4月に入って春休みが終わり、新学期が始まった。新クラス――と言っても前年度からそのままの持ちあがりである――の3-Aの教壇には、今年度から正式な教師となった新担任が立っていた。椎名桜子と鳴滝姉妹が叫ぶ。
「「「3年! A組!! ネギ先生―っ!!」」」
わあぁーっとノリの良いクラスの連中が一斉に唱和した。担任の教師――僅か数えで10歳という年齢の子供先生――ネギ・スプリングフィールドは照れながら頭を掻いている。それを見ながら、千雨は深く息を吐いた。
かってであれば、千雨はおそらく『バカどもが……』とでも内心で毒づいていただろう。いやこの能天気なクラスの連中を、彼女は今も馬鹿だとは思ってはいるのだが。それはともかく、ついつい彼女の視線はネギに向かう。ネギは教壇で、3-Aの面々に対しての挨拶を行っていた。
(こいつ……。とてもそうは思えねーが、あんなに重い過去を抱えてやがんだよなぁ……。とてもそうは思えねぇけど。頭はいいけどバカだし)
そこへ源しずな先生がやって来て、ネギに今日は身体測定である事を告げる。うっかり忘れていた今日の予定を思い出したネギは、慌ててクラス一同に向かって言葉を発した。
「で、では皆さん身体測定ですので……。えと、あのっ、今すぐ脱いで準備してください!」
(ホラ、バカだ)
ネギの失言に、桜子と鳴滝姉妹が囃し立てる。
「「「ネギ先生のエッチ~~~!!」」」
「うわ~~~ん! まちがえましたー!」
ネギは慌てて教室から、全速力で離脱して行った。それを見遣りつつ、3-Aの女生徒達はイイ笑顔で語り合う。
「ネギ君からかうとホント面白いよねー」
「この一年間楽しくなりそーね」
千雨は衣類を脱ぎつつ、心の中で溜息を吐く。
(ふう……。あのガキからかうのもいいが、あんまり度を超すんじゃねえぞ。ただでさえあのガキは、色々大変なんだからよ。ったく……。
って何で私があのガキを心配してやんなきゃならねーんだよ。ん……。まあ、仕方無ぇか。色々と知っちまったもんな。つい気になっちまうのは、普通だ普通。……でも、普通じゃねぇんだよな、私は)
下着姿で突然ずーん、と落ち込んだ千雨を、周囲の者は不思議そうに眺める。そんな千雨の肩をぽんぽんと叩いて慰める者がいた。千雨は振り向く。そこに居たのは楓であった。
「……なんだよ」
「いや、長谷川殿が何やら落ち込んでいたようでござったからな」
「ん……。ま、サンキュ。大丈夫だ」
千雨は春休み中に麻帆良外れの山中で、楓と出逢っていた。その時楓は『16th』の戦闘形態を取っていた千雨の事を、『友』と呼んだ。千雨はその事を少々の気恥かしさと共に、ほんの僅かな戦慄をもって思い返す。
(コイツ、勘が鋭いからな。薄々勘付いてやがるんじゃねーかな。薄々って言うか、コイツの中では確信のレベルで。
……まあでも、騒ぎ立てもしてないし、しないだろコイツなら)
ちなみに千雨は、春休み中何度か山中に赴いて、光一からの宿題である能力トレーニングを行っていた。しかし先ほど述べた1回を除き、千雨は楓とは遭遇していない。その事を、自分でも気付かぬままに若干残念に思っている千雨だった。
なお余談であるが、千雨は春休み中努力したにも関わらず、未だ超音速の機動を会得してはいなかったりする。この事について千雨は、自分には才能が無いんじゃないかと内心思っている。もっともそう言う方面の才能は、千雨は欲しいとも思っていなかったが。
千雨は身体測定の体重計の前に出来ている列に並ぶ。列の前の方で、桜子とクラス委員長である雪広あやかが何やら騒いでいたが、千雨はしれっと聞き流した。彼女はそのまま考え事に浸る。
(……しかしどうすっかな。体重とか身長とか座高とか。前年度のデータきっちりそのまんま、ってのは何か変だろ。ほんの少しだけ変えるかな……。けど、今の年頃の平均的な成長って、どのぐらいなんだ?
くそ、今日が身体測定なんだって知ってたんだから、前もってネットで調べときゃ良かった……)
マシナリーである千雨は、彼女が望んでマトリクスを書き換えない限りは成長も老化もしない。だが前回の身体測定結果と寸分たがわず同じ結果と言うのは、傍から見てあきらかに異常と言える。とりあえず彼女はどのデータも、前回の測定結果よりも微妙に心持ちだけ増やして置く事にした。
やがて千雨の体重測定の順番が来て、そして測定し終わる。次は座高でも測定しようかと、彼女は別の列に並んだ。と、彼女の耳に誰かの声が飛び込んで来る。
「――だな神楽坂明日菜。ウワサの吸血鬼はお前のような元気でイキのいい女が好きらしい。十分気をつけることだ……」
「え……!? あ……はあ」
それはエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと言う一見小学生にすら見える小柄な金髪の少女と、そして神楽坂明日菜と言うツインテールの髪形をしたオッドアイの少女の会話だった。
ちなみに明日菜は所謂『バカレンジャー』の一員であり、バカレッドの称号を貰っている。この2人は普段は絡む事の少ない、珍しい組み合わせだ。千雨は眉を寄せる。エヴァンジェリンが言った『吸血鬼』と言う言葉が引っ掛かったためだ。
千雨は、このエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと言う10歳程度にしか見えない少女が、実は600歳を超える真祖の吸血鬼である事を知っているのである。無論それは、春休み中に麻帆良学園のデータバンクにダイブして盗って来た様々な情報に、その事実が記されていたためだ。
(よりによって『吸血鬼』であるてめえが、そう言う事言うかよ。しかも既に失効してるとは言え、600万ドルの賞金首だった程の『吸血鬼』兼『悪の魔法使い』。
しかし今は麻帆良学園本校中等部に通うように呪いをかけられ、魔力も限界まで封じられて学生兼麻帆良学園の警備員、か……。しかし……)
千雨は麻帆良学園のデータバンクではなく、学園長個人のノートパソコンから盗って来た情報に思いを巡らす。そこにはエヴァンジェリンについて、学園長の個人的な書き込みが添付されていた。
(本来なら3年で解かれるはずの呪いが解かれずに、今年でもう15年目。15年間中学生をやり続けているっつーのは、いくらなんでも……。しかもその呪いをかけたのがあのガキの父親である『英雄』ナギ・スプリングフィールド……。
学園長は個人的にはマクダウェルに同情的っぽい。だけど麻帆良学園の長兼関東魔法協会理事としては、どうにも動けない……ってか)
千雨は更に考える。今度はエヴァンジェリンと会話していた神楽坂明日菜についてだ。
(神楽坂は神楽坂で、あいつのデータにゃ不審な点ばっかりだったな。まず両親に関するデータが全く無ぇ。それに小等部低学年の頃に海外から転校してきたって事になってんのに、出身国とか出身地とかデータが全く無ぇ。
元担任の高畑が保護者やってるが、高畑自体学園長に次ぐ強さの魔法先生で、色々と重要人物らしいし。裏に重てぇ事情があるって言ってる様なもんじゃねぇか。神楽坂本人にゃ自覚無いみたいだがよ。見た目はただの能天気な女子中学生なのに……)
何となく
(ったく、なんでこんなに重い事情抱えた奴ばかりがいるんだよ。そう言った連中を1クラスに集めたのは、何らかの意図があるんだろうけどよ。
って言うか私自身今は重い事情抱えたうちの1人になっちまってるじゃねーか! 学園側では把握してねーだろうけどっ!)
思わず千雨は、叫んだ。つい、叫んでしまった。
「だーっ!? なんだってこんなコトになっちまってるんだっ!」
「へ? そんなに座高高く無いよ?だーいじょうぶだって長谷川! あんたの脚は充分長いから!」
「え?あ、ああ悪ぃ早乙女。突然叫んじまって」
何時の間にか千雨の並んでいた列は進み、彼女は無意識に座高計に腰掛けて座高を計測していた。彼女は座高計を操作していた早乙女ハルナに軽く謝罪をする。
と、そこへ廊下から叫び声がかかった。保健委員、和泉亜子の声だ。
「先生ーーーっ! 大変やーーーっ! まき絵が……、まき絵がーーー!!」
「何!?」
「まき絵がどーしたの!?」
「わあ~~~!?」
亜子の叫びに、クラスの面々は慌てて教室の扉や廊下側の窓を開く。廊下でぽつんと立って身体測定が終わるのを待っていたネギが、突然廊下に飛び出して来た半裸の女生徒達に大慌てになる。千雨はその騒ぎに精神的な頭痛を覚え、米神を揉んだ。
騒ぎの原因であった佐々木まき絵は、結局の所特に大した事もなく保健室で眠っていたらしい。ネギと何名かの生徒が様子を見に行き、付き添っていた源しずな先生から話を聞いたところ、麻帆良学園内の『桜通り』にて、ぐっすりと眠っている所を発見された様だ。戻って来たネギが教室で説明した所によれば、ただの貧血らしいとの事だった。
以上が、千雨が聞いた話である。特に取り立てて大した事の無い話であった。そう、そのはずであった。たとえ、満月の夜になると桜通りに真っ黒なボロ布に身を包んだ吸血鬼が出没する、などと言う噂話があったとしてもである。
だから佐々木まき絵が桜通りでその吸血鬼に血を吸われたなどと言う妄想は、笑い飛ばしてしかるべき馬鹿話なのである。
『……そう、馬鹿話……のハズなんだがな。なんで私は日も暮れたこの時刻に、桜通りまでやって来たりするんだろう、リープ、ダイ』
『光一に感化されたのではありませんか?彼は誰かが危地にある場合、自らの身も顧みずに事件に飛び込んでいきますからね。……ちなみに光一は、今晩も合成麻薬の取引を潰しに出ています』
『……ソレニ、吸血鬼ガ馬鹿話ジャナシニ実在スルッテ事ハ、長谷川ハ知ッテルハズ。ダイハ半信半疑ナンラケド……』
千雨は視界の中に開くウィンドウに映る、リープとダイの姿に視線を遣った。彼女とリープ、そしてダイは体内無線のチャンネルを開き、それによって会話しているのだ。千雨は溜息を吐く。
『はぁ……。光一さん、相変わらずだな。最近麻帆良学生の物と思われるサイトの掲示板やブログで、悪を叩く謎の超人の噂が話題になってるぞ。『エイトマン・ネオ』って名前が出てる時もある。
まあ、良いことしてるんだし、力量も確かなんだから、
『ああ、先日誘拐犯を捕まえた時に、現場で出逢ったそうです。その時は捕らえた犯人達と誘拐された子供とを『魔法使い』連中に渡して、さっさと退散したそうですがね』
『……。光一さんホント大丈夫なのかよ……。ところでリープ、私が光一さんに感化されてるってどう言う事だよ』
眼鏡の奥で半眼になり、千雨はウィンドウの中のリープを睨む。リープは真面目腐った口調で、千雨に答えた。
『級友が血を吸われているのかも知れないのが、気にかかってどうしようも無いのでしょう?』
『そ、そう言うわけじゃ……。ねぇんだよ、多分……。桜通りの吸血鬼が本物で、仮にそれがマクダウェルだったとして、だ。奴にも色々事情、あるっぽいからな。それに佐々木の件含めて、騒ぎになるのを嫌ったのかも知れないけど、被害者が死んだとかって話は聞いて無い。だから……マクダウェルの仕業だったなら、吸血自体を止めようって気は、実は無い。無い……んだが。
だけどその被害者を放り出して行くってのは、一寸、な。意識も無く完全に無力化された被害者が、こんな道端に放置されてたら、色々とマズいだろ。変質者だって出ないとも限らないし。いや吸血鬼自体がある意味変質者と言や変質者なんだが……』
『……光一に感化されてるのか、元からそうだったのかは知りませんが、貴女は優しい人ですね』
『ダイモ、ソウ思ウ』
リープとダイの台詞に、千雨は顔を赤らめる。
『ばっ、な、何でそうなるんだよっ!? わたしは吸血自体は放っとくって言ってるんだぞ!?』
『それも級友の事情を鑑みての事でしょう。そして貴女はその上で、自分にできる事をやろうとしている。
……そうですね、私たちも手伝いましょう。今からそちらへ向かいます。』
『べっ、別にいいって。吸血された被害者を『偶然に』発見して、保健室なり女子寮なり交番なりへ運ぶだけなんだから』
助力を断る千雨だったが、しかしリープとダイの押しは強い。
『イヤ、万一ニ備エタ方ガ良イノラ』
『不測の事態が起こらないとも限りませんからね。直線で空を飛んでいけばすぐ着きます』
『……そう言やリープ、空飛べるんだったな』
犬が空を飛び、猫がそれにしがみ付くと言う情景を思い浮かべ、千雨は壮絶な違和感を感じる。と、そこへ小さく声がかかった。
「あ、あの……。長谷川……さん?」
「わあ!?」
「きゃっ!! ……あ、あの、ごめんなさい。驚かせちゃったですー……」
「み、宮崎!?」
そこに居たのは、千雨のクラスメートである宮崎のどかであった。愛称『本屋』と言われる読書好きで、図書委員でもある。更には麻帆良学園の中に存在する巨大図書館『図書館島』を探索するための中学、高校、大学合同サークル『図書館探検部』にも所属したりもしている。ちなみに彼女は制服姿だ。
千雨は息を整えると、のどかに話しかける。
「宮崎、今帰りか?」
「は、はいー。長谷川さんはどーしたんですか?」
「あー、いや一寸ヤボ用で出張って来ただけだ。気にすんな。んじゃあな」
千雨はさっさとのどかを帰してしまおうとした。桜通りの桜並木の何処かに隠れて張り込もうと思っていた千雨にとって、のどかが居る事は障害になる。のどかはそんな千雨の思惑には気付かず、しかし素直に頷いた。
「はい、長谷川さんも気を付けてくださいねー。それじゃあお先に……!?」
ザワッ……。
急に生温かい風が吹き渡った。のどかがビクッと体を震わせる。千雨は反射的に体内のセンサーを全開にした。彼女は思わず舌打ちする。
(ちぃっ! マズった! だらだらリープたちと駄弁って無いで、さっさと何処かに隠れときゃ良かったんだ!)
「ひ……!!」
のどかが恐怖の声を漏らす。彼女の視線は通りの脇にある街灯の上に向けられていた。無論、千雨の視線もまたそちらに向いている。
……その街灯の上には、黒いボロボロのマントを纏い、同じく黒いとんがり帽子を目深に被った何者かが立っていた。一見ただの不審者であるソレは、しかし異様なまでの威圧感を放っている。間違いなくこれが、桜通りの吸血鬼、なのだろう。そして千雨の予想通りであれば、その正体は彼女のクラスメートであるはずだ。
千雨は
いよいよ吸血鬼事件開始です。他のわたしの『ネギま!』二次でも触れてますが、吸血被害者放り出して行ったらヤバいですよね。