ミートパテが焼きあがると、戌亥は同時進行で焼き上げていた
トーストへと手を伸ばした。
「また一緒に仕事しようよ。」
メリッサの一件以降、忽然と業界を去って行ったイブラヒムの所在を
フレンが発見したのが半年ほど前のことだった。
それ以降、時間を見つけては同じ言葉をイブラヒムにぶつけていた。
だが、イブラヒムが首を縦に振ったことはなかった。
それどころか、真面に会話が成立したことすら数えるほどしかなかった。
「おレンも何か食べるか? 」
気を使ったのか、それとも無意識なのか、先ほどから一方的なキャッチボールを
していたフレンに戌亥が声をかけた。フレンはニコリと微笑んだ。
「じゃあ。イブちゃんと同じで、ペリエと特製HELLサンドを『芋増し』で! 」
『芋増し』という単語が嬉しかったのか戌亥は上機嫌に返事を返した。
冷蔵庫から食材を取り出す前にイブラヒムの前に特製サンドが届けられた。
「おまちどーさん。」
こんがりと焼き目の付いたパンの間には、企業秘密のお手製の分厚いミートパテと
レタス、ハッシュドポテト、ピクルスが挟まれていた。
それに忘れちゃならない、ミートパテにたっぷりとかかっている自家製のソース。
これが一度食べると癖になる美味しさだった。
名付けて看板メニューの特製HELLサンド。戌亥自身が自信作というだけある逸品だった。
イブラヒムに出された皿の上にはサンドが二セット用意されていた。
彼はそれを手に持つと何も言わずに、そのまま店を出て行ってしまった。
「やっぱり、一緒に食べるんだ。」
フレンが呟くと、戌亥も追加のミートパテを焼きながらチラリとその姿を追った。
「ああ。『
普通ならすぐさま止められるような奇行であったが、二人には見慣れた光景だった。
フレンは後を追うように入り口に向かい外を覗いてみた。
やはり、何時ものようにスナックの前のベンチに座り特製サンドを頬張っていた。
ただし、彼は一人ではなかった。横には一匹の犬がいた。白い眉が可愛い犬だった。
ベンチの上に置かれた皿に残っていた特製サンドを美味しそうに一緒に食べていた。
戌亥の話では店に来るようになって、しばらくしてから出会ったらしく、
それ以降は特製サンドをベンチで一緒に食べているようだ。
ベンチで可愛いワンちゃんと食事をすることが、無気力で覇気のなくなってしまった
イブラヒムの人生の貴重なルーティーンとなっていた。
呆れたようにため息だけを置き去りにして、フレンは店内へと戻っていった。
「まぁ。これでも食べて。」
店内に戻ると戌亥が特製サンドを用意していてくれた。
先ほどのイブラヒムのものよりも分厚くなっているのはハッシュドポテトの枚数が
二倍になっていたからだった。
「ありがとうね。とこママ。」
フレンは大きな口で齧り付いた。
「フレン。また犬にイブくん
元気よく店に入ってきたのは緑仙だった。一年前とはモデルチェンジしていたパソコンを
抱えていた。相変わらず可愛らしいパンダのシールは今も健在だった。
とんでもない言い回しに、フレンは呑み込みかけたサンドを喉に詰まらせてしまった。
フレンは増したハッシュドポテトが仇となり窒息しかけていた。
急いでペリエに手を伸ばし、慌てて喉に流し込んだ。HELLサンドで窒息死なんて笑えやしない。
「くっ...バカ! 私が振られたみたいに言わないでよ! 」
「え? 振られてんじゃん。ねぇー。ママ。」
緑仙の怒涛の攻撃が楽しかったのか戌亥は笑いながら応戦していった。
「せやなー。みどりちゃんの言う通りやんな。」
緑仙は「ほらー。」と言いながら満足そうにフレンの隣の席に座ると、
同じく特製サンドを注文した。
「フレン...そろそろ諦めたら? 」
注文を終えると急に真面目な顔で緑仙がフレンを見つめた。
「このまま僕たちだけで続けようよ。きっとイブくんは...。」
緑仙が言葉を詰まらせた。フレンにだって、その先の言葉はわかっていた。
わかっていたのだが、フレンはどうしても諦められなかった。いや、諦めたくなかった。
「みどり。聞いてくれる? 」
「ん? ...聞くよ。いくらでも。」
普段より『優しさ増し』になった穏やかな表情で緑仙はフレンの言葉に耳を傾けていた。
「ありがとう...私ね。やってやろうと思うの。もう一回。」
「え?
「そう。実はあいつ相手に大仕事を一発ぶちかましてやろうと思ってるの。」