「ここは…」しのぶが目を覚ますと、そこは蝶屋敷の自分の部屋であり、義勇が驚いたような顔をしていた。
「胡蝶が目を覚ました…」義勇は、涙を流しながらしのぶを抱きかかえたのであった。
「と…冨岡さん…」しのぶは、およそ感情というものを表に出すことのなかった義勇が人目をはばからず涙をながしていることに驚いていた。
「胡蝶…俺たちは遂に鬼舞辻無惨を倒した。これで鬼によって苦しめられる人はいなくなった。…だが、俺はお前を失わなかったことが何よりもうれしいのだ…」
「冨岡さん…その右腕は…」しのぶは顔を真っ赤にしながらも、義勇の右腕がないことに気づいたのであった。
「無惨との最終決戦のときに失った。…だが、藤の花の毒を1年以上も摂っていたお前の苦労や苦痛に比べたら大したことでない」
「カナヲから聞いたのですね?」
「ああ、全て聞いた。…だからあのように顔色が悪かったのだな」
「気づかれていましたか…」
「ああ。あのとき俺に止める資格はないと思ったが、鬼がいなくなった今なら言える。…俺は、お前を失いたくない。…お前が嫌でなければ、俺と
「…私なんかでいいのですか?…さんざん冨岡さんのことをからかったばかりでなく、いつだったか、冨岡さんの頭に刀を突き刺そうとしたんですよ…」
「…俺は、お前が話しかけてくれることがうれしかった。それにお前が本気だったら俺は死んでいた。俺にはお前しかいない…」
「…どうしようもないですね…こんな唐変木、私以外の女じゃ、とてもじゃないですけど相手にできないでしょうから…」口ではそう言いながらも、しのぶも涙を流しながら義勇に抱きついていたのであった。
いつまで経っても戻ってこない義勇を心配したカナヲたちがしのぶの部屋の障子を少し開けたところ、涙を流しながら抱き続ける義勇としのぶの姿が目に入ったため、そっと障子を閉めなおしたのであった。
……………
「鬼がいなくなった今、私は、義勇さんたちに現れた痣の宿命に
「どういう意味だ?」
「痣が出たら25までに死ぬと聞いています。せっかく一緒になれた義勇さんを失いたくありません」
「しのぶ…俺は、お前のその気持ちだけで十分だ。俺は、お前が医学や薬学の知識を生かして多くの者の命を救ってくれることが望みだ…」
「いいえ、私が一番大切に思う方を救えないようでは、ほかの方を救うことなどできません。…幸い、愈史郎さんも協力してくださるとのこと。必ずや痣の宿命を超えてみせます…」
「…俺は、
「無理などできません。私一人の体じゃないんですから…」
「それはまさか…」
「はい、あなたの子を身ごもりました…」しのぶは恥ずかしそうな顔をしながら告げたのであった。
「…俺が人の親になるのか…男でも女でもいい。…できることなら自分の子が一人前になるまで生きてみたい…」
「その夢、私が必ず実現させてみせます…」
「しのぶ、俺の願いをもう一つ聞いてくれないか…」
「改まってどうしましたか?」
「俺は、お前を助けたい。…まず家事一切を取り仕切ることを考えたが、右腕がないから限りがある。そこで、お前の研究の助けをすることを考えた。だが、小学校しか行っていない俺には学がない。俺に知識を与えてほしい。これは自分自身のためでもあるんだ…」
義勇の志に感動したしのぶは、義勇に知識を与えていったのであったが、しのぶにとってうれしい誤算だったのは、生徒としての義勇が思いのほか優秀であったことだ。
たが、考えてみればそれは当然のことであった。現代に比べて圧倒的に文章を書くことが多いとはいえ、
それを「しのぶの教え方はうまい。教師が皆、しのぶのようになれば、この世から勉強嫌いの者などいなくなるのではないか」と真顔で褒めるのであるから、しのぶとしても嬉しくないはずがないのであった。
こうして公私ともに最高の伴侶を得たしのぶは、愈史郎の協力も得て、やがて痣がその命を縮めるメカニズムを解明し、その発症を抑える薬の開発に成功したのであった。
しかしながら、日本は関東大震災を経て、不況と戦争が支配していく激動の昭和を迎えるのであった…