薄明と双子の姉妹 (リメイク中) 作:きょうこつ
彼が彼女に連れて行かれてしまった。その姿を私は呆然と立ち尽くしながら見ることしかできなかった。
「ミノト…」
「大丈夫です…姉様…」
姉様が私の身を案じて声を掛けてきてくれるが、声の質からして姉様も私と同じくショックを受けているに違いない。
「姉様…ゲンジは戻るのでしょうか…」
「分かりません…。ただ祈るしかないでしょう…」
帰ってきた答えに私は頷く。頭の中にはゲンジの手を引っ張っていき連れ去ったモモカという女性の不気味な笑みが思い浮かんだ。
「姉様…あの女性が絶対に怪しいです…恐らくゲンジの料理に『センノウカ』を混ぜた張本人かと…」
「そうに違いないわ。ゲンジの様子を見たあの表情…あれは正しく何かを画策し成功した時の表情だわ」
頷く姉様の顔からはいつもの笑顔が消え去っていた。私と同じくあの女性に対して怒りの感情が湧き上がっているのだろう。
「ミノト…下手に動けば私達も危ないわ。だから今はじっとしていましょう…」
「…はい…」
それから私達は明日の朝に備えるべく布団を敷き横になった。
私と姉様がいる場所は大きな木造宅。やや広めであり、扉もない為に外での会話が普通に耳の中に入ってくる。
外から村の人達の話し声が聞こえてくる度に心の奥底から怒りが湧き上がってきた。
__耐えろ…姉様だって私と同じ気持ちなんだ…!!耐えろ…!!
何度も心に訴えながら私は聞こえてくるその声が入れないように耳を塞ぎ、眠りについた。
◇◇◇◇◇◇
それからどれほど時間が経ったのだろうか。
眠っていたミノトはふと目を覚ました。
「…」
少し尿意を催してしまったのだ。隣で寝息を立てているヒノエを起こさないようにゆっくりと布団から起き上がると、その家に取り付けられている厠へと向かった。
それから用事を済ませると、ミノトは布団へと戻り横になった。起きてもなお浮かび上がるのはゲンジが連れて行かれる光景である。
彼は自身ら姉妹がようやく会えた生涯を共にする大切な婿。そして彼自身も自分達を大切に思ってくれている。
このまま彼を置いて帰ることなど決してできない。
「…(待っていてくださいゲンジ…。貴方は必ず私達姉妹がお迎えに参ります…)」
心にそう誓いながらミノトは再び眠りにつこうとした。
その時だった。
____ア〜ハッハッハッハッ!!!
突然と外から笑い声が聞こえてきた。
「…!?」
その笑い声を耳にしたミノトは耳を研ぎ澄ませてその後に夜の静まった村に響く声を聞き取った。
聞こえてきたのは酒を飲んでいるのか、ややハイテンションな調子のモモカと村長そしてテイラの会話であった。
__おいモモカよ。少し飲み過ぎではないか?
___いいのよぉ!今夜はパァ〜っといきましょうやお父様〜!!なにせあのゲンジを手に入れられたんだかるさ〜!!
__そうだぜ〜!無礼講!無礼講!
「…!?」
聞こえてきた言葉にミノトは驚くと更に耳を立てて続きを聞く。
__それにしても本当に好都合だったよな〜!
___そうねテイラ。最近ここらでモンスターがメチャクチャ出てくるからどうしようかと思ってたけど、これで一安心ね。アイツがいればもう怖い者なし。その上、アイツはもう私の操り人形。これから使いに使いまくってやるわ…!!
「な……!!」
聞こえてきたその会話を聞いたミノトは驚きと同時に身体の奥底から怒りが湧き上がってきた。
__一緒に来た二人はどうするのだ?
__あぁ?お父様ったら…そんなの簡単でしょ?言葉巧みに言いくるめて帰らせればいいのよ。ゲンジと別に恋人関係でもないし。それに、仮に好きだとしても力に惹かれただけの浅い愛よ。あんなモンスターなんて“力”だけが取り柄なんだから_。
その後もモモカの笑い声が響いてくる。
ドン…ッ!!
突然とその場に拳を叩きつける音が響いた。ミノトの拳が壁へと突き立てられていたのだ。
「…(ふざけるな…ふざけるな…ふざけるな…!!!)」
ミノトの脳内には今朝方、自身らを案内したテイラの言葉が思い浮かんだ。
『硬い絆で結ばれている』
「(何が硬い絆だ…!!それに力だけが取り柄だと!?)」
壁を殴りつけたミノトの額と拳には筋が湧き立っていた。度を過ぎた身勝手な理由かつゲンジを道具としてしか見ていない醜悪に満ちた二人の本性にミノトは心の底から激怒していたのだった。
「くぅ…!!」
歯を軋ませたミノトは目に涙を溜めながらも拳を握り締めた。今動いてもどうにもならない。何もできない自分に腹が立って仕方がなかった。
すると
「んん…どうしました?ミノト」
壁を殴りつけた音が響いた事で眠っていたヒノエが目を覚ましてしまった。
「…姉様……」
◇◇◇◇◇
それから、ミノトは布団から起き上がったヒノエに近寄ると自身が聞いた事を全て話した。彼女達はゲンジを『道具』として扱うべく洗脳したことを。
「そう…」
話を聞いたヒノエの顔からは笑みが消え去り次々と怒りに満ちていくかのように険しくなっていった。
「本当に腹が立つ話ですね…。ゲンジがどんな気持ちで来たのかも知らずに…」
いつもよりも低く威勢のあるヒノエの声が静かに響くと共に握り締められていた拳が震え、眉間には皺が寄せられた。
その一方でミノトは涙を流していた。
「姉様…私…悲しくて仕方がありません…なぜいつもゲンジだけが傷付かなければならないのですか…?なぜゲンジが嫌われなければならないのですか…?
なぜ_____
______あれほど優しい彼がここまで不幸な目に遭わなければならないのですか…?」
「…」
その問い掛けにヒノエは首を振る。それもそうだ。誰も正解を知らない。たとえ不幸に見舞われようとその者の人生である故に仕方がない。ミノトはただ泣きながらヒノエにしがみついていた。
その一方で首を振ったヒノエの目からは何も迷いがなかった。
「ですが…そんな彼に手を差し伸べ救う事が私達の役目です」
その言葉と共にヒノエはしがみつくミノトの肩に手を置くと目を合わせた。
「明日の朝、村を立つ際に必ずゲンジを助けましょう。私達の声ならばきっと彼に届く筈です」
「…ですが…上手くいくか不安です…もしもゲンジに声が届かなかったら…」
「ミノトはゲンジの事が嫌いなのですか?」
「いいえ…!」
その問い掛けにミノトは咄嗟に否定するべく全力で首を横に振る。
「大好きです…!!姉様と同じくらい大好きです!」
「なら不安を持たず、自信を持ちなさい。良いですね?」
「はい…!」
それから心を落ち着かせたミノトはヒノエと共に策を考案すると明朝に備えるべく、再び布団に横になった。
「姉様は…お辛くはないのですか…?」
掛け布団を被る中、ミノトはふとヒノエに尋ねた。先程からずっとヒノエは冷静沈着であった。本来の胆力の賜物なのか、それとも痩せ我慢なのか。ミノトはずっと気になっていた。
それに対してヒノエは少し黙るとすぐに首を横に振りながら答えた。
「辛いですよ。彼がいない今…泣きたくて仕方がありません。ですが、今は耐える時です。そうしなければ感情に押し殺され不安が増すばかりですからね」
「姉様…」
辛い気持ちを押し殺し不安を抑え込んでいたヒノエにミノトは驚くと共に共感し、涙を抑え込んだ。
それからミノトはヒノエと共に目を閉じ再び就寝へと入った。夜明けが勝負だ。必ず彼の目を覚まし共にカムラの里に帰る。その決意を胸に抱いたミノトは目を閉じた。
その後 眠るミノトの横からは耐えきれずに啜り泣くヒノエの声が微かに聞こえていた。