そういったわけで、今回はしのぶさんを登場させることができませんでした。
なお、ひょっとしたら公式ガイドブック等の設定と異なる部分があるかもしれませんが、その点は大目に見ていただけるようお願いします。
「姉上、いよいよ明日は祝言ですね。俺が『高砂』を歌いますから…」
「義勇は歌がうまいですからね。私はいい弟を持ちました…」
義勇とその姉蔦子は、近所でも評判の美男美女で通っていた。先年発生した日露戦争で父を、肺病で母を失っていたが、その分仲が良いことでも有名であったのだ。
尋常小学校で優秀だった義勇を、何とか上の学校に通わせたいと蔦子は願っていたのだが、戦災遺族にわずかに支給される弔慰金では、日々の生活で精一杯であったのだ。
しかし、蔦子の美しさと器量が運を切り開いた。…あまたの男から求婚されたのだ。その中で、義勇の器量に惚れ込んだある商家の主人が支援を約束してくれ、またその跡取り息子も、この時代に珍しく女性の意見も尊重してくれる人物であったことから、そこに嫁ぐことになったのであった。
そんな幸せを…鬼が奪ったのであった。
「…義勇、何があっても声を出さず、ここから出てはなりません。あなたは男でしょう?約束できますね…」
義勇は黙ってうなずくことしかできなかった。
そして、義勇が床下に隠れた直後・・鬼が蔦子を襲ったのであった。
「!」義勇は蔦子との約束を遂に守り抜いた。
鬼は、人の気配を感じていたものの、夜明けが近かったことから、早々に立ち去ったのであった。
…しかし、本当の惨劇は、この後発生するのであった。
「姉上…」義勇は惨状を目の前にして泣いていた。…この世でたった一人の肉親を惨殺され、平常を保てる者などいようはずがなかったのだ。
素人目にも死んでいることが明らかなはずなのに、蔦子の体が少し動いたように見えたのであった。
「まだ生きている?」冷静に考えれば、あり得ないことなのであったが、目の前の惨劇を信じることができなかった義勇は、蔦子の体をさすった。
…すると信じられないことに、蔦子の目が少し開いたのであった。
「姉上、よかった…今、医者を呼んできます…」義勇は医者を呼ぼうとしていた。
「義勇…」これまでの蔦子とは少し違う声であった。
「…私は、今鬼に乗っ取られかけています。…今は何とか抑えていますが、鬼に乗っ取られてしまったら、まず、目の前のあなたを殺すでしょう…そうなる前に・・お願いですから、私を殺してください…」
「私が、姉上を殺すことなどできません…」
「それではダメです。…自分で信じられないほどの力を感じます…鬼になり切ってしまったら、まず人間に勝ち目はない…」
「姉上を殺すくらいなら、俺も死にます」
「バカなことを言わないで。あなたまで死んでしまっては、この理不尽に屈することになります。あなただけでも生き抜くことが、この理不尽に対する最大の抗議になるのです。さあ、あなたは冨岡家の長男なんですから、覚悟を決めなさい…」
「姉上…」
「首を…首を落としなさい…斧のある場所は知ってますね…」当時は都心ですら、一般家庭では煮炊きなどに薪を使っていた時代であったため、どこの家でも薪割のための斧があるのであった。
「手遅れになる…急いで…義勇…最期に…私の名前を呼んでちょうだい…」
「蔦子姉さん…」義勇は涙を流しながらも、自らの手で蔦子の首を落としたのであった。
そして、朝日が差し込むと蔦子の体は跡形もなく消えていった。
姉、蔦子が完全に鬼と化していたこと、そして姉を襲ったのが、鬼の始祖にして首領である鬼舞辻無惨であることを知ったのは、義勇が鬼殺隊員となった後のことであった。
「姉上は、たとえ短い時間であっても、鬼となりきった後も人の心を残していた。鬼は決して許せないが、人の心が残っていないかどうかの確認は怠ってはならぬ。…もしも、もしも人を傷つけることがない、人の心が残っている鬼に会えたら…俺は、その鬼に賭けてみたい…」義勇はそう思っていた。
…そして、この想いが、炭治郎と禰豆子の運命のみならず、無惨との最終決戦の行方すらも左右していくのであった…
自分で書きながら無惨の仕打ちに怒りがこみ上げてきました。こんなことをされたら、きっと何度生まれ変わっても復讐を誓うでしょう…