笑うトランプ   作:夏野 雪

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 なんだかんだ色々あったものの、結果的にイブラヒム以外は参加の意を表明することとなった。

イブラヒムの扱いに関しては、フレンの願いもありフレン一時預かりと言う形に落ち着いた。

「これからは打ち合わせや準備はここでするから宜しくね。」

「こんな美味い酒とつまみが食べれる場所なら大歓迎ー! 」

でびるたちの前には空になったワインのボトルが転がっていた。

どうやら二本目も飲み干してしまったようだ。ルイスは気持ち良さそうにカウンターに

顔を埋めて眠っているようだ。白雪は少しばかり頬が紅くなっているように見えるものの、

何事も無かったかのように戌亥から笑顔で水を受け取っていた。紅潮した笑顔が持ち前の

彼女の色気に更なる力を与えているようにしか見えなかった。

「今日は解散しようと思ってるけど、この後みどりと例のホテルの下見に行ってみようと

思ってるの。一緒に来たい人居るかな? 」

「あ。フレンさん。僕も行きたいです。」

すぐに手を挙げたのは叶だった。一方、カウンターの飲酒組はフレンの話すら

聞いていないようで、何やら戌亥と関係ない話を楽しそうに話をしていた。

「私は用事があるからパスするわね。何かあったら教えてね。」

白雪は一足先に立ち上がると、フレンたちに向かってウインクで挨拶を済ませると、

そのまま店を出て行ってしまった。

「では。三人で行きますか。」

そう言うと緑仙は支払いのためにカウンターへと向かった。

戌亥が伝票を確認している間に、緑仙は持っていた厚手の茶封筒をカウンターへと置いた。

「これでお願いします。」

戌亥が金額を伝える前に出てきた怪しげな封筒の中を確認してみると、

中に居た大勢の諭吉先生と目が合った。総勢百人ぐらいがいるようだった。

「一応言っておくけど、うちはぼったくりバーやないで。」

「まぁ。お近づきの印というか、今後もお店を使わせて欲しいーって思って。」

緑仙は満面の笑みを浮かべ、戌亥の返事を待っていた。

「...ほんまにな...かなわんなー。」

戌亥は茶封筒をエプロンの前掛けにそっとしまった。

「しっかり毎回注文するんやで。」

その答えを聞き、満足げに緑仙はテーブル席に戻ると、そのままフレンと叶を連れて

店を出て行った。

店内には夢の中にいるルイスとでびると三人が座っていたテーブル席の片付けに向かった戌亥の

三人だけが残されていた。でびるは横で眠るルイスの頭を優しく撫で始めた。

「今は寝てて良いんだよな...僕(・)ら(・)の(・)出(・)番(・)は(・)『(・)最(・)後(・)』(・)だからなー。」

 

 

 外はすっかり暗くなっていて、綺麗な月が空に浮かび上がっていた。

ターゲットのホテル近くまでタクシーで来た三人は歩いてホテル前まで向かっていた。

夜風に吹かれ、酔いも少し覚めてきた頃、ご立派なホテルの姿が見えてきた。

エントランスは全面ガラス張りになっており、上部には間接照明に照らされたホテル名だろう

『RAINBOW DREAM』と言う白字が堂々と鎮座していた。

エントランス前にはカジノ利用も考慮してか、普通のホテルよりも大きめなロータリーが

用意されていた。

エントランス前に辿り着いた三人はガラス張りのエントランスから中を覗き込んでみた。

中は真っ暗で人気も全くなかった。まだプレオープンもしていないようだった。

「これ何だろう? みどり。」

フレンが入り口の脇に何かを見つけた。人の目線の高さほどに設置されていたのは、

空の水槽のようなものだった。不思議そうな顔でフレンが水槽に近づくと水槽の中に

突然、立体のアニメキャラのような少女が箱の中に浮かび上がってきた。

「うわ! なにこれ!?」

「こりゃ凄いね! ホログラムモニターになってるんだ。」

緑仙が興奮した様子でキョロキョロと水槽の周りを観察し始めた。

『ようこそ。夢と安息の地。RAINBOW DREAMへ! 』

「喋るんですね。それ。」

叶も二人の後ろから真剣な目で興味深そうに覗き込んでいた。

『ホテルとカジノのプレオープンは今週の金曜日になります。中には招待状をお持ちの方のみ

入場することが出来ます。お持ちでない方は再来週の正式オープンまで待っててね♪』

少女が口を動かし日付を言うたびに、それに呼応するように日付も浮かび上がり、

最終的にはオープンまでのスケジュールも浮かび上がっていた。

「ねー! ねー! すごーい! 立体映像が空中に現れて喋ってるよー! 」

フレンが目を輝かせながら緑仙の腕を興奮気味に何度も引っ張っていた。

『では、皆様のお越しを心よりお待ちしております。A NEW MAGICAL EXPERIENCE.

魔法のような、新体験を。 いちから株式会社がお送りいたしました。』

そう言い残し、お辞儀をすると一の目を上にしたサイコロのようなロゴが浮かび上がって、

小さなショーは幕を閉じた。

「『いちから』かー。なるほどね。」

緑仙が納得なのか感心なのかはわからなかったが、うんうんと一人で頷いていた。

「『いちから』? 」

「いちから株式会社。バーチャルやAIでエンタメを積極的に提供している会社ですね。

3Dのキャラクターのモデリングや映像技術の提供をしているらしいです。

CD社と業務提携をしてカジノフロアで今のような映像やライブをショービジネスとして、

提供しているようですね。」

一体叶はどれ程の知識を頭に詰め込んでいるのだろうか。フレンの疑問に対して、

またもやカンペを見るわけでもなくスラスラと的確な会社説明をしてくれた。

「へー。でもさ、プレオープン時には『招待状』が必要だったんだね。これは参ったね。」

フレンが何かを考えるように虚空を見上げた。その視線の先には三十五階建てのホテルが

ここまで追いでと言っているかのように三人を威風堂堂たる佇まいで見下ろしていた。

 

 

 イブラヒムはカウンターでロックグラスを傾けていた。

久し振りに飲む酒だった。中で漂っている綺麗に成型された丸氷が懐かしかった。

いつも戌亥の店で炭酸水しか飲んでいなかったせいだろうか。

あれだけ飲めたスコッチも二杯目で少しクラクラしてきた。

「全く...弱くなっちまったな...何もかも。」

誰も居ないはずのカウンターで誰にも聞こえないように独り言を呟いたはずだった。

「ホントにね。女々しい男はモテないわよ。」

後ろから聞いた覚えのある声がした。思わず振り返ると、そこに立っていたのは白雪だった。

「どうしてここに...。」

イブラヒムも意外な人物の登場に動揺を隠し切れずに居るようで、口が半開きになったまま

白雪を見て固まってしまった。

「お酒を飲む以外にバーに来る理由があるかしら? 」

白雪はどこで着替えたのか袖の部分がシースルーになっている黒のナイトドレスを着用していた。

イブラヒムの隣に座るとマティーニをオーダーした。

「貴方も自分に自信が有るのか無いのか不思議な人ね。」

そう微笑んだ白雪はカウンターに頬杖を付きながらイブラヒムの顔を覗き込んでいた。

「あはは...そりゃどうもすいませんでした。」

恥ずかしさで赤くなった顔を隠すように、イブラヒムは残っていたスコッチを一気に飲み干した。

ぱちぱちと胸の前で拍手をしている白雪の前にもマティーニが届けられた。

「じゃあ『正直者』に乾杯。」

そう言うと白雪はイブラヒムの空になったロックグラスと乾杯の合図を一方的に交わした。

「褒め言葉として受け取っておくよ。」

「はー...美味しい。実はね。今日、かなりオイシイお仕事の話を貰ったのよ。

ああ。これは独身女の独り言だから気にしないでね。」

白雪はグラスをカウンターに置いて語り始めた。イブラヒムも特に彼女に視線を送ることなく、

グラスの中に残された寂しそうな丸氷を見つめていた。

「成功すれば三億の報酬。しかも、仲間の一人が不参加になりそうでね。

その人が参加しなければ、私たちの報酬が三億分、人数で割れば三千三百万ぐらい増えるの。

つまり、一人三億三千万。黙って入れば三千万上乗せなんだから、誰も彼を止めなかったわ。」

白雪が再びマティーニに手を伸ばし、半分ほど残っていたものを全て飲み干した。

「ふー...でもね、私は止めようと思うの。理由は簡単なの。三億がほしいから。」

「...どういう意味だ? 」

「私はね。今回の作戦に彼は必要不可欠だと思ったの。目の前にぶら下がった三千万に

目が眩んで、三億を失っては元も子もないわよね。私は三億を確実に手に入れたいの...。

だからお願い。力を貸してくれない? 私の三億のためにも、彼(・)女(・)の(・)た(・)め(・)に(・)も(・)。」

語り始めてから始めて白雪がイブラヒムの顔を見つめた。その目は真剣そのものだった。

詐欺師の真剣な目なんて信用してはいけない。そんなことは知り尽くしているはずだった。

彼女の顔をじっと見つめていると、吸い込まれそうな不思議な感覚に陥ってしまう。

彼女の林檎の様に紅い唇には重力のようなものでも備わっているようだった。ニュートンとでも

酒を飲み交わしながら談義すれば解明されるのだろうか。

「貴方の力が必要なの。もし不満なら私の取り分から、以来として貴方に別口で報酬を渡すわ。」

イブラヒムは大きなため息をついた。

 

 




 イブラヒムは立ち上がるとウエイターを呼びチェックを伝えた。
「駄目なの? 」
白雪の寂しそうな声が聞こえた。
「...負けたよ。」
「えっ? 」
「本当に男をそ(・)の(・)気(・)に(・)さ(・)せ(・)る(・)の(・)が(・)上手なんだな。」
ウエイターが戻ってくると、イブラヒムが何枚かの紙幣を手渡した。
「彼女の分もこれで。」と伝えると店の出入り口へと向かった。
途中、何かを思い出したように立ち止まり、白雪の座っているカウンターを
振り返った。
「ああ。そうだ。追加報酬はいらないからな。あんたはあんたの報酬を受け取りな。」
「...ありがとう。」
イブラヒムはそれ以上は何も言わずに出入り口のドアの向こうへと姿を消した。
一人残された白雪はマティーニグラスに残されたオリーブの実を口に運んだ。
「私が得意なのは男をその気にさせる以外に、も(・)う(・)一(・)つ(・)あるんだけどなー。」


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