イブラヒムの参加がフレン達に伝えられたのは翌日の『HELLエスタ』でのことだった。
「本当? やってくれるの! 」
フレンは嬉しさの余り座っていた椅子から飛び上がるようにして立ち上がっていた。
「煩いなー。リーダーはやらないからな。お前がしっかりやりきるんだ。俺はアドバイスと
雑用担当で頑張るわ。しっかり報酬分はさぼらず働くから安心してくれ。」
そう言うと、いつものように特製サンドが乗った皿を抱えて店を出て行った。
「やったね! みどり! 」
フレンは隣りで一生懸命にノートパソコンを操作している緑仙の首に飛びついた。
緑仙は完全に存在を無視して操作を続けていた。遠くのカウンターでは何やら嬉しそうに
二人の姿を見つめる白雪がワイングラス片手にカウンター席に座っていた。
「だー! フレン離れてよー。こっちは仕事してるの! 」
いつまでも首元ではしゃぐフレンに堪り兼ねた緑仙が引き剥がしにかかった。
「みどりくん。仕事って何してるの? 」
白雪がワイングラスを持ったまま近づいて来て、後ろからパソコンの画面を凝視していた。
画面にはCD社の提携会社一覧や以前に建てたカジノ併設ホテルの図面などが映っていた。
「僕の本職ですよ。僕はハッキングやらプログラミングにネットでの情報収集、情報操作が
専門なんです。詐欺師の『イロハ』ぐらいならイブくんとかに教えてもらったけどさ。」
「そうだったの...この提携会社見ても良い? 」
「ええ。どーぞ。」
緑仙はノートパソコンを白雪の方へと近づけた。白雪は映し出された企業名をじっくりと
眺めた後でフレンに話しかけた。
「フレンちゃん。確かプレオープンには『招待状』が必要なのよね? 」
「ええ。そうなんですよー。白雪さん。」
先ほどまでの喜びようが嘘のようにフレンはしょんぼりとしてしまった。
よく言えば人間味がある。悪く言えば何とも頼りないリーダーの姿であった。
「何とかしてあげられるかも...。」
「えっ? 」
白雪は不敵に笑うとモニターに映っていたある企業名をパチンと指ではじいた。
「何見てんだ? 」
空になった皿を手にして戻ってきたイブラヒムは首を傾げモニターを眺める二人を見つけた。
二人に誘われるかのようにイブラヒムも気が付けばモニターを覗いていた。
『いちから株式会社』
白雪の指は確かにそこを指していた。
太陽はしっかり出ているのだが巨大なビル群がその光を遮り、別世界を創り上げていた。
スーツを着ている兵隊たちが世話しなく行き交う明るいメインストリートから
一本横に逸れた路地にイブラヒムは立っていた。
ぼんやりと空を眺め、ある人物の登場を手持ち無沙汰に待っているのだった。
眩しくない青空を見上げながら、前日のバーでの出来事を思い出していた。
自分が何故ここにたっているのか。自分は何故あの話を彼女にしたのだろうか。
気が付いた時にはメリッサの話を自分から話していた。
『それが原因だったの。』
黙って話を聞いていた彼女は最後にそう言うと、二杯目のマティーニを飲み干した。
『取り返してみなさいよ。』
酒の効果もあったのだろうか。
『ギャンブラーなら取り返してみなさいよ。今の貴方のつまらない人生を賭けて...。
彼女の笑顔を取り返してみなさいよ。一人のギャンブラーとして。仲間として。』
彼女の言葉が生み出した風が記憶の中に閉まったままにしていた埃まみれのアルバムの
ページをめくっていった。
メリッサの笑顔。彼女は歌が好きだった。彼女がよく笑っていたのは、歌を歌っている時と
俺たちと『仕事』をしている時だった。それはフレンや緑仙も例外ではなかった。
『一回大負けしたぐらいで逃げるなんて、ハートの女王どころかトランプの兵隊たちにだって、
後ろ指さされて笑われるわよ。』
つまらない人生か...。
また空を見てみた。ビルの谷間から見上げる青空は歪な形をしていて太陽も見えなかった。
一方、広い空と太陽の下を歩いているはずの兵隊たちの中で立ち止まり、有り難い当たり前な空を
見上げている者なんていなかった。
「おっ。来たか。」
哀愁に浸る時間は終わりを迎えたようだ。ターゲットがビルから出てきた。
イブラヒムはその姿を確認すると、ゆっくりと光の領域へと足を踏み出していった。