笑うトランプ   作:夏野 雪

15 / 21
◇15

 何故、そうしたのか?

そこに計画的なことであったり、打算的なことなんてものは存在していなかった。

ただ、でびるにそうさせたのは本能だった。

ルイスの悲鳴に反応して天井を見上げると、どこから出てきたのかシャッターのようなもので

通気口部が閉ざされようとしている所だった。

それを見たでびるは手に持っていたダイヤモンドを通気口に向かって、

思いっきり投げつけていたのだ。

ハンカチに包まれたダイヤモンドは間一髪のところで残っていた僅かな隙間からダクト内に

飛び込んで消えていった。

「でび様!? 一体何があったんですか! 」

完全に塞がれてしまった通気口の向こうからルイスの声が響いていた。

いつもは大きな声で煩いと思っていた声が今はとても恋しく思えた。

周囲を見渡せば他の通気口にもシャッターが作動しており、同じように完全に

塞がってしまっていた。

「聞いてないぞ...こんな仕掛けは。」

でびるは自分が完全に閉じ込められてしまった状況を把握して尚も冷静だった。

ゴーグル越しに辺りを確認してみると、まだ時間が来ていないにも関わらず、防犯センサーの

パターンが変わっていた。でびるはその事に気が付かずにセンサーに触れてしまったのだ。

「手動で変えられたのか...それとも...最(・)初(・)か(・)ら(・)情(・)報(・)が(・)間(・)違(・)っ(・)て(・)た(・)の(・)か(・)? 」

「でび様ー! 開きません。どうしましょー! 」

シャッター部分をガンガンと何度か叩いたりしながら、でびるも気が付かない内にルイスは

涙声になっていた。

「怪盗! そっちに投げた物は拾ったか? ハンカチに包んである! 」

「ええ? 何のことですか?...あ。これですかってお宝のダイヤモンドじゃないですか!? 」

「そうだ。お前はそれを持って先に行け! 急がねぇとホテルの連中が来ちまう! 」

でびるの声が届かなかったのか、ルイスはしばらく何も言い返して来なかった。

「怪盗? 」

「...無理ですよ。相棒を置いてくなんて出来ませんよ! 」

ルイスはまたシャッターを叩き始めた。しかし、想いの強さだけではどうすることも

出来なかった。

「...哀れだねぇ。」

「えっ?」

でびるのいつもと変わらぬトーンの口癖を聞いたルイスの手が止まった。

「僕を誰だと思ってるんだ? 僕はお前と違って一人でも脱出出来るの!

お前の方がどんくさいんだから先に行けって言ってんの。わかった? 」

「...絶対ですよ。帰って一緒に祝杯あげるんですよ。」

「おお! 一級品の酒を用意しとけよー! 」

でびるの言葉を最後に金庫内には警報音以外の音は何も聞こえなくなった。

それから少ししてゴソゴソと何かがダクト内を移動していく音が微かに聞こえてきた。

ルイスは何も言わずに意を決して進んでいったようだ。

「ほんまに手間が掛かる相棒(こども)や。さてと...どうしたもんかね。」

途方に暮れるでびるの耳に分厚い金庫の扉の向こうから、複数の人の声が聞こえて来た気がした。

 

 

 セキリティルームから夢追とアンジュ、それに複数名のスタッフが飛び出して来た。

「アンジュ! 君は警備員を連れて金庫室に向かえ! カメラの映像は細工されてる可能性がある!

用心して行ってくれ。途中や庫内に不審者が居たら全員取り押さえてくれ。」

「かしこまりました! しゃ、社長はどうするんですか? 」

アンジュが不安そうな表情で夢追を見つめていた。その不安が、これから自分が行く先に不安を

抱いているのか、それとも夢追の行く末を心配しているのかは分からなかった。

「僕は上に行く。ホテルの出口を完全に塞ぐ。それに金庫室以外に仲間が居るはずだ。」

 

エレベーター前で夢追と分かれたアンジュは屈強な黒服の男を引き連れて、地下二階へと

降り立っていた。

エレベーターの扉が開くのと同時に確実に異変が生じていると言うことがアンジュたちにも

はっきりと分かった。何故なら、エレベーターを降りて直ぐの所に下着姿の男が二人

倒れていたからだった。

「だ、大丈夫ですか! 」

アンジュが駆け寄り、抱き上げると意識は無いものの出血や外傷は確認できず、

取り敢えずは生きていると言うことだけは分かった。

アンジュは数名の黒服に二人を事務所まで連れて行くことと、救急車を呼ぶ様に指示を出した。

防犯センサーの警告音以外に初めて目に見える異常を確認してしまったアンジュの胸に

緊張と恐怖が改めて波のように押し寄せてきていた。

でも、ここで自分が止まるわけには行かなかった。夢追の期待にも応えたい。

それに『悪』を野放しにしておくわけにはいかなかった。アンジュは金庫室へと急いだ。

 

 

 ルイスは涙を拭うと、今来たばかりの道を戻り始めた。

でびるが最後に託してくれたダイヤモンドを持参していた赤いバックパックに入れておいた。

何としてもこれを仲間の元に持ち帰ることが彼女に課せられた使命だったのだ。

出口まで残り半分ほどのところで、一心不乱に前に進み続けるルイスの耳に緑仙からの

伝達が届けられた。

『金庫室でトラブル発生。ターゲットの確保は確認。それぞれ脱出をして、

第二集合地点に集まるように。ホテルはこちらの存在に気付いている可能性がある。

十分に注意を払って行動してくれ。一番最初に到着した奴はビールを冷やしておくことも

忘れないように。』

第二集合地点。それは緊急事態発生のために用意されていた場所だった。

万が一、トラブルが発生した際は緑仙が居るマンションではなく、別の場所に各々が

脱出を優先で向かうということになっていた。

つまり、ここから仲間の手を借りることは期待できないということでもあった。

それでもルイスは仲間に出会えたら、このダイヤモンドを託して自分はでびるの救出へと

向かおうと心に決めていた。

その決意を祝福でもしているかの様に、彼女の目の前に光が差し込んでいた。

出口の点検口だった。あそこまで着けば、この匍匐前進ともおさらば出来る。

ルイスの進む速度が自然に増していった。

そこから直ぐに狭いパイプスペースへと脱出することが出来た。狭いと言っても、

今まで這い蹲っていたダクトに比べれば、天国みたいなものだった。

ルイスはパイプスペースから更衣室内の様子を確認していた。

室内は人の気配は全く感じられず、先程までの喧騒と焦燥が嘘であったかのように

静かな空間が広がっているのみだった。

素早く更衣室内へと移動すると、扉の前で廊下の様子を探ろうとした時だった。

更衣室の扉が開いたのだ。勿論、ルイスが開けたわけでもなければ、扉が自動ドアというわけでも

なかった。開(・)け(・)ら(・)れ(・)た(・)の(・)だ(・)。廊(・)下(・)側(・)か(・)ら(・)。

そこに立っていたのは仲間の姿ではなく、拳銃を構えている黒服の男二人組だった。

「おやおや...どんな奴かと思えば、こんな可愛らしい子猫ちゃんだとは。」

 

 

  マントゥールマンション 203号室内

緑仙は慌ただしく動き始めたカメラの映像を世話しなく確認していた。

何故、金庫室のセキリティが反応したのか?

時計と事前にまとめていた資料を見比べてみるが、やはりセキリティが切り替わる

時間ではなかった。まだ猶予があるはずだった。

「一体...何がどうなってるんだ? 」

『緑仙。フロアの黒服の様子がおかしい。何かあったか? 』

それはイブラヒムの声だった。

「イブくん! ちょっと大変なことが...。」

緑仙は金庫室で起こった防犯センサーの異変。でびるが閉じ込められたこと。ダイヤモンドが

ルイスの手元にあることをなるべくコンパクトに伝えていった。

『そいつは妙だな...。』

「そうなんだよね。誰かの掌に乗っちゃてない? これ? 」

『取り敢えず、それは後だ。全員に第二集合地点に行くように伝えてくれ。俺は最後に向かう。

取り残された仲間が居たら教えてくれ。』

どうやらイブラヒムは全員が脱出するのを確認してから出ようとしているようだ。

緑仙は一早く逃げてほしいと思っていたが、一年前のことを思い出して言葉を続けることが

出来なかった。

緑仙が全員のインカムにイブラヒムからの指示を伝えている時だった。

モニターに映し出されていた『ある映像』に目が留まった。

「はっ...マジ? 」

 

 




 夢追が一階フロアに到着した時だった。
先ほどのショートメールと同じ番号から新たにメールが届いていた。

『金庫室にはダクトを使って侵入しているはずです。入口は地下一階にある
男性更衣室のパイプスペース。カジノにも仲間がいます。』

夢追はアンジュに更衣室を調べるように指示を出していた。
しかし、コイツは一体誰なんだ?
一体何が目的で俺に情報を流しているのか?
コイツの指示に従って本当に良いのだろうか?
そんなことを考えていると、夢追のスマホが鳴り始めた。
相手はマンションに向かわせた黒服からだった。
「夢追だ。どうだ? 」
『マンションに到着しました。管理人に金を握らせて鍵と情報を手に入れました。
該当の部屋は最近契約したばかりで、大量の電機機器を運び込んでいたようです。』
どうやらコイツの情報は正確なもののようだ。
今はこちらのカードが少なすぎる。コイツを頼るしかなさそうだ。
「よし。恐らくビンゴだ。部屋に押し入って中にいる奴を確保してくれ。」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。