描かれなかった鬼滅   作:夢幻遊人

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ぎゆしの戦国草紙 第7話

「わが子とは、こんなにかわいいものなのか…」義勇は、しのぶとの間に生まれた娘をその腕に抱きながらまじまじとつぶやいていた。

 

「フフフ…義勇さんの親バカっぷりっといったら想像以上ですね…」しのぶは義勇の人となりから、いい父親になるであろうとは思っていたが、その想像を上回るかわいがりように、改めて幸せを感じたのであった。

 

「…(それがし)は、しのぶの腹がだんだん大きくなっているのを見ても、なお人の親になる実感が湧かなかった。わが子をその腕に抱いて、ようやく人の親になったと思ったのだ…」

 

「…女ならば、わが身に変化が起こりますので、嫌でも親の自覚が生まれまする。なれど、殿方ならば、実際に目の当たりにするまで実感が湧かずとも不思議ではございますまい…」冨岡家の棟梁として何かと忙しいなか、時間を作っては娘やしのぶの世話を焼く義勇の態度を見れば、親としての自覚を得た時期など「どうでもいい」ことと思えてしまうのであった。

 

「そう言えば、しのぶの産後の肥立ちが聞いていたより良かったので安心した」

 

「その点につきましては、自分でも驚いておりまする。初産(ういざん)でしたので、どうなることかと思っておりましたので…」

 

「故郷で鍛えていたのがよかったのやもしれぬな…」

 

「あるいは、そうなのかもしれませぬ…」

 

「…ところでしのぶ、そなたに頼みがあるのだが…」

 

「水臭うございまする。義勇さんは(わらわ)に妻として、そして母としての幸せを与えてくださいました。妾にできることでしたら、何なりと申し付けてくだされ…」しのぶは、結婚以来、義勇が一方的な命令ではなく、あくまでも依頼してくるその態度に報いたいと思っているのであった。

 

「某は果報者だな。…某の頼みというのは、(しゅうと)殿のことなのだ…」

 

「妾の父がどうしました?」

 

「胡蝶家からはしのぶが当家に嫁いできてくれたおかげで、当家の胡蝶家に対する敵愾心(てきがいしん)は薄れつつある。…なれど当家から胡蝶家に赴いた者は誰もおらぬ。このままでよいはずがあるまい…」

 

「確かに。…それでは、義勇さんがわが実家を訪ねるおつもりなのですか?」

 

「子ができたのでな…」これまで冨岡家には義勇より下の世代がいなかったため、義勇に万が一のことがあっては冨岡家が途絶えてしまう。家の棟梁としてそれだけは絶対に避けなければならず、義勇としても思い切ったことができなかったのであった。しかし、たとえ娘ではあっても子がいれば、冨岡家存続の方策はあることから、自身が胡蝶家を訪ねることができると判断したのであった。

 

「…義勇さんのお心づかい、感謝いたしまする。ならば妾が父に手紙を書きましょう」

 

「しのぶは本当に頭の回転が速いな…」義勇の意図を察し、それを実行するしのぶの存在は義勇にとっても得難いものであった。

 

「妾に万事お任せくださいませ。…胡蝶家の接待のほど、義勇さんにお見せ致しまする」

 

「そうか。それは楽しみだな…」義勇はしのぶに全幅の信頼を寄せていたのであった。

 

 

 

 しのぶがかつて冨岡家に嫁いだ道を逆にたどって義勇は胡蝶家の支配領域との境にある寺へと向かった。

 

 胡蝶家に対し敵意のない(あかし)として、義勇は太刀すら外した正装、警護の人間も必要最小限に絞っての出立(しゅったつ)であった。

 

 義勇の出立を見送ったしのぶは、家臣たちを集めた。そしてその場に集まった家臣たちはしのぶの服装―何と死装束であった―に驚いた。

「殿は、わが父のもとに出立されました。妾は、父がわが殿を心から歓迎してくれるものと信じております。…されど、何が起こるか分らぬのが戦国の常。妾は、殿に万が一のことがありましては、生きる資格と意味がございません。その際は、是非、妾の首を挙げ、弔い合戦の旗印にして頂きとうございまする…」しのぶの凛とした態度に、家臣たちはただただ頭を下げたのであった。

 


 

「これは…婿殿か?」

 

「舅殿でございまするか?」

 

「いかにも。従五位上(じゅごいのじょう)胡蝶…である」

 

「お初にお目にかかりまする。従五位下(じゅごいのげ)冨岡義勇でございまする」二人は敢えて官位のみで、官職などを言うのを避けたのであった。

 

「婿殿…会うのが戦場でなく、本当に良かったと思うぞ…」

 

「某も同じ想いでございまする…」

 

「そう言えば、しのぶ…いや、失礼、御台所(みだいどころ)殿が最近娘を産んだとか。息災にしておるか?」

 

「はい。相変わらずでございまする。…舅殿、某への遠慮は不要でございますれば、『しのぶ』と呼んでくだされ。その方がしのぶ殿も喜びましょう」

 

「ほう…誠、よき夫婦(めおと)ぶり。しのぶもよい方にもらってもらえた…」

 

「舅殿が某のもとにしのぶ殿を嫁がせたと聞いておりまする。舅殿のご采配に誠、感謝しておりまする」

 

「…いや、今でこそ言うが、あれは消去法だったのだ」

 

「と、申しますと?」

 

「あれの姉には想い人がおってな。それを引き裂いては可哀想だと思ったのだ。…それにしのぶには並の男では太刀打ちできぬほどの強さと知識がある。あわよくば冨岡を乗っ取ることができると思ったのだ…」

 

「なるほど…しのぶ殿は舅殿によく似ておられる…」

 

「うん?」

 

「いえ、祝言の日にしのぶ殿から同じようなことを言われましたゆえ…」

 

「何と!!…それで婿殿はしのぶをどうされたのか?」

 

「しのぶ殿が某の器量を測るために申してきたことは分かりました。ですか、何よりしのぶ殿が何よりも領民たちの生活を守りたいという心根に惹かれましたゆえ、『血を流さずに済むなら、それもよかろう』とお答えしました」

 

「…某もしのぶの幸せを願っていた。だた、ここまでしのぶにふさわしい男が冨岡家の御曹司(おんぞうし)であったとは…」

 

「某にも娘ができました。そのお心、多少なりとはいえ、分かりまする…」

 

「…義勇殿」

 

「はっ!!」

 

「…某には息子ができなんだ。…そなたが息子代わりになってくれぬか?」

 

「…某のような者でよろしいのでしょうか?」

 

「ああ…そう言えば義勇殿、つかぬことを聞いてもよいか?」

 

「何なりと。それに息子とおっしゃるのであれば『義勇』と呼んでくだされ」

 

「そうか…なら、義勇…そなた酒は(たしな)めるか?」

 

「…自分では分かりませぬが、結構なザルだとか…」

 

「今宵、某と一献つきあってくれぬか…」

 

「…とことんまでお付き合い致しまする」義勇は、実の父親から、息子と酒を飲める日を心待ちにしていたと聞いたことがあったことから、しのぶの父もそうなのであろうと思ったのであった。

 

 そしてこの日、しのぶの生まれ育った胡蝶家の本拠地を訪ねた義勇は、しのぶの父たちから酒を勧められ、()()()()飲まされたのであったが、遂に酔いつぶれることななかったという…

 

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