薄明と双子の姉妹 (リメイク中) 作:きょうこつ
「ゲン…ジ…?」
目の前に次々と広がっていく血液の海。辺りからは次々と悲鳴が聞こえてきた。
「おいおい…嘘だろゲンさん!?」
「ゲンジさん!!おい!!」
里の皆は声を掛けるが、ゲンジが起き上がる気配がない。ヒノエはショックのあまりその場に崩れ落ちてしまう。
「そんな……ゲンジ…!!」
レビによって斬りつけられた背中からは夥しい程の血が溢れ出ていた。
ゲンジが殺されてしまった事でミノトの目からは涙が。腹の底から憎悪が溢れ出てきてしまう。
「よくも…よくもゲンジを!!」
ミノトはゲンジに向けてナイフを振り下ろしたレビへと憎悪が込められた目を向ける。それに対してレビはナイフについた血を振り払った。
「あらら〜。皆の声を聞いてたらもっと早く反応できてただろうにな〜」
「いやいやレビ。考えてもみろ。助けに来ようとした奴に殴るぞとか言う奴だぞ?信じる訳ねぇだろ」
「あ、そっか〜♪」
腑が煮えくり返る。ゲンジが気づかなかったのは間違いなく出血と暴行による目眩だ。決して皆の言葉を無視していた訳ではない。
コイツらはゲンジの信用さえも失態させようとしているのだ。
「健気だね〜。助けるために死ぬだなんて。本当に健気だ。あ〜あ。何だか俺も殴る気が失せちまったな〜♪」
その時、マルバの手がミノトの髪を掴み出し、まるで品定めするかのように鼻に近づけ匂いを嗅ぎ始めた。
「何をする!?」
「ふむふむ。俺好みのいい香りだ。身体の肉付きも素晴らしい。やはりあの時はもっと強引に行くべきだったなぁ」
その言葉と共にミノトの髪を触り終えると今度は胸へと手を伸ばした。
それを見たフゲンは怒りの声をあげる。
「おい貴様!!先程と約束が違うぞ!!!」
「あ〜?」
胸に伸ばす手を止めたマルバはフゲンへと目を向ける。
「ゲンジへの暴行を見逃す代わりにミノトを無事に解放する…まさか約束を破るつもりなのか!!」
「ハハ。知らないな。そんな約束した覚えねぇよ。あ、近づいたらこの女殺すから忘れるなよ〜?」
「ぐぅ…おのれ…!!」
ゲンジの努力が無駄になり潰えた事にフゲンは自身の不甲斐なさに加えてマルバ達の人間ではない程までの腐った性根に怒りのあまり歯を噛み締めた。
そして、ミノトへと目を向けたマルバは抵抗する彼女の胸へと手を伸ばすと強引に揉み始める。
「やめろ…汚らしい手で触るな!」
「おいおい。コイツは手厳しいな。うんうん。いい柔らかさだ。もっと強めようかな〜?」
「ぐぅ…!」
マルバの手つきが更に繊細になりミノトの身体の線をなぞりながら胸を揉みしだいていく。好きでもない上に憎い相手に肉体を好き放題にされていく事によってミノトの目からは涙が零れ出てくる。
自身は何もできない。抜け出す事も、制圧する事もできない上に最愛の人を痛い目に遭わせてしまった。
次々と現れる自身への嫌悪感と迫り来るマルバへの恐怖感。遂に何も考える事が出来なくなってしまい、嫌悪の念と共に心の中で何度も助けを求めた。
「(怖いです…助けてください…姉様!ゲンジ!)」
それを辺りから見ていた者達も何も出来ず、マルバ達を睨む事しか出来なかった。
「クソ…ゲンさんの嫁になんて事を…!!」
「悔しい…何もできないのかよ…」
皆が歯を食いしばる中、マルバは悪魔のような笑みを浮かべていた。それはまるでその反応を予想していたかのように。
「おうおう。同じ里の仲間がやられてるのに見てるだけとは酷い連中だな〜デン」
「そうだなレビ。腐ってやがる」
完全な故意による誤解だ。いや、もう誤解ではない。この者達はゲンジだけでなく里さえも陥れようとしていた。
それに、ミノトにナイフが突きつけられていなければとっくに全員で助けに向かっている。
そんな中、絶望の底に落ちていたヒノエは立ち上がり、鋭い目を向けた。もう見ている事が出来なかったのだ。
「ミノト!」
たった一人の肉親に手を掛けたマルバを許す事が出来ず、ゲンジとミノトを救出するために1人で走り出した。
「おっと。通さねぇぞ?」
「く…」
だが、そう簡単に通すまいとデンとレビが前に立ち塞がり、ヒノエの侵攻を妨害した。そしてそれを見ていたマルバはニヤニヤとしながらヒノエに目を向けた。
「丁度いい景気付けだ。おい大食い女!!そこで裸になって踊れよ!!」
『『『!?』』』
突然の要求。それに対して辺りからは遂に罵詈雑言が放たれた。
「ふざけんじゃねぇぞクソ野郎!!!」
「いい加減にしやがれ!!!」
ゲンジへ暴行を加えた上にミノトの身体への密着、それどころかヒノエに裸踊りを要求し始めたのだ。
もはや思考さえも人間を辞めていた。
だが、忘れてはいけない。“人質”がいる事を。
「へぇ〜?ならコイツの事殺しちゃうけどいいのかな〜?」
再びミノトの首筋にナイフが突きつけられる。現実を突きつけられた里の皆は歯を軋ませながら黙り込んでしまう。
「さぁどうするよ。するのか?しないのか〜?ま、しないなら〜。コイツの命はないけどな〜♪」
まるで楽しんでいるかのようにリズムを刻んだ口調でマルバはヒノエに向けて問う。そのふざけた口調は辺りにいる者達から怒りを買いはじめて行った。
そんな中 ヒノエは肩の装甲へと手を掛けた。
「妹のためならば…安いくらいです」
「へぇ。やるんだ。いいお姉ちゃんだな〜」
その言葉が聞こえた瞬間 ミノトの目が絶望に染まり、瞳が震えてしまう。自身が尊敬するヒノエがこんな大衆の前で裸踊りなど、屈辱的すぎる。もう命などどうでもいい。
肩と腹部の装甲が外されていく中、ミノトは叫んだ。
「やめて…やめてください姉様…!!お願いします!!もうやめてください!!私の事なんか放っておいて…」
ヒノエは遂に上半身を覆う服を縛っている腰の帯へと手を伸ばそうとした。
「やめてください!!!ヒノエ姉様ぁぁ!!!」
ミノトの悲痛な叫び声が聞こえてもヒノエは帯を解く手を止めなかった。妹を守るためならば、自身は何でもする。たとえこの身を犠牲にしようとも。物心ついていた時からそう決めていた。
その時だった。
「……」
ミノトの目の前で倒れていたゲンジがゆっくりと起き上がる。
「……は?」
突然 血の海の中からベットから目覚めるかのように起き上がってきた事で先程まで余裕の笑みを浮かべていたマルバの顔からは呆気ない声と共に笑顔が消えた。ミノトの胸を揉みしだく手が止まると、顔から汗が流れ出始める。
「お…おいおい。お前…死んだんじゃなかったのか…?」
恐る恐る立ち上がるゲンジに尋ねる。すると、立ち上がったゲンジが自身に向けて歩いてきた。
「テメェ!!何勝手に近づいてきたんだ!?コイツがどうなってもいいのか!?」
マルバは冷や汗を垂らしながらミノトの首元へとナイフを突きつける。だが、それでもゲンジは止まる様子を見せなかった。
「そ…そうかよ…!!そこまでして欲しいなら…やってやるよぉぉぉ!!!」
マルバの目が大きく見開くとナイフが振り上げられ、ミノトの首元へと向かっていった。
その時 ゲンジの手が一瞬で間へと入り、向かってくるナイフはゲンジの広がられた手の平から内部へと深々と突き刺さった。
それと同時にゲンジは広げていた手を握りナイフごと、マルバの指を包み込んだ。
そして、その握力は限界まで引き上げられ、マルバの右手にある5本の指が____
___全て握りつぶされた。
「お…おい俺の…俺の指が…!?」
指が歪な形へとなったことによりパニックと共に精神が乱れ始める。目の前にある右腕の指は1箇所に握りまとめられ、肉の塊となっていた。その握りつぶされて肉の塊となった指からは骨が露出し血が吹き出していた。
その直後に痛覚が壮絶な痛みを感知しマルバを襲う。
「うわぁぁぁ!!!俺の!!俺の指がぁぁぁ!!!!」
その強大な痛みにマルバは絶叫しながらミノトを離し、自身の腕を掴む。すると、抑えられていたミノトは地面へと落ちてしまう。
「ゲホ…ゲホ…」
少し咳を吐きながらもなんとか立ち上がろうとした。その時だ。ふと、自身の目の前に全身に血を浴びた人影があった。
自身の前に立つ影をミノトは見上げると目を大きく開く。
「ゲン…ジ…?」
そこには先程まで倒れていたゲンジが立っていた。全身に血を被っていた彼の目には先程失われていた光が再び宿っており、青く輝いていた。
すると、青い瞳をミノトへと向けたゲンジはミノトを抱き締めた。
「ごめん…姉さん。助けるのが遅くなった。怖い思いをさせて…本当にごめん…」
そして、ゲンジはミノトに向けて謝罪の言葉を口にしながら力強く抱き締めた。ミノトはそれを否定し、抱き締め返す。
「謝るのは私です…私の所為でゲンジが重傷を…早くゼンチさんの元に!私も一緒に行きますから!」
そう言いミノトは今ある思いを全てゲンジへと訴えかける。だが、ゲンジは頷く事なく抱き締めたミノトを抱え上げた。
「…え?」
「分かってる。後から行くつもりだよ。それにこんな傷。狩りをしてれば当たり前につく」
そして、そのまま歩き出すと、ヒノエの元へと向かう。血を垂れ流しながらも平然と歩いてくるゲンジに恐れを抱いた2人は即座に道を開けた。
ヒノエの前に着くと、抱えていたミノトを下ろした。
「ヒノエ姉さん。ミノト姉さんを頼むよ」
「え…えぇ。分かりました」
ヒノエは帯を締め、装甲を纏う。それを見届けたゲンジは頷くと再びマルバ達の方向へと目を向けようとした。
「…!!」
その動作からミノトとヒノエは何かを感じ取り、ゲンジの肩を掴んだ。
「何をするつもりですか!?」
「あとの対処はゴコク様達に…!!」
人質はもういない。後は里の男達に任せれば丸く収まるだろう。だが、ゲンジはそれに対して頷くとも首を振る事もせず、2人にゆっくりと目を向けた。
「もぅ……抑えられないんだ…」
振り向いたゲンジは“泣いていた”
まるで、身体の奥底から吐き出そうとしている感情を抑え込もうとしても抑え込めず、その苦しみと悲しみを訴えるかのように。見ると血の色に染め上げられていた両手が震えていた。だが、涙が一滴も溢れていなかった。
「ゲンジ…貴方まさか…!!」
ヒノエはようやく理解してしまった。なぜ、ゲンジが止まる様子を見せないのか。そして何故手が震えているのか。だが、それを話そうとした口をゲンジは遮るように言葉を発する。
「ヒノエ姉さん。ミノト姉さん。フゲンさん、ゴコクさん、ウツシ、ハモンさん、イオリ、ヨモギ、それに里の皆。エスラ姉さんにシャーラ姉さん」
ゲンジは目の前に立っている自身の妻であるヒノエとミノト、そして、後ろに立ち、状況を確認しているフゲンやゴコク、ハモンやウツシ、イオリやヨモギ、里の皆、この場にいないエスラとシャーラへと向け心の底から満面な笑みを浮かべた。
「こんな俺を愛してくれて___
_______本当にありがとう!」
『『『…!!』』』
ヒノエに続き皆はようやく気が付いた。今向けられた言葉が僅かながらに残されていたゲンジの人間としての理性のある“最後の言葉”である事を。
皆へと笑顔を向けたゲンジは最後にヒノエとミノトに再び笑みを浮かべるとゆっくりとマルバ達へとハイライトが消え去った目を向けた。
「ゲンジやめろ!!やめるんだ!!!」
フゲンの言葉が響いたとしても、もう彼には届かない。
マルバ達へと振り向いたその瞬間から ゲンジの理性が完全に消え去ってしまった。
「ヒィ!?」
その顔を見たマルバの顔は恐怖に染まる。自身らに向けられたゲンジの顔は口が三日月のように吊り上がり、更に目元からは大量の毛細血管が湧き上がっていた。
その顔からは笑顔が消え去り怒りを通り越し、全てを無慈悲に解体する『狂喜』に満ち溢れていた。