病室のカーテンの向こうから現れたのは
「お……お前はもしや…あの時のラティアス……?お前、人間に変身出来たのか?」
(いいえ、この姿は虚像よ。私の身体に生えた体毛は光を屈折させるから、それを利用して人間の姿に見せているだけ)
「131番水道で死にかけていた君を浜辺まで運んできたのは彼女なんだ。で、彼女は事の経緯を僕に教え協力を申し込んだ。君が昏睡状態の時も彼女はずっと君の看護を続けてきたんだよ」
「そうだったのか……ラティアス…恩に着る」
柄にもなく礼を言ってしまったが、元はといえば、この少女の守る孤島の平和を乱したのは俺自身。もっと他にかけるべき言葉があったろうに……と俺は己の気の利かなさに後悔する。
すると、ラティアスは俺の心情を汲み取ったかのように駆け寄り、冷たい唇で俺の頬にキスをした。
「な……何を——」
(いいのよシラーズ。あなたはあの時私たち兄妹を守った。そして、こうして目を覚ましてくれた……それだけでも十分な恩返しだわ)
「……すまないな……俺はどうやら気付かぬうちに相当な苦労を君にさせていたらしい…」
俺はまだ動く両腕でラティアスを抱き止めると、訓練で鍛え上げられた両腕をラティアスの小さな背中に回し抱き留めた。
ラティアスの方も俺に気を許しているようで、俺の荒れた頬にその無垢な肌で頬擦りをしてくる。
「……くうぅ〜っ‼︎きさまら、感動の再会に水を差さないように黙っていたらこれ見よがしにイチャつきおって……許さんゾナ‼︎」
ふと振り返るとカラクリ大王は再び「怒髪天を指す」といった感じでプンスカ騒いでいる。
「……あぁ、すまんすまん。つまりはあれだろ?俺はお前さんが開発したその物騒な義足を履いて、例の残党共を蹴散らしに行けば良いって話だろ?」
「その通りゾナ」
「……にしてもだ。幾ら得物があったとして、手持ちを取られた俺が果たして奴等精鋭に勝てるとは……」
俺が例の仕込み義足を手玩具しながらぶつくさ文句を垂れていると、間に割って入ったダイゴが1個のモンスターボールを俺の枕元に置いた。
「こいつは……あの時のヒンバス…?どうしてここに…」
「カイナの病院に君を運んだ後、近くの入江で傷だらけの姿で跳ね回っているものだから急いで治療して連れてきてみた……君の手持ちで間違いはないかい?」
「いや……こいつはそんなんじゃない……でもありがとうよ。こいつは……言ってみれば俺の命の恩人だ。アジトを抜ける時に随分世話になった」
「ふふっ、そうかい。どうやらこの子も君に会えて嬉しいようだ。戦力——というには少し心許ないかもしれないが、ぜひ連れて行ってやってくれ」
「ああ。戦うポケモンに関しては堅気のトレーナーよろしく『現地調達』。足の仕込み銃に関してはあくまで『保険』という認識でよろしいな?」
「その通りゾナ。あくまで今回つけたその機能は『どうにもならない時の緊急用護身武器』。撃てるのはただの一発だし、作ったワガハイが言うのもなんだが、出来れば人に向けて使う機会はないに越したことはないゾナ」
「…たしかにな。あくまで最終手段…というわけか。みんな、恩に着るよ」
* * * * * *
数日後
カイナの病院にて、俺は順調に元の生活を取り戻しつつあった。
初めはラティアスに介抱されながらやっとのことでベッドから起き上がれたのだが、一旦歩けるようになってからは楽で、今では新しい足で平均台渡りに蹴り技、宙返りなんかも出来るようになった。
今日は日課の格闘——ナース姿のラティアスに見守られながら、病院の庭に吊るしたサンドバッグに向けてスパーリングを打っていたところだ。
「フゥ……一息つこうか。ラティアス、病室の冷蔵庫から『おいしい水』を持ってきてくれ」
(分かったわ。シラーズ)
俺は汗ばんだ身体をベンチに預けると、ジャージのポケットから紙巻煙草を取り出し、足の裏の火炎噴射口に翳して先端を炙ってから咥えた。
「………のどかだな……」
温かな陽気の下道行く老人やポケモンの姿を眺めながらまったりと過ごす……今までの生活でかつてこんな日があっただろうか?
団では朝は6時に招集をかけられ、昼食を挟んで午前午後は雑務に訓練の日々……ことマグマ団との抗争が激しかったえんとつ山での任務やカイオーガ復活前夜は24時間ぶっ通しでの警備が茶飯事だったため、こうして穏やかな時間が過ごせるだけでもまさに娑婆での生活は「天国」と言って良い。
ふと思い出す……団に入った日の事を…。
アクア団
「海を増やし、身勝手な人類を粛清してポケモン達を解放する」
「世界をあるがままの自然の姿に戻す」
「沈んだ後の世界では自分達のような『選ばれし強き者達』だけがポケモンと共存する」
そんな、自然主義と選民思想を並べた至極単純な
俺がそれを承諾したのもひとえに
「力はあるのに認めてくれない今の社会へのルサンチマン」
による所が多く、もっと正直な事を言えば
「気兼ねなく暴力が振るえる場所がほしかった」
というのもある。
『ツナミ』という第四の幹部枠も、本来水道局や
そして、その『ツナミ』が本能のまま暴れ回った後の世界の姿は、今道行く市井の老人や女子供、罪なきポケモン達が織りなす悠久の平和を飲み込み叩き潰すようなものでしかないと南の孤島でラティアス兄妹に教えられたからこそ、俺は団を抜ける決意が出来たのだ。
勿論、一度『力』の魔力に取り憑かれて以来、堅気の世界でそれに頼らず生きるのにはそれなりの覚悟が居るだろうが……。
そんな下らぬ物思いに耽っていたら、いつの間にか手元の煙草はすっかり灰になってしまった。
(……助けて‼︎)
「…⁉︎今の声は……」
エスパーポケモンのテレパシーのようだがラティアスのものとは違う、幼女の叫び声が俺の心に響いた。
「……待ってろ………今行ってやる」
俺は汗拭きタオルを乱雑にベンチに投げ捨てると、ジャージ姿のまま一人駆け出していった。
(お待たせ。お水持ってきたわよ……ってあれ?シラーズがいない……)
ナース姿のラティアスは頼まれたアローラ産の海洋深層水『おいしいみず』のペットボトルを持ったまま、誰もいない病院の中庭をキョロキョロと見回していた。