「今まで卑屈な態度を取っていた。威張るつもりなど毛頭ないが、これからは柱としての自覚を持って行動したい」冨岡義勇は、胡蝶しのぶに告げていた。
「そうですか」しのぶは、ようやく義勇が自らにふさわしい態度を取るようになったことをうれしく思っていた。
「…胡蝶には、これまでいろいろと世話を掛けた。ほんの少しでもいい。これからは俺にもそなたを支えさせてくれ」
「いいえ、その必要はありません」
「俺は、そこまで嫌われているのか?」義勇はわずかに悲しそうな表情を浮かべた。
「そういう意味ではありません。私は今でも冨岡さんに支えてもらっていますから…」
「俺が?」
「はい。言葉こそ足りませんが、冨岡さんが誰よりも優しいことを私は知っています。…鬼にすらその優しさを向けられるほどに。…私は、その優しさに嫉妬すらしているのです」
「それは過大評価だ」
「いいえ。もし、私が最初に禰豆子さんに会っていたら、迷ったかもしれませんが、きっと殺したと思います。…所詮鬼は人を喰らうものとして。…そして、そうしていたら、炭治郎君はおそらく…いや、間違いなくここにはいなかったでしょう。冨岡さんの判断の速さと洞察の深さに恐れ入るばかりです」
「今でこそ言えるが、正直、あれは賭けだった。結果として腹を切ることも、そなたたちに裏切り者として斬られずに済んだことも運が良かったとしか言いようがない」
「決して途絶えることのなかったという『水の呼吸』の歴史の中で、新たな『型』を作られた冨岡さんを
「そなたは柱合会議の後、炭治郎たちを受け入れてくれた。例え禰豆子を監視するためだったとしても、
「私も今でこそ言いますが、禰豆子さんが少しでも怪しいそぶりを見せたら殺していました。ただし、あくまで自然死に見せかけてです」
「俺の生活与奪の権を握ってどうするつもりだったのだ?」
「何も。そのときは墓場まで秘密を背負うつもりでした」
「俺は、そこまでそなたを追い込んでいたのか…」
「非情なようですが、あの時点では、鬼とはいえ大した力も感じられなかった禰豆子さんと全集中常中すらしていなかった炭治郎君の命を合わせたところで、柱である冨岡さんの命と同列に扱えるわけがないじゃないですか…私は、冨岡さんの命を守るためなら汚れ役だろうと何だろうと喜んでやるつもりでした」
「…他人である俺にそこまで優しさを向けてくれるなら、そなたは何故もっと自分を大切にせぬのだ?」
「さて、何の話でしょうか?」
「とぼけるな。見るたびにそなたの顔色が悪くなっている。…大方、藤の毒でもため込んでいるのだろうが、そんなことをして誰が喜ぶのだ?そなたなら後に残された者の苦しさ、悲しさ、つらさを十分過ぎるほど知っておろう」
「はぁ…まさか冨岡さんに見抜かれるとは…未熟です」しのぶはため息をついた。しかし、ここまで真剣に話をする義勇に対してうそをつく、あるいはごまかすという選択肢はしのぶにはなかった。
「…あの煉獄さんですら上弦に敗れてしまいました。そして、姉さんを殺した鬼はおそらく上弦。煉獄さんに力では到底及ばない私が、その上弦を倒す手段はこれしかないのです」
「再度そなたに尋ねる。それでは後に残されるそなたの妹たちの気持ちはどうなるのだ?」
「…姉さんの仇を取るためには致し方ないことです」
「それなら、何故、珠世さんや俺たちの協力を求めない?上弦の鬼相手に1対1では、おそらく悲鳴嶼さんでも勝てまい。だからこそ、今、柱稽古をしているのではないか。俺の命を貴重に思ってくれるのなら、それはそなた自身にも当てはまることではないのか」
「私のみならず、私の家族まで心配してくださるお気持ちはありがたく思います。…しかし、こればかりは何と言われましょうとも…」
「…俺はそなたを説得しようとしているのではない。生死を共にさせてもらいたいのだ」
「それはなりません!!」
「どうしてだ?」
「私の策は、私の死が前提です。生死を共にするということは冨岡さんまで死なせてしまいます。私だけならまだしも、絶対防御壁を誇る冨岡さんまで死なせてしまっては、鬼殺隊の戦力がどれだけ失われることになるか…冨岡さんは私にこの世でもあの世でも申し開きができなくさせるおつもりですか!」
「俺は、そなたの影のさすところに居たいのだ。それが例え地獄であろうとも一向にかまわない」
「そんなことを嫁入り前の女に言ってはいけません。冨岡さんは顔だけはいいのですから、勘違いしてしまうではありませんか」
「勘違いではない。俺はそなたを
「今日の冨岡さんはおかしいです。頭でも打ちましたか?それとも血鬼術にでもかかっているのですか?」
「胡蝶、ごまかさないでくれ。そなたが俺など相手にできぬと言うならそれでもいい。だが、そなたの口から直接聞けぬうちはあきらめきれぬ」
「私は…冨岡さんのことなど大嫌いです。これまで必要なときですら一向にしゃべらなかったくせに、こんなときだけ
「しのぶ…それはそなたの本心か?」
「本心も何も。私が冨岡さんに惚れているとでも思っているのですか?」
「それなら、何故涙を流している?」
「えっ?うそ…なんで涙が出てるの?」しのぶの
「しのぶ…俺にもそなたの想いに協力させてくれ…」義勇はしのぶを抱きしめながら告げたのであった。
「義勇さん…あなたはバカも大バカです。あなたほどのお方なら、女の方からいくらでも寄ってくるでしょうに…」
「それを言うなら、そなたも同じだ」
「…私は、自ら毒を飲むような女です。そして、おそらく子を成すこともできないでしょう。それでも…それでも義勇さんは私でいいとおっしゃるのですか?」
「俺にはそなたしかいない」
「ああ…そんな言葉を聞いてしまったら、一度は断ち切ったはずの生への執着がまた湧いてきてしまうではありませんか…」
「生きるも死ぬもそなたとともに…俺みたいな男には、そなたのようなしっかり者が必要なのだ」
「殺し文句にもほどがありますよ…」
そして無惨との最終決戦の日。神であれ、鬼であれ、遂にこの二人を分かつことはできなかった。無限城で落ち合ったこの二人にカナヲ、伊之助、そして炭治郎を加えた5人で猗窩座と因縁の童磨を撃破するのであった…