お互いの顔も知らぬまま政略結婚することになった義勇としのぶであったが、すぐに相性がよいことが分かった。いわば敵中に身を投じることになったしのぶに対しては当初白い目も向けられたが、しのぶ自身が冨岡家になじもうと努力したうえ、能力的にも性格的にも優れていたこと、そして何より義勇がしのぶを尊重する態度を取ったことから、しのぶが冨岡家の
また、しのぶに従って冨岡家のに入った女中たちも、自らの主人をことさら大切に扱う義勇に次第によい感情を持つようになり、冨岡家中の者と結婚する者も現れるようになった。
こうして主ばかりでなく、家臣に至るまで冨岡家と胡蝶家の結びつきは日々深まっていった…
「殿…いえ、義勇さん、
義勇としのぶの祝言を見届けた義勇の父は、息子が美しいばかりでなく、賢い妻を
また、この二人は、表では公私の区別をつける意味で「
「そうか…これで3人目だな。だか、油断することなく、十分体をいとえよ」義勇は妻であるしのぶに気を使っていた。
「ありがたき幸せ…なれば、義勇さんにお願いの儀がございます」
「改まってどうした?」
「
「それは、しのぶが努力したからであろう。家臣どもも『よくぞここまで冨岡家になじんだ』と褒めておったぞ」
「お褒めに預かり、光栄でございます。…されど、妾が産んだのはいずれも姫。このまま男の子が生まれなければ、冨岡家の一大事となりかねません。そこで、ご側室を置かれてはと…」
「その話か。…実は、家臣の一部から同じ話が出ておってな…」義勇はバツが悪そうな表情を浮かべた。
「妾への義理立てなら不要でございます。…妾は、義勇さんのお子に冨岡の家を継いでもらいとうございますので…」
「しのぶは、
「…正直に申せば、義勇さんがほかの女子を抱くなど…想像しただけでもおかしくなってしまいそうなのですが…女が
「それでは、しのぶがこの家を乗っ取ることができなくなるではないか?」
「まだそんなことを覚えていらっしゃいましたか。…それは妾がこの家に嫁いできたときの話です。妾は義勇さんの器量に惚れておりますれば…今では義勇さんに胡蝶家を乗っ取って頂きとう存じます」
「これは恐ろしい。しのぶは某にそなたの実家を乗っ取れと申すか。そなたに愛想をつかされたら、某に命はないな…」義勇の表情はわずかに笑っており、冗談を言っているようであった。
「妾が義勇さんの命を取るなど…冗談にしても笑えませぬ…」しのぶは、やや怒った表情を浮かべたのであった。
「…悪乗りしすぎた、許せ…」義勇はしのぶに頭を下げた。
「これは…妾も失礼致しました…」義勇はあくまでもしのぶを対等に扱おうとしていたため、しのぶもそれに過度に甘えないよう注意していたのであった。
「ところでしのぶ…」
「はい、義勇さん…」
「某は側室は置かぬ」
「このままでは跡目争いが起きかねませぬ…」
「万が一、万が一そなたとの間に男が生まれないのであれば、それが
「そのお言葉…妾は、うれしゅうございます。されど万が一にも『妾が冨岡家を絶やした。胡蝶家の思うつぼだ』などと
「某が至らぬばかりに、しのぶばかりに負担を掛ける…」義勇は両手をつき、頭を下げたのであった。
「…義勇さん、何をなされますか。どうかお手をお上げくださいませ。妾としたことが気弱なことを申しました。妾は義勇さんさえよければ、何人でもお子を産みますゆえ…」
もし、この言葉を国元の両親が聞いたら腰を抜かして驚いたことだろう。何せしのぶは、こと肉体的なことに関しては劣等心の塊と言って差し支えなかったからであった。
確かにしのぶは、姉カナエと比較すると、一般的に見劣りしていた。
ゆえに、男どもの好色のまなざしから姉を守らなければ、という気持ちが強くなりすぎ、男性不信、男性恐怖症に近い精神状況だったからだ。
しかし、そんなしのぶを義勇が救った。義勇から裏表のない愛情を注がれたしのぶは次第に自分に自信が持てるようになり、自然と義勇に報いたいという気持ちが生まれていたのであった。
「某は、しのぶを子を産む道具とするために妻としたのではないぞ…」
「分かっておりまする。もし、義勇さんが妾をそのようにお考えであれば、毒で流してでも子は産みませんでした。ですが、義勇さんは妾を心から
そんなしのぶを義勇は心から愛おしいと思うのであった…
「家」の存続こそが至上命題だった当時にあって、結婚とは家と家の存続を賭けた、現在の外交に匹敵するようなものだったのでしょう。
その一方で(この言い方に語弊があることは自覚していますが、適当な表現が浮かびませんでした)、女性たちの地位は結構高かったことも知られています。嫁いでいった女性たちは実家のスパイとして働くこともあったでしょうし(浅井長政に嫁いだお市の方が、兄信長に、夫長政の裏切りを知らせたのは有名)、夫や息子たちが戦いで外に出かけている間の留守を守らなければならなかったのですから、当然政務も理解できなければ話にもならなかったからです(豊臣秀吉の妻である淀君が政治に参与していたのも有名)。