薄明と双子の姉妹 (リメイク中) 作:きょうこつ
「…ひぃ……?」
死への恐怖に絶叫していたマルバはいつまで経ってもナイフが迫り来る様子が来ない為にゆっくりと目を開ける。
「____あれ…?」
ゲンジの震える声が響く。見ると自身に振り下ろされようとしていたナイフの動きが止まっていたのだ。
その原因がゲンジ自身にも分からなかった。更に、止まるだけではなかった。
「何で…震えてるんだ?」
身体が小刻みに震え始めていた。足元から手元まで。恐れているわけではない。動かそうとしている身体を何者かが拘束しているかのようだった。
いや、何者でもない。止めていたのは自分自身であった。僅かながらに残った自我がヒノエとの約束の記憶を再び呼び起こした。
『一人で背負い込まず私達を頼ってくださいね』
その言葉が頭の中で再生された事で自身の中で迷いが生じ身体は停止してしまったのだ。
その時 外から銃声が響き渡った。
「…!?」
その音と共に背中に何かが突き刺さる。それと同時にマルバを掴む腕の力が抜け、掴み上げられていたマルバの身体はベッドに落とされる。ナイフを握る手の力も抜けてしまいナイフは音を立てながら地面に落下していった。
「全く。世話の焼ける弟だ」
突然と声が聞こえ、その方向へと目を向けると、そこにはライトボウガンを構えたエスラが立っていた。銃口からは煙が出ており、空となったカラの実がこぼれ落ちる。
「身体が…」
ゲンジは全身が縛られているかのような感覚に襲われた。身体を動かそうにも動けず、身体が地面に崩れ落ちてしまう。
「なにを…した…!?」
「痺れ弾だ。まぁ安心しろ。しばらくしたら動けるようになるさ。それよりも先程の話は全て聞かせてもらったぞ。随分と馬鹿げた選択をしたものだな」
そう言いエスラは怒りを混じらせた表情を痺れるゲンジに向ける。
「2人にしっかり説教してもらうといい。さぁ、頼むよ」
エスラの声に外からヒノエとミノトが現れ中へと入ってきた。
「ヒノエ姉さん…ミノト姉さん…!?」
2人の顔を見た瞬間 先程までのマルバへの殺意。そして脳内を縛り付けていた狂気が消失してしまう。
いつも笑顔であるヒノエの顔からは笑顔が消え去っており、ミノトと共に鋭い目を自身に向けながら歩いてきた。
「うぅ!?」
2人は一言も喋らず、ゲンジの肩を無理やり持ち上げる。その持ち方はやや乱暴であった。二人は持ち上げたゲンジへと鋭い目線を左右から向けていた。
「2人はゲンジを寝室へ。私は後処理をしておくよ」
「分かりました」
いつもより低い声でヒノエは頷くと、ミノトと共に痺れて動けなくなってしまったゲンジを引っ張りながらテントの外へと出ていった。
「た……たすか……った…」
恐怖が去っていったことにより、マルバの全身から力が抜けて、全身が布団へと沈み込んだ。
「大丈夫かい?」
そう言いエスラは布団を持つとマルバに向けてかけ直す。シワクチャとなってしまった布団を撫でていき、元のフカフカな感触へと戻す。
「いやぁ、大事な睡眠時間を邪魔してしまって悪かったね。怪我はないかい?」
「は…はい…」
「そうかそうか。それは良かった」
マルバが無事であることを確認するとエスラは笑みを浮かべながら頷いた。そして、エスラは辺りに血痕、バラバラになった器具がないか確認すると、首を回す。
「よし。これでもう大丈夫だな」
その様子から、マルバは少しだけが気分が軽くなった。自身に優しく接してきてくれる人が現れたことで、先程の恐怖感が薄れていき、心も軽くなっていった。
「あ、そうだ。忘れていた」
「なんだ?………え!?」
その瞬間 マルバの目が大きく開かれ、瞳が激しく揺れると共に心が再び恐怖に包まれた。その理由は簡単だ。先程まで優しく接していたエスラが
____自身の眉間にライトボウガンの銃口を押し付けていたからだ。
「君がした事は全てフゲン殿やヒノエ達から聞いたぞ。里が困っている状況下で愚行を働いた上にハンターの信用を奪い去る。そしてそれを自身の力で取り戻したゲンジへ逆恨みし、あれ程の傷を負わせた上に更にその妻にまで手を出す。
呆れた物だ。全ハンターに泥を塗るような真似をしただけでなく尻拭いをした相手に敵意を抱くとはな。
あそこまでされれば殺したい程の恨みを抱くのも無理はない。
それに対してゲンジの行動も愚かだ。一番無防備となる寝込みを襲うとは人のする事ではない。その上、脚や腕も奪うとはビックリしたよ」
そう言いエスラはマルバの指が失われた腕に加えて切り落とされた片脚へと目を向ける。彼女も自身と同じ気持ちなのだ。同情を向けられていると感じたマルバは恐怖の中から希望を見出そうとするが、銃口を向けられていることが理解できなかった。
そんな中 エスラは続けた。
「だが、ハッキリと言わせてもらうぞ。ゲンジの行動は人間的感情論とこれまでの君が犯してきた行動から言えば決して間違っていない。寧ろ『普通』だ。私もアイツと同じ立場なら間違いなくそうしていたさ。こうやって君の四肢を順番に狙いながら雷撃弾や火炎弾で撃ち抜いていってね」
そう言いながらエスラは銃口をマルバの失った脚や腕に向けていく。その動作に微塵の迷いもなかった。
「そして最後は眉間に向けて貫通弾をパンッだ」
「ひぃ!?」
その一言と共に再びエスラの銃口が額へと押し付けられた。この至近距離で弾丸を眉間に放たれれば、確実に死ぬ。死への恐怖が再び舞い戻ってきた事でマルバの額から汗が流れ出る。
「まぁ安心したまえ。現場を見ていない私からすれば、君に恨みを抱く事もないが、同情することもない。だが、これだけは覚えておくといい。先程のゲンジの行動はこの里の皆が君に対して思っている事だ」
そう言い終えるとエスラは引き金から手を離し、マルバの額に当てていたライトボウガンをゆっくりと引き離す。
「そしてゲンジがいなくなったとしても、この寝静まった夜中に、いつ他の誰かが君達を殺しに来てもおかしくない。それ程の罪を君は犯した」
その言葉はマルバの壊れかけていた精神を完全崩壊へと導く起爆剤となった。
マルバはようやく理解したのだ。自身らが行った罪の重さを。そして、この静かな暗い夜の中で、いつ他の者が先程のように突然と現れ、殺しに掛かってきてもおかしくないと。
「精々 警戒しながら眠りにつくといい」
そう言いエスラはマルバへと背を向ける。
「ま…待って!!」
マルバは指が失われた右手をエスラへと伸ばしていくが、エスラの背中は段々とテントの外へと出てしまった。
「ではな。良い夢を」
それだけ言い残しエスラの姿は見えなくなった。自身は恐怖が渦巻く暗いテントの中に仲間と共に取り残されてしまった。
数少ない精神を安定させる方法が命に関わる行動となる事を認識してしまった故にマルバは目を閉じることができなくなってしまった。
その晩 マルバは殺されることへの恐怖により全身と脳内を全て支配され、翌日まで一睡もする事が出来なかった。