千雨infinity(改稿版)   作:雑草弁士

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Episode:07『とりあえずの離脱』

 千雨は、宮崎のどかを庇う様に立ちはだかった。彼女が睨み付ける街灯の上に立つ怪人物は、呟く様に言う。

 

「25番、長谷川千雨……そして27番の宮崎のどか、か。悪いけど、少しだけその血を分けてもらうよ。……だが片方の相手をしている間に、もう片方に逃げられるわけにもいかんな。……眠りの霧(ネブラ・ヒュプノーテエイカ)!!」

 

 怪人物は懐からコルク栓をした試験管と丸底フラスコを取り出すと、投げつけて来た。空中で試験管とフラスコは砕け、中の液体が混じり合う。するとそこを起点に、爆発的に霧が発生し、千雨とのどかを包み込んだ。

 

 千雨は背後にいるのどかが意識を失い、倒れ込もうとするのをセンサーで感じる。彼女は振り向くとのどかを抱きとめて、後ろに飛び退る。街灯の上の怪人物は、一寸驚いた様子だ。

 

「ほう?レジストしたのか?」

 

 この『眠りの霧(ネブラ・ヒュプノーテエイカ)』の魔法は、催眠性の霧を発生させ、それに包まれた生物を眠らせると言う効果がある。霧を吸いこまない様に息を止めても、皮膚から成分吸収されるために無意味だ。

 

 だが千雨は、マシナリーなのだ。睡眠が必要無いわけではないが、人間用の睡眠薬など――それが魔法によって合成された物であっても――意味をなさない。それ故に、彼女にはこの魔法は効力を発揮しなかった。

 

 千雨のセンサー……サーモグラフにより、マントと帽子で隠れている怪人物の身体の熱映像が捉えられる。

 

(ち、やっぱりマクダウェルかよ!)

 

 そう、その怪人物はエヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェルその人であった。千雨は思わず頭を抱えたくなった。本来なら千雨は、吸血の対象者を救護するためだけにここに来たのである。だが今まさに千雨自身が、血を吸われそうな立場なのだ。

 

(ちっ……。絶対に私の血を吸われるわけにゃ、いかねー……。やっぱ、来なきゃ良かったか?)

 

 千雨はマシナリーである。その身体はレントゲンやMRIすらも、生身の人間であると騙せる程の高性能な機械体だ。当然ながら、その身体の表層部分には『赤い血』すら流れている。下手な血液検査など誤魔化せるほどの人工血液だ。

 

 だが吸血鬼にソレを吸われた場合はどうだろう。いくらなんでも、誤魔化せるとは思えない。エヴァンジェリンに血を吸われると言う事は、千雨の正体が露見(ろけん)すると言う事に直結しかねない大事なのだ。

 

「……まあいい。どちらにせよ同じ事だ。血を吸った後で、今の魔法に関する記憶も消させてもらおう」

 

「!?」

 

 エヴァンジェリンが街灯の上から飛び掛かって来る。千雨はのどかを抱えたまま、素早く飛び退った。その運動能力に、エヴァンジェリンは怪訝(けげん)な思いを抱き、首を傾げる。

 

「!? ……長谷川千雨、貴様本当に長谷川千雨本人か?」

 

「!!」

 

 そのとき千雨は閃く物があった。彼女はマトリクスを書き換えて、外見を変化させる。

 

「……!? 馬鹿な!タカミチ!?」

 

 そう、千雨は外見をかつての担任教師、タカミチ・T・高畑の物に変化させたのである。千雨は高畑の姿で口を開く。その声も、高畑の声その物だ。

 

「いけないな、マクダウェル君。夜遊びもほどほどにしておいた方がいい」

 

「!? 貴様、誰だ! プライベートでは、タカミチは私の事をエヴァと呼ぶ!」

 

「おお、これは失敗したかのう。ふぉ、ふぉ、ふぉ……」

 

「じ、爺!? ……いや、それも本当の姿では無かろう。貴様何者だ」

 

 今度は千雨は、麻帆良学園の学園長たる近衛近右衛門の姿を取っていた。千雨は顎髭を撫でつけながら溜息を吐く。

 

「ほ……。やれやれ、今大事なのはワシの正体ではあるまいに。どちらかと言うと、正体を誰何されるべきなのは、おぬしの方じゃろうて?」

 

「く……」

 

 エヴァンジェリンは悔しそうに黙り込む。千雨は姿を自分自身の物に戻した。いくらなんでも何時までも自分の格好を、ぬらりひょんその物の学園長の姿にしておきたくは無い。……美意識的な意味で。

 

 これでおそらくはもうエヴァンジェリンは、千雨の事を『長谷川千雨』本人だとは思っていないだろう。それが千雨の狙いだった。おかげで非常識な行動も取れる、と言う物だ。具体的に言うと高速転移、とかである。それに時間稼ぎも上手く行った。

 

 次の瞬間、何処からともなく2つの影が降って来て、千雨とエヴァンジェリンの間に割り込む。その影の一方は大型犬の姿、もう一方は黒猫の姿をしていた。リープとダイである。彼等は体内無線を使って、千雨に話しかけた。

 

『無事ですか、長谷川さん』

 

『ヤッパリ、来テ良カッタノラ』

 

『ああ、大丈夫……。来てくれて助かった』

 

 リープはエヴァンジェリンに向かい、唸り声を上げて見せる。ダイもまた、シャーっと威嚇の声を上げた。あくまで普通の犬猫のフリをしているのである。千雨とリープ、ダイは、エヴァンジェリンと睨み合う。

 

「さて、どーすんだい吸血鬼さんよ。このまま睨み合ってても、らちが……」

 

「待てーっ!!」

 

 台詞の途中で、突然割り込みが入った。全センサーをエヴァンジェリンに集中していた千雨はびっくりする。だがリープとダイは、闖入者(ちんにゅうしゃ)に気付いていたのだろう、動じる様子は無い。この辺りは、年季の違いと言う物だろう。

 

 割り込んだ声は、千雨とエヴァンジェリン、それに千雨の手の中にいるのどかの担任教師、子供先生ネギ・スプリングフィールドの物だった。

 

「ぼ……僕の生徒に、何をするんですかーーーっ!!」

 

 見遣れば、ネギは普通ではとても出せないぐらいの速度で疾走して来る。千雨はセンサーの一部をそちらへ向けた。すると小さく叫ぶ様なネギの声が拾える。

 

「ラス・テル・マ……あ、駄目だ! 人がいるから魔法は……」

 

 千雨は眩暈を覚えた。魔法が秘匿される物だと言う事は、どうやら麻帆良の『魔法使い』達にとって常識であるらしい。だがその常識を、この子供先生はきちんとわきまえているのか怪しい物である。

 

 日常生活における常識において非常に怪しい所があるこの少年は、その本領であるはずの魔法の世界においても常識無しなのだろうか。それとも呪文詠唱をぎりぎりで思い止まった事を若干なりと評価するべきなのだろうか。

 

 何はともあれネギは千雨達とエヴァンジェリンの間に割り込んで、エヴァンジェリンに向かい杖を構えて立つ。

 

「貴方が『桜通りの吸血鬼』ですね!? 一体何の目的があって、僕の生徒達の血を狙うんですかっ!?」

 

「ふふ、知りたいか?なら私を捕まえてみるがいいさ」

 

「くっ……。あれ? でもこの声何処かで……。だけど……」

 

 ネギは何やら苦悩している様だ。おそらく、千雨達の前で魔法を使ってはいけない、などと考えているのだろう。魔法が使えなければネギは只の10歳……数え年であるから、満年齢では9歳の少年に過ぎない。まああと1ヶ月もすれば誕生日なので、そうなれば堂々と10歳と言えるのだが。

 

 ネギは叫ぶように言った。

 

「長谷川さん! 宮崎さんを連れて、逃げてください! こいつの相手は僕がします!」

 

 おそらくは担任しているクラスの生徒達を危険に晒したく無い気持ちが半分、魔法を使って戦うためがもう半分と言った所のネギの提案を、千雨はとりあえず受け入れる事にする。彼女はのどかを横抱き――所謂お姫様抱っこ――にして走り出す。

 

「わかりました! けど私らが逃げおおせたら、ネギ先生も逃げてくださいよ!」

 

 そして彼女は体内無線でダイに頼み事をする。

 

『ダイ! 気取られない程度に離れた所から、マクダウェルとネギ先生の様子を探っててくれ! 私とリープは宮崎の安全を確保してから戻るから!』

 

『ワカッタノラ』

 

 千雨とリープは、その場を走り去る。一方のダイは、近場の桜の木に駆け上がった。おそらく、その木の上から監視するつもりなのだろう。

 

 千雨とリープは走った。すぐに後ろの方からズバアッ!とかバキキキキン!とかパキイイン!とか派手な音が聞こえてくる。どうやらネギとエヴァンジェリンが魔法で戦い始めたらしい。

 

(まだこっちが充分離れてないっつーのに。本当にあのガキ共は魔法隠すつもり有んのかよ? ……ん? アレは……)

 

 千雨の前の方から、2人の人影がやって来るのが見える。神楽坂明日菜と近衛木乃香、ネギが居候している女子寮の1室の住人である。言わばネギの保護者と言っても良いかもしれない。

 

 ちなみに木乃香はこの麻帆良学園学園長近衛近右衛門の孫娘であり、なんと極東随一の魔力を秘めていると言う存在である。しかし彼女自身は、彼女の親の意向もあり、魔法には関わらずに育てられている。当然彼女自身、魔法の存在は知らない一般人の扱いである。

 

 それはともかく、彼女達は千雨と彼女が抱きかかえているのどかに気付くと、小走りに寄って来る。リープはさっと並木の陰に身を隠す。

 

「長谷川じゃない! どうしたの本屋ちゃん!?」

 

「千雨ちゃん、のどかは一体どうしたんや!?」

 

「……今しがた、例の吸血鬼に襲われたんだ。宮崎は気絶しちまって、進退窮まった所にネギ先生が割って入ってくれて、それで逃げる事ができたんだ」

 

「「えええぇぇぇっ!?」」

 

 一寸ネギが美化され過ぎたかも知れない。それはともかく、千雨はのどかを2人に預ける、と言うか押し付ける。

 

「宮崎の事頼む。私はネギ先生の様子を見に行く」

 

「え、あ、ちょ、ちょっと長谷川! 私も行く! このか、本屋ちゃんお願いね!」

 

「あっ!? えっ!? わ、わかったえ!」

 

 千雨は一瞬、げっ、と思う。明日菜に付いてこられては、戦闘形態に変わる事ができない。高速転移は、加速率が低くても良いならば人間体でも使えなくも無いが、明日菜の前ではそれも使えない。

 

 だが明日菜を止める上手い言い訳を思いつかない内に、明日菜は走り出してしまった。仕方なしに千雨も、元来た道を走って戻り始める。ちなみにリープは翼を生やして、夜の空へと舞い上がった。真っ暗であるため、その姿を捉える事は難しいだろう。

 

 そして明日菜は疾走する。凄まじい速度だ。と言うか、千雨からすれば信じ難い速度である。

 

(か、神楽坂の奴、速いッ!? 人間体とは言え、マシナリーだぞこちとら! それが追い付くのに苦労するってぇのは、何だよ!?)

 

「長谷川、体育で、手ぇ、抜いて、たの!?」

 

「ああん!?」

 

「私の、全力と、変わらない、スピード、じゃない!」

 

(会話しながら全力で走れるって……。なんなんだよ、てめえはよ! ……ん!? ……コレだ!)

 

 千雨は急に速度を落とした。明日菜は怪訝(けげん)な顔で、こちらも速度を落としつつ振り向く。

 

「どうしたの?」

 

「いや……、さすがに、無理、し過ぎた。先、行って、くれ。」

 

「……! わかった! じゃ先行くね!」

 

 言うや明日菜は全力を出し、すっ飛ばして駆けて行く。それを見送った千雨は、そっと桜並木の陰に隠れる。そしてそこで彼女は、戦闘形態に移行した。

 

『ダイ! ネギ先生たちは!?』

 

『今、空中戦ヤッテルノラ。場所ハ、ココ』

 

 視界内にウィンドウが開き、地図が表示される。千雨は体内無線で叫ぶ。

 

『了解だ! リープ! 急ごう!』

 

『こちらも了解です』

 

 そして千雨は高速転移し、目的地点目指して加速状態で疾走したのだった。




千雨、いったん離脱してのどかさんの保護を優先しました。まあ、そりゃそうですよね。ネギ君は一応魔法と言う戦う手段を持ってますし。
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