元アクア団員のお菓子屋さん   作:ロートシルト男爵

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第一話 脱出

 

 

 

 

ドボン!と身体が冷たい水槽の水面に投げ込まれるのと同時に俺は耳抜きをし、浸透圧で染みる目を無理くり見開いて水中を見回す。

 

 

海中を摸して設置されたアクアリウムの岩が落下地点に無かったのが幸いし、無事無傷で着水できたはいいが、直後予想していた通り海中の水ポケモン達は一斉にこちらを振り向いた。

 

 

キバニア、サメハダー、ハンテール、ドククラゲ……。

 

いずれも何日も餌を抜かれていたようで、久々に落ちてきた生き餌に目の色を変えて突っ込んでくる。

 

(……くっ‼︎)

 

俺はサメハダーの猛スピードの吶喊をすんでのところで躱す。

 

しかしながら、人間の泳ぐスピードでは間に合わなかったようで、奴の持つ鮫肌に肩の皮膚を少し持っていかれてしまった。

 

 

 

 

グルルルルル……。

 

 

 

 

水中でもはっきりと聞こえる奴等の威嚇音。

 

 

人為的に耐え難い飢餓状態を味わわされているサメハダー達の視線は俺の左肩——デキャンタに流し込まれる赤ワインのようにどくどくと流れ出る鮮血に向けられていた。

 

 

一方俺は水槽の隅——鉄格子で閉ざされた水槽掃除用の通路に目線を集中させる。

 

 

俺もかつては下っ端時代からアオギリに仕えた身。

 

水槽の掃除だって何度も任された事もあれば、そこが地上へと繋がる唯一の通路であることも承知済みだ。

 

(……来い‼︎)

 

 

人間の血——久々の(エサ)の匂いを嗅ぎつけ、2匹のサメハダーは大きな口を開けてガブガブと海水を呑み込み始める。

 

そう、おそらくこれは突進の準備だ。

 

奴等にはケツから海水を噴射する為に、突進前に大量の水を呑む習性がある。

 

(……来た‼︎)

 

時速120kmの速さで迫る2体の魚影。

 

俺はその内の1匹が己へと迫ってきた瞬間に。水槽の砂利を勢いよく蹴り水面へと浮上する。

 

 

ガシャァァァン‼︎

 

 

サメハダー。凶暴ポケモン。

 

大型タンカーの船底に穴を開ける程鋭いキバは、俺が先程までいた空間——地上階段へと続く道を閉ざしていた鉄格子を易々と噛み砕いた。

 

(今だ‼︎)

 

 

俺は訓練で習った平泳ぎで壊れた格子所の向こう——地上へと続く水中階段へと泳ぎ始める。

 

背後に迫り来るもう1匹の魚影にも気づかずに……。

 

 

(——しくじった‼︎)

 

 

鉄格子を噛み砕きに吶喊したサメハダーのほかにもう1匹、自分目掛けてやってくるもう1匹のサメハダーの突進に気付いて俺は慌てて振り返るも、奴は既に大口を開け、磨き上げられた無数の牙をこちらに向けながら迫ってきていた。

 

 

 

————⁉︎

 

 

 

すんでのところ——彼我の距離大凡1mといったところでサメハダーの吶喊は止まった。

 

 

いや、正確に言えば「見えない壁」に阻まれたと言っていいだろう。

 

 

(これは…光の壁……⁉︎そうか…こいつが…)

 

 

ふと懐に目をやると、1匹のみすぼらしい水ポケモン——ヒンバスが絶体絶命の俺を庇っていた。

 

 

ヒンバス。さかなポケモン。

 

その醜さゆえ、研究者達を含めて全く相手にされない事で有名なポケモンの一つ。

 

今目の前のサメハダーに向けてひかりのかべを発生させている個体に関してはおそらく総帥の手持ちだろうが、ヒレやら鱗に酷い傷を負っており、以前見かけたものよりも格段にみすぼらしく見えた。

 

(こいつ……まさか今の俺と同じ境遇を見て——)

 

おそらくコイツも今の俺と同じくサメハダーやら他のポケモンのストレスの捌け口にされていたのだろう。

 

そんな中、自分と似たような境遇の人間を目の当たりにしてなけなしの勇気を振り絞った上での行動に違いない。

 

(ヒンバス……ありがとうな…。もしよかったら、こんなクソ狭え所抜けて、一緒に逃げねえか?)

 

俺が目で合図をすると、ヒンバスはそのアホ面に確固たる意思を固めた表情を浮かべ「うん」と頷いた。

 

 

パリイィィィン‼︎

 

 

光の壁が効力を失い、見えない壁に阻まれていたサメハダーがその残滓を噛み砕くと同時に、俺は血の滴る左腕の脇にヒンバスを抱え、地上へと続く水中階段を登っていった。

 

 

 

 

 

「……ぷはぁっ‼︎」

 

 

 

 

 

 

水槽から地上へと続く水中階段を平泳ぎで泳ぎ切った俺は、水面へ向けて顔を突き出し深く深呼吸した。

 

俺はサメハダーの吶喊で傷付けられ、海水の染みる左手でヒンバスを抱えながら、コイツの傷ついた鱗やヒレを右手で撫でた。

 

 

「……痛むか?ヒンバス……そうか。お前はこの痛み、何日も…何ヶ月も……味わってきたんだよな……よく頑張ったよ」

 

 

人間社会同様、ポケモンの世界にもいじめというのは存在する。

 

理由としては「生態系のバランス維持」「障碍を持った同種個体の排除」等様々だが、自然界に於ける「適者生存」の概念に基けばある意味で生物学的に正しい行為なのだろう。

 

況してや異なるポケモン数種類ををあんな狭い水槽の中に押し込めば、弱き者がそのストレスの捌け口にされるのはある意味必然であろう。

 

 

(クソっ‼︎何だってあん頃を思い出させるんだよ!オメェは‼︎)

 

 

今まで自分をいじめていたサメハダーに対してヒンバスが見せた表情。

 

 

 

あれは過去の俺だ。

 

 

 

そう、生まれて初めて人間を殴った日。

 

 

 

決して抗えない階層(ヒエラルキー)を「有無を言わせぬ暴力」でなら打ち砕けると知った日、俺はそういった荒事を忌避する堅気の人間社会から拒絶された。

 

 

そして、腕だけに覚えのある俺に残された唯一の道は「ポケモンと人間の共生」を謳うアクア団への入隊だった。

 

 

(歓迎しましょう。シラーズ君。我がアクア団(チーム・アクア)へ。貴方の才能を以って存分に暴れられる場所は我々が好きなだけ用意します。今日から貴方はアクア団次期幹部候補生「ツナミ」だ)

 

 

恵まれた生家を飛び出し、カイナシティで行く当てもなく彷徨っていた俺に手を差し伸べたのは、先程俺の水中処刑ショーを心待ちにしていたかつての総帥(リーダー)アオギリその人だったのだ。

 

 

「いないぞ‼︎一体どこへ行った‼︎ツナミのヤツ‼︎」

 

「総帥殿がお怒りだ‼︎即刻奴を見つけ出してふん縛っちまえ‼︎」

 

 

水中階段の先——アクア団本部のあちこちの部屋から俺を探す団員達の声が響く。

 

団から貸与されたポケモン——グラエナ、オオスバメ、ドククラゲ等は全て没収済みで、手持ちは脇のダメージを負ったヒンバス1匹。

 

下っ端連中はコイツの体力が続く限り凌げないでもないが、幹部クラスに見つかったとなるとまず助かりようがなかろう。

 

 

「……いいかヒンバス。俺がここから逃げおおせた暁には、お前を元いた場所へと戻してやる。それまで付き合ってくれるか?」

 

 

(……うん!)

 

 

「よし。じゃあ行くぞ‼︎3、2、1、Go!(ゴー)‼︎

 

 

足元に海水の水溜りを作りながら、俺はヒンバスを抱えて出口へと走る。

 

 

「いたぞ‼︎あそこだ‼︎」

 

 

(見つかった⁉︎)

 

 

足跡を手がかりに下っ端数名が俺の後をつけ、予想より早いエンカウントを迎えてしまった。

 

総帥(リーダー)が折角のショーを台無しにされてお怒りだ‼︎お前をこのまま逃しはせん‼︎ゆけっ‼︎キバニ——」

 

 

「させるかよっ‼︎ヒンバス!冷凍ビーム‼︎」

 

 

俺は下っ端共がモンスターボールを握った瞬間奴等の右腕と両脚を狙ってヒンバスに冷凍ビームを放たせた。

 

 

「くっ……クソッ‼︎」

 

 

「フッ…他の奴等に頼んで氷を溶かしてもらうんだな」

 

 

正式なスポーツとしてのポケモンバトルに於いてトレーナーを狙った攻撃は禁忌(タブー)

 

しかしながら、リングの外での喧嘩(素手ゴロ)であれば大体の事は許される。

 

今みたいにボールを出そうとした相手の腕ごと氷漬けにしたり、炎タイプの技でボールのボタンを焼いて開閉できなくする……全部現役(アクア団)時代に習った技だ。

 

 

「出口……出口……あっちか‼︎」

 

 

アクア団アジトはミナモシティの東端の岬にあり、岩山に掘った洞窟を起点に船舶用ドック、事務所、隊員宿舎等を網の目のように張り巡らせてある。

 

施設そのものが岩山に擬態(カモフラージュ)している為堅気(カタギ)の人間に見つかる事はまずないが、もし仮に場所を知られたとしても施設中に張り巡らされたワープパネルが侵入者を阻むように出来ている。

 

正しい配列を知っているのは俺達団員だけ。

 

一回でも踏み間違えようものなら危険な対侵入者用トラップに引っかかるか、待ち伏せていた下っ端共にフクロにされるのが関の山だが、生憎俺はそんなミスなどしない。

 

なにせ、俺はかつて総帥にその身を捧げし者。ここで働いて長いのだから…。

 

 

(最後のパネル…こいつを踏めばドックへ……海へ出られるぞ‼︎)

 

 

俺は傷付いたヒンバスを傍に抱えて、出入り口へと続くワープパネルに足を進めた。

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