鬼人様は面倒ごとを躱したい   作:フクマ

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鬼人様は独り嗤う

 平和だ。宿木棗は、晴れ晴れとした気持ちで日の光の下ゆったりとした足取りで目的地へと向かっていた。

 しばらく前の接触から、律儀というべきか周囲のからの干渉が減ったのだ。具体的には、あの直接脅した三人は近寄る事すらなくなった。

 実に気分が良い。それはもう、朝食に卵を焼いたら双子だった時ぐらい気分が良かった。

 踊るような足取りでもなければ、鼻歌を歌ったりもしていないのだが、幾分かその雰囲気は柔らかく―――――見える、様な気がする。

 そもそも、彼に親しい人間が居ないのだ。であるならば、常日頃からのどこかあきれたような無表情からの変化など読み取れるはずもない。

 

 気が抜けていたのだろうか。いや、抜けていたのだろう。

 彼の暮らすここ、駒王町は人外たちの坩堝。学園は、悪魔が居るし、そこら辺にははぐれ悪魔も入り込んでいる。少し前には、堕天使だ。引き寄せる何かがあるのかもしれない、と棗は思ったり。

 そしてこの日、彼の機嫌に水を差すのは新たな勢力だった。

 

 

「失礼、そこの御仁。少し良いだろうか?」

 

 

 機嫌がよかった。だから、傍からの呼びかけに関して視線を向けてしまった。

 そして、棗は速攻で後悔することになる。

 彼に声を掛けてきたのは、不審な二人組であったからだ。この現代社会で時代錯誤に頭の先からすっぽりと足元まで覆い隠す外套に身を包み、声を掛けられなければ男か女かもわからない。

 一応、棗は声によってその不審者の片割れが女性であることを理解した。ただ、立ち止まってしまったチョンボを取り戻せるかと問われれば否だろう。

 

 

「この近辺に教会はあるだろうか?」

 

「………そこの道を真っすぐ行って一つ目の角を右に曲がれ」

 

「そこの道だな。協力感謝する」

 

 

 幸いと言うべきか、やり取りは極僅か。そこら辺の道ですれ違った挨拶程度の会話でこの場を切り抜けることが出来た。

 一つ補足をすると、棗は二人に対して教会の場所を()()()()()()

 彼が教えたのは、公僕。市民の平和をお守りするお巡りさんの詰め所、駒王町交番の場所だったのだから。

 別段、棗自身治安維持に積極的という訳じゃない。そもそも、治安が良かろうが悪かろうが彼にしてみればそこら辺の羽虫が増える程度にしか被害がないのだから。

 言ってしまえば、単なる意地悪。もっと言うなら、気分を害された意趣返し。彼女らが困ろうとも、彼には一切関係ないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼノヴィア、並びに柴藤イリナは教会の戦士である。

 彼女らが遠路はるばるこの、駒王町の地を踏んだのは教会から強奪された聖剣エクスカリバーが関係しての事。

 聖剣エクスカリバー。その諸説は様々だが、世界一有名な武器の一つと言っても過言ではないだろう。

 ただ、現在この聖剣は過去に行われた大戦の最中に破損、折れてしまっており、現存するのは七つに力を分裂させてそれぞれ打ち直された劣化品。

 教会が有していたのは、六つの聖剣であり、残り一つは随分昔に紛失済み。そして今回三本が強奪される事となった。

 その回収に赴いた二人。だが、その第一歩は散々なものとなってしまう。

 

 

「あの男……!よくも……よくも……!」

 

「まあ、私たちの格好って傍から見たら不審者よねぇ………」

 

 

 憤慨するゼノヴィアと、どこか無理矢理にでも納得させようとするイリナ。

 発端は、道に迷った折に声を掛けた男から教えられた道にあった。

 親切な人もいるものだと、従って進んでみれば辿り着いたのは、まさかの交番。彼女らにとっての幸運は、運良く駐在さんが見回りに行っていた事。捕まらずには済んだ。

 

 その後何とか、滞在予定地に辿り着いたのだが、そこでゼノヴィアの怒りとも言うべきか騙されたことに対する不満が噴出していた。

 ただ、彼の弁護をするならば速攻で通報しなかっただけ良心的だ。もっと言うならば、手を上げられなかっただけ幸運。

 一応彼にだって一定範囲の常識は存在している。もっともそれは、その場でやってしまった場合のリスクリターンを天秤にかけての話。リスクがリターンを下回れば、惨劇は直ぐに起きる事だろう。

 

 

「まあ、恨み言はそこまでにしときましょ。今から悪魔側に一報入れに行かなくちゃいけないんだから」

 

「………ああ、そうだったな………だが、やはりあの男には一度言っておきたい!」

 

「それは、私も思うところあるけど………そういえば、同じ位の年に見えたよね。もしかしたら、学園に通ってるかもしれないし。何なら悪魔側で知ってるかもよ?」

 

「むっ………それもそうか。よし、イリナ。すぐに行こう。そして、あの男に苦労の鉄槌を食らわせるとしようじゃないか!」

 

 

 フンス、と鼻息荒く右手を突き上げるゼノヴィア。

 割と頭の残念な彼女は、しかしこういう場合の切り替えというべきか、行動力はかなりのもの。

 

 時刻は深夜。夜陰に紛れれば、不審者ルックな二人も通報の憂き目にあうことも無いだろう。

 ここで、世界的な補足を。

 この世界には、神話体系による勢力というものが存在している。そして、どの勢力もそうなのだが基本的には排他的。互いに交流を持つことはそう多くない。

 その中でもとりわけ内部の軋轢が酷いのが、悪魔、堕天使、天使の所属している三大勢力。周囲からは聖書陣営とも呼ばれる彼ら。

 過去に、互いの種族すらも根絶せんという大戦を起こしておりその際には多くの血が流れ、いまだに三勢力は互いに睨み合いのまま消耗し続けているのが現状だった。

 相容れないのは、互いに仕方がない部分があるのは否めない。歴史、もとい昔からの風習や教育は変える事が難しく、何より悪魔も天使も堕天使も長寿すぎる。大戦経験者がボケる事無く後世にまで恨み辛みを伝えてしまえば、悪感情の風化などもはや不可能だろう。

 

 話を戻そう。今回の任務の為に駒王学園にある悪魔の拠点の一つ、オカルト研究部へと顔出したゼノヴィアとイリナの二人。

 元々、友好的どころか見敵必殺の怨敵同士な両陣営。まともに会話だけで終わるはずもなく、更にいつもならば一歩引いて事態を俯瞰するタイプの祐斗が噛みつきに行ってしまうのだから、話はポケットに突っ込んだイヤホンコードの様に絡まっていく。

 何故か始まる二対二の手合わせ。しかし、戦闘経験が全く足りないつい最近まで素人であった一誠とイリナはどこか真面目さに欠け、ゼノヴィアと祐斗の方も片方が雑念が多く冷静さに欠けて、悪魔陣営の敗北と相成った。

 

 混沌としていく場に、更に一石を投じてしまうのがゼノヴィアだ。

 

 

「そういえば。この学園に、両目の下にそれぞれ傷のある男子生徒は居るか?」

 

 

 何気ない質問。だが、その男子生徒が誰を指しているのか分かってしまったオカ研メンバーには緊張が走っていた。

 それは、見える地雷。その上接近感知で爆発する可能性があるのだから救いようがない。

 

 

「………ゼノヴィアは知り合いなのか?」

 

「いや?ただ、今日道を聞いただけだ」

 

「その教えられた道が、交番に通じてたってわけよイッセー君」

 

「知っているのなら、教えてもらおうか」

 

 

 ゼノヴィアの言葉に、返ってきたのは沈黙。内面が混乱しきっている祐斗が別にして、グレモリー眷属一同は()との接触を避けなばならない。そして、彼に面倒事を運ぶ訳にもいかない。

 故に回答は、

 

 

「―――――さあ、知らないわね」

 

 

 惚ける。リアスの選択は、それだった。

 例え違和感を抱かれようとも、彼女らは宿木棗に触れられない。関与しない。関連しない。関係しない。

 最悪を避ける事もまた、舵を握る者の務めであるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千差万別。これは人間のみならず、この世に生きる生きとし生ける存在全てに当てはまる要素だろう。

 当然だ。生き物はコピー&ペーストで生まれる訳ではない。似通った面が多々あれども、どこかに差が生まれてしまう。

 

 堕天使幹部コカビエルは退屈だった。

 彼は、戦闘が好きだ。戦争が好きだ。血沸き肉躍る激戦の果てに、生を掴み相手を死の渦へと突き落とすのが好きだ。一方的な蹂躙劇が好きだ。致命の一撃が交差した瞬間の圧縮された時間が好きだ。

 戦争が生きる糧であり、生きる理由であり、戦闘こそが彼にとっての原動力。

 それほどまでの戦争狂にして、戦闘狂の彼は飽いていた。

 平和。過去の大戦を終えて戦力が疲弊していることは分かっていたが、それを差し引いても安穏とした空気が充満し、戦場のヒリヒリとした空気と血と泥の避けられる世界がコカビエルにとってはあまりにも退屈が過ぎた。

 

 それ故、彼は今回動く。教会より聖剣を強奪し、この町にいる魔王の妹を殺すことによって過去の大戦を再来させようと考えたのだ。

 世界が滅ぼうと、自分が死のうとも、彼自身が満足いく戦場を、戦争を、戦闘を。

 

 ああ、だが―――――

 

 

「はぁ……!はぁ…………!」

 

 

 ()()()()()()()()

 何を間違った。両手をついて、己の汗と滴る血液によって汚れていく地面を見ながら、コカビエルの脳は必死に働いていた。

 事の発端は、言ってしまえば彼の気まぐれ。戦闘的な勘とでも言うべきか、この町には尋常ではない強者が居ると歴戦の第六感が警鐘を鳴らしたことに始まる。

 

 戦闘者の本能とでも言うべきか、その姿を視認した瞬間体中の血が滾る様な感覚を覚え視界が赤く染まったのだ。

 彼にとっての幸運は、即死しなかったこと。彼にとっての不幸は、出会ってしまったこと。

 

 襲撃された彼、宿木棗は現在出力を絞っている最中であった。理由は特にない。

 指の本数でいえば、二本かそこら。もっともこれは、彼の感覚であるため手加減が成功しているのかしていないのか分からなかったりする。

 そんな折に訪れた襲撃。反射的に反撃してしまった棗だが、相手が即死しなかった事から手加減は成功か、と頷いていたりする。

 

 余談だが、相手が聖書にも書かれる堕天使の幹部であり、その中でもとりわけ戦闘に順応したタイプであったから死ななかっただけで、並大抵の人外では確実に三枚おろしのつもりが細切れになってしまう事をここに記す。

 

 

「き、さま………!」

 

「ふむ……これが()()()か。存外、調整が面倒だな………そもそも、俺がお前たちに配慮しなければならない理由もないか」

 

 

 見上げてくるコカビエルを見下ろしながら、しかし棗の興味は彼に対して一切無かった。

 気にかかるのは、襲われたこと―――――ではなく、自分自身の加減の必要性。襲われることに関しては、これまでも何度かあった為に今更気にも留めない。

 手加減がうまくなる事の利点。

 

 襲撃者を、殺さずに生け捕り出来る。反論、達磨にすればいい。

 

 そんな思考が棗の脳内を過った。そもそも、彼は襲撃者を捕えようと考えた事が無かったのもまた、手加減を覚える必要のなかった要因の一つとなるだろう。

 何故なら、捕虜というのは存外手間がかかる。場所、時間、食事、排泄その他諸々の世話は捕らえた側が行わなければならない。

 棗ならば、彼の住むマンションの一室の他に敷地などは有していないし、態々捕虜の為に新たな部屋を借りるなどナンセンス。作った食事にしても食べさせるのは癪であるし、排泄の世話など以ての外。

 

 時間の無駄だったな、とため息をつく棗だが、その一方でコカビエルはというとどうにかこうにか傷を塞いで立ち上がっているところだった。

 そして、ズタズタになったマントを脱ぎ棄てる。

 

 

「逃げるのなら、止めないぞ?」

 

「ほざけ……!人間風情が………!」

 

「人間風情、か………クヒッ」

 

 

 吠え、光の槍を手に携えるコカビエルに対して、棗が浮かべたのは歪んだ笑みだった。

 そのまま、俯き肩を震わせ、そしてそれはどんどん大きくなっていく。

 

 

「クヒッ…クハハッ………クハハハハハハハハハハハハッッッ!」

 

 

 爆笑。だが、その笑い声にはどこか嘲りが感じられた。

 

 

「気が変わった。遊んでやる」

 

 

 ニヤニヤと馬鹿にするような笑みを顔に張り付け、棗は右手の人差し指を挑発するように動かした。

 突然の心変わり。だが、コカビエルには現状それらを気にするだけの余裕などない。

 

 

「オオオオッ!!!」

 

 

 槍を手に、その不遜な態度の()()を穿たんと突撃を敢行。

 大戦を生き抜いただけはあると言うべきか、その加速は中々のもの。それこそ、常人や中級程度の人外であるならば、気づけばその穂先に刺し貫かれていると思われるほど。

 ただ、相手は常人でもなければ中級に収まる様な存在でもない。ぶっちゃけ、魔王クラスかそれ以上と言われても納得できそうな人間なのだから。

 

 

「―――――その程度じゃあ、刺さってやれんなぁ?」

 

 

 ()()()()()を鷲掴んだ棗は、嘲笑を貼り付け歯ぎしりするコカビエルの顔へと、己の顔を近づける。

 高密度に圧縮された光というのは、ただそれだけでも兵器のようなものとなる。堕天使幹部ともなれば、その一撃は致死の一撃となってもおかしくない。

 でありながら、棗は涼しい顔で槍を掴み。あまつさえ、その先端を()()()()()()()

 そして、槍を掴んでいない手は拳を握る。

 

 

「精々、死なないようにな」

 

「何ヴォッ!?」

 

 

 突き刺さる拳によって、コカビエルの体がくの字に折れ曲がる。

 突き抜ける衝撃と、一瞬の間を置いてその体は大きく後方へと吹き飛んでいった。

 ご丁寧にも、結界が張られたこの区域。コカビエルの体は空中を斜め上へと直進していき、

 

 

「頑張れ、頑張れ」

 

 

 顔面を掴まれ後頭部から結界へと叩きつけられてしまう。

 窓ガラスに何かしらがぶつかった時のような腹の底に響く轟音と、その直後に亀裂の走る音が響く。

 砕け散る結界。宙を舞う、コカビエルの体。フィジカルの面では明らかに負けている。それ即ち、腕力や俊敏性などでは勝ち目がないという事。

 ただ一点、優っているとすればそれは種族的な要因だろうか。

 

 

「~~~~ッ!なめるなよ、人間ッ!!」

 

 

 宙を舞っていた体を無理矢理動かして、翼を翻したコカビエル。

 そう、これこそが唯一勝る部分である空中機動力だ。

 棗は確かに空中に躍り出ることが出来る。だがそれは、あくまでも跳躍であって飛翔ではない。跳ぶ、と飛ぶの違いだ。

 昇るコカビエルと、墜ちる棗。そして、戦闘における高さのアドバンテージというのは得てして馬鹿にできない。

 掲げられるコカビエルの右腕。呼応するように、彼の周りには複数の光の槍や剣が形成されていき、その切っ先全ては地面へ、より正確に言うならば棗へと向けられている。

 

 

「抉られろォオオオオッッッ!!!」

 

 

 降り注ぐ、破滅的な光の雨。直撃することになれば、その対象はまず間違いなくただでは済まない。

 ()()()()()の、話だが。

 

 

「―――――クヒッ」

 

 

 落下しながら、棗は左手で刀印を構えるとその指先をコカビエルへと差し向けていた。

 

 

「―――――『解』」

 

 

 瞬間、光の雨たちは細切れになる様にして切り刻まれていく。

 斬撃。攻撃手段としては実にシンプル、故に強い。棗の場合、その破壊力は()()()()()()鉄筋コンクリートの高層ビルを両断できる鋭さがあった。

 見えない斬撃を前に、コカビエルの投下する光の槍や剣は増える………のだが、意味がない。

 斬撃は優に百を超える数の光を切り刻み、そして―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――…………なぜ、戦った………」

 

「なぜ、か。強いて挙げるのならば、お前の目だな」

 

 

 空を見上げるコカビエルの問いに、棗はポケットへと両手を突っ込み見下ろしながら答える。

 体の下半分に加えて、羽の大多数、両腕、左耳を失ったコカビエルが息絶えるのは時間の問題だろう。その残った体に刻まれた傷は決して浅くないのだから。

 

 

「お前たち人外は、口では人間風情と見下しながら俺の力を見ると、途端にその目には怯えが浮かぶ。口から出るのは、虚勢。身に纏うのは、虚栄。実に下らん」

 

「………」

 

「だが、貴様は最後、この瞬間においても俺に対する怯えを抱かず、そして見せなかった。なかなかどうして、楽しめたぞ」

 

 

 棗の言葉に、嘘はない。そも、嘘とは後ろめたいから、あるいは隠したいからつくのであってそれらが一切無い彼にしてみれば嘘をつく理由も必要性もない。

 

 

「………だが、俺は……貴様の敵………足りえなかったぞ………」

 

「そんな事は、問題じゃあない。俺とお前の間に戦闘行為が発生した。その事実がそこにあるだけだ。そも、俺は何者の味方でもなければ、敵でもない」

 

「………?」

 

「俺は、俺の理によって動く。そこに正義も悪もない。後付けの理由ほど無駄なものは存在しないからな」

 

 

 前世はどうあれ、今生の棗にとってあらゆる全てがどうでもいい。興味があれば、現状は飲食とそれに付随する調理行為位か。

 そもそも、前世の記憶自体が曖昧模糊。もう、昔の名前も遠い記憶の残滓となって掠れ切っていた。

 

 ボソボソと靄となって消えていくコカビエルを見送り、棗は空を見上げた。

 

 彼は知らない。強すぎる力というものは、魂を歪めてしまうのだと。

 

 その兆候は既に出ている。ただ、彼が気付かないだけで。


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