薄明と双子の姉妹 (リメイク中) 作:きょうこつ
ヨモギが鼻歌を歌いながら去っていくと、入れ替わるようにイオリがオトモ広場からアイルーとガルクを連れて歩いてきた。
「こんにちはイオリくん。器材の買い出しですか?」
「はい!丁度良い素材が入ったと聞いたので!それにアイルーやガルク達へのご飯も兼ねて!おや?そちらの方は?」
イオリはヒノエと挨拶を交わすと隣に座っているコハルに目を向ける。
「私の従姉妹のコハルちゃんです。ほらほら…挨拶してください」
ヒノエに揺さぶられたコハルは動揺しながらもイオリの前に立つとお辞儀をした。
「初めまして。ヒノエ姉様の従姉妹のコハルです。よろしくお願いしますねイオリくん」
ヒノエと同じく気品と共に落ち着きのある声でコハルはイオリに向けて頭を下げる。
「………」
すると、突然イオリは黙り込んでしまった。
一方で頭を下げた途端にイオリの声が聞こえなくなってしまった事を不審に思ったコハルは恐る恐ると顔を上げる。するとイオリが何とも哀れんだ目を向けていた。
「あの…何してるんですか…?ゲンジさん」
「俺が一番聞きてーよ…」
すると、先程まで凛としていた声が突然 男寄りの低い声へと変貌する。
何とコハルの正体は女装していたゲンジだったのだ。
「何か悩みがあるのでしたら相談に乗りますよ?あの…大丈夫です!女装は全くおかしい事でありませんよ!うん!特にゲンジさんは疲れが溜まってますからね!あの…疲れてるんですよね!?お願いです疲れてると言ってください!お願いします!!」
「おいおいおい!!どういう風に思ってるか知らねぇがこれは自主的にやった事じゃねぇからな!!!」
それはマルバ達がラトルに連れられ里を去ったその日の夜であった。
◇◇◇◇◇◇
「ゲンジは本当に私のお願いは聞いてくれないのですね〜♪」
目の前には頬を紅潮させながらワクワクとした笑みを浮かべるヒノエとその後ろで無表情に赤い女性用の着物をあてがうように持っているミノト。
そして2人の前にはその着物に対して嫌悪感を露わにしているゲンジが座っていた。
「今日一日、私達を絶対に『ヒノエお姉ちゃん』『ミノトお姉ちゃん』と呼ぶと言う簡単な事でしたのに。こんなことになっしまうのは残念ですよ♪」
「完全に嬉しそうじゃねぇか!寧ろ待ってました感が隠せずに丸見えなんだよ!!それにあんな公な場でんな事が言える訳ねぇだろ!」
ゲンジが約束を無視してしまったのはゴコクに判決の紙を提示された時だった。
『ゴコク様!原因は私です!私が罰を…』
『やめろ姉さん』
この時である。そして、ミノトはそれを迷わずヒノエへと報告したのだ。ミノトは段々と着物を持ちながら近づいてくる。
「約束は約束です。さぁゲンジ…大人しくしてください。ご心配なく…私達のお下がりですのでゲンジでもピッタリと合うかと」
「い…嫌だ…!!」
女装という完全なる男性のプライドを捨てる行為をゲンジは激しく拒否する。ただでさえ身長や肩幅が低いという男性要素が少ないというのに、女装をすれば完全にプライドを無に帰す事となる。
すると、ヒノエの目がキラリと輝いた。
「あらあら。嫌なんですか?何でも言うことを聞くと言ったじゃありませんか。約束を破るのは主義じゃないんですよね?」
「うぅ…」
言い返す言葉がない。そうだ。元々、自身が約束を破った故に2人から二つずつ言うことを聞くという約束をしたのだ。これほど、約束をしてから後悔した事はない。
「分かった…」
ヒノエとミノトは素早い手つきで次々とインナーの上から和服を着せていった。
そしてその様子をエスラは顔を真っ赤にしながら見つめていた。
数分後
「髪を縛ってと……はい。できました♪」
短く切り揃えられたボブカットの髪を後ろでヒノエ達と同じ髪飾りで結びあげ小さなポニーテールを作る。
「これは…!!」
「す……すごい…」
その姿を見たエスラとシャーラは絶句してしまう。
出来上がったのは………何とも美しい少女だった。元々 シャーラと似た外見で中性的な顔の作りであるために着物で発達した筋肉を隠せば完全なる女性となる。
更にミノトと同じ吊り目であるために可憐というよりも落ち着きのある凛とした雰囲気を漂わせていた。
そして外見だけではない。
「少し声を高くできますか?」
「………こんな感じか…?」
ゲンジの声質はやや幼さを残していたために、声を高く発すれば低い部類の女声となる。そうなればもう完璧な女性である。
「ではその声と格好で明日を過ごしてください」
「……嘘だろ…もしこんなんでバレたら…」
ヒノエの完全なる辱めを受けさせるのが目的の要求にゲンジは絶望の淵に落ちた。
もしも里の皆に変な誤解を持たれてしまえばとんでもない事になる。
『マジかよ…ゲンジさんって女装趣味があったのか…』
『可愛いけど何か……違うんだよな…』
『……お主もしかして何か大きな悩みを抱えてるんじゃないのか?』
『何かもう夫というより妹だよな…』
『作りますか?鍛えますか?』
次々と皆から失望と意外と哀れみの目線を向けられる場面が想像できてしまう。あとなんか1人変なの出てきたし。こうなれば収集がつかない。
「ご安心を。私が女装させたと言っておけば済むので。それに…里の子供達も接しやすくなると思いますよ?」
「…」
その言葉にゲンジは少し黙り込んでしまう。あの日から里の子供達は幾分か自身を避けていたのだ。それもそうだろう。子供にとって笑いながら人を殴り血に染まる大人など恐怖でしかない。そんな人間に前と同じく無邪気に接する子供などいない。
辛うじてイオリやヨモギは事情を察してくれているのか、いつも通りに接してきてくれた。だが、それ以外の子供達は自身を完全に怖がっていた。
その印象を和ませるキッカケになるのではないのか?
「いや、なる訳ねぇだろ」
◇◇◇◇◇
そして今に至る。
「つまり…ヒノエさんの言うことを聞かなかったから今日一日中 女装と…」
「そうだよ。まさか最初はイオリにバレるとはな」
「いや…皆 薄々ながら気づいてると思いますよ…?」
「嘘だろ!?」
ゲンジは咄嗟に目の前を歩く里の皆へと目を向ける。すると、それに対して通りすぎる人々は次々と『YES』と答えるかのように指でサムズアップしていた。
「あらあら。もうゲンジだと分かってる様ですね。だから皆さんは話しかけなかったのでしょう」
ヒノエの見解にゲンジは落胆のあまり片手で顔を覆う。先程のバレないための演技が馬鹿みたいに思えてきてしまった。
「大変ですね…まぁ安心してください。僕はあの時の事は何も気にしてませんから。それに里の皆もゲンジさんの事を怖がっていても内心では大好きだと思っている筈ですよ」
イオリの励ましの言葉に多少なりとも元気が出てくる。流石は自身の数少ない理解者だ。
「ではこの辺で。またオトモ広場に遊びにきてくださいね」
「あぁ。じゃあな」
そしてイオリが去るとゲンジはヒノエに疲労が隠せない目を向ける。
「なぁ…もうバレてるんなら口調は変えなくていいよな?」
「ダメです。今日1日はコハルちゃんでいてもらいます」
そう言いヒノエはゲンジの鼻を人差し指でつつく。それに対してゲンジは大きなため息をつくと、空を見上げる。
その時だ。里の入り口から何やら騒ぎが聞こえた。
「…騒がしいな」
「あらあら。何か起こったのでしょうか?」
目を向けると同時に商人らしき男の警告する声が響いてきた。
「大変だぁぁ!!荷車を引くガーグァが暴れ出したぁ!!」
「「!?」」
よく見ると一羽の荷物を引くガーグァが口に加えたくつわに繋がれた紐を引きずりながら大暴れしていた。
ガーグァは普段は大人しいものの、何か大きな物音が起きるとパニック状態へと陥り、暴れ出してしまうのだ。もしも暴れてしまえば一般人の大人さえも大怪我を負ってしまう。
「どうどう!落ち着け!」
辺りの大人達はガーグァを宥めようとするが、一度興奮状態へと陥ったガーグァは止まる様子を見せず次々と大人を蹴散らしていく。
すると、ガーグァの向かう手前に2人の子供がいた。
「すぐに助けましょう!」
ヒノエとゲンジは即座に止めるべく向かう。子供達は向かってくるガーグァに驚き尻餅をついてしまっていた。ガーグァの突進に巻き込まれてしまえば子供ならば確実に重傷を負ってしまう。
「コハル!ガーグァの口にはくつわが噛ませてあります!後ろに引かれている手綱を引けば止める事ができるかもしれません!」
「こんな時でも設定継続かよ!?分かったよ姉様!!私が子供を助けるから姉様はガーグァを頼む!」
今のゲンジは着物によって少し機動力が欠けている。故にガーグァの制圧をヒノエに任せると子供を救出するべく走り出す。
___クェェエエエエ!!
一方で、周りが見えなくなり、叫び声をあげながら子供達へと迫るガーグァ。恐らくガーグァの目には子供達の姿は映っていないのだろう。
「危ねぇ!子供が轢かれるぞ!!」
誰かの叫び声が聞こえた時には既にガーグァの巨体が小さな子供達の寸前まで迫っていた。
「フッ…!!!」
すぐさまゲンジは瞬間的に脚を加速させ、目にも止まらぬ速さでガーグァの目の前にて尻餅をついた子供達を通り抜けるかの様に抱き抱えるとガーグァの前方を横切った。
そしてそれを見届けたヒノエは咄嗟にガーグァの引かれている手綱を掴むと跳躍し、丸い背中へと跨った。
「ほらほら。こちらですよ〜」
ヒノエは優しく声を掛け、操竜の経験を生かしながらガーグァを落ち着かせるように手綱を引く。
背中へと乗られた事でガーグァは突進をやめると、ヒノエを振り落とそうとするために身体を揺らすように暴れ始めた。
「どうどうです。落ち着いてください」
背中で振り回されるヒノエは振り落とされる事なくその状態を維持しており、落ち着かせるかの様にガーグァの膨らんだ大きな横腹を右手で優しく叩く。
すると ガーグァは次第に大人しくなっていき、長い首を下へとうなだれるようにして暴走が止まった。
「いい子ですね。さ、戻りましょうか」
ヒノエはガーグァの背から衝撃をかけないように降りると頭を優しく撫で、手綱を引く。
「大人しくなったようだな」
「えぇ。そちらも無事で何よりです」
すると 子供を救ったコハルとガーグァを鎮めたヒノエに向けて辺りから拍手が上がった。