鬼人様は面倒ごとを躱したい 作:フクマ
少年、
自覚があったわけではないし、何なら己の死んだ瞬間すらもろくに覚えてはいない。
ただ彼は、生まれた時から異常だった。
その一つが自分の体の中にある力に対する漠然とした理解。
名称、内容、元々のその力の持ち主。その他諸々、棗としては何がどうしてこうなった、と頭を抱えてしまいたくなるのだが、とにもかくにも彼は化け物であった。
(両面宿儺、ねぇ………)
自宅のあるマンション。その封鎖された屋上に忍び込んで寝転がった棗は、空を見上げていた。
両面宿儺。日本書紀に記された飛騨の鬼神の名。計八本の手足を持ち、頭の前後にそれぞれ顔があり、四つの手で二つの弓を引いたとされる。
だがしかし、棗の言う両面宿儺はその歴史的な存在ではなく、呪術廻戦に出てくる登場人物の事を指していた。
性格は天上天下唯我独尊。己の快不快こそが生きる指針であり、その上大抵の者は敵味方問わず抵抗の一つもできないそんな存在。
千年以上前に、封印されたが残った指二十本は封印するのがやっとで破壊することが出来ず、その上どれだけの月日が経とうとも呪いの力を失わない呪物となった。
紆余曲折を経て、主人公がこの指を取り込んでしまったことから、まるで坂道を転がる様に物語は進行していく事になる。
そんな両面宿儺の力を、何の因果か宿木棗は有していた。唯一の救いは、力だけを有しており両面宿儺の人格やら何やらは有していなかったことだろうか。
これは、十数年の人生より裏付けが取れている。ただ目覚めていない可能性というのもあったが、領域展開まで可能となればこの線も薄いだろう。
棗は自分という存在がこの世界の異物であると理解している。
何故なら、ここは千年前ではないし、自分自身が異形の鬼神となったわけでもない。であるならば主人公成り替わりも考えたが生憎と名前が違う。
何よりこの世界には、呪霊と呼ばれる存在がおらず、呪術師たちも居なかったのだから。
代わりと言っては何だが、この世界には神も仏も妖怪も悪魔も天使も居る。それ以外にも様々な人外存在が表の日常生活の裏側で蠢いていた。
不本意ではあるが、棗もまた何度かそんな輩たちと出くわしたことがある。戦闘になったことも片手の数程度には。
そこで学んだのは、絡んだ相手が
もっとも、火の粉を払う事に抵抗はないのだが。
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棗は、己の運勢が元々よろしくないと思っている。これは、自分の中に爆弾のような力を有して生まれてしまった時から変わらない認識だ。
「くくっ、貴様。妙な力を持っているな?」
だから今日も、妙な輩に絡まれている。
ここ最近町中が騒がしいことは、棗自身も認識していた。認識していたうえで対岸の火事であると判断して手を出してこなかったのだが、今回それが裏目に出てしまった。
学校帰りの放課後。夕飯の買い物などをした帰路でのことだ。無意識のうちに、棗の口からはため息が漏れていた。
「はぁ…………俺に何の用だ」
「抑え込んでいるようだが、このドーナシークには分かる。貴様の存在、レイナーレ様の障害となるであろうことをな」
「………で?」
「その命、もらい受ける」
「はぁ…………」
今まさに、目の前のナイスミドルは黒い翼を背中に携えて光の槍をその手に顕現させているというのに、当の本人には一切の力みも、恐怖も何もなかった。
ただ、軽く右手の人差し指と中指を緩く立てて振るった。それだけ。
「―――――がぁああああ………!?」
何が起きたのか、やられた本人であるドーナシークには分からなかった。分からなかったが、気づけば左腕が肩回りの肉と一緒に切り飛ばされて宙を舞っていた。
激痛を発する傷跡を右手で押さえ、彼は膝をつきながら驚愕の目で目の前の少年を見上げる。
「貴、様ぁ……!いったい、何をした………!」
「お前に、語る必要性があるのか?殺さなかっただけ、ありがたいと思えよ」
言いながら、棗は左手にエコバッグを提げて無造作にドーナシークへと歩み寄る。
眼前に立ち、見下ろす。その目には一切の感情が見受けられない。
「お前を生かしたのはただ一つ。お前の上司に伝えろ。俺に手を出さないのなら、殺さない。だが、少しでも妙な真似をすれば殺す。一言一句間違うなよ?」
陳腐な脅し文句だ。それこそ、ドーナシークら人外でなくとも、そこら辺のヤンキーやチンピラなどもちょっとした凄みの際に口をついているかもしれない。
だが、目の前の少年のその言葉には無視できないだけの力がある。少なくとも、対面したドーナシークにはそう思えた。いや、理解させられていた。
自分は今、
仮に彼の意に沿わない行動を起こしたとしよう。まず間違いなく殺される。それも、己が死んでいると自覚する間もなく、その命を奪われるだろう。
そして、目の前の少年はそれをするだけの技量と、それだけの事をしても意に介さないであろう面が透けて見える。
この世には、触れてはならないものがある。それを今日、ドーナシークは知った。
同僚と主に言い聞かせようと。この男を怒らせてしまえば、もはや計画とか言っている場合ではなくなってしまう、と。
「………必ず」
「なら、行け。そして二度と現れるなよ」
ドーナシークの返答に満足したのか踵を返す、棗。
無防備な背中だ。だが、その背中を刺し貫こうとする気概など、すでにドーナシークの中には残ってはいなかった。
三分にも満たないその時間で、両者の間には格付けが済んでしまっていた。そして、諦めた犬は上位存在には吠えない、噛みつかない。
黒い羽根を散らして空へと飛びあがる姿すら見ることも無く、棗は帰路に就いた。
もう、その頭の中に先程の事など残っていない。あるとすれば、今日の戦利品でもある豚バラ百グラム百円をどう料理しようか位。
宿木棗はイカレている。人が死のうと生きようと関係ないし、生殺与奪の権利を仮に握ろうともそれすら興味の一つも抱きはしない。
彼は、両面宿儺ではない。しかし正義の味方でも英雄でもヒーローでもない。
一つ確かなことは、彼は決して善人ではないという事。それだけだ。
@
片腕を肩周りからごっそりと失って帰ってきた部下、ドーナシークの報告を聞いたレイナーレは当初報復に移るつもりであった。
だが、やられた当人であるドーナシークが何度も何度も止めるために、結局のところその行動に移す事はできなかったのだ。
彼の同僚は、腕を失い腑抜けになったのか、と嘲笑った。だが、その嘲笑を受けてなお彼は三人を止め続けた。
明らかな異常。そこまで言われてしまえば、流石にちょっかいを出そうとも思わないがしかし同時に興味も沸くというもの。
「アンタが、ドーナシークの言ってた
人外たちの時間である夜の入り口、夕方。
毎週金曜日に公園に屋台を出すクレープ屋で買った、抹茶アイス入りの黒蜜きな粉わらび餅クレープに舌鼓を打っていた棗は、突然の闖入者に眉をひそめた。
ゴシックロリータファッションとでも言うべきか。そんな格好の金髪の子供。
頭の中で記憶を辿ってみるが、知り合いではない。もともと、他人の顔と名前を覚えることが苦手で、その上覚える努力をしない棗の対人記憶ほど役に立たないものも無いのだが、とにかく彼に思い当たる節はない。
人違いだろう。そう、彼の頭は答えをはじき出した。今は、その手の中にあるクレープの方が大切なのだから。
一方で、声を掛けた最初だけ一瞬目を向けられ、そしてその後はまるでその場に誰も居ないかのように無視して横を通り抜けられたミッテルトはというと、単純に言って視界が赤くなった。
彼女は、堕天使。天使が堕天することによって生じた種族であるのだが、彼らは人間以上に己の欲望に正直に生きている。無論、外向きの仮面は存在するが、それほど分厚くはない。ちょっとした精神の揺らぎで容易く取れてしまうことが珍しくない。
ミッテルトの仮面は正にそれだった。
彼女にしてみれば、ドーナシークはただ単に日和っただけに思えてならなかったのだ。相対した少年も妙な力を感じるような気がするも、それだけ。
堕天使は、否人外とは等しく心のどこかで人間という種族を軽んじている。当人にその意図や自覚が無かろうともこれは覆しようのない事実としてそこにある。
実際のところ、人間は一部を除いて人外に対抗する手段などそう無い。大抵の場合は、相対した瞬間にはその命を薄紙を破る様に、容易く奪われてしまうだろう。
例に漏れず、ミッテルトもまた高々人間の一人や二人殺すことに苦労などない。その胴体を、光の槍で貫けば即死せずとも、死へと帰結することは変わらないからだ。
苛立ちのままに、槍を右手に。そうして振り返りざまに自分を無視した命知らずの無防備な背中を貫いて―――――
「死ね!!」
次の瞬間には、その意識は失せていた。
何が起きたのか。おそらく、ミッテルトはおろか第三者として見ていた者が居たとしても分からなかっただろう。
知るのは、ただ一人。クレープの最後の一切れを頬張って、甘味に酔いしれる棗のみ。
彼の背後では、肉片。いや、ただ血飛沫とその中に転がる残骸だけが広がっていた。
宛ら、赤いペンキをぶちまけたような。しかし、あたりに漂う鉄臭さがその赤色がペンキではないことを声高に主張してくる。
棗にしてみれば、耳周りを飛んでいた羽虫を叩いた程度の認識。三歩も進めば、自分が奪った命の事すら、最早覚えてはいないだろう。
アンタッチャブル。それの分からぬ馬鹿には、死あるのみ。
しかし、力あるモノの常として、大渦は間近に迫っていた。