気が付けば『木村達也』として転生してから15年の月日が経った。
ところで木村達也と聞いて誰を思い浮かべる?
アイドル?拓哉じゃねぇよ!達也だよ!
はぁ…俺こと木村達也は『はじめの一歩』ってボクシング漫画に出てくるキャラの一人さ。
一言で言うと器用なボクサーだな。
悪く言えば器用貧乏で、これといった強みのないボクサーさ。
とは言っても俺もはじめの一歩に詳しいわけじゃねぇ。
ちゃんと知ってるのは木村と間柴の日本タイトルマッチと、鷹村とブライアン・ホークの世界タイトルマッチぐらいのもんさ。
とまぁ、そんな木村達也に生まれ変わったんだが…今日までそれなりに楽しく過ごして来たぜ?
原作キャラの一人であり幼馴染みの『青木勝』に誘われて、小学校低学年の時に野球を始めたんだが…自分でもビックリするぐらい試合で活躍出来たんだ。
なんせ初めての試合の第一打席で、いきなりホームランを打てたんだからな。
それを皮切りに野球が楽しくなってガムシャラに練習をしてたら、気が付けば小学校を卒業する頃には世代最強のバッターなんて呼ばれる程に上手くなってた。
あぁ、野球が上手くなったのは俺だけじゃないぜ?青木だって世代最強のピッチャーって呼ばれる程に上手くなったんだ。
そんな俺達は当然中学でも野球を続けた。
けど野球がつまんなくなっちまった。
理由は一つ…まともに勝負してもらえなくなっちまったのさ。
それでも中学最後の大会では全国優勝を達成したけどよ、その頃には俺も青木も野球熱は完全に冷めちまってた。
あっ、野球は今でも好きだぜ?高校の受験勉強の合間に息抜きでバッセンに行くぐらいだからな。
けど、野球の試合は完全に嫌いになっちまった。
小中通じてチームメイトだった桑原や清田に何度も高校野球で甲子園を目指そうって説得されたけどよ、俺と青木は首を縦に振らなかった。
だから高校受験も無事に終わった今日、俺はこの先どうするかを考えたのさ。
◆
(野球とは決別する…これは決定だ。試合が嫌いになったのもあるけど、グローブやらスパイクやらで金が掛かるしな。けどよ、そしたら高校では何をやる?)
木村達也として15年生きてきたからなのか、前世の記憶はもう朧気にしかない。
(えっと、たしか原作の俺は不良になったんだっけか?…ねぇな。母さんに迷惑は掛けられねぇ。)
家は花屋をやってるんだが、店は母さん一人で切り盛りしている。
俺が野球を始めた頃に親父は女の子を庇って交通事故で死んじまったから、これまで俺は母さんに女手一つで育ててもらった。
そんな母さんに迷惑を掛けるなんてありえねぇ。
(青木には悪りぃけど不良にはならねぇ。いや待てよ、そもそも青木が不良になるとは限らねぇよな?)
そうだよ、俺が青木を野球以外に何か打ち込めるもんに誘えばいいんだよ。
(何に誘う?やっぱボクシングか?一応俺達が受験した高校にもボクシング部はあるが…。)
そうすると原作ブレイク…。
(いや、今更か。俺は間違いなく木村達也だが、原作の木村達也じゃねぇしな。)
エネルギーを持て余してグレて母さんに迷惑を掛けるぐらいなら、原作ブレイク上等ってもんだぜ。
「うしっ!そうと決まりゃ青木に声を掛けに行くか!」
部屋を出て階段を下りると、花の手入れをしている母さんが目に入る。
「母さん、青木の所に行ってくるわ。」
「あいよ。あっ、達也ちょっといいかい?」
「ん?なんだよ母さん?」
「あんた、本当に野球をやめちまうのかい?」
母さんの問い掛けに頷く。
「お金の事は気にしなくていいんだよ?あんたが好きなら野球を続けな。」
「ありがとよ母さん。けどよ、もう決めちまったんだ。高校ではボクシングをやるってな。」
「ボクシング?はぁ…やっぱりあんたはお父さんの息子だね。」
そんな母さんの言葉に引っ掛かりを覚える。
「母さん、なんでボクシングで父さんが出てくるんだ?」
「あの人もボクシングをやってたのよ。それもプロでね。」
「…マジかよ。」
そんな話原作であったか?
「お父さんは鴨川ジムって所に所属していたんだけど、リングは男の戦場だからって試合を見に行かせてくれなくてね。」
「そうだったのか…父さんはどのぐらい強かったんだ?」
「世界挑戦を期待されてたわよ。東洋のベルトだって持ってたんだから。もっとも、ベルトは日本タイトルのも含めてジムの会長の鴨川さんに預けてあるんだけどね。」
「だからうちにベルトがねぇのか…。」
そりゃわからねぇわけだ。
けど待てよ?原作でこんな話は無かったと思うが、これは俺が木村達也だからか?
…まぁ、いいか。
原作は原作。俺は俺だ。そう思わなきゃ頭がごちゃごちゃし過ぎてやってらんねぇよ。
さっきも思ったけど原作ブレイク上等!これでいいじゃねぇか。
「達也、母さんはもうあんたが野球をやめるのを止めないし、ボクシングをやるのなら応援するわ。だから、家の事は気にせず頑張んなさい。母さんは、あんたが頑張ってる姿を見るのが一番好きなんだからね。」
「きゅ、急に何を言い出すんだよ!あぁもう!青木の所に行ってくるからな!」
「ふふ、行ってらっしゃい。」
顔が熱くなるのを自覚しながら家を飛び出して走った。
ちくしょう、母さんには敵う気がしねぇぜ。
不意に足を止めて空を見上げる。
「見てるか、父さん。いや、もう転生しちまったかな?俺、ボクシングをやるよ。」
「そして母さんにベルトをプレゼントする。先ずはインターハイだな。いや、インターハイはベルトじゃなくてトロフィーか?まぁ、それが親孝行になるかわかんねぇけどよ、俺なりに母さんに親孝行するからさ。だから…安心して来世を楽しんでくれよ。」
続きを書きたい衝動に駆られているのは内緒である。