描かれなかった鬼滅   作:夢幻遊人

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ぎゆしの戦国草紙 第5話

「しのぶ殿、義勇とはうまくいっておるか?」しのぶは、冨岡家当主である義勇の父に呼ばれていた。祝言直後は長らく自分の父祖たちと争っていた相手の棟梁であることから、どんなに憎いかと思ったのであったが、実際に交流してみれば、やはり義勇の親であり、意外と親近感を感じるようになっていたのであった。

 

「はい。義勇様は剣を握らせればこの上なくお強いにも関わらず、それに(おご)ることなく、領民たちにもお優しく接され、大変慕われているご様子。誠、良き方に嫁ぐことができたと思っておりまする…」しのぶの言葉にうそも嫌味も全く感じなかった義勇の父は笑顔を浮かべたのであった。

 

「聞けば、しのぶ殿は義勇が集めた戦災孤児たちに薬学や治療法などを手ほどきされているとか…」

 

「これは…お耳汚しでございます」

 

「いや、今は、わが城の周辺に限られておるが、けがや病気で死ぬ者が明らかに減り始めたという報告が上がってきておる。成果は既に現れて始めているのだ」

 

「神崎殿を始め、皆、義勇様のご恩にお応えしたいと熱心に学んでくれまする。このようなかたちで(わらわ)の知識が当家のお役に立てるなら、これに勝る喜びはございません…」

 

「…当家のためではあるまい。義勇のためであろう?」

 

「義勇様は当家のお世継ぎ。義勇様のお役に立つことは、すなわち当家のお役に立つことでございまする」

 

「そのような建前はよい。…だが、当家としのぶ殿の実家の胡蝶家は何度も(ほこ)を交え…殺されもしたが、こちらも殺した。いくら△△の脅威が差し迫っているとは申せ、とても『戦国の習い』の一言では割り切れぬであったろう…」

 

「正直に申し上げますなら、義勇様の御首(みしるし)*1を全く狙っていなかったと言えばうそになりまする」

 

「…さもあろう。たが、しのぶ殿は正直だな。なるほど…義勇が気に入るはずだ」

 

「義勇様は、胡蝶の娘である妾を一人の人間として尊重して下さいました。これにお応えしたいと思うのが、人というものであると存じまする」

 

「…なるほど。某には、義勇がそうなった理由に心当たりがある」

 

「差支えがなければ、お話頂けませぬか」

 

「実は、義勇には蔦子という姉がおってな…」

(それがし)らは何かと忙しかったが、当家にはそれほど人もいなかったため、義勇の世話は蔦子に頼り切っていた。…蔦子は親の欲目抜きにしても賢く…そして優しかった。義勇が蔦子を通じて女性一般に敬意を持つようになったとしても不思議であるまい…」

 

「蔦子殿のお話は、今初めてお聞きしましたが…」

 

「蔦子は数年前にあっけなく流行病(はやりやまい)で死んでしまったからな。…そのときの義勇の嘆きようといったら…後を追うか、出家して菩提(ぼだい)を弔うとでも言い出すのではないかと思ったほどだ…」

 

「そのようなことがあったとは…知らぬこととは申せ、辛きことを思い出させてしまい、誠に申し訳ございませぬ…」

 

「…こうやってしのぶ殿と話をすると、自然とその知性が伝わってくる…こういったところは、どこか蔦子に通じるものがある…」

 

「妾は気性が荒く、蔦子殿とは似ても似つかないと存じまする…」

 

「それは当然だ」その言葉にしのぶは一瞬驚いたが、続く言葉はしのぶを励ますものであった。

「…この世に蔦子が二人といないのと同様、しのぶ殿も二人とはいないのだからな」

 

「恐れ入りまする…」

 

「…決めた。家督を義勇に譲る」

 

「えっ?」

 

「義勇がしのぶ殿のような妻を(めと)ったからには、もはや何の心配もない。…しのぶ殿、冨岡家の行く末は、そなたたちに託す…」

 

義父(ちち)上…義勇様には婚礼の日に申し上げましたが、妾が当家の乗っ取りを企むやもしれませぬぞ」

 

「ほう。…それで、そのとき義勇は何と答えた?」

 

「『血を流さず済むなら、それもよかろう』と…」

 

「これは…これは…わが息子ながら、なかなかの答えではないか。…これなら安心して隠居できるというもの…」そう言うが早いが、義勇の父は、義勇や家臣たちを集め、家督を義勇に譲る旨を宣言したのであった。

 

 


 

「某が冨岡家を継ぐ…いずれこの日が来るであろうことは分かっていた。しかし某が判断を誤れば、某のみならず、家臣や領民たちの財産、果ては命まで失われてしまうのだ…」その夜、しのぶは義勇が弱音を吐くのを初めて目の当たりにしたのであった。

 

「見苦しいところを見せた。…某に愛想が尽きたか?」義勇の顔はいつになく落ち込んでいた。

 

「とんでもございません。自らの責任に真正面から向き合い、そして、その責任の重さを感じることのできる義勇さんのようなお方こそ、誠、棟梁にふさわしいお方と存じまする。妾は、義勇さんのようなお方に嫁ぐことができたこの奇跡に感謝しておりますれば、全知全能を挙げ、義勇さんをお支え致しまする」

 

「しのぶにそこまで言われては…何とかなる、いや、何とかするしかあるまいな…」

 

「そうおっしゃって頂けるとうれしいのですが…」しのぶは急に不安そうな顔つきになったのであった。

 

「どうしたというのだ。しのぶは某を支えてくれた。某もしのぶの支えとなりたい」

 

「義勇さんのお悩みに比べると、誠に小さきことなのですが…」

「…正直、義勇さんに対する想いが日ごとに大きくなってきております。…もしも、…もしもその義勇さんに裏切られてしまったら…妾は人として生きていくことができなくなってしまうのではないかと思いまして。…いや、これは、側室を置かないでくれといった次元の話ではありませんよ。…でも、はやり側室は…にわかに認められませんが…」しのぶは珍しくとりとめのない話し方をしたのであった。

 

「…しのぶの言いたいことは何となく分かった。某も、もし、しのぶに裏切られたら修羅になるであろうからな。…某は人にされたくないことは人にしない。だから、決してしのぶを裏切るようなマネはせぬ。…だが、もしこれを(たが)えたなら…どのようにすれば償えるか分らぬが…とりあえずしのぶが『いい』と言うまで、いかなる責め苦を受けても構わぬ…」

 

「義勇さんも妾と同じ気持ちでいらっしゃったとは…もしも…もしも、どうしても義勇さんを騙さねばならぬとしたら…妾は死ぬまで騙しとおしますゆえ、義勇さんもそうしてくだされ…」

 

「…某には、そのような器用なことはできぬ」

 

「バカ…ここはうそでも『分かった』とおっしゃってくださいな…」

 

「う~ん。そういうものなのか…某には女心というものが分からぬ…」

 

「…本当に仕方のないお方…義勇さんみたいな朴念仁には、妾が必要でございまするな…」きついセリフを甘えた口調で話すしのぶは、今、まさに幸せであった…

 

*1
ここではやや意味を転じて「命」の意味で使っています

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