元アクア団員のお菓子屋さん   作:ロートシルト男爵

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どうも男爵です。

最近ワインのやり過ぎでとうとう肝臓と糖尿を患ったかと不安になり内科に行きましたが診断結果は健康そのもので安心しました。

みんな不摂生はイカン!

休みの日はきちんと運動しましょう。


第九話 サナトリウム

 

 

 

 

 

 

104番道路の岬。

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ………そろそろ首を縦に振ってくれると助かるんだがなぁ……ハギ爺さんよ。この海図通りに船を進めてくれさえすれば、俺たちは何もしねぇ…」

 

 

 

 

桟橋に浮かぶ漁船にて、俺は屈強な老人の頸元にダイバーナイフを突きつけながら背後から囁く。

 

 

 

 

「む……無駄じゃ!お主らアクア団には儂もピーコちゃんも酷い目に遭わされたからの………また良からぬことを企んでいるとしたら、尚更手は貸せんわい‼︎」

 

 

 

 

俺より頭一つ分高い長身の漁師——ハギ老人は恐喝を受けている立場だというのに気丈な表情で振り返り、俺をギロリと睨み返しながらそう言った。

 

 

 

 

「あぁ……その『ピーコちゃん』とやらはこいつの事かな?」

 

 

 

 

俺はニヤリと笑い手で合図をすると、桟橋に面した小屋の陰から二人の下っ端が現れた。

 

 

 

 

 

「ピ、ピーコちゃん‼︎お主ら……また卑怯な手を……‼︎」

 

 

 

 

部下と共に現れた俺の手持ちのシザリガーは、老人がピーコちゃんと呼ぶキャモメを見事に挟み上げていた。

 

 

 

 

 

「いやぁ人聞きの悪い。こちらは礼節を以て玄関からお邪魔したというのに、このキャモメが余りにも五月蝿いものだがら遊んでやったまでよ。ほら、返すぞ」

 

 

 

 

 

シザリガーは俺の合図で『なげつける』を繰り出し、キャモメを俺の乗る漁船の甲板へと叩きつけた。

 

 

 

 

「ピィィィッ⁉︎」

 

 

 

 

 

「ピ、ピーコちゃん‼︎やめろ‼︎これ以上この老ぼれをいじめても何も出んぞ!」

 

 

 

 

傷だらけのキャモメが足元に転がるのを見て激昂するハギ老人の耳元で、俺は詐欺師の表情で嘯く。

 

 

 

「やだなぁ……あなたにはちゃんとあるじゃないですか……ホウエン一と謳われるその航海能力……。我々は対価は十分に払った上で、貴方のそのお力を借りたいだけなのですよ」

 

 

 

 

 

俺が「パチンッ」と指を鳴らすと、下っ端達は漁船に乗り込み、両手に抱えたアタッシュケースから100万円の束を老人の足元にドサドサと落とした。

 

 

 

 

「………お主らがそこまでして行きたがる『みなみのことう』……きっとそこに連れていけばまた良からぬことが起きるに違いない……場合によってはお主らもきっと———ぐはぁっ⁉︎」

 

 

 

 

俺は諦め顔で呟くハギ老人の鳩尾に膝蹴りを叩き込むと、激しく咳き込む老人を漁船の操舵室に叩き込み、首にナイフを突きつけながら怒鳴った。

 

 

 

 

「この耄碌ジジイ‼︎キャモメと一緒にこの場であの世へ送ってやってもいいんだぞ⁉︎血だるまにされて海へ叩き込まれたくなけりゃこの海図通りに船を出しやがれ‼︎あぁ⁉︎」

 

 

 

 

「……くっ……いいじゃろう……」

 

 

 

 

俺の剣幕に恐れをなしたか、あるいは「それ以外に手段はない」と理解してか、ハギ老人は俺の監視の下渋々漁船のエンジンをかけた。

 

 

 

 

「諸君!錨を上げろ‼︎面舵一杯‼︎」

 

 

 

 

 

 

老人に代わり満面の笑みで俺が合図を出すと、下っ端共は出港の準備を整える。

 

 

 

 

 

(待ってろよ……『こころのしずく』よ。そして俺を拒絶した世界よ、恐れ慄くがいい…我々の力に‼︎)

 

 

 

 

『目的は手段を正当化させる』

 

 

 

 

『ツナミ』となった俺にかつて総帥(アオギリ)が放った金言だ。

 

 

 

 

『脅かす者』として必要な素質——パワー、頭脳、恫喝力。そして倒れた敵を死ぬまで追い討ち出来る残忍さ。

 

 

 

 

堅気の社会では認められぬこの才能も、この団にいる限りは買ってくれるようで、俺は辣腕を振るう度に日々歓喜の涙を流した。

 

 

 

 

 

船が水上を走る度に音速で過ぎ去る島々、街々。

 

 

 

 

 

俺は水平線の先———まだ見ぬ『南の孤島』を目指して操舵室から身を乗り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん………うう………な…なんだ…夢か……」

 

 

 

 

シダケタウン郊外の診療所。

 

 

 

何日眠っただろうか……。

 

 

 

117番道路で倒れて以来、久々に俺は目を覚ました。

 

 

 

目を開ければまた見知らぬ天井。

 

 

 

俺が先程まで見ていた光景は、過去の記憶の回想だったようだ……。

 

 

 

 

 

 

(シラーズ‼︎良かった‼︎目を覚ましてくれたのね‼︎)

 

 

 

ふと脳内に直接、聞き覚えのある声が響き、振り返る。

 

 

 

「……ラティアスか………俺は何日くらい眠ってた……?」

 

 

 

(丸二日よ。んもぅっ!心配したわよ。突然「脚が痛い‼︎」「民家が流されてる‼︎」って騒ぐもんだから………)

 

 

 

「………そうか…やはりあれは幻覚だったのか…」

 

 

 

意識を喪う直前に見た、災害地獄と化したホウエン。

 

 

 

仮に幻覚だとしても妙なリアリティを感じた分、妄想の類とは信じ難い。

 

 

 

なんというか……うまく言い表せないが「予定された未来」として強制的に見せられたような気がしないでもない。

 

 

 

 

「………なぁラティアス。あの光景……津波に飲まれたホウエンは君が見せたものか…?それとも……幻肢痛の痛みに耐えかねた俺自信が無意識のうちに俺が作り出した幻か…?」

 

 

 

俺はそう問いかけたが、ラティアスは何か口籠もるような仕草で目を逸らすと、一言言った。

 

 

 

(あなたが寝ている間にここの院長から話を聞いた限りだと………あなたは脚だけでなく、どうやら(あたま)にも障害を負っているらしいの……)

 

 

 

「何⁉︎それは本当か⁉︎」

 

 

 

 

 

ラティアスはタイミング良しとばかりに病室のカーテンを開け、奥で控えていた白衣の医師を招き入れた。

 

 

医師は俺が寝ている間に撮影したらしいレントゲン写真を蛍光灯に透かしながら、今の俺の状態について解説を始める。

 

 

 

 

 

 

まず、俺が117番道路で味わった「存在しない足の激痛」——こちらは紛れもなき『幻肢痛』だったようだ。

 

 

 

何らかの原因で手足を喪失したとしても脳はまだ喪った四肢に電気信号を送っており、それが「存在しない手足の痛み」として現れるらしい。

 

 

これは発作的に起きるようであるが、完治しない病ではないようなので、時間が癒やしてくれるものだと説明を受けた。

 

 

 

しかし、もう一つ気がかりだったのは、俺の脳についてだ。

 

 

 

「まずこの写真を見てください。貴方の脳の前頭葉辺縁系と海馬——いわば意思と感情、記憶を司る脳細胞には酸欠による深刻なダメージを負った痕跡があります」

 

 

 

「お連れのお嬢さんの話では、つい最近長らく海中を漂流したとの事ですが、間違いはありませんか?」

 

 

 

「あぁ。間違いはない。で、その前頭葉と海馬がやられるとどうなるんだ?」

 

 

 

「前頭葉——こちらは『感情』と『意思』を司る器官ですが、ここがやられることにより衝動性が増すとも気分障害が悪化するとも言われます。御心当たりは?」

 

 

 

 

「……なくはない。『喧嘩でやり過ぎる』というのは生まれつきだが、最近はその衝動性が増しているような気がせんでもない」

 

 

 

ふと、カイナ近郊で密猟者達をタコ殴りにした時の事を思い出す。

 

 

 

「で、海馬は『記憶』という訳か」

 

 

 

「はい。『記憶の齟齬』『覚えが無い筈の出来事のフラッシュバック』などの臨床例が報告されておりますが、こちらに関しては未だ研究段階………現時点では今後『こういった事が起こる』と確証を持って言う事は出来ませんが………」

 

 

 

「『出来ませんが』何だ?」

 

 

 

「もし幻覚を見たり、本来ある筈のない物が見えた場合、どうか気を確かに持って……周りの人達に介抱してもらって下さい。間違っても決して『今見えている物』に誘われてはいけません。場合によっては取り返しのつかない事にもなりかねますから……」

 

 

 

禿頭の医師はベッドに臥す俺の手を握り、強い口調で釘を刺した。

 

 

 

「分かった……しかし…こんな調子で今後やって行けるのか……?俺は……」

 

 

 

不安げにシーツを握りしめる俺の隣で医師はベッド脇の窓を開ける。

 

 

 

 

すると病室中に爽やかな草原の香り立ち込めた。

 

 

 

「ここは都会と違って空気も良い。例のカナシダトンネル開通後は、鬱や自律神経系の不調を治すためにはるばるカナズミから療養に来られる方も少なくありません。貴方にはまだすべき事があるようですが、医師である私の見解としては……せめて2、3日だけでもここで身体と心を落ち着けられた方が良いでしょう」

 

 

 

「分かった。そうさせて貰おう。しかし………」

 

 

 

「何でしょう?」

 

 

 

「何故分かったんだ?俺には『すべき事がある』と……。

 

 

 

 

 

「フフッ……医師としての長年の『勘』ですよ」

 

 

 

 

医師は風に靡く純白のカーテンをタッセルで留めながら、気さくにそう言った。

 

 

 

 

* * * * * * *

 

 

 

 

 

(シラーズ!良かった……目を覚ましてくれて……)

 

 

 

 

医師が去った後、ラティアスは真っ先に俺に抱きついた。

 

 

 

 

「……あぁ。ありがとうラティアス………だが、医者の話を聞く限り俺は脚だけでなく『ココ』もやられていたらしい』

 

 

 

 

俺はこめかみを人差し指で差しながら自嘲気味に言った。

 

 

 

 

(ごめんなさい……シラーズ、貴方を助けるのがもっと早ければ………)

 

 

 

 

「いや、俺の方こそカイナでの件は悪かった。君に酷い姿を見せた事、まだ謝ってなかったよな」

 

 

 

 

(いえ、いいの。もしあなたが力に呑まれそうになったり、見えない物に引っ張られそうになったら私が抱きしめて……この素晴らしい現世に連れ戻してあげるから……)

 

 

 

 

「………ありがとう。ラティアス。その時は、よろしく頼むよ」

 

 

 

 

『脅かす者』——ツナミ。全てを呑み込む絶対的な暴力の象徴。

 

 

 

己自身が『津波』に呑み込まれぬよう体を張ってくれると宣言するこの小さな少女の冷たい身体を、俺はもう一度ぎゅっと抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * *

 

 

 

数日後

 

 

 

 

療養所の廊下。

 

 

 

 

 

俺は「おいしいみず」を買いにロビーの自販機へ向かって歩いていた。

 

 

 

 

 

「うわぁっ‼︎ダメだよRURU‼︎病院では静かにしなきゃ‼︎」

 

 

 

 

「きるるーー‼︎」

 

 

 

 

ふと騒がしい少年の声が耳に入り振り返ると、一匹のキルリアと、それを追う一人の少年が俺の元へ走り寄ってきた。

 

 

 

 

「うわっ⁉︎何だ何だ?」

 

 

 

 

RURUと呼ばれたキルリアは俺に駆け寄ると、俺の腰回りに抱きついた。

 

 

 

 

毛艶は俺のキルリアより良く、野生のキルリアには見られない『気品』というか、『丁寧な育て方』をされている印象を強く受けた。

 

 

 

 

「あぁ……どうもすいません。RURUったら……ダメじゃないか!見知らぬ人に迷惑かけちゃ」

 

 

 

 

少年が目の高さまで屈んでからキルリアを叱ると、キルリアはシュンとして項垂れた。

 

 

 

 

「いやいや。元気がいいのはいいことだ。気にするな。多分この子は、俺じゃなく、コイツが気になって飛びついてきたんだろう」

 

 

 

 

 

俺は懐のモンスターボールから自分のキルリアを出すと、RURUと呼ばれたキルリアに挨拶させた。

 

 

 

「きるっ?」

 

 

「きるるー♪」

 

 

 

二匹のキルリアは赤いツノを突き合わせたり、その場で踊り合ったりと仲良さげなようだ。

 

 

 

 

「そのキルリアは君の手持ちか?見たところかなり大切に育てられてるようだが……」

 

 

 

 

「いえ、このRURUは友達のなんです。一時期貸してもらってて、それ以来僕にすごく懐いてくれてたんです」

 

 

 

「その友達というのはポケモントレーナーか?」

 

 

 

 

「いえ、彼の専門はポケモンコンテストなんです。今日はコンテストパスの更新があるからって、シダケに寄ったついでに僕に合わせてくれたんですよ」

 

 

 

「ほう……つまりここは君の地元な訳か」

 

 

 

「いえ、僕はトウカの生まれで、ここへは定期検診に来ています。僕は生まれつき肺が弱くて、ポケモンと一緒に自由に旅する事なんて出来ない身体だったんですけども、その友達——ルビーくんと、そのお父さんのお陰でこうして一応、人並みには暮らせるようになりました」

 

 

 

言われてみれば少年の体躯は俺の二回り近く小さく、肌も青白い。

 

 

 

 

大荷物を持って一人旅をするには、あまりに弱々しく見えた。

 

 

 

 

 

「………いい友人を持ったな。羨ましいよ。それにしてもこの毛艶………良質な『緑のポロック』をたらふく食べさせている証拠だ」

 

 

 

「えっ?毛並みだけで分かるんですか?」

 

 

 

「あぁ。自分で言うのもナンだかこう見えて、ポロック作りには造詣がある方だからな。俺もぜひ会ってみたいものだ。そのルビーとやらに」

 

 

 

「会ってみます?彼、ちょっとヘンなところもありますけど、ポロック作りに関しては人一倍こだわりが強いからきっと打ち解けられると思います‼︎」

 

 

 

「紹介してくれるのか?」

 

 

 

「ええ。彼、まだコンテスト会場にいると思います。ぜひ行きましょう!えっと………」

 

 

 

「シラーズ。シラーズ・ヴィティスだ。君は?」

 

 

 

「僕はミツル!よろしくお願いします」

 

 

 

ひょんなことから出会った少年。ミツルと共に俺は成り行きで病院を後にした。

 

 

 

ルビー……かつての我が団(アクア団)の仇敵センリの一人息子。

 

 

 

 

他の団員達伝いに話には聞いていたが、顔合わせ自体はまだということで、本人にもミツル(この少年)にも自分の正体は明かさないでいた方がよさそうだ。

 

 

 

ひいてはそれが、無用な諍いを防ぐ為の処世術となる。   

 

 

 

無垢な少年とキルリアの背中を追いかけながら、俺は澄み渡ったシダケタウンの空気を口一杯に頬張り、晴れ渡る天を仰いだ。

 

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