描かれなかった鬼滅   作:夢幻遊人

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ぎゆしの戦国草紙 第4話 【Sideしのぶ】

「あっ、(わらわ)は冨岡家に嫁いだのであった…」しのぶが目を覚ますと、そこは見覚えのない場所であったため気が動転したのであったが、それも一瞬のことであった。

 

 隣でスヤスヤと眠る義勇は、正直隙だらけに見えた。しのぶはほんの一瞬、ここで義勇を討ち取れば、積年に渡る冨岡家との争いに終止符を打てるのではないかと思った。だが、△△の脅威は消えることはないと思い直した。

 …あるいは、まだ猫をかぶっているだけなのかもしれなかったが、少なくとも自分を一人の人間として扱おうとしてくれた義勇を討ち取るのに躊躇があったというのが本音だったのかもしれなかった。

 

「妾は、自分で思っていたより甘いのかしら。…願わくはこの判断が間違いでありませんように…」しのぶがそう思っていると、隣から「もう起きていたのか?…あるいは昨日はよく眠れなかったのか?」と尋ねられたのであった。

 

「…妾も今しがた起きたところでございます。正直、昨夜は眠れぬかもしれぬと思っておりましたが、慣れぬことで疲れたのか、存外、よく眠れました」しのぶは、たった一晩情を交わした男に多少なりとも気を許したことに自分で驚いていた。

 

「…そうか。それならよかった。…そういえば、しのぶ殿。ひとつ言っておきたいことがある」

 

「何事でしょうか?」

 

(それがし)への殺気を感じた。それで目を覚ましたのだ。…これでは某は討てぬぞ」

 

「何をおっしゃるかと思えば…殿もお(たわむ)れが…」しのぶは何とかごまかそうとしたが、義勇の真剣な表情に言葉を続けることができなくなってしまった。

「…恐れ入りましてございます。…それで妾をいかようになさいますか?」義勇との祝言の前に徹底的な身体検査をされ、そして(かんざし)一本に至るまで胡蝶家から持ち込んだものは一旦全て取り上げられてしまっていたため、しのぶには抵抗する手段がなく、義勇に全てを委ねるしかなかったのであった。

 

「思うことと実際にやるのでは雲泥の差がある。…これまでの当家と胡蝶家の間のことを考えれば、思うのみで処罰しては、某を含め、皆、処罰は免れぬであろう」

 

「と、おっしゃいますと?」

 

「…うまく言葉にできぬが、某は、昨晩そなたを抱いたことで胡蝶家に対し、一種の優越感を感じてしまった。そなたのお父上やしのぶ殿のお気持ちを考えれば…万死に値する」そう言うと、義勇は床に手を着き、深々と頭を下げたのであった。

 

「『胡蝶家の娘をわが手で組み伏してやった』といったところですか?」

 

「そういったところだ…」

 

「どうかお手をお上げください。…妾の立場からすれば『冨岡家の跡継ぎを食ってやった』と言うこともできますので。…そもそも、この家に嫁いできたからには、妾など、殿の思うがままに扱うことができるにも関わらず、殿は妾の気持ちを汲んで下さりました。むしろ、妾の方が、殿のお気持ちにお応えしたいと思ったのです。…それに、妾を抱いて優越感を感じて頂けたなら…むしろ光栄に存じます…」最初は淡々と話していたしのぶであったが、最後の方には顔を赤らめていたのであった。

 

「それでは、この話はこれで終わりとしよう。…ところで、しのぶ殿」

 

「はい」

 

「某たちは夫婦(めおと)となったのだ。表ではやむを得ぬとしても、奥でも『殿』と呼ばれてはかなわぬ。これからは『義勇』と呼んでくれぬか」

 

「…分かりました。ならば、妾にも『殿』はおやめくだされ」

 

「分かった、()()()

 

「それにしても、こんな面倒な女でよかったのですか?()()()()

…生涯にわたる二人の呼び方が定まった瞬間であった。

 

「某は、何を考えているのか分からぬ着飾った女子(おなご)より、しのぶのような、きちんと(おのれ)の考えを話す女子の方がよい。…たとえそれでケンカになったとしても、相手の考えを理解することができるではないか」

 

「本当に面白いお方…」

 

「さて、しのぶ。今日はそなたに引き合わせたい者がおるのだ」

 

「どちら様でしょうか?」

 

「胡蝶家からしのぶに従う女中がおったが、それらの者がいても、必要な物はあろう?」

 

「確かに…まさかいつまでも胡蝶家から手に入れるわけにもいきませんからね」

 

「そこで、それらを取り次ぐ者を用意したのだ」

 


「若殿様より、御台所(みだいどころ)様のお世話を仰せつかりました神崎アオイと申します。以後何なりとお申し付けくださいませ…」

 

「神崎たちは、自ら御台(みだい)の世話を申し出てくれた。きっと御台のために役立つであろう」義勇は既に公人としての口調に切り替わっていた。

 

「殿…申し訳ございませんが、神崎殿と殿方に聞かれたくない話をしとうございます。お人払いをお願いできませんでしょうか?」

 

「…分かった」義勇は、しのぶがアオイと自分や近習の者たちに聞かれたくない話をしたいのだと気配で感じていたが、それを許したのであった。

 

「神崎殿のご両親は此度(こたび)のこと、何と申されている?」

 

「隠していてもいずれ分かってしまうことですので、正直にお話いたします。…私たちは戦災孤児なのです」

 

「ひょっとして、胡蝶家との(いくさ)で?」

 

「はい」

 

「ならば何故、憎いであろう、胡蝶家の娘である妾に仕えようと?」

 

「お手討ち覚悟で申し上げます…」アオイは覚悟を決めた表情を浮かべながら話を続けた。

「…殿様や若殿様は、私たち戦災孤児が生活に困らないようにして下さいます。しかし、私たちは女とはいえ、武士の子。頂いてばかりでは気が引けます」

「どこからかこの話を聞かれた若殿様は、そういった私たちのために働く場を作って下さいました。…口さがない者は『若殿様が手を付けるのに適当な女性(にょしょう)を集めるためだ』と申しますが、若殿様は決してそのようなことはなさらず、かえって私たちに関係を迫ってきた、とある重臣のバカ息子を民衆たちの前で叩きのめして下さいました。…そのときの若殿様の太刀裁きの美しさといったら…皆息をのむほどでございました。…このように私たちには若殿様に大恩がございます。…そのような中、若殿様のご婚礼の話を聞きました」

「聞けば、御台所様は男どもでも太刀打ちできぬほどの剣術の使い手であるのみならず、薬学にもご精通されているとのこと。そして、相手に言いたいことがあるのは胡蝶家も同じ。…若殿様に万が一のことがあってはならぬと思いました」

 

「それで?」

 

「私たちでは到底御台所様の相手にはなれません。…しかし、若殿様の盾にはなれます。私たちが一瞬…いや半瞬でも時間を稼ぐことができたら…若殿様には十分だろうと思ったのです」

 

「誰かにこうするよう強制された、あるいはそう仕向けられたということは?」

 

「いいえ。若殿様は、例え私たちのような者であったとしても、他人が自分のために傷つくことを何よりも嫌われます。…まして命をかけたなどと知られては、どのような騒ぎになるか。…ですが、そのようなお方だからこそ、私たちは喜んで命をお捧げできるのです」アオイの表情はむしろうれしげであった。

 

「殿は、『思うのみでは罰しない』というお考え。妾のみ、その恩恵に浴しては理不尽というもの。…神崎殿、そなた、妾の下で薬学を学ばれないか?」

 

「例え胡蝶家との戦は避けられても、まだまだ戦そのものは続くでしょう。…私たちが薬学を学べば、戦で傷つかれた方をお救いできる。…また、若殿様の毒殺を防ぐこともできるかもしれない…」

 

「どうでしょう?やりませぬか?」

 

「はい、やらせてください!!…いつの日か御台所様の知識を上回ってご覧にいれます!!」

 

「その意気です!!」しのぶとアオイは身分の違いを乗り越え、心を通わせたのであった。

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