「あの女の鬼を斬ろうとしたとき、なぜお止めになったかお聞かせ願いませんか…」しのぶは義勇に尋ねていた。
「やはり今から2年前の話をしなければならないが、それほど長い話ではない…」義勇はしのぶに自らの経験を包み隠さす話したのであった。
「…なるほど、けがをして飢餓状態にある鬼が人を襲わないどころか、盾になって守ろうとするとは…確かにそのような例は、これまでに見たことも聞いたこともありませんね…」しのぶは驚いた表情を浮かべていた。
「…ゆえに俺は人を襲わないと判断した」
「う~ん…にわかには信じられません。冨岡さんが嘘をつくとはとても思えないのですが…」
「…俺がお前の立場なら、同じ反応になるだろうな…」義勇はとにもかくにも話だけでも聞いてくれたしのぶに感謝していた。
「冨岡さんは、先ほどの鬼の存在を認めさせたいとおっしゃいましたが、かなり難しいと思いますよ…」しのぶは心配そうな表情を浮かべていた。
「そうだろうな」
「どうなさるおつもりですか?」
「もし、禰豆子が人を襲ったら、最初に見逃した俺の責任だ。腹を切って詫びるしかあるまい」
「!水柱ともあろう方が、よりによって鬼に命を賭けるというのですか?」
「俺は水柱ではない…だが、それはこの際別として、それだけの覚悟でいる」
「またそのような話を…それではひとつお尋ねしますが、冨岡さんは私のことを柱と認めてくださるのですか?率直にお答えください」
「胡蝶は比類なき能力と努力で柱にまで上り詰めた者。わざわざ確認するまでもない」
「世辞などではありませんね?」
「無論だ。例えほかの者が何と言おうとも、お前は柱だ」
「お言葉、ありがとうございます。しかしながら、その柱である私に技を使わせないよう抑え込んでしまうことができるお方が柱でないとするなら、私の立場はどうなるのですか?謙遜もたいがいにして頂かないと嫌味になりますよ」
「…なるほど…そういう考え方もあるのか…」義勇は感心したような表情を浮かべた。
「…自覚なしですか…これだから天然ドジっ子さんは…」しのぶはあきれ果てたような表情を浮かべたのであった。
「…ようやく合点がいった。だから俺は皆を怒らせてしまうのか…」
「本当に冨岡さんは仕方ありませんね…」
「胡蝶、ひとつ俺の願いを聞いてくれるか?」
「冨岡さんが、ですか?珍しいこともあるものですね…」
「もしも、ほかの柱が俺のことを問答無用で斬り捨てようとしたときのことだ」
「…そんなことは私がさせません」しのぶの表情は真剣であった。
「その気持ちだけでもありがたい。…だが、俺はお前に斬ってもらいたいんだ」
「な、なにをおっしゃるのですか…」
「お前も最終的には禰豆子を斬らなかった」
「それはお館様の命があったからで…」
「いや、俺に対しては『裏切り者と思い斬り捨てた』、禰豆子に対しては『命が届く前には斬っていた』という言い訳すら可能であるのをしなかった。…万一、裏切り者として殺されるくらいなら、話の余地があるお前に斬ってもらうことで、お前の立場を強くしてもらいたいのだ…」義勇の表情は真剣であった。
「…そこまでのお覚悟とは…分かりました。そのときは、せめて苦しまずに済むよう致しましょう」
「胡蝶を俺の血で汚すことになるのは忍びないが…かたじけない」義勇はしのぶに丁寧に頭を下げたのであった。
実は、しのぶはそのような場合に陥ったときには、毒で殺すのではなく、薬で仮死状態にするつもりであったが、「敵を欺くにはまず味方から」ということで、あえてそのことを義勇に告げなかったのであった。