元アクア団員のお菓子屋さん   作:ロートシルト男爵

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第三話 転生

 

 

 

 

 

「くっ……サメハダーの仕業か……まさか俺の血の匂いを追ってここまで……」

 

 

 

両足を失って尚、俺はまだ諦めずに生還の意思を曲げていなかった。

 

 

 

幸い噛みちぎられたのは脚2本。

 

 

 

頭部や内臓等の主要な器官になんら異常はない。

 

 

 

 

しかし……。

 

 

 

 

「うっ‼︎うあぁぁぁぁぁっ‼︎」

 

 

 

 

 

海水の冷たさで紛らわされていた痛み——打撲の鈍痛と錯覚していた脚の痛みは、押しては引く波の如く増大し、俺は「両脚を喪った」という現状に対するパニックも相まって発狂しかけた。

 

 

 

 

俺を連れたヒンバスの方も今の俺の現状を見てひたすら恐怖に顔を凍りつかせていた。

 

 

 

「……ヒンバス…怖いか?」

 

 

 

 

(……コクコク)

 

 

 

 

「だろうな…悪いがさっきの話はナシだ。お前だけでも逃げろ。これからはもう、あの意地悪なサメハダー達にいじめられずに済むんだ。お前は自由なんだよ」

 

 

 

 

心臓の鼓動に合わせて俺の脚の痛みは強くなる。

 

 

 

人間の大腿部には太い動脈が走っており、そこを傷つけられると大抵出血過多で死に至るという。

 

 

 

先程から気力だけでもたせている俺の意識も、身体から抜けてゆく血の量に比例して薄れていった。

 

 

 

最早時間の問題——そう悟った俺は、先程まで握っていたヒンバスの背鰭からゆっくりと手を離した。

 

 

 

 

 

 

(……⁉︎)

 

 

 

 

 

「……さよなら…ヒンバス…お前だけは…お前だけは幸せに暮らせよな…」

 

 

 

 

 

推力を喪った俺の身体は、ゆっくりと海の底——海の神、カイオーガが眠るであろう海底へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

どれだけ眠っただろうか……。

 

 

 

 

俺は今、海の中を漂っている。

 

 

 

 

いや、潮の流れを見るに俺の身体は海流に「流されている」といった表現の方が適切か…。

 

 

 

 

そういえば目に映る小島やら船やらが、向こうへと遠ざかってゆく。

 

 

 

 

おそらくここは…131番水道。

 

 

 

 

半殺しの俺の身体は、ミナモ近海から流されてキナギタウンを通過し、海流に飲み込まれたという訳だ。

 

 

 

 

俺は、このまま上手くいけばカイナ…あるいはムロへと辿り着けるかもしれないのでは…という甘い期待を抱く。

 

 

 

もし、仮に、辿り着くまでに俺の命があればの話だが……。

 

 

 

 

 

 

(ねぇ……聞こえる?)

 

 

 

 

 

海中を漂う俺の意識に直接、誰かが少女の声色で語りかけてきた。

 

 

 

 

 

 

「あぁ、聞こえるが、君は誰なんだ?もしかして、俺を迎えに来た天使か……?」

 

 

 

 

 

(………そう思いたいならそう思えばいいわ)

 

 

 

 

 

「………要領を得んな。もし天国という場所があったとしても、そこに俺の居場所はない筈だ。だって俺はこの手で何人も…何人も……」

 

 

 

 

 

(……そうね…あなたがこの先、アクア団(あの軍団)に居た時のように人やポケモンを傷付け続けるつもりなら、力尽きるまでこのまま海流に流してしまった方が…この世界の為になるかもしれないわね)

 

 

 

 

「………ぜひそうしてくれ………俺の身は穢れ切っている」

 

 

 

 

(でも私はそうしない。兄さんと約束したもの。この人に罪を償わせるって……)

 

 

 

 

「……罪を……償わせる…?一体何を言って……第一君は誰なんだ?」

 

 

 

 

(……そう…私の事…もう忘れてしまったのね………でもいいわ。私達はあなたが団を裏切り、あのヒンバスを助けるまでの一部始終を見てきた。そして…あなたが本当は心の優しい人間だって再確認できた。だから「助けたい」って思ったの)

 

 

 

 

 

 

 

「……思い出したぞ。君はまさかあの時の——」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラティアス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心の中で声の主の名前を呼ぶと同時に俺の意識は限界を迎え、深い微睡の中へと堕ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

109番水道 カイナシティ近郊の浜辺

 

 

 

 

白い砂浜。押しては引くさざなみの調べ。

 

 

 

 

 

 

 

どういう経緯か……どこかの海からかここカイナまで流れ着いた青年——一目見ただけでそれを人間と認識するには厳しい程痛々しく傷付けられた肉体を複雑な表情で凝視すると、身なりの良い銀髪の若者は徐にポケナビを操作し、耳へとあてがった。

 

 

 

 

 

「……ミクリ、僕だよ」

 

 

 

 

「ああ、ダイゴか。今カイナか?」

 

 

 

 

「………ああ。浜辺で例の男を見つけた」

 

 

 

 

「何?本当か⁉︎」

 

 

 

「……最早死にかけだけどね……サメハダーに両脚を食いちぎられてる……」

 

 

 

 

「……所謂抗争(内ゲバ)か……助かりそうか?」

 

 

 

 

「……もって後数十分といったところか……幸い水道からカイナまでは、『彼女』が手引きしてくれたお陰で見失わずに済んだよ。じき救急車が来るから、それまでの辛抱といったところだね…」

 

 

 

 

「良かった……ともかくそいつは……ホウエン理事の話が本当なら重要参考人だ。絶対に死なせるんじゃないぞ!」

 

 

 

 

「…分かってるよ。ミクリ。君と出会って以来、僕は君との約束を違えた事はないだろう?」

 

 

 

 

「ああ、ダイゴ。君を信じている」

 

 

 

 

「彼の意識が戻ったら必ず君にも連絡を入れる。それまで何日…いや、何ヶ月かかるかは分からないけど……彼を必ずこの世に呼び戻してみせるさ。ホウエン…いや、この世界の為にも……それじゃあ、またね。ミクリ」

 

 

 

 

ブツリ——と乱雑に電話を切ると、ダイゴは改めて足元の男と、それを心配そうに抱き抱える赤髪の少女の姿を無機質な表情で見守る。

 

 

 

 

 

「……そうか…君はあくまでもその青年を助けたいんだね?」

 

 

 

 

(ええ……この人は確かに悪者だけど、以前あの島に来た時は、私達を見逃してくれたわ…。だから、私達兄妹はこの人に賭けていいと思ってるの)

 

 

 

 

 

赤髪の少女は言葉が話せないようで、代わりにダイゴの脳内にテレパシーで直接返事をする。

 

 

 

 

「……それは…その制服を着た集団がこれまで僕達(デボン)に何をしてきて、これから何をしでかそうとしているか……それを分かった上での回答かい?ラティアス」

 

 

 

 

(……ええ。例の軍団(アクア団)が今後、どんな手を使って来るかは分からないけど……今のところ彼等が言うところの「第一の計画(ファースト・プラン)」が失敗した際の「第二の計画(セカンド・プラン)」に関しては彼——ツナミに一任されているし、その計画の要となるのは私達兄妹…つまり私達も当事者ってことよ)

 

 

 

 

「なるほど……利害が一致したな。じゃあ君達兄妹には本意でないかもしれないが……そのアクア団の男——ツナミことシラーズ・ヴィティス君が目覚めるまでは、君に看病をしてもらいたい。できるね?」

 

 

 

 

(ええ。分かってるわ。彼が目覚めたらまた連絡する)

 

 

 

「よろしく頼むよ。じゃあね」

 

 

 

ダイゴは懐からモンスターボールを取り出すとメタグロスを呼び出し、カイナシティのさらに先——デボン本社のあるカナズミシティを目指して宙へと舞い上がった。

 

 

 

 

残されたラティアスは両脚を失った男——かつて自分達を襲った怨敵、アクア団のツナミを膝枕しながら、心配そうに額を撫で続けていた。

 

 

 

 

 

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