笑うトランプ   作:夏野 雪

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◇20

 第二集合地点であった『HELLエスタ』に五人は到着していた。

ルイスとでびるは指定席であるカウンター席に座り、再会の盃を交わしていた。

フレンと叶と白雪は同じテーブル席に座り、二人の到着を待っていた。

「さっきイブくんから連絡があって、良いニュースと悪いニュースがあるんだけど...。」

「あら。怖いわね。」

白雪はわざとらしく身震いして見せた。

「まー...良いニュースはイブくんもみどりも無事だったってこと。

どうやらホテル側がアジトのマンションを襲撃してきたらしいの。」

「おかしいですね。我々の行動ならまだしも、マンションの場所まで知られているのは...。」

そう言いながら腕組みをして考える叶に、すぐさまフレンが手を差し伸べた。

「私たちの情報をホテル側に流してたらしいの...レジスタンスの人たちが。」

「...なるほど。彼らでしたか。ずっと変だと思ってたんですよね。」

叶のため息と共にカウンターの方から大きな声が響いた。

「だー! やっぱりそうか! おかしいと思ったんだよなー。センサーの切り替わり時間も

あいつらが情報源だったもんな。マジ許せん! 」

半ばチャイカたちに囮のように使われていたでびるは小さな拳に力を込めてカウンターを叩いた。

その衝撃と衝突音は本人の怒りと気迫に反して可愛いものだった。

「そう言うことらしいの。で、悪いニュースはそれに関する事なんだけど...。

ダイヤモンドはチャイカさんたちが持っていたらしいの...。」

「えー! まさか...あの時...。」

でびるの横に座っていたルイスがでびるに負けず劣らずの大きな声を上げた。

ルイスは地下一階での出来事を思い出していた。

そうだ。あの時だ。黒服に襲われたところを助けてくれた際に奪われたバックパックを黒服と共に

更衣室の中にチャイカが運んでいたのだ。

あの時に用意していた同じバックパックとすり替えたのだ。黒服にルイスの場所を知らせたのも

チャイカたちなのだった。

白々しいチャイカの表情を思い出したルイスは悔しさの余りにカウンターを叩いてしまった。

こちらの音はでびるのものとは比べ物に成らない程に迫力満点の音だった。

「ちょ。カウンター壊さんといてな。」

その音に思わず戌亥もつっこんでしまう程だった。戌亥の声で我に返り、慌てて頭を下げて

謝罪していた。

「フレンさん。それでダイヤモンドは? 」

気を取り直して叶が話の続きを促した。

「ダイヤモンドは奪われる直前にイブくんが防いでくれたんだけど、ホテルの最上階から

落ちちゃって、今はどこにあるのかわからない状態なんだって...。」

「じゃあ結局ダイヤモンドは行方不明ってこと? 」

「ええ...白雪さん。そう言う事です。」

仲間たちは、もしかしたらイブラヒムがダイヤモンドを持っているかもしれないと一縷の望みを

抱いていた。

その望みが断たれたと言う事実は思ってた以上の疲労感を全員に与えたのだった。

あのでひるでさえ言葉を出さずに、ジッと酒の入っているグラスを眺めていた。

「じゃあ...私はお先に失礼するわ。」

そう言って立ち上がったのは白雪だった。白雪は傍らに置いておいたボストンバッグを

持ち上げると、そのまま出入り口へと歩き出した。

「ええ!? 帰っちゃうんですか? せめてイブくんたちが帰って来るまで...。」

フレンは慌てて立ち上がると、白雪を引き留めようと追いかけた。

白雪は扉の前で立ち止まり、振り返り笑顔を見せた。

「このまま待っててもお金も貰えないし、私は助っ人だしね。タイムイズマネーよフレンちゃん。

今回の失敗は次に取り返せばいいのよ。私は一足先に取り戻しに行くわ。」

白雪の言っていることは最もだ。仲間としても今回初めて共に仕事をしただけ。

待っていればお金が手に入るわけでもないのだから、彼女がイブラヒムたちを

待っている義理は無いのだ。

「またね。フレンちゃん。失敗しちゃったけど...楽しかったわよ。イブくんにもよろしくね。」

美しい微笑みを浮かべながら扉の向こうへと姿を消す彼女を止める言葉を見つけることは

出来なかった。

 

 

 ホテルの廊下の両端で二人は共に床に崩れ落ちたまま動けずにいた。

アンジュは止めどなく溢れ出る涙を堪えることが出来ずにいた。

自分の記憶にある限り初めて夢追の指示に背いてしまった。それも重大な指示を。

でも、夢追に怪我すらさせることなく切り抜ける事が出来たのもまた事実だった。

心から溢れる涙と想いは後悔なのか、安堵なのか、不安なのか全く分からなくなっていた。

そんな事を考えていると涙で滲んだ歪な床の片隅に黒い何かが見切れ始めていることに

アンジュは気が付いた。

ゆっくりと視線を上げていくと、それが革靴であること。そして、そこに立っているのが

夢追であることが分かった。

涙を拭い顔を上げたアンジュが見たものは何時ものように微笑む夢追の姿だった。

「しゃ...社長...私は...。」

怒鳴られるかもしれない。責められるかもしれない。あらゆる事象を覚悟していたのだが、

夢追は何も言わず、何もせずにただアンジュを見つめていた。

それはそれでアンジュにとって苦しいことではあった。いっその事、強く虐げられた方が

幾分気が楽だったかもしれなかった。

「社長...私をクビにして下さい。もう...私は...。」

それが精一杯だった。それ以上の言葉を続けることも、夢追の顔を見続けることも

アンジュには出来なかった。

また床を見つめたままになってしまった彼女の赤い髪の上に夢追は優しく手を置いた。

「えっ...。」

夢追の意外な行動に思わず顔を上げたアンジュが見たものは、一筋の涙を流しながら笑う

夢追の顔だった。

「そんなことするわけないだろう。君のような優秀な人材まで失うわけにはいかないよ。

ダイヤモンドを取り戻すためにも、これからも僕のトランプカードとして一緒に

居てくれないかな? 」

その言葉にアンジュは自身の髪色のように顔を真っ赤に染めながら、ニッコリと微笑んだ。

「社長...そこは『トランプカードとして』ではなく、『一人の女性として』って言う

とこですからね。」

 

 

 スナックを後にした白雪は店の近くでタクシーを拾うと空港へと向かった。

走り始めて少しした所で、白雪は自身の膝に上に乗せていたボストンバッグを開けてみた。

中を覗き込むと、そこには変わらずにびっしりと札束が詰められていた。

そのバッグはルイスたちが潜んでいたバッグと入れ替えた時に手元に残っていたカジノの売上金が

入れられたボストンバッグだった。

当初の作戦では金は今回のターゲットではない上に、万が一の際に足が付く可能性があるため、

持ち帰らないようにするはずだった。白雪はそれを密かに持ち出していたのだった。

度重なるトラブルとダイヤモンドの行方に気を取られてしまって誰も気が付いていなかったのだ。

白雪はバッグの中から札束を一つ取り上げると、それに優しく口づけをした。

「時は金なり...沈黙は金ってね。」

 

 

 イブラヒムと緑仙がスナックに到着したのは白雪が去ってから十数分後のことだった。

「みどりー! 無事で良かったー! 」

店に入るなり、二人の姿を見たフレンは緑仙の体めがけて飛びついていった。

「いやー。途中で通信切っちゃってごめんね。とりあえずフレンも皆も無事で良かったよー。」

緑仙は小さく細い体で何とか受け止めると、フレンの頭を優しく何度も撫でていた。

「みんな...すまん。あと一歩のところまでチャイカたちを追い詰めたんだけど...。」

イブラヒムは深々と頭を下げた。報酬が見込めなくなったことに対する不満こそあれど、

最後までチャイカたちに迫った彼を責めようとする者は現れなかった。

「ほれ。言われたように用意しといたで。これでも食うて元気だし。」

戌亥がカウンターの上に出したのは特製サンドが二組乗っている皿だった。

注文していたのは、もちろんイブラヒムだった。

店に来る途中に電話をしており、その際に事前に注文していたのだ。

「ありがとう...とこママ。」

イブラヒムはこんな時でも、いつもの場所へ向かうべく皿を持って店を出ていこうとしていた。

「もー。こんな時ぐらいみんなで店の中で食べなさいよー。」

フレンは緑仙に抱きついたまま、呆れた顔でイブラヒムの背中に視線を送った。

これまでイブラヒムは何を言われようとも立ち止まったことはなかった。

けれど、フレンや緑仙が記憶する中にある限りで初めて立ち止まった。

「みんなもこっちに来てみなよ。面白いものを見れるから。」

それだけ言い残し、イブラヒムは店の外へと出て行った。

イブラヒムの言葉に誘われでびるとルイスと戌亥を店内に残し、イブラヒムの後を追いかけた。

フレンたちが外に出てみると、先ほどの言葉を裏切るようにいつもの場所に座っている彼が居た。

しばらく黙って見守っていれば、これまたいつものように暗闇の中から一匹の犬がとぼとぼと

近付いて来るのが見えてきた。

しかし、その浮かび上がるシルエットに違和感があった。

白い眉毛の可愛らしい犬が口に銜えていたのは持ち手の無い赤いバックパックだった。

「あれって...まさか...。」

フレンたちが唖然とした表情で固まっていると、その犬はバックパックをイブラヒムの

足元に置くと「はぁー...。」とため息をついた。

「全く人使い...いや、()使()()が荒いんだから。」

「本当に助かったよ。しばちゃん。はいこれ。」

そう言うとイブラヒムはベンチに特製サンドを置いた。

「労働の後はこれに限るわよねー。」

「ちょ、ちょっと待ってイブくん。どういうこと? 」

目の前で何事もなく繰り広げられる展開に付いて行けずに混乱するフレンが二人を遮った。

「ああ。ごめんごめん。こちら黒井(くろい)しば。俺たちのトランプカードさ。

この店の前で知り合って仲良くしてたんだよね。」

「ん? ほらんぷはーど? 」

口一杯にサンドを頬張ったままで黒井はイブラヒムに何か聞き返していた。

「『トランプカード』。切り札って意味だよ。日本語のトランプはカード自体の呼称に

なってるけど、本来は切り札って意味なんだよな。」

「へー。」

黒井は全く気のない返事だけをすると、目の前のご馳走の方へと直ぐに意識を戻した。

「バックパックをどうして持ってるんだ? ホテルの最上階から落ちたんじゃないのか? 」

「そうだよ。叶くんの言う通りさ。でも、こんなものを予めバックパックに

仕込んでおいたのよ。」

イブラヒムは叶たちに向かって、ポケットから取り出したインカムを差し出して見せた。

「それは僕が配ったGPS付きのインカムじゃないか。」

「その通り。緑仙がくれたこいつを密かにバックパックの中にね。みんなにはGPSのことを

教えないように緑仙に言っておいたし、俺は俺自身の居場所を知る必要はないからね。」

イブラヒムはホテルでの出来事を思い出していた。スイートルームでチャイカたちに

見せたGPSの所在を示すアプリ。その中に点滅する四つの光。

彼らは自分たち三人のインカムとイブラヒムが持つものの四つだと勘違いしたのだろう。

実は三人以外で残っていた一つの光の正体はバックパックの中に潜んでいたものだった。

「あとはしばちゃんに座標と大体の場所を連絡したってわけよ。インカムも別回線で

しばちゃん専用のものを用意していたからね。」

叶、フレン、緑仙の三人に内緒にしていたことに対して猛烈な言葉と軽い暴力で責められたのは

言うまでもなかった。

それから新たに黒井を加えて『HELLエスタ』の店内に戻った四人と一匹が店内に残っていた

戌亥を含めた六人プラス二匹で七色のダイヤモンドの光を肴に朝まで呑み明かしたのだった。

 

 

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