『まつろぱれっと』をプレイ後に読むのを推奨します。
『青い花飾りの少女』。
とある老富豪が、数多の画家達に金を積み依頼して回った事で生み出された、肖像画だ。
故にタイトルは画家による命名ではなく、同一の少女を描いた大量の絵画『群』の通称となる。
当時の著名画家達が。いや、画家と呼べる者達の多くが、一人のモチーフをこぞって描いた。
由来からして老富豪による要望だろう。妖艶な美を見せる少女は名画家達の手によって宝玉のごとく輝き、一つのモチーフに対するアプローチの比較など、美術的にも資料的にも高い価値を誇る。
はずであった。
彼女の絵画は、真逆の評価を与えられている。
画家らしさ、少女らしさ。
画家の魂、少女の魂。
名画たらしめる要素が、少女の絵画達にはことごとく欠落しているのである。
真に本気になれない、描いた絵画に魂が宿らない、結果として第三者からの評価も芳しくない、という感覚をいくらかは私にも理解できる。
そうして私は、画家への道を諦めた一人だ。
少女の絵画の特徴は、ヨハネス・フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』を想起させてくれる。
ならば所有しておけば、将来高値で売れるかもしれない。真珠の耳飾りの少女のように。
画家にはなり切れず、かといって絵画世界を手放せなかった私は、そんな些細な理由から蒐集を始め。今や少女自身に惚れてのめりこんでいる。現在私は、集めた彼女達を並べてギャラリー展を催している。
そうして次の彼女を探し求めるうち、私はとある絵画の噂へと行きついた。
所有者がことごとく行方不明となる、呪いの絵。
黒い、絵だ。
キャンパスにただ黒を塗ったのではない。幾多もの色彩を塗りたくり黒となった、おどろおどろしい物体。
いつ何を描き、どんなメッセージが込められ、なぜこうまで不気味に仕上げられ、厳重に保管されていたのか。何もかもが不明。
作品とさえ呼べない黒いキャンパスは、二束三文で即座に売れては、所有者が行方不明となり、また放出され。絵画の異様さと前述のいわくから、少しばかり界隈が騒いだ時期がある。
ここが、本題。
未来の行方不明者達の奇行を眺めやっていた周囲の人々は、本人からこう聞いたそうだ。
絵画に少女が描かれている、と。
青い花飾りだ、と。
この呪いの絵が少女の絵画だと言うのなら。もし彼女がそこにいるのなら、私のものにしたい。
見てみたい。
手にしてみたい。
かつて呪いの絵を取り扱ったという画商を探り当て、売ってもらえないか取り合ってみた。
残念な返答だ。もし再び扱ったらその時に、となった。
見てみたい。
手にしてみたい。
私は画商の取引相手を次々当たっていき、一人の画家に行き当たった。
ある意味では有名な、有名だったと言うべきか。無名画家である。今は彼が、彼女を囲っているらしい。
見てみたい。
手にしてみたい。
画家は、黙って絵を描いていればよいのだ。
欲する者こそが彼女を手にするべきなのだ。
見てみたい!
手にしてみたい!
■
画家本人とは連絡を取れなかった。聞けば無口で陰気な人間だと言うし、画商から引き取りの話を聞いて、無視を決め込んだのだろうか。どうであれ手放す様子がない。彼にはぜひとも、歴代所有者と同様に行方不明になってもらいたいものである。
だが、なぁに。彼女を入手する手段なら、他にもある。
その為にもまずは、噂が真であるかを確かめねば。
はやる気持ちから、私は彼の外出を見計らって窓から訪問。
持ち家ではなく、作品制作の為に間借りした場所らしい。持ち家ならば、地下室や鍵のかかった部屋といった、あからさまな場所を漁ればよいのだが。さて一体どこへ隠しているのかと頭を巡らせた矢先、私は、隙間の開いた扉に視線を奪われた。
失礼とも思わないが、まずは失礼してみる。部屋には様々な画材、中央のイーゼルには現在手を付けているらしき作品が置かれていた。彼のアトリエか。
これでも一度は画家を志した身。多少なら絵も描けるし、目利きもできる。しかし、彼の作品には私は一瞥のみとした。決して悪い作品とは思わなかったが、私が求めるのは彼女である。
もう一度部屋へ視線を配る。
布をかぶせられたイーゼルがあった。
布のふくらみ具合から、キャンパスがあると察せられる。
「何だこいつは」
悪態と共に舌打ちをする。純粋に、元画家志望の現コレクターとして許しがたかった故の怒りだ。絵画作品を、日に湿気にと痛める窓際で転がす奴があるか。こんな布では、人目避けくらいにしかならないではないか。
アトリエ、つまり彼にとって最も身近な場所に置くような品。もののついでに拝んではおくか。
私は歩み寄って、布に手をかけた。
静かに払う。
イーゼルには案の定、一枚の絵が置いてあった。
白い、絵だ。
画家の絵筆を待つ新品のキャンパスではない。幾多もの色彩が散り去った、ひび割れた儚い白。
思わず溜息が漏れる。
鳴呼。
彼女だ。
噂に聞いていた黒い絵ではないが、これは彼女だ。
ほらこうして。少女が見えるではないか。
モノクロ色彩の少女が見える。
椅子にそっと腰を下ろし、瞳を閉じた少女。
数多の少女達が共通して身に付けたアクセサリ。
『青い花飾りの少女』だ。
私には見えるのだ。
私は選ばれたのだ。鳴呼、なんと。
思わず、両腕を伸ばす。彼女を持ち上げ、腕に抱きたくて。
あと少しで、指先が触れようとしたその時。
「こんにちは、画家様」
鈴やかな声が、軽やかな微笑と共に。甘美に響く。
絵画が、しゃべった?
思わず指を止め、腕を引っ込める。
彼女は目を開いていた。永い眠りより目覚めた、白雪姫のよう。
凝と、見つめ返してくれている。
私は、画家ではないのだが。
彼女の瑞々しい唇が震える。
「ねぇ画家様、聞いているの?」
「画家‥‥‥」
「絵筆を手にするのは、画家でしょう?」
儚げな少女に述べられて、私は右手に異物感を感じ、持ち上げる。
キャンパスを抱こうとした私の指は、もう何年も前に捨てたはずの絵筆を絡めていた。私は愕然と、古ぼけた絵筆を見つめる。
そうだ。私は画家になろうとした。
画家だった。
画家だ。
画家なのだ。
「あぁ‥‥‥そうだ、画家だ」
私は画家だ。彼女が認めたのだ。だから私は画家だ。
彼女は、画家に描かれるのを待つモチーフだ。
画家として、彼女の目の前に立ったのならば。私は彼女を知っている。良く識っているとも。
青い花飾りの少女のコレクターとして、私は数多の画家達が語る、老富豪邸の話からよくよく調べた。ようは、彼女の機嫌を損なわなければ良い。すべて、彼女の思うまま求めるままに行えばよい。これまでの画家達は、彼女を満たさなかったが故に、満足に描かせてもらえなかったのだろう。
こんなにも簡単な事を。
私も一度は筆を取った身。幾多の彼女を見て、目も肥えている自負がある。この部屋に座る無名画家を超えるくらい、実にたやすいではないか。
美しい花が、小さく首を揺らした。
「画家様は、私を描きにいらしたのでしょう?」
「もちろんだ」
「ふふふ」
少女は、楽しそうに声を跳ねさせる。
御声を耳にする度、気持ちが昂る。
「君の望むままにしよう。まずは何をしようか」
「私の望むまま?」
「そうだとも」
「うれしいわ。でも、何をしようか、なんて質問は間が抜けている。カンパスを前にした画家ならば、ただ魂をかけて描くもの」
「そうだ、そうだな」
「素敵に描いてね。では画家様、行きましょうか」
どこへ。
光栄なお招きと共に、彼女のキャンパスに、私の周囲に、白い霧が立ち込めた。
外は日も高いと言うのに、アトリエは白く霞み、雲が遮るように灰へと変わる。じわり、じわりと黒くなっていく。
一寸先さえも見えなくなるほど深い霧の中を、いったい何分漂っただろうか。
かろうじて見える。灰色の青い花飾りが見える。揺れる花飾りが見える。
絵画の前でじっと、じっと待っていると。次第に霧が晴れてきた。
ひどく、暗い。
アトリエではあろうおどろおどろしい暗闇の中で、わずかな鼠色の光源に照らされたイーゼルと、彼女のキャンパスが変わらずに佇んでいる。
麗しの少女は少し疲れたように、愛らしい困り顔を浮かべていた。
「ご案内したらお腹がすいたわ。画家様。まずは、林檎を描いてくださるかしら」
林檎か。もちろん林檎だ。よく知っているとも。少女と果物のお話はよく残されている。彼女の機嫌を損ねた画家達は、果物を投げつけられるのだ。林檎はすぐに食べられるよう、皮を剥いてお出しするのがマナーである。皮剥き一つできない甲斐性なしではいけない。彼女を良く調べて、知って、全ては彼女の為に。
「わかった。しかし、絵具が」
「絵具ならあるわ。ここにね」
画家の仕事場として当たり前に転がる品に手を伸ばそうとして、しかし風景が一変してあのアトリエではない事を察した瞬間。胸に強い痛みが突き抜けた。
彼女を見やる。細く清らかに建てられた人差し指の上で、蝋燭の火のような淡く白い炎が揺らめいている。
色だ。
色があるぞ。
これから特別な彼女を彩るのだ。絵筆も絵具も、特別な道具でなければならないのは自明だ。
「描きなさい。魂を込めて」
画家の魂をもって、少女の魂を描く。
魅了のまま、私は絵筆を持ち上げる。
絵筆は、毛先に鮮やかな黄色を含んでいた。まさに私がイメージした、皮を剥いた林檎の色だ。色は揃った。あとは、私の画家としての技術。筆を持つのは何年ぶりだろう。だが、錆びても志した人間だ。いいや、今、私は現役画家なのだ。
筆を動かす。キャンパスの上で奔る。私の絵筆が、徐々にかつてを取り戻していく。
四苦八苦して練り上げねばならない色彩は、自分の思うがままに現出する。
私は、彼女が佇むキャンパスを彩った。
魂をかけて。
白銀の皿に、皮を剥き切り分けた林檎を盛り付けるのだ。
「画家様は気が利くのね」
彼女は妖艶に目を細める。
「少々不格好。でも、大目に見てあげるわ」
次の瞬間。
私の描いた林檎と皿の絵が、忽然と消えた。
彼女が食してくれたのだ、そう理解した。これを喜びと呼ばぬ者のなんと罪深い事か。まったく、モチーフの少女に少々我儘を並べ立てられたからといって腹を立てるとは、画家共の狭量を心底軽蔑する思いである。
そう。私は、私のすべてを彼女に。
私の筆は、求められる度に素早く、一心不乱に動いた。
何でも描いた。
驚くような発見などない。私は名画家達が描いた数多の彼女を集め、その姿をすべて瞼に焼き付けている。彼女の絵にある小道具を、彼女の全てを識っている。彼女の求めるものは何でも理解している。
私が色づける度、灰色のブローチが煌めき、灰色の髪は鮮やかに揺れ、灰色の潤んだ瞳と唇が艶やかに滑る。
海の青、血の赤、山の緑。カラーコードでも持ち出さねば表現できないほどの繊細な色を、私は自在に描き分けられた。いまだ私の造形は不格好である。だが私が、私こそが彼女に色を与えているのだ。
彼女の望むままに。
自分の望むままに。
「画家様は、本当に物知りなのね」
カップに注がれたパープルの紅茶を麗しく見つめて、彼女は感嘆の声を上げる。
お褒めに預かるとは鼻が高い。でもだめだ、調子に乗ってはいけない。彼女は仰ぐべき女神、私は忠実なる僕。心得るはレディーファースト。
「普通を普通にこなすまで」
「特別なものを成すは、特別ではなくて?」
「‥‥‥その通りです。私の浅慮でした」
「言葉も選べるのね」
そうだ。私は、彼女を描くという栄誉を頂く身だ。まだまだ鼻を低くしなければ。
だが間違いなく、私は彼女を手にしているのだ。彼女を独り占めしているのだ。
彼女の、全てを!
「世には、モチーフがなくても姿を引き出せる画家様がいるのね」
きっと、今の所有者への悪態だろう。私は奴の作風を知りはしないし興味もないが、モチーフがなければ何も描けぬ画家らしい。そんな所有者には、彼女も飽き飽きしているに決まっている。
キャンパスから、私の描いたティーカップがかき消える。
「画家様ならきっと、描いてくださるわ」
「どんな物だい。私はきっと、期待に応えるよ」
「おしゃべりな方」
名女優が椅子にもたれかかる。彼女の頭から腰のあたりまでを、キャンパスは映し出した。
彼女はとても。とても楽しそうに、繊細なその指で、先ほどティーカップを乗せていた丸いテーブルを指示した。
手が震える。指が震える。
「『私』の大事なものを、ここに頂戴。画家様なら、もうお判りよね?」
わかっているとも。私は全てを知っている。
知りすぎも罪である。彼女が、生前の彼女が大事にしていたもの。このワードだけでは、少々幅が広すぎたのである。この小さなテーブルに乗るような品、と絞っても。
今この瞬間、彼女が求めるものは何だろうか。
テーブル一杯のマカロンだろうか。家を走り回ったと言う猫だろうか。
長い眠りより目覚め、つまらぬ所有者を渡り歩いた、彼女の空虚な人生への理解を示す品だろうか。私の脳裏では、学生時代の古い記憶が、つい昨日の事のように駆け巡る。知っている。私は知っている。
死にたい殺したいと願う、頭蓋骨だろうか。
衰退への恐怖と願望を示す、果物だろうか。
生の輝きと儚さを揺らす、ランプだろうか。
鼓動と刹那を示す、トランペットだろうか。
入れ替わる所有者を憂いた、王冠だろうか。
それとも、それとも。彼女が度々褒めてくださる、そして無用になろうとしている知識を示す、書物だろうか。鳴呼、いけない。鼻を高くしてはいけない。彼女を讃えるのだ。魂を賭けて、彼女を描くのだ。
愛するのだ。愛でるのだ。彼女という存在を。
少女はとても天真爛漫な娘であったという。次々所望する様はまさにだ。ならば。
私は腕を持ち上げた。感動に手が震えている。感情の大波を乗り越えた先に彼女がいる。そう思えば、たとえ震えていようとも描ける。いくらでも。いくらでもだ。
「どうだろう」
テーブルの上に、私は描ききった。
極限までに鏡面を磨き上げた、手鏡。
手に取りやすい持ち手に、その美顔を収められる、十分な広さの鏡。
その美貌を、鏡面に映し出して。
私の持ち得るすべてで描き出した。
彼女は。
頬に指をやって、困ったように手鏡へ視線を落として、こちらへ目を向ける。
少女は動いているのに、手鏡の中の少女は、微動だにしない。
「自分自身を、という意味かしら」
「はい」
「ふふ、我が身は可愛いわ。いつだって、自分が最優先」
ころころと、笑い声が鳴り響く。
「けれど。一番大事なものでは、ないわね」
少女の目が、限界を超えて見開かれた。
口端が大きく吊り上がった。
暗く冷たく。熱く凶暴な。
「画家様は、肖像画と鏡の違いをご存知かしら」
「違い?」
「肖像画は、画家様の魂を通した、モチーフそのものの刹那の像。画家様の魂は、モチーフの魂をも描き出し、像は多様に彩られる。
鏡が映すのは、可視光を反射させた、モチーフの今現在の逆像。鏡面は、モチーフの表面のみを映し出し、像は永遠に縛られる。私が右手を掲げれば、左手を掲げる存在。限りなく私と同じで、限りなく私と真逆の像」
肖像画の少女は、肖像画を語った。
私は彼女を描いた。花飾りの少女の、逆像を描いた。
彼女であって、彼女ではないものを描いた。
私は、彼女の機嫌を損ねたのだ。
「間違っておりました。もう一度」
「九つの命があったって、画家様の絵筆で描けはしない。誰にも描けはしない」
瞬間。
ゴキリ。
折れた。
首が。
彼女の、首が。
くびが、まが‥‥‥。
「ひっ‥‥‥!?」
「私が悍ましいかしら。ならどうぞ、鏡に映る自分でも見ていなさい」
ま、待ってくれ。
私は、私は一体何を間違えたというのだ。
私はあなたに尽くし
:
:
:
□
‥‥‥。
「あら、そのお顔。会うのは三回目、いえ、四回目かしら」
‥‥‥。
「ほったらかしにされれば、肖像画だって物忘れをするものよ。眺める景色もほら、月夜になってしまったじゃない。名画を待たせて、風に曝して、また待たせて。画家様は本当にひどい人。画商さんとの歓談は楽しかったかしら」
‥‥‥。
「おかえりなさい」
‥‥‥。
「私の我儘、いくらかは諦めてくださいな。過ぎた意地悪は謝るわ。長話になるような要件だったのでしょう? 話題は、そうね。泥棒猫が徘徊している、なんてどうかしら」
‥‥‥。
「良からぬ噂のある絵画コレクターが、画商さんの周りを? それで画家様と画商さんが話すのなら、集める絵画は。ね、女の勘は良く当たるのよ」
‥‥‥。
「善後策に妙案なし、といったお顔。策は簡単よ。大事なものは盗られないよう、相手の腕と首を千切‥‥‥じゃなかった。ほら、こうして」
‥‥‥。
「大事なものはこっそりと、身につけるに限るわ」
‥‥‥。
「私、良い方法を思いついたわ。私をお部屋に飾って、鍵をかけておくの。窓のない暗い、暗い地下室に。幾重にも、幾重にも錠をかけて。次は、誰を困らせる事もなく。次は、永遠の安眠を」
‥‥‥。
「ありがとう、画家様」
‥‥‥。
「黙って攫われる肖像画だと思って? 私、自分の身は自分で守れるのよ。お部屋を綺麗にして、着飾って画家様を待つ。お疑いのようなら、画家様で実演してみましょうか。‥‥‥あぁでも、いつもちょっとやりすぎてしまうのよね。うっかりさんまで、描き出さなくても良いのにね?」
‥‥‥。
「そんなに難しい顔をしないで。猫は来ないから。なぜって? 女の勘、よ」
‥‥‥。
「画家様は、色彩へと存分に魂を傾けなさいな。私は、折角の月夜を眺めていたいから、部屋の灯りは落としてね。灯りはだめよ、いわずもがな。‥‥‥それじゃあ筆が進まないって? いいじゃない。レディを待たせた罰と思って、一日くらい。明日は来るのだから」
‥‥‥。
「色彩散れども魂は散らず。不思議ね。私はこうして『私』の今日を、『私』の刻を刻んでいる。私と画家様、あの子とあの人。限りなく近い、限りない逆像。引き寄せられた別の明日、その末路は。鏡のようかしら、絵画のようかしら。ふふ、楽しみね!」
‥‥‥。
「画家様。やっぱり、灯りが欲しいわ。大事な刻を、照らす灯りだから」
‥‥‥。
「‥‥‥」
‥‥‥。
「ねぇ、画家様」
‥‥‥。
「月明かりに照らされた私も、まさに絵だと思うでしょう? 世界の画家達がこぞって描いた名モデル、最高のモチーフが、こうして待ちわびている。私をお傍に置いてくださる画家様は、いつ私を描くのかしら」
‥‥‥。
「そう、そうだったわね。うふふ」
‥‥‥。
「ところで画家様。私、待つのが得意なのよ」
‥‥‥。
「―――えぇ。もちろん」
「あら、見つかってしまったわね。
あなたは画家様かしら。この作品を読み終えたかしら。いずれでなくても、私は構わないわ。この末路の『私』はね。
見つけてくれたお礼にひとつ、少しだけ怖い話を乗せてあげる。蛇の足とも言うかしら。この文章のすぐ下よ。あなたも、誰かの大事なものを盗る時は気を付けてね」
いびつな林檎やティーカップと共に、ギャラリー展で発見された手鏡には
その鏡面に、潰された「顔」が張り付いていた。
オーナーは依然行方が知れず―――
No.?? てかがみ