という短編。
俺には一人、勝ちたい相手がいる。と言っても大抵の勝負では勝てる。勉強然り、運動然り。俺とその相手にはそこそこの年齢差があって、その積み重ねた年月は簡単に覆るほど甘くない。
ただ、その相手に絶対に勝てない分野が存在する。
「お兄さんっていつも公園に朝からいますけど暇なんですか? その時間で勉強に励まれたり部活をされたらどうですか?」
「暇じゃねえ。偶然、ぐーぜん公園に寄っただけだ」
「その偶然はここ1週間ずっと続いていますけど、やっぱり暇なんですか?」
「こ、小鳥を追いかけたら公園に来たんだよ」
「幼稚園児ですか?」
口喧嘩。
そう、俺はこの女児に口喧嘩で勝てたことが一度もない。多分。別に話したい口実とかじゃないから。楽しいとかそんなん感じてないからな!
───
正直言って俺は何でも出来ると思っている。
頑張ってなくても勉強は学年で一番で、運動会の徒競走は10戦無敗。女子から告白されたことは無いが鏡の中の俺はモデルさながら。大抵のことは許せる度量もある。つまり俺を象る要素を並べると、容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群、寛仁大度、といった感じになる。これは決してビッグマウスとかじゃなく、冷静に俺のことを第三者として観察した結果生まれた妥当な評価だ。
完全無欠の
「首に手を当てて何をカッコつけているんですかお兄さん。気持ち悪いです。警察呼びますよ」
「おい待て。それをされたら俺は負けるだろ。くッ……俺が女児より社会的弱者だったら警察に守ってもらえたのに!」
「男としてそれで良いんですかお兄さん」
「この世はジェンダーレスなんだよ! 性的役割なんて言葉は古色蒼然、現代とは自由に姓を変えて生を享受できる時代。そうだ、俺は今から幼女になる!」
「性別関係なく人間として頭大丈夫ですか?」
そんな心配のされ方は初めてだ。
と、そうだった。紹介しよう。銀髪で白くてちっちゃくて目鼻立ちは整ってるこの女児こそが小学生高学年(目測)の女児ちゃんだ。名前は知らない。
出会いは学校をサボってこの公園に来ていたら平日にも関わらず私服姿のこの子を見てつい話し掛けたらナンパ扱いされて、ビビッときた。一目惚れとかそういう陳腐な話じゃない。何というか、シンパシーが高まったのだ。
それ以来女児とはお喋り……じゃなくて口喧嘩をする仲だ。
「というかこの一週間、私に対して勝ち負け勝ち負け言いまくって……全く何ですか? 気持ち悪いです。警察呼びますよ」
「そんなこと言わないでくれ。ただ俺は口喧嘩で君に勝ちたいだけなんだよ」
「こんな幼女に言葉で勝ちたいなんて脳味噌ヤバいので精神病院行った方が良いですよ。警察呼びますよ」
「馬鹿野郎! 負けっぱなしで生きてけるほど俺は人間出来ちゃねえんだ!」
「器が狭いですね。警察呼びますよ」
「……警察、呼ばないで?」
会うたびに言われ続けた定型文がついに語尾に定着してしまった。さしもの俺も警察を前に逆らうことは出来ない。泣く泣く少女の脅迫に従うしかない。でもムカつくぜ、警察官を呼んで絶対に勝てる土俵で勝負を挑むなんてな……考えてたらイライラしてきた!
「卑怯者……! 警察に頼るなんてそれでも男か!」
「情緒狂ってますね。それと私は見目麗しい幼女ですが?」
「勝負の場に立ったら誰しも男だろうが」
「そんな万物に対する法則を語るようにアホな理論を言わないで下さい。この歳で馬鹿が移ったらどうするんですか?」
「俺が勝負に勝つ確率あがるだろ。あ、知ってたけど俺天才だこれ。やったぜ」
「足で殴りますよ?」
脛を蹴られた。それ殴るって言わないから。
「ま、年上の器量としてこのくらいの痛みは受け入れるさ。ハハハ、愛い奴じゃの」
「誰ですか気持ち悪い。殺しますよ」
「流石に女児に蹴られて死ぬほど脆弱な身体じゃ待てその手に持った鉛筆は何処を刺す気なんだ」
「こんなひ弱な私でも大静脈くらいなら切開できます……!」
「そんな重要なシリアスシーンで何かを決心したヒロインみたいに言われてもやらせないからな?」
女児の右手を抑える。意外に力が強いけど負けるほどじゃない……というか力で負けたら男として終わりだろ俺よ。
「うぐぐぐ……ウガァァァァー!」
「あの、そんな本気で抵抗されると兄ちゃん凄いやり辛いんだけど」
果たして女児がそんな野生児みたいな野太い声を上げていいものなのか……。
「いや、分かった。そこまでして俺に勝ちたいんだな……」
「いえ。殺したかったので」
「その殺意だけはオリンピック代表級だな。認めよう。俺は勝てない」
「殺意で人を評価しないで下さい」
女児は不服そうに顔を背けた。その間にも俺の脛はガスガスと蹴られてスリップダメージを受け続けている。どうやらご機嫌斜めらしい。
「全く、年上なのにどうしようもないですねお兄さん」
「どうしよう。女児に蔑まれるとなんだか」
「気持ち良いですか? 言動がキモいので死んでください」
「ちょっと凹む」
「正常でしたか。存在自体がキモいので死んでください」
女児の殺意が更に研ぎ澄まされた。おかしい、普通のことを言っただけなのに。
「気になったんだけど君は何で公園に来てるんだ? 学校は?」
「毎回学生服の貴方に言われたくないです。その服はコスプレですか?」
「だと言ったらどうする?」
「警察を呼びます」
「君、ちょっと警察を頼り過ぎじゃない?」
「警察、便利ですよね。私の言葉を何でも信じてくれますし。私が言えば白を白と、黒と黒と思ってくれます」
「自分の見た目を分かった上でやってんのかよ。悪女児だな。質が悪い」
「あの、悪女みたいな言い方しないで下さい。私が可愛いのがいけないだけで私は悪くありません」
「概念に責任を押し付けようとすんな」
「いえ、自分の見た目を分かってて私に接触してきたロリコンのお兄さんには及びません」
「確かに俺のこの見た目なら幼女に話し掛けてもカッコいいお兄さんという認識を持たれるから大丈夫だろうしちょっとお触りくらいは……ってちげえから。俺は真っ当だぞ。流れるように付け加えられたがロリコンでもねえ」
でも改めて思うがこうして名前も知らない女児と密会を繰り返す俺、結構社会的にヤバいのか? 幾ら容姿が良くて勉強が出来てスポーツが出来て将来有望でも警察からすれば知ったことじゃないだろうし。不逮捕特権欲しいな。将来国会議員になるわ俺。
「そうでしょうか。一週間も美しい幼女を追いすがる人間がロリコンじゃないと証明できますか?」
「自分で美しいって言うか普通。事実だが。証明……証明……ね」
そう言えばカバンの中にアレが合ったはず。ガサゴソと中身を探る俺を女児は不審者を見るような目で見てくる。信頼されてないなぁ。
「あった! これが俺がロリコンでない証明だ、ロリ!」
「ロリって私のことですか? ナニを潰しますよ」
「え、ナニをって見た目に反して耳年増な……」
「心臓を」
「思ってた以上に生命の危機。地雷踏んだか……!」
女児は蹴る場所を脛から胸元に変えようとして、身長差で全く届かないのが少し可愛い。だがその殺意だけは本物だ……でもこういう可愛い女児に殺されるなら人生の最終地点としては本望かもそんな訳あるか落ち着け俺本当にロリコンと思われるぞ馬鹿野郎。危ねえ危ねえ、懐柔されるところだった。
てか自分のことを幼女と言うくせにロリは駄目なのか。線引きがさっぱり分からん。
「ともかくほれ、これが俺がロリコンじゃないことの証明だ」
「頂戴しま……何ですそれ」
「ただのグラビア本だよ、今週は巨乳お姉様特集。コンビニで1098円。どうだ、俺の性癖普通だろ」
「正直ロリコンより幼女に自分の性癖を自慢げに晒せる男子高校生の方がヤバいと思うんです。あ、私に近づかないで下さい穢れます空気が淀みます絞首しますので殺しやすいようにしゃがんでください」
離れれば良いのかしゃがめばいいのか判断に困るとこだな。一応しゃがんだら小さな手で首を絞められた。力が弱くて全然苦しくない……やっぱ女児だなぁ。なんだか親戚の姪っ子と遊んでるみたいでホッとする。
「暖かいな。すごい懐かしい気分になる」
「締められながら普通に話さないでください、面妙なので」
「いつも正月はよくこんな感じで落とされて意識飛ぶからなぁ。この締め方、初々しいぜ……」
「悔しながら少しだけ貴方の過去に興味が湧きました。気持ち悪いですが」
「気持ち悪いって言葉そろそろ辞めてもらっていいか。そろそろ泣きそうになる」
「分かりました。びえびえ泣きやがってください」
「命令形と敬語のハイブリッド言語は流石に無いわー……お、涙引っ込んだ」
「は~つっかえませんね。泣き顔見たかったんですが」
「君、実は女児の皮を被ったゴミクズ犯罪者だったりしないよな?」
「私に謝ってください。心のノート読んでないんですか? ゴミクズは言いすぎです」
「犯罪者は許容範囲内なのか。思ったより心広かった。つか心のノートを持ち出すんならそっちこそ死ねって言っちゃだめだろうが」
「私、ああいう洗脳書嫌いなんです。無思考に善を尊ぶ感じとか気持ち悪くて胃袋が裏返りそうになりましたから」
ああ道理でこうなっちゃった訳か。心のノート、見縊ってたが意外と情緒教育に多大な貢献をしてたらしい。
「うう……焚書したばかりなのに思い出したら吐き気がしました」と言い放つと女児は俺を絞めながらケッと痰を吐くみたいに唾を地面に飛ばした。ちょいワルに憧れる男子小学生かよ。俺の中のこの女児に対する印象が一段落ちた。
小学生特有の高い体温と甘い香りにほわほわしていると後ろから肩を叩かれる。
「君たち、何してんの? というかその服西高だよね?」
お巡りさんだった。やべえ……。振り向かないでも分かる。この女児ニヤリとした。こいつ俺を差し出して自分のサボりはなあなあにしようとしてる……!
「お巡りさんこの人へんた」
「あーあー!!! あ、今まで首絞められてたからどもっちゃったぜーへへ」
「どもったにしては随分腹から出たチェストボイスだったけど……」
「あの、お巡りさん。その前にこの状況に何かコメントありませんか?」
「そうだね、首を絞めてるそこの君は小学生? 君ら揃って学校どうしたの?」
よし、巻き込めた。逃がさないぜマイハニー。
女児も焦って息が荒くなって……ん?
「ごぉー……ひょー……しゅー……コ……ロ……ス」
こいつ、俺だけにしか分からないように息遣いで殺害予告してる! なんて執念だよこの女子小学生!
「これで一蓮托生だ! さっき警察相手なら私が白と言えば白、黒と言えばパンダになるとか言ってたよな……! どうにかしろよ……!」
「自分で言うのもなんですけどそんな可愛いこと言ってません。そんな言葉よりも私の方が可愛いですから早く囮になって捕まってください」
「年上をもっと敬えよ!」
「あれ、さっき俺今から幼女になるとか言ってませんでした? その場に応じて都合良く身分を変えようとするとか最低ですね。死ねばいいのに」
お巡りさんに聞こえないように小声で言い合う。いざとなっても生意気だなこの女児……!
「取り敢えず話良いかな。お茶でも飲みながら交番で話そうか」
「すみません今から登校しますので!!」
「あ、ちょっと! そう言えばさっきあの子へんた……とまで言いかけてたな……変態!? もしやこれは誘拐事件!? 待てやこの変質者!!」
俺は女児を担いで現実から逃げることにした。サヨナラ俺の社会的地位。
この手のコメディー筆が乗ってると書きやすくて酔い。
他作品書いてるので息抜き程度に続きます、おそらく。