ネギは窮地に陥っていた。空を飛んで逃げるエヴァンジェリンを魔法で
ともあれネギはその伏兵、エヴァンジェリンの『
エヴァンジェリンは、ネギの父親サウザンドマスターに呪いをかけられた恨み事をひとしきり
「このバカげた呪いを解くには……奴の血縁たるお前の血が大量に必要なんだ。……悪いが死ぬまで吸わせてもらう」
「うわあ~~~ん! 誰か助けて~~~っ!!」
ネギは茶々丸に押さえ込まれたまま半泣き、いや全泣き状態で叫んでいる。その首筋に、エヴァンジェリンが噛みついて血を吸い始めた。
ばきっ。
そしてエヴァンジェリンと茶々丸は何かに吹き飛ばされた。
「ぎゃぶうっ!?」
「あっ」
エヴァンジェリンと茶々丸は、屋根の上を転がりながら体勢を立て直す。エヴァンジェリンはなんとか、と言った風情で。茶々丸は比較的楽々と。彼女達が立ち直って周囲を見回すと、そこには3つの影――1つは人間型でネギを抱きとめており、1つは大型犬の様な姿、1つは猫の形状をしている――があった。無論その影は、千雨とリープ、ダイの戦闘形態である。
千雨はネギを屋根の上に降ろすと、彼に声をかける。
「……あー、加速して助け出したからな。しばらくは目が回るぞ。……って、この台詞前にもどっかで言った覚えがあるな。ま、いいか。しばらくは動かずに、屋根に伏せてじっとしてろ」
「あ……、あ……」
「あー、あー、喋るな。怖かったのは分かるからよ」
そして千雨はエヴァンジェリンと茶々丸に向かい合う。だが千雨が口を開こうとした時、エヴァンジェリンの方から話しかけて来た。
「くっ、貴様……。貴様だな? 先程長谷川やタカミチ、爺に化けていたのは。それが貴様の本性か……。そしてそのメカっぽい犬猫みたいな奴らが、先程飛び込んで来た犬と猫だな?」
「ん……。まあそうだな。……んでもって、だ。『桜通りの吸血鬼』サンよ。あんたの事情は分からんでも無い」
「……何?」
エヴァンジェリンは怪訝な顔をする。千雨は続けた。
「あんたの状況には、同情の余地は充分にある。っつーか、実際同情しちまったしな」
「貴様……!」
エヴァンジェリンは目を吊り上げた。その瞳は、怒りに
「貴様如きがこの私に! 『
「ふざけちゃいねーよ。って言うか、同情するかどうかはあくまであんたの話を聞いた側の問題だ。あんたが誇り高くて同情を嫌うとか言うのは、また別の話だ。
それに同情するなって言ったって、感情の問題だからな。しちまったもんは仕方が無ぇだろうよ。感情をそこまで制御できるのは、悟りを開いた奴か仙人ぐらいなもんだろ」
「くっ……」
千雨は肩を竦める。
「そんな事もあって、一寸血を吸うぐらいなら、放って置くつもりだった。今までの所、桜通りでの犠牲者は一寸した貧血程度で済んでたからな。だが……。
だが、死ぬまで吸うとあっちゃあ止めざるを得ない。あんたにゃ悪いけどさ」
「……茶々丸」
「はい、マスター」
茶々丸が前へ出る。と、それにあわせてリープが前に出る。ダイもまた、ネギを護る様にその
「ち……。魔法薬も無い状況では、分が悪いか。退くぞ茶々丸!」
「はい、マスター」
茶々丸はエヴァンジェリンをその肩に乗せ、屋根の上から空中へ飛び出す。その背中と脚から、スラスター光が噴射されていた。どうやらそれで空を飛ぶらしい。最後にエヴァンジェリンは千雨に向かい、問いかけた。
「貴様……。名はなんと言う。」
「ん……。『16th』……いや。」
千雨は少し悩んだ。『16th』と言うのは、アディッショナル・ナンバーズ・マシナリーとしての番号に過ぎない。『8th』である光一が『エイトマン・ネオ』と名乗っている様に、自分も何か、『らしい』名前を持った方がいいのかも知れない。……『ちう』?それはハンドル名兼ネットアイドルとしての芸名だ。
千雨は即興で決めた。16は8の2倍、つまり『ダブルの8』と言う所から持って来た、比較的安直な名前かも知れないが、『8マン・ネオ』たる光一に連なる存在の名称としては、そう悪くも無いだろう。彼女はその名を口にする。
「私は『
実は『8ウーマン』とか『8ガール』とか、『8マン・フィメール』とかも考えたのだが、いまいち言葉の座りが悪かったため、お蔵入りとなった。
「そうか……覚えたぞ『ディー・エイト』。覚えておけ、貴様はかならず我が手で引き裂いてくれる」
「それではネギ先生並びにお二方、失礼いたします」
茶々丸が空中でぺこりと礼をすると、次の瞬間エヴァンジェリン主従の姿はそこから消えていた。いや、千雨達のセンサーからすれば、高速で飛び去って行くその姿はしっかりと捉えられているのだが。
千雨はネギに向き直る。
「さて……大丈夫か、ネ……じゃない、少年」
「あ、あうあう……。こ、怖かったです~~~!」
「駄目そうですね」
「ソウナノラ」
「あー……」
千雨とリープ、ダイは、泣きついて来るこの少年をどうやって泣き止ませようか、頭を捻る。だがその答えが出る前に、3人――正確には1人と2匹――のセンサーに、急速に近づいて来る1人の人物が引っ掛かった。ドドドド……と、地響きの様な音すらも聞こえて来る。千雨とリープは顔を見合わせた。
次の瞬間、何者かが飛び込んで来た。
「ウチの居候に何すんのよーーーっ!!」
明日菜だった。千雨とリープは明日菜がかまして来た壮絶な飛び蹴りを、瞬時に高速転移してひょいと躱す。小柄で真っ黒なダイは、最初から飛び蹴りの対象になっていない。
「きゃああああぁぁぁぁっ!? ……あれ?」
明日菜が落ちそうになった所を、リープが銜えて止めていた。ちなみに屋根の上にその爪が喰い込んでいる。更に千雨が溜息を吐きながら駆け寄り、落ちかけた明日菜の身体を屋根の上まで引っ張り上げた。
「あ、アリガト……。って、違ーーーう!! あんたが今度の事件の犯人なの!? しかも子供いじめる様な真似し……」
「あ、アスナさんっ! 違います! 違うんです! その人達は僕を助けてくれたんです~~~!」
「……え゛っ!」
泣きながら叫ぶネギの言葉に、明日菜は思わず顔を引き攣らせる。千雨はなんとなく雰囲気的に脱力する物を感じ、がっくりと肩を落とした。
「あー、あー。分かってもらえたんなら、それでいいさ。その少年の事はあんたに任せたぞ。それじゃな。2人とも、行こう」
「はい」
「ワカッタノラ」
「あ、え、ちょ、ちょっと待って……」
狼狽する明日菜にはかまわず、リープが翼を生やして夜空へと舞い上がる。千雨とダイはそれに抱きついて、一緒に大空を飛んだ。その影は、あっと言う間にネギや明日菜から見えなくなる。
「あ……行っちゃった」
「……う……うっく、ひっく」
「ネギ!」
明日菜はしゃくりあげるネギに向き合う。彼女は叫ぶように言った。
「も~~~、あんたってば一人で犯人追っかけてったりして! 本屋ちゃんと長谷川を逃がせたのはいいけど、そしたらすぐにあんたも逃げなさいよ! 怪我でもして取り返しのつかないコトになってたら、どーすんのよバカッ!!
……ってアンタ、首から血が流れてるじゃないの。だ、大丈夫?ネギ……」
「うっ……、ひっく。ぐすっ……」
「ん? ……わっ!」
ネギは明日菜に飛びついた。明日菜は思わずよろける。
「うわーーーん! アスナさーーーん!」
「ちょ、ちょっと、どうしたのよ。あ、危ないって。屋上なんだから」
「こっこわ……こわ、こわかったですーーー!!」
ネギは全泣き状態で明日菜に縋りつく。明日菜はそれを必死で宥めた。そこへ声がかかる。
「……何やってんだ、お前ら。うひゃー、高ぇ。一寸怖いなこりゃ」
「あ、長谷川!あ、そっか。来たんだ」
それは人間体に戻った千雨であった。千雨はあの後、適当な所で空を行くリープたちから離れて人間体に戻ると、ネギ達がいる建物まであらためてやって来たのである。実はあのまま女子寮へ帰る事も考えたが、それだと明日菜あたりが千雨を探して歩き回りかねない。表向きは、明日菜は千雨をおいてきぼりにして、ネギ達を追った事になっているからである。
「んで? ネギ先生は?」
「ん、たいした怪我は無さそうだけど、すっかり怯えちゃって……。ホラ、もう大丈夫だからね。何があったのか、ちゃんと話してちょうだい?」
「……いや神楽坂。それよりはまず下に降りようぜ。こんな高い所じゃ、落ち着く物も落ち着けねーだろ」
「……それもそーね。んじゃ降りよっかネギ」
千雨、明日菜、ネギの3人は屋根の上から天窓を通って建物の中へ入る。階段を降りながら、千雨は考えた。
(……ったく。なんでこんなコトになったんだろうなあ。やっぱり吸血被害者の保護とか考えずに、寮でネットしてれば良かったか?
……だがなぁ。もし来なければ、このガキは今頃……。いやその場合神楽坂の助けが入った、か? ……あー、だとしてもマクダウェルと絡繰相手じゃあなあ)
千雨の視線の先では、ひっくひっくとしゃくりあげながら、明日菜に慰められつつ階段を降りるネギの姿があった。千雨はなんとなく苛立ちを感じる。その苛立ちは段々と募って行った。やがて彼らは地上へと降りる。ネギは未だ泣いていた。
千雨は突然ネギの前にしゃがみ、視線を合わせると大声で一喝する。
「ネギ先生!! しっかりしやがれっ!!」
「ひっ!」
「ちょ、長谷……」
明日菜が思わず千雨を止めようとする。しかし千雨はそれに構わずに話を続けた。
「いいか! てめえは頑張った! てめえが飛び込んで来たおかげで、宮崎を吸血鬼から助けられた! てめえは頑張っただけじゃなく、きちんと成果を出したんだ! そりゃ100点満点とはいかなかったろうさ! だが低く見ても70~80点ぐらいは取れてる! 充分に及第点だ!
それとも何か!? 宮崎の無事は、てめえに取って、取るに足りないもんだってのか!?」
「あ、そ、そんな事は……」
「だろ!? だったらびくついて泣いてねぇで、胸を張れ!! てめえは頑張った!! てめえは良くやった!! だったら胸を張れ!! 堂々と胸を張って、誇りやがれ!!」
ネギはふるふると震えた。その目からは、未だ涙が零れ落ちる。だが彼は腕でその涙を必死に拭うと、決然と顔を上げた。まだ涙目ではあるが、その瞳には力が戻っている。
「……ありがとうございます、長谷川さん」
「いえ……。つい口調が荒くなりました。すいませんでしたネギ先生。……まあ、結果に満足しちゃいけませんけど、繰り返しになりますが今日宮崎を救えた事に関しては、誇らなきゃ駄目です。まあ、満足はしちゃいけませんがね」
「……あれ? いつの間にか私、空気になってる?」
明日菜が、何処となく寂しそうに呟く。そんな明日菜に向かい、千雨は言葉を発する。
「悪ぃ、神楽坂。私は先に帰る。ネギ先生のこと、頼むな」
「あ、長谷川。何だったら一緒に帰らな……」
明日菜の台詞を最後まで聞かずに、千雨はその場を走り去った。その千雨に、体内無線のコールが入る。念のために周囲を警戒していたリープとダイからだった。
『長谷川さん』
『長谷川……』
『リープ、ダイ。何かあったのかよ。』
『いえ、問題はありません。……長谷川さん。長谷川さんも、誇らなきゃ駄目ですよ?』
『長谷川モ、ヨクヤッタノラ』
千雨は一瞬で顔を赤くする。彼女は照れ隠しに、怒鳴った。
『て、てめえら! 聞いてたのかよ!』
『聞くともなしに』
『オナジク』
『~~~~~!!』
千雨は声にならない叫びを、体内無線のチャンネルで上げた。リープとダイはその叫びを黙殺し、言葉を続ける。
『あのネギと言う少年を助けたのは長谷川さんです。少なくとも、その事は誇るべき出来事ですよ』
『……。けど、よ』
『ケド、ハ無シナノラ。長谷川ハ良クヤッタ。誇ッテイイノラ。』
リープの声には、深い優しさが、ダイの声はちょっと面白がる様な雰囲気はあったが、賞賛の響きがあった。千雨は頷く。
『……うん。……サンキュ、リープ。サンキュ、ダイ』
『どういたしまして。では私たちは光一のマンションに帰ります。おやすみなさい』
『ユックリ休ムノラ』
『おやすみ』
千雨は夜の道をひた走る。その顔には、ほんの僅かに頬笑みが浮かんでいた。
と言うわけで、一応原作に近い形で今回は一段落つきました。原作と違う点は、ネギ君が叱咤されて必死に我を取り戻してる事ですね。この事は、後々ちょっとだけ本筋に関わって来ます。
それど、改稿前との大きな違いですが、千雨が名乗る名前が変更になりました。旧作では『ダブル・エイト』でしたが、いまいち座りが悪い様に想っていたので、ダブルの頭文字であるDを取って、『ディー・エイト』と名乗らせる事に。微妙なところですが、若干少しだけ言葉として座りが良くなったかな、と思います。
……『8ガール』『8マン・フィメール』『8ウーマン』は何か違いますよね。言葉の響き的に。