鬼人様は面倒ごとを躱したい   作:フクマ

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鬼人様と烏と鳩と蝙蝠と

 闇、蠢く。人外というのは、人間と同じく、いや人間以上に欲が深い。

 それに加えて、世界を混沌に落とすだの本気で言ってしまい、尚且つ混沌となった世界でも自分は大丈夫だと本気で思っているあたり救いようがないのだ。

 

 

「………」

 

 

 宿木棗は、気づけばその場に立っていた。いや、正確に言うなら寝て起きたら何故かこの場に居た、という方が正しいだろう。

 棗の感知能力は言ってしまえば、割とザルだ。これは、彼自身大抵の攻撃は致死へと至らず、仮に致命傷を負うことになったとしても、それこそ心臓を破壊されようとも生き残り再生させる事が可能であるから。

 

 話を戻そう。棗は気づけばこの趣味の悪い神殿のような場所に居た。

 彼にしてみれば、馴染みのない場所だ。

 

 

「………はぁ、面倒この上ないな」

 

 

 首を回して関節を鳴らし、肩を回してあくびを一つ。時計の類も持ち歩いておらず、生憎と携帯なども手元にはない。

 薄暗い周囲は時間感覚を壊してしまいそうな、そんな雰囲気。

 どうしたものかと棗は、体を伸ばしながら周囲を見渡すがそこでスポットライトの様に天井からの光が差した。

 照らされるのは、棗が立つ場所の正面。宛ら王座の様に高くなった場所、そこに置かれた豪奢な椅子とそこに座る男だ。

 

 

「図が高いぞ、人間」

 

「あ?」

 

「喜べ。その力、我ら真なる魔王の為に使うことを許してやる」

 

 

 ファーストコンタクトは、失敗。それは、誰の目から見ても明らかというほかない。

 だが、種族柄椅子に座る男、シャルバ・ベルゼブブに人間に対する低姿勢など出来るはずもないのだから。

 彼は悪魔だ。初代魔王ベルゼブブの血統を引き継ぎ、裏技(ドーピング)によって強大な力を誇った初代魔王に匹敵する実力を有している。

 性格は、傲慢不遜でありプライドが異様に高く、同時に己に対する苦汁を嘗めさせたと認識した対象には徹底的な恨みを抱く。

 要するに、只管に質の悪い存在であるという事。プライドの高い小物ほど、相手にするだけ面倒なものは居ない。

 

 今回、そんなシャルバが彼にしてみれば高々一人間でしかない棗にコンタクトを取ることになったのは彼が堕天使幹部を文字通り一蹴してしまったからだった。

 大戦の折より生き残ってきた堕天使幹部。その実力は上級悪魔ですらも一蹴するほどでもあり、そもそも堕天使という存在自体が悪魔との相性が悪いと言わざるを得ない。

 そんな存在を打倒する人間。十中八九、神器使いであるとシャルバは仮定し、その力を自分たちの計画の一助として使ってやろうと考えた。

 所詮は人間。神器を封じ込める結界を張り、その上で対面しているあたり小物さに拍車がかかっている。

 

 一方で棗は棗で、呆れると同時に困ってもいた。

 まず、ここが何処だか分からない。目の前の存在が悪魔であることは分かるのだが、それだけ。この場の情報を得るには不足と言う外ない。

 一つはっきりしていることは、目の前でペラペラと何やら連ねている偉そうな男が、ムカつくというもの。そして、この場には自分以外に敵しかいないという事。

 棗は、両手で印を組んだ。

 

 

「何をして――」

 

「領域展開―――――『伏魔御廚子』」

 

 

 シャルバは、否彼を含めた禍の団旧魔王派は勘違いしている。

 宿木棗は神器保有者()()()()。特殊な力を持ち合わせた、人間の中に産まれた一種のバグ。人間でありながら、魔王となりうる器。

 その力は、初代魔王に匹敵する、程度では収まらない。少なくとも、裏技を使った旧魔王派幹部陣営であっても一瞬で肉塊へと変えられる。そんな存在なのだから。

 

 気付いた時には遅かった。領域展開は、一種の呪術における極致。己の心の中である生得領域を術式を付与して外部に構築する結界であり、その中では術者にはバフ、並びに術式に対して必中効果を付与することが出来る。

 どれだけ強力な攻撃も当たらなければ意味はない。この()()()()()()()という可能性を打ち消す事こそ領域展開の強みだ。

 この必中効果。防ぐには、呪術で受けるというもの。他にも手段としてはあるにはあるが、どれもこれもジリ貧と言わざるを得ず、領域からの逃走にしても、そもそも領域展開というのは閉じ込める事に特化した結界だ。まず逃げられない。

 一番有効なのは、自身も領域を展開する事。この場合、勝つのはより洗練された領域。相性や、呪力量の差によっても左右されるが綱引きのような勝負となる。

 だがしかし、棗の、否両面宿儺の領域展開は既存の領域展開とは一線を画す。

 まず、規模。半径約二百メートルが領域であり、内部にいるあらゆる存在に二種類の斬撃が絶え間なく襲い掛かり続ける。

 一方で、領域そのものは結界によって区切られておらず、『逃げる』という選択肢を相手に与えるからこその規模であるとも言えるだろう。

 もっとも、斬撃はほぼ不可視。気付いた時には切り刻まれているのだから、逃げるもクソもないというのが実際のところなのだが。

 

 

「………」

 

 

 時間にすればどれほどだろうか。

 今の今まで建っていた豪華な屋敷は、瓦礫の山へ。中に居たであろう者たちは、棗を除いて等しく瓦礫の山のどこかへと消えてしまった。

 彼と接触しなければ、シャルバ・ベルゼブブは生きていただろう。最終的に死ぬことになろうとも、少なくとも何かしらの爪痕を残せたはずなのだ。

 自分で自分の首を絞め、窒息した。ただ、それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 旧魔王派がたった一人の手によって壊滅した頃より時計の針を少し戻して、駒王学園では三大勢力による首脳会談が行われていた。

 

 

「―――――それじゃあ、次はこの町に現れた堕天使幹部と、彼を倒した存在についてかな。この辺は、把握済みかい、アザゼル」

 

「聖剣強奪に関しちゃ、コカビエルの独断専行だ。そも、俺としちゃ今さら戦争なんざする気はない。ただでさえ、数が減ってるってのにんな事出来るかって話だ」

 

「では、アザゼル。そのコカビエルを討伐した存在に関してはどうなんです?」

 

「それに関しちゃ、俺よりもそっちのサーゼクスの妹辺りがよく知ってるんじゃないか?」

 

 

 堕天使総督アザゼルによって水を向けられる形で、視線はリアスの下へと集まる。

 彼女含めた眷族面々が今回召集されているのは、聖剣強奪の件に図らずも関わってしまったこと、加えてのこのコカビエル討伐の下手人に関する情報を求められての事だった。

 ただ、問題があるとすれば彼女ら自身、資料以上の事、例えば彼の為人であったり、力の根幹などは知る由もないという点。

 

 

「私たちも、そう知ってるわけじゃないわ………何より、()()()()()。私たちはそう決めてるの」

 

「リアス。その件に関しては、こちらにも報告が上がっていないよ。それにも理由はあるのかな?」

 

「ごめんなさい、お兄様。でも、報告を上げないリスクと彼に関わるリスクを考えたら、こうするしかなかったの。私には、僕を守る責務があるもの」

 

「だけどね、リアス。私は―――――」

 

「そう、責めるんじゃねぇよ、サーゼクス。リスクヘッジは必要だろうが」

 

「………そもそも君が部下の統率を取れていたなら、こんな事にはならなかったんじゃないか、アザゼル?」

 

「生憎と俺は、根っからの研究者気質でな。元々、総督なんて役職にゃ向いてねぇんだよ。それよりも、サーゼクスの妹、あー………リアスだったか。そのコカビエルを倒した奴は、神器の持ち主か?」

 

「知らないわ。さっきも言った通り、私たちは彼と関わる気はないの。知ってるとしても、この学園の生徒としての基本事項位よ」

 

 

 リアス自身、そこまで彼に対する恐怖はない。恐怖は無いが、しかし彼女は自分の眷族たちを本当の家族の様に大切に思っている。

 そんな大切に思っている彼ら彼女らが、名前を出すだけでも震えるような相手だ。思うところがないわけではない、が触れて爆発する爆弾も触れなければ爆発しない。ホームタウンにそんな輩を放置することは危険にも思えるが、関与する方が危険なためリアスは前者を選択していた。

 

 一方で彼女から情報が得られないと判断した悪魔陣営代表のもう一人、セラフォルーが自身の妹に水を向ける。

 

 

「ソーナちゃんはどうなの?その人の事、知ってる?」

 

「………宿木棗君の事でしょうね。と言っても、私もリアスと同じように書面での彼の情報しか知りません。そもそも、接触もありませんから」

 

 

 簡素に締めくくったのは、学園の生徒会長支取蒼那。本名は、ソーナ・シトリーであるが、人間界では漢字を用いている。

 彼女もまた、棗に対する調査は完全に行き詰っている。というか、そもそもリアス達以上に関りが薄いと言えるだろう。

 何せ、棗は一匹狼。彼自身が意図しておらずとも基本的に一人のため、入ってくる情報は信憑性に欠け、人を寄せ付けない雰囲気もある。

 何より、彼自身悪いうわさが流されようとも、学園には変態三人組を筆頭に色物には事欠かない。学業成績も申し分なく、そもそも噂のような実際の悪事も行っていないのだから生徒会として立ち入るわけにもいかなかったのだ。

 そして今回、堕天使幹部を文字通り一蹴したならば、最早本格的にかかわる気も起きない。

 

 とはいえ、子供たちが関わりたくないと言っても、大人たちはそうもいかない。況してや彼らは、それぞれの勢力の代表としてこの場に居るのだから。

 

 

「こちらで、調べてみるべきかな。危険だとしても、何も知らずに相対する方が更に危険だからね」

 

「ああ?俺としちゃ、触らぬ神に祟りなしだと思うがな」

 

「堕天使の貴方がそれを言いますか」

 

「今回ばっかりは仕方ねぇだろ。コカビエルの奴を、一蹴ってことは最低でも神滅具の禁手に到達したレベル。高く見積もれば、そこらの軍神レベルだ。そんな輩が、自分の周りを嗅ぎまわされて不興を買うなんざ俺はごめんだね」

 

 

 アザゼルは、面倒を嫌う。彼としては、神器の研究が出来ればそれでいい。そして、神器使いでない人間の強者など見えている地雷と言わんばかりに避けたい存在でしかなかった。

 何より、この世界には出歯亀が多い。自分で突っつかずとも自然と、自分からハチの巣に指を突っ込むような馬鹿が居るのだ。

 自分はそれを外から眺めればいい。それから、接触するか否か判断を下す。汚い手だが、処世術としてはありふれた手法。

 

 それからいくつかの議題が話し合われ、そして最後に和平を結ぶ段階においてそれは起きた。

 禍の団の襲撃。そして、堕天使陣営であった白龍皇の離反。

 辛くも襲撃を退けた三大勢力だったが、ここで更なる凶報が悪魔陣営より齎されることとなる。

 

 冥界に存在する、シャルバ・ベルゼブブの居城が壊滅。彼含めた、旧魔王派はその尽くが連絡途絶。

 

 そして、それを成したのが()()()()()であったこともまた、今回の件を面倒に昇華させる一因でもあった。

 

 

「………儘ならないものだね」

 

 

 頭が痛いと眉間を揉む、サーゼクス。冥界の統治者として、彼は件の人物との対話を余儀なくされることになる。

 そして、この一件が更なる混沌を呼び寄せる事など誰の目から見ても明らかと言う外ないのであった。

 


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