3学期も終わったある春休みの日の夜、千雨は中等部女子寮の自室で、『自分自身』と
「ふう……。いつ来ても『ここ』は、殺風景だな。……壁にテクスチャでも貼るかな」
千雨の姿は、いつもの人間体である。彼女の周りには彼女の
彼女はそんな浮いている立方体の1つに触れてみる。するとデータが展開され、千雨の周りに様々な画像が映し出された。それは千雨が作ったホームページ、『ちうのホームページ』のデータ群だった。千雨はそこにある自らのコスプレ写真を、
(あ゛。コレ修正甘い。なんでこんなのアップしちまってたんだッ! 画像サイズが小さいから目立たなかったのは幸いだな……。修正だ、修正ッ!)
フォトシ○ップを使わずに『素手』でjpeg画像を修正し、それを貼り付けたhtmlファイルを、千雨はFTPツールも使わずに『素手』でサイトのサーバーの方角へと押しやる。パソコン自体を表している部屋の壁に描かれた幾何学的な線が輝き、データが流れて行くのが『視え』た。
(ふう……。こうやって電脳空間にダイブすると、色んなアプリとか要らなくなっちまうな。写真の画像データも微に入り細をうがつまでチェックできるし。なんつーか、すっげぇ楽だわコレ。ん~~~!)
一仕事終えた千雨は伸びをすると、開いていた『ちうのホームページ』のデータを閉じる。
(さて、どーすっかな。まだ約束の時間まで多少あるし……。ゲームでもやるかな)
千雨は適当な立方体――シューティングゲームのアプリケーション――に手を伸ばすと、それを起動する。しかし彼女は思わず呻く。
「うげ」
彼女の眼前に展開した画面上では、本来はアニメーションの様に滑らかに動いているはずの自機や敵機が、ぺかぺかと点滅しつつのろのろと、カクカクと動いていた。これはマシナリーである千雨の量子脳があまりに高速なため、ダイブしている
「だ、駄目だこりゃ。っていうか、シューティングやアクションじゃないゲームやりゃ良いのか。……ありゃ? 来たかな?」
その時、部屋にノックの音が響いた。彼女は声を上げる。
「どうぞー」
すると部屋の壁から、黒猫を肩に乗せた一人の人影が滲み出て来る様に出現した。誰あろう、光一とダイである。彼等は自分のマンションの部屋から自分の
「コンバンハ」
「こんばんは。お待たせ」
「いえ、まだ約束した時間より早いですよ」
「そっか。じゃ早速行くとしようか」
「ウン、イクノラ」
光一とダイの言葉に、千雨は表情を引き締める。本日光一たちが出向いて来たのは他でも無い、千雨の電脳戦トレーニングにつきあうためであった。
千雨は光一に、トレーニングのための目標を訊ねる。
「何処にします?」
「麻帆良学園それ自体の持ってるデータバンクでいいだろう。騒ぎになると何だから、今日のところは見つからない様にこっそり覗く練習ってことで。ついでに『魔法使い』に関係した情報も、色々と貰ってこよう。
本格的な電脳戦の訓練は、また今度時間を取るよ。その時の仮想敵は、防壁をガチガチに張った俺の
そして光一は、肩を竦めて見せる。
「実は今回の目標のデータバンクは、先に一寸下見して来たんだ。だけど『魔法使い』達の電脳技術って、ヤバい物があるな。この時代にそぐわない技術がある。充分注意するようにな。
さて、行こう」
そう言うと、光一は形態形成マトリクスを書き換え、戦闘形態……電脳戦形態へとその姿を移行した。その姿を見て、千雨は疑問の声を上げる。
「あれ!? いつもの戦闘形態じゃ、ありませんね?」
「ああ、この姿は電脳戦に適した形態なんだ。」
その姿は、基本的な形状は普段の『8マン・ネオ』の戦闘形態に良く似ているのだが、細部が積層パネルを重ね合わせて束ねた様な形をしていた。ちなみにダイもまた、戦闘形態に姿を変えている。ただしダイの姿は、ポリゴンチックになっている他は基本的に、普段の戦闘形態と変わらない。
光一は千雨に向かって立つ。
「長谷川にも……『16th』にも、戦場に応じて形態形成マトリクスを書き換えて即応する能力はあるはずだ。長谷川も電脳戦形態を『創って』みたら?」
「私が、ですか……」
千雨はまず普通に戦闘形態を取る。『8マン・ネオ』に似たその姿は、しかしこの電脳空間内では若干CGっぽく見えた。そして千雨は双眸を閉じ、精神を集中する。やがて千雨の身体は光に包まれ、変化して行く。しかしその姿は安定を欠き、収束しない。
そこへ光一が手を伸ばす。そして手にある端子からデータを千雨へと流し込んだ。すると今まで安定しなかったその姿は徐々に安定して行き、やがて光一の電脳戦形態に似た形状に落ち着いた。光一は千雨を褒める。
「うん、上手く行ったな」
「光一さんが手伝ってくれたからですよ」
「俺はほんの少し手を添えただけさ。今の感覚を忘れない様にな」
「準備デキタナラ、行コウ」
ダイの言葉に頷くと、光一は部屋の壁に手を当てる。するとそこから彼の身体は壁の向こうへと突き抜けて行った。千雨とダイも彼の後を追う。外から見ると千雨の
千雨と光一、そしてダイは、データライン沿いに虚空を疾走する。その速度は、まるで電光の様だった。幾つもの立方体や球体――おそらくはプロクシ等のサーバ群――が、前から後ろへと物凄い勢いで流れて行く。千雨は電脳空間を疾走しながら、最近起こった事について色々と駄弁っていた。
「……ってわけで学期末のテストではウチのクラスが学年一位を取ったんですけどね」
「へえ。それはおめでとう」
「でも、そのテストで分かったんですけど……。私の頭……量子脳っていわゆるコンピュータですよね?でも特に頭が良くなった気はしないんですよ。結構テストで苦労しましたからね」
「ああ、それは生前における俺達の脳の働きを正確にエミュレートしてるからだな。俺にも経験があるよ。頭が超高性能のコンピュータになったからと言って、難しい理論とか理解できる様にはならないんだよな」
「……悪い意味で、よく出来てますね。ハードが良くできてても、中のソフトが駄目なら限界性能を活かしきれないって事ですか」
不貞腐れる千雨に、光一は苦笑する。
「駄目なソフトだって事は無いだろう。長谷川は聡明だと思うぞ」
「なっ……」
千雨の顔は赤くなる。そこにダイが割り込んだ。
「マア、足リナイ知識トカハ今後蓄積シテイク必要ガアル。応用力モ鍛エナイト駄目。ケド基本ノ記憶力ヤ演算能力ハ、長谷川ガ慣レレバ自在ニ使エル」
「そうだな。長谷川が自分の量子脳の使い方に慣れるに従って、その手の能力は尋常じゃないレベルになるはずだぞ? 現に今も無意識にその演算能力を使ってるからこそ、こうやって電脳空間にクオリアを投影してられるんだ」
「そんなもんですか……」
「そんなもんだ。さて、着いたぞ」
2人と1匹は、一際巨大な球体の前で足を止める。その球体の表面には、まるで電子回路網の様な模様が刻まれていた。これが麻帆良学園の主データバンクを管理しているホスト・サーバである。2人に、葡萄の粒にも見える小さな球体の集合体が寄って来た。
光一はそれに触れる。
「気を付けて。防衛システムの巡回プログラム、
欺瞞情報を流して、正規のユーザーに見せかける……。長谷川は俺のやり方を見て、そっちに行ったウォッチャーで同じ様にやってみてくれ」
光一の手から光……データの流れがウォッチャーに送り込まれ、浸食する。するとウォッチャーは警戒モードから通常モードに戻り、元来た方向へと去って行く。
千雨も言われた通り、自分の方に寄って来たウォッチャーに恐る恐る触れ、欺瞞情報を送る。ウォッチャーは見事に騙されて、通常モードになると去って行った。千雨は溜息を吐く。
「ふう……。次は、この中ですか?」
「ああ」
「けど便利ですね、この電脳空間関係の能力は。今まで必死こいてやってた事が、片手間扱いでできる」
「……。ハッキングとか、やったことあるのか……」
「は? え、ええ。一寸たしなむ程度に」
たしなみでハッキングするなと言う話もあるが、ともあれ2人と1匹はウォッチャーを見事に騙し、ホスト・サーバの壁に触れてその内部へと潜り込む。その中にはデータやプログラムを表す立方体や球体が、千雨の
データ群に仕掛けられているロックやトラップを解除しつつ、光一と千雨はそれらのデータを閲覧して行った。
「……あ。この辺の情報は、学園長のノートPCにダイブした時に
「確かにそうだな。……うん?」
「どうしました?光一さん」
「いや……」
光一は口を濁す。不審に感じた千雨は光一が見ているデータに自分も接触し、読み取って見る。次の瞬間、彼女の表情は強張った。
「これは……」
そこには4月から麻帆良学園英語科教師として本採用になり、新学期から千雨達のクラスになる3-Aの担任に就任する予定の、ネギ・スプリングフィールド少年のプロフィールが詳細に記されていた。
彼はナギ・スプリングフィールドと言う英雄――千の呪文の男、サウザンドマスターと言う二つ名を持つ――の一人息子であった。そのためネギは、その英雄の後継者として嘱望されていると、そのデータファイルには記載されている。だがしかし、英雄の子供であるネギは、決して幸せな子供では無かった。
まず第一に、彼には両親が居なかった。父親である英雄ナギは、10前に失踪、おそらく死亡した物と断定されている。母親については何の情報も無いが、どうやらネギが赤ん坊の頃には既に傍にいなかったらしい。
そして第二の不幸は6年前、英雄ナギに恨みを持つ者の仕業と思われる凶行が、当時3歳のネギを襲っていた事である。爵位級の上位悪魔を筆頭に無数の悪魔が何者かによって召喚され、ネギが暮らしていた村を襲撃、壊滅させたのだ。
村人の大半は石化されて石像になってしまい、助かったのはネギ自身と、その従姉であるネカネ・スプリングフィールドと言う少女のみであった。つまりネギはその現場に居合わせ、故郷の村が壊滅する様をまざまざと見せつけられた事になるのである。
千雨は吐き捨てる様に言葉を発する。
「ち、胸糞悪ぃ……。親が遺した負の遺産、かよ。3歳児狙って、何が楽しい」
「……そうだな、長谷川。そんな事は許せない。……結局犯人は分かっていないみたいだな」
「……その後あのガキは魔法学校を飛び級で主席卒業、最終課題として麻帆良で教師になった……ってわけか。……あのガキも、大変なんだな。色々とかましてくれたヘマに腹立ててたけど、そもそもあんな子供にあの能天気なクラスを纏めろって言うのは酷だしな。
しかしイギリスの魔法学校にせよ麻帆良学園にせよ、上層部ってやつは何考えてんだろーな。あんな子供に先生っていう、専門の人間でも大変な仕事を押し付けるなんざ……」
ぶつぶつと呟き続ける千雨だったが、ふと今まで何処かに行っていたダイが戻って来たのに気付く。
「どうしたんだ、ダイ?」
「……変ダ。イクラ探シテモ、ネギ・スプリングフィールドノ母親ノ記録ガ無イノラ」
「「え?」」
千雨と光一は、眉を
「イクラナンデモ、データ無サスギラ。ココダケジャナク、ココニ接続サレテル『まほねっと』トイウ『魔法使い』専用ネットノデータマデ、洗イ浚イ見テ来タ。ケド全然母親ノ情報ハ無イ。
父親デアル英雄ナギ・スプリングフィールドノ情報ナラ、山ホドアル。……タダシ、コチラモ若干データ欠如。ダケド、ソノ妻ノ、ネギ・スプリングフィールドノ母親ハ……」
「まったく無い、か。まるで『わざと消去』したかの様に」
「!!」
千雨は息を飲んだ。一方のダイは、光一の言葉に頷く。そして光一は千雨に向かい、真剣な顔で語り掛けた。
「ネギ少年は長谷川の担任なんだよな。俺の勘だと、ネギ少年の周辺にはまだ何かあると見ていい。おそらく本人に責のある事じゃないが……。充分気を付けておいた方がいいな」
「……どんだけ
千雨は苦々しい気持ちで呟く。周囲の無味乾燥な電脳世界が、やけに肌寒く感じた千雨だった。
改めて思うに、ネギってどうやってあの程度の軽い歪み方で済んだんですかね? わたしが彼だったら、とんでもない問題児に育ってた自信あります。いや、ネギも問題児だと思いますが、それでもまあ、かなり良い子ではあるとも思うんですよ。
……いや、問題児的側面の根っこは深いですがね。
頭がいい割に、他人の気持ちとか察する想像力無いですし。1巻冒頭でいきなり明日菜を勝手に占って、勝手に占いの内容を当人に教えたり。恋人になれるんだからいいだろって、惚れ薬作ったり。千雨が
ああいうのは絶対に、孤独に育って来たのが影響してますよねえ。