鬼人様は面倒ごとを躱したい   作:フクマ

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鬼人様は平穏無事を求む

 リアス・グレモリーは、ここ駒王町一帯を任せられた若き上級悪魔である。

 別段法的な手続きの上で成り立っているわけではないのだが、一応そういう事になっている………のだが、ここ最近は頭の痛い事態が多すぎた。

 例えば、眷族新規加入。二天龍ともいわれる赤龍帝の籠手を有した兵士と回復系神器持ちの僧侶。

 質より量、と言えばそうなのだがまだまだ二人ともポテンシャルはあれども発展途上と言わざるを得ないのが現状だ。

 もっとも、彼女は身内を大切にするグレモリーの血筋。眷族の強弱にはそれほど頓着はしていないし、何より彼女たちは悪魔だ。数千とも数万ともいわれる寿命を持つ。時間は文字通り腐るほどあった。

 

 話を戻そう。彼女の頭を悩ませるのは、何も眷族たちの事ばかりではない。領地の運営もそうであるし、縄張りに入り込んだ侵入者の撃滅もまたその責務の一つ。

 上記二人の加入も、発端は町に入り込んでいた堕天使一味の悪巧みだ。

 その際の相手は、最高でも中級がやっと。上級悪魔であるリアスの敵ではなかったし、事実部下たちは瞬殺した。実際に主犯格に手を下したのも彼女だ。

 この折に、リアスはとある情報を得た。

 

 

堕天使曰く、この町には鬼人が住む、と

 

 

 思い当たる節はあった。それは、消滅させた堕天使の左腕がなかったとかそういう事ではなく、この町で時折起きていた不可解な事件。

 統治者であるリアスの下には、はぐれ悪魔と呼ばれる主の下から様々な理由で離れ野良となって害をもたらす存在の討伐依頼が少なからず齎される。その内数件が、彼女らが到着したころには既に討伐済みであったことがあったのだ。

 相手の等級は、問わない。C級やB級だけでなく、A級、場合によってはS級のはぐれ悪魔が討伐されてきた。

 勿論、リアスとて何も行動を起こさなかった訳ではない。何度となく調査してきたし、町に他種族や神器使いが新たに潜伏していないか探してきた。

 それでも見つからない。

 

 一応、目星を付けてはいる。その内一人は、彼女の通う学園の生徒の一人。

 

 

「リアス。宿木君への接触、どうするんです?」

 

「呼び出し………は、まず無理でしょうね。本当に彼が、あの堕天使の腕を切り飛ばして、更に一人その手に掛けているのなら、何をしてくるか分からないもの」

 

 

 椅子の背もたれに体を預けたリアスは、部室の天井を見上げて息を吐いた。

 宿木棗。二年生であり、成績は平凡。部活動には参加しておらず、交友関係は希薄を通り越して絶無。ただ、当人の容姿が整っているからか、女子受けは悪くない。

 問題は、彼が近くにいた場所ではぐれ悪魔などの討伐が相次いでいる事。全部が全部そうではないし、偶々監視カメラなどに映っている事が大半であったのだが、怪しまない方が無理な話。

 何より、棗の雰囲気は人間にしては()()禍々しい。かなり、注意深く確認せねば分からないが何かしらの力は持っているだろう、というのがリアスの読みだった。

 この場合、自分の眷族への勧誘をするのが悪魔なのだが、過ぎた力は身を亡ぼす。

 かといってこのまま自分の領地でどうこうされるのは、悪魔としての沽券に関わるというもの。

 接触は、必須。味方に引き込めずとも、相互不可侵を結べるのならばそれに越したことはないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 駒王学園には二大お姉さまと呼ばれる二人が居る。

 一人は、リアス・グレモリー。紅蓮の美しい髪をした豊満な美少女。もう一人は、姫島朱乃。黒髪の大和撫子然としたこちらも豊満なボディをお持ちだ。

 二人は、学園中の男たちの視線と欲望を掴んで放さない存在。平均的に美少女の多い学園内でもその容姿の優れっぷりは頭一つ抜けていた。

 ただまあ、何事にも例外というものは存在する。特殊性癖であったり、そもそもからしてそれら色欲に興味が無かったり。

 そして棗は後者に該当した。

 

 

「今日は、オムライスにするか」

 

 

 学校に行って授業を聞き、昼休みには屋上か、雨ならば空き教室で昼寝。放課後には買い物に行ったり、お気に入りの店で買い食い。三大欲求は、食欲が完全にメーターを振り切っていた。

 今は、夕飯の献立で頭が一杯。オムライスは確定だが、ソースをデミグラスにするかトマトにするか、そもそも卵は固くするのか、フワトロにするのか。チキンライスではなくバターライスにするのか。付け合わせはサラダにするのかスープにするのか。そもそも、それだけで足るのか。

 食べるのは、棗一人ではあるが彼自身食道楽の気質がある。作るのも食べるのも苦にはならないし、どれだけ食べても脂肪にならない。

 消費カロリーが多いのか、はたまた別の要因か。少なくとも、この痩せやすい要素が食道楽に拍車をかけているのは確かだった。

 

 

「尾行って、こんな感じで良いのか?」

 

「多分、ね。僕も詳しいわけじゃないし、接触は部長もしなくていいって話だったから」

 

「………もう少し、離れた方が良いかもしれません。今までのはぐれ悪魔討伐が宿木先輩の仕業なら、私たちよりも格上の筈ですから」

 

 

 電信柱の影より、団子三兄弟の様に顔を出すのは兵藤一誠、木場祐斗、塔城小猫の三名。

 彼ら三人は、主であるリアスより命を受けて棗の尾行を行っていたのだ。陳腐な手だが、その成功と失敗で関わり方を変える事が出来る。

 距離は二十メートルほどか。少なくとも、この距離はある程度戦いなれた祐斗がもしもの際に逃げる隙のある距離だと判断しての事。

 

 

「なあ、そういえば木場とか小猫ちゃんから見て宿木ってどうなんだ?」

 

「どうって?」

 

「強いかって話」

 

「………少なくとも部長よりは、強いと思いますよ」

 

「マジ?」

 

「多分ね。少なくとも、僕には確証ないよ。ただ………」

 

 

 言葉を切った祐斗は、先を行く棗の背へと視線を送った。

 

 

「隙は無い、かな。もしも、今ここから仕掛けろって言われても僕は無理だと思うよ」

 

 

 無防備に見える背中だ。少なくとも、隙だらけで切りかかればそれだけでバッサリ行けそうな警戒のけの字もない背中。

 だが、どうしても祐斗はその背中に切りかかり、見事傷をつけるだけの自分が想像できなかった。

 何故かは分からない。強いて挙げれば、直感。

 一方で、小猫は小猫で別の理由から棗を警戒していた。詳細は省くが、それは動物的な本能の観点からの理由。

 

 圧倒的な、捕食者。この世に存在するあまねく全てが、彼にとっては捕食対象となりえる。そんな予感。

 だからこそ、彼女は学園でも極力棗には近寄らないし廊下ですれ違う事すらも回避することが珍しくない。今回の命も、リアスからのものでなかったならば断固として行かなかっただろう。

 残る一誠はというと、喧嘩の経験すらも薄いからかいまいち分かっていなかったりする。

 そも、彼から見て棗という男はよく分からないというのが、正直な感想だった。いや、棗も学園どころか町有数のエロ小僧に自分を理解されるなど嫌がるか。

 とにかく、一誠からすれば自分の原動力でもある色欲に対して一切興味を示さない理解できる相手ではなかった。

 

 一方、尾行される側の棗と言えば気付いているのかいないのか。

 

 

(まあ、放置で良いだろ。それより、腹減ったな)

 

 

 いや、気づいているらしい。その上での放置。

 端的に言って、棗は追跡者を舐めている。ペロペロである。

 ただこの余裕にも相応の理由があった。というか、彼自身の力によるところが大きすぎた。

 何せ、一つの作品を通しての最強格の力だ。世界線が変わろうとも、並大抵の相手には引けを取る事すらあり得ず、現状棗は苦戦どころか接戦に陥ったことも無い。これは、彼自身がその手の輩とぶつかった事が無い事にも繋がるだろうか。

 まあ、当然と言えば当然で。棗自身は、自分の力を誇示したいだとか、そんな欲求は欠片もない。

 

 ただ、美味しいものを食べたい。これに尽きる。

 

 しかしまあ、

 

 

「―――――家にまでついてくるのは、面倒だな?」

 

「「「!?」」」

 

 

 唐突に背後から聞こえた声に、三人は勢いよく振り返った。

 そこに居たのは、棗。ポケットに手を突っ込み、見下ろすような眼を三人へと向けていた。

 

 

「一つ、俺に関わるな。二つ、面倒ごとを持ち込むな。三つ、以上二つのどちらかを破った時点で殺す。分かったな?」

 

 

 三つの指を立てて一方的にまくし立てる棗。固まっている三人の反応は芳しくないが、彼にとっては意味も興味もないらしい。

 

 

「分かったなら、お仲間にも伝えとけ」

 

 

 それだけ言うと、ほんの少しだけ、それこそ瞬きの間だけ力の片鱗をのぞかせる棗。

 だがそれで十分すぎるほどに三人には脅しとなっていた。

 血の気が引き、背骨と氷柱を入れ替えたような悪寒が全身を貫いて、歯の根が合わない。逃げたいと叫ぶ本能と、しかし一歩どころか指先の一つも動かせない肉体。

 何より三人は揃って、棗の背後に二面四臂の鬼人を幻視していた。

 

 結局のところ、彼の背中が完全に視界が消えるまで三人はまるでゴーゴンの魔眼で石化してしまったかのように一歩たりともその場から動くことが出来なかった。

 漸く動けるようになった彼らを襲うのは安堵と、それからどうしようもない恐怖。

 三人は誓う。必ず、主であるリアスと、仲間の眷族たちにあの男の危険性を伝え絶対に接触させてはいけない、と。

 

 深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗く。裏を返せば、触れなければ実害などない。ただそこにあるだけの暴力装置。

 それが、宿木棗という少年であった。

 


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