フレンの決意表明から一週間後のスナックには、一週間前と同じ席で
同じ飲み物を飲んでいるイブラヒムが居た。既にサンドは完食したようで、
空の皿がカウンターの上に置かれていた。
店の入口の鐘が来客を知らせると、客を見た戌亥が珍しく驚いたような表情を浮かべた。
「席は...足りるね。」
「とこママー。大人数でごめんねー。」
フレンが戌亥に向かい謝罪の意味で顔の前で手を合わせながら言った。
彼女の周りには五人ほどの人影が見えていた。その中の一つが足早でイブラヒムの元へ
近づていった。イブラヒムが顔を確認する間もなく、その人物は彼の隣へ腰かけた。
「はー。美人さんやね。」
本人を目の前にして、何とも正直でストレートな感想を戌亥が思わず呟いていた。
イブラヒムの隣に座ったのは美しい女性だった。
黒く艶やかなロングヘアーが風に靡く度に甘い薔薇のような香りが漂ってくる。
それに加え、ボディラインがハッキリとわかる白いロングのチャイナドレスを着ており、
そのドレスのスリットからは白くスラリとした足が焦らすように見え隠れしていた。
ドレスに浮かび上がるボディラインとは対照的に豊満な胸も目を見張るものがあった。
とりあえず、彼女が街を歩けば、ほとんどの男性は振り向くであろうということだけは分かった。
「はじめまして。私は
何度も耳にした事がありますわ。今回、ご一緒に仕事が出来るなんて光栄です。」
そう言うと白雪はニッコリとイブラヒムに向けて微笑みを贈った。
彼女の妖艶で大人っぽい雰囲気とはまた違った優しい微笑みだった。
「白雪さん...。なるほど。俺も貴女のお名前を耳にした事がありますよ。」
彼女の正体を思い出したイブラヒムは少し皮肉交じりに言葉を返した。
白雪巴。基本は一匹狼の
彼女の話術や詐欺師としての技術も一流だという話だった。
噂では男に騙され困っている女性のために仕事をすることが多いようで、
『白馬の王子様』ならぬ『
あったなと思い出していた。
「あら! 本当ですか? 私なんかの名前を知っていただけてるなんて嬉しいですわ。」
「流石ですね。
微かに笑みを浮かべながら男は離れたテーブル席の内の一つを選んで座った。
「せやな。」
戌亥がうんうんと同意を示していることが少し気になっているようだが、
ガッカリと言われたことに対しては、イブラヒムは何も言い返さぬどころか、
怒りや対抗心のようなものを一切抱いていないようだった。
「僕は
他の方が話しているのを聞いたことがあります。
叶。元々ポーカーの名手だった彼が、こちらの世界に足を踏み入れたのは最近のことだった。
しかし、新参者と言ってもポーカーで鍛えた目と心を武器に名を上げており、
最近ではスカウトの声も多くかかっているようだった。
彼は上下黒もスーツ、白いワイシャツに赤いネクタイをしっかりと締めていた。
暑がるような素振りも見せず、涼しい顔でイブラヒムを観察していた。
「お酒だー! わーい! 」
「飲みましょー! 」
イブラヒムの前を浮遊する謎の生物と金髪の女性が通過していった。
二人(?)は白雪の隣に並んで座ると楽し気にバックカウンターの酒を吟味し始めた。
「なんや。このコアラ。」
戌亥は興味を抑えられずにカウンター越しにツンツンと羽根の生えたコアラの頭をつついていた。
「おい。バカ! 何してんだ! しかもコアラって言ったか? 」
「うわ。触り心地ええやん。」
小動物を愛でるように戌亥は無視して撫で続けていた。
「聞けー! 僕は大怪盗のでびる様だ。気易く触んなや。てか、うわってなんやねん。」
きつめの口調であったが、高い声とその見た目から全くの恐怖や威厳は感じられなかった。
むしろ、その姿に周りの愛おしさは増すばかりであった。
「あー。ご挨拶が遅れました。私はルイスと言います。この子と怪盗みたいなことしてます。
よろしくお願いします。」
でびるは椅子に座った。と言うか乗っかったまま騒いでいたが、金髪のルイスと名乗る女性は
立ち上がり一礼をしながら皆に挨拶をした。
「ああ。ルイスとでびるか。聞いた記憶があるな。」
イブラヒムたちとは少しジャンルが違う二人であったが、名前は聞いたことがあった。
金儲けや私利私欲ではなく、如何に面白いものなのか。面白い場所なのかに重点を置く
変わった怪盗チームらしく、今までに古代遺跡の中に残っていた怪しい魔術書や
世界一高いタワーの天辺に付いていた星形の宝石を盗んだりしたと聞いたことがあった。
しかも、昔ながらの予告状を事前に送ることでも知られていた。
その予告状を出しても尚、狙った獲物は奪いきるという凄腕怪盗団として名を馳せていた。
でびると名乗った方は戌亥も言ったように一見すると羽根の生えたコアラだった。
長い尻尾も付いており、ふわふわと飛ぶこともできるようだ。そして、口が悪かった。
ルイスの方は綺麗なブロンドヘアーの可愛らしい女性だった。
彼女の名前を始め、殆どの情報が不明のままで謎のベールに包まれている人物らしく、
ルイスと言う名前も本名ではないという噂だった。
黒のジャケットに黒のパンツ、ジャケットの胸の部分には赤い蝶型のブローチが付いていた。
スタイルも良く美人であったが、どちらかというと可愛いという単語が似合いそうな女性だった。
二人は赤ワインを注文したようで、こちらの挨拶だけすませると、二人だけで楽しそうな
小さな宴を始めてしまっていた。
「いやー。こんなに賑やかな店内は初めて見たなー。」
楽しそうに笑いながら緑仙がテーブルを挟んで叶の対面の席にに腰かけた。
「みどり。いらんこと言わんでええよ。」
この中の誰よりも迫力と威厳のある声で戌亥が緑仙に微笑みかけた。
背筋に寒気が走るのを感じた緑仙は、すぐさま話題を変えた。
「あー。でも、皆が集まってくれてよかったねー。フレン。」
「そうだね。」
フレンが何かを続けて言おうとしたのを制止させるようにイブラヒムが口を開いた。
「で。こんな一流の有名人ばかり集めて、一体何を考えてんだ? フレン。」
イブラヒムは訝し気な目つきでフレンを見つめた。
不思議だった。イブラヒムの反応は気持ちの良いものではなかったのに、
自分に対して何かの反応を示してくれたことが嬉しかった。
イブラヒムと再開してから、一番長い会話だった気がしていた。
「あのね...皆で大仕事がしたくて...レインボーダイヤモンドを奪いたいの。」