った。写真とネガを無意識のうちに大事そうに仕舞い込みながら。
今話も、ほぼ改定なしで大元のままですね。
結局ちうたんは、銀行強盗事件に介入してしまいました。正義感と言うよりは、見捨てる事を恐れた結果なのですがね。でも、光一は『それでいい』と言ってくれます。千雨をネット越しの虚像をではなく、真正面から肯定してくれる人って、作中に少ないと思うんですよ。原作ネギは、そう言う面ありましたよね。