鬼人様は面倒ごとを躱したい   作:フクマ

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鬼人様は混沌への道をただ進む

 瓦礫の山に腰かけて、宿木棗は空を見上げる。

 胡坐を組み、頬杖をついて憮然と見上げる彼の内心と言えば、

 

 

「………腹が減ったな」

 

 

 三大欲求に従うというもの。

 シャルバ・ベルゼブブを屋敷ごと文字通り細切れに卸して挽肉以下の存在に変えた後、彼はこうして途方に暮れていた。

 現在地が分からない。これが一番。仮に分かったとしても、帰る手段がないというのが二番。

 腹立たしいとも思うが、しかし既に元凶はこの世に居ない。彼を中心とした半径二百メートルは既にズタズタに切り裂かれて原形をとどめていないのだから生存者を探すこともまず不可能。

 もっとも、そんな事に心を痛めるようなタイプであったならば棗はこんな事してはいない。いつだって人間の最後の一線を守るのは損得勘定と一握りの理性なのだから。

 勘違いされるかもしれないが、棗は理性をしっかりと持ち合わせているタイプの人間だ。ついでに一定の倫理観や道徳心も無い訳では無い。

 であるならば、ここまでの殺戮行為に出ないだろう、と思われそうだがそうではない。

 

 イメージは、天秤。彼の中には、均整の取れた天秤があり常日頃ならば、これが動くことはない。

 動くのは、誰かしら他人と相対した場合。

 片方に乗るのは、リスク。相手を害した場合、最悪命を奪った場合に起きるであろう様々な不都合。

 もう片方に乗るのは、リターン。目の前の相手を物理的にであれ何であれ、抹消した場合に得られるであろう利点。

 この天秤、基本的に人外などを相手にする場合、リスクは限りなく軽くなってしまう。これは、相手から仕掛けてくる正当防衛の原則が働いているから。命を奪えば、過剰防衛にもなるのだが、そこは法の適用外な人外が相手。むしろ、無抵抗の結果自分の命を脅かされる可能性が無きにしも非ずなのだから、目を瞑る。

 そも、彼は誰彼構わず手を出して傷つけたことはない。脅したことはあれども、それは言葉と威圧感までで実際に手を出すことは先ず無い。

 今回に当てはめれば、棗は気付けば勝手に連れてこられ、剰え自分を奴隷にしようと画策するような相手に寝起きで対応を迫られたのだ。

 寝起きの目覚まし時計に人が苛立つように、棗もまた苛立った。その上、相手は人外で典型的な人間を下に見るような相手。手心を加えようとも思えない。

 

 

「………ふぅ、やっとお出ましか」

 

 

 長かったな、と棗は眉を上げる。

 彼が見る先。なかなかの威圧感を発している一団が近づいてくるのが確認できた。そしてそれが、棗にとっての待ち人でもある。

 

 立場を変えるが、この場に差し向けられたのは上級より上。それこそ、最上級とも称される者たちのみであったりする。

 なにせ、相手は新魔王に力負けしたとはいえ、魔王の系譜。最上級の一角でもあったシャルバ・ベルゼブブ並びに旧魔王派をたった一人で解体してしまうような怪物。上級以下の人材を差し向けた所で、被害が広がるだけだろうからだ。

 だがしかし、悪魔陣営は勘違いをしている。

 棗は、相手がシャルバ・ベルゼブブであるから手に掛けたわけではない。旧魔王派であったから手加減しなかった訳では無い。

 

 ()()()()()()()()()()()()()、彼はその手に掛けたのだ。

 

 ほら今も。座り込む棗の前方で扇状に囲んでくる悪魔たちの表情は決して好意的とは言えない。

 

 

「今回の()()()()。その関係者として、来てもらおう」

 

「………へぇ、()()()()()()。それが、お前らの答えってことで良いんだな?」

 

 

 対応を、間違った。少なくとも、この場に差し向けるのは名家の貴族ではなく、実力で上り詰めたような叩き上げを送り込むべきであったのだ。

 スッ、と棗の目が細まり頬杖をついていない左手の指、人差し指と中指が持ち上げられ、軽く振られる。

 たったそれだけの動作。だが、効果は絶大。

 

 

「なっ、貴様ァッ!!!」

 

 

 不可視の斬撃が、棗に最初に声を掛けた悪魔に襲い掛かった。

 哀れ、その首と胴体は泣き別れ。反応をすることも無く、その生命活動を停止させる。

 吹きあがる鮮血の噴水に理解の追いつかなかった周囲だが、その顔や服、地面が地に汚れたことで正気へと戻り、そして激昂。

 それぞれが、それぞれの得物や術、拳を構えて不埒者へと殺気を叩きつけた。

 だが、向けられる当人である棗には、柳に風。むしろ、呆れた目を彼らへと向けている。

 

 

「立場を弁えろ、阿呆が。俺が()()()で、お前たちが()()()だ。その点を、見誤るんじゃあ、ない」

 

 

 ここまでの破壊の限りに加えて、今まさに一人の悪魔の命を奪っておいてのこの言い草。どちらが悪役か分かったものではない。

 ただ、棗の立場からすれば、譲歩する必要など皆無というもの。

 一方的に連れてこられて、その上一方的に、高圧的に連れて行こうとするのだから抵抗するのも致し方ない。

 惨劇の回避は、もはや不可能だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 急ぎ、冥界へと戻ってきたサーゼクスは、その報告に目を丸くした。

 

 

「壊滅……?戦闘行為が発生した、と?」

 

「はい。数名の貴族が、自身の眷族を率いて向かったようですが………連絡は途絶しています」

 

「………」

 

 

 完全に拗れている。サーゼクスは、己の浅慮さを呪うしかない。

 彼自身、魔王として就任して冥界のかじ取りを行わなければならない立場であるが、如何せん神算鬼謀の蔓延る政治の世界を生き抜くにはどうしても経験が足りない。

 その結果が、今回の拗れの原因でもあるだろう。彼は、統治者としてあるにはどうしても甘さが残ってしまっていた。

 統治者に求められるのは、横暴さだけではない。治める側として、時に下の意見を聞き入れる寛容さも必要になるだろう。だが、聞き入れすぎるのは部下の増長を招く。時に厳しく糾弾し、締める処はキッチリと締めなければならない。

 

 サーゼクスは、この塩梅が足りない。それこそ、敵対者に対して最初に説得が出てしまうあたり、非常になり切れない人の好さが滲む。

 もっとも、この一手引いてしまうような態度は、超越者とも呼ばれるその実力が関係していることは否定のしようがないのだが。

 

 

「………私が行こう。他の貴族たちには、これ以上手を出さないように通達しておいてくれるかな」

 

「危険では?」

 

「既に、そんな事を言っていられるような事態じゃないだろう?リアス達の報告からも考えて、彼が自分の意志でやって来たとは思えない………シャルバ・ベルゼブブが何かを企み、結果としては失敗した。それに加えて、貴族たちも手を出してしまったとなれば、もう穏便には済ませられない」

 

 

 見通しが甘かった。これに尽きるだろう。

 最初から自分の眷族を送り出し、戦闘回避を徹底していたならば。そう考えようとも、既に後の祭り。時計の針は巻き戻らないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――………時間の無駄だな」

 

 

 右手を緩い拳にして頬に当て、頬杖をついた棗は胡坐をかいたまま呆れたように言葉を投げかける。

 シャルバ・ベルゼブブの屋敷の跡。瓦礫の山が広がっている光景は変わらないのだが、そこに鉄臭いデコレーションが施されていた。

 補足をすると、彼は一歩もその場から動いてはいない。より正確に言うならば、()()()()()()()。そして、敵は動かすことが出来なかった。

 不可視の斬撃は、そもそもモーションが殆ど必要なくそれに加えてまず防ぐことは不可能。

 通常攻撃がこれの時点で、近接戦闘が得意な者は詰んでいた。なんせ、棗との対面を果たした時点で既に間合いに居たのだから。距離を詰める前に、その体はばらばらに切り刻まれてしまう。

 であるならば、遠距離ならばどうなのか。こちらも同じく、バラバラ。遠距離から魔力弾を放とうとも刻まれるし、斬撃自体の射程も広く、距離減衰など期待するだけ無駄。

 防御不能、回避不能、迎撃不能。残る選択肢は、逃亡ぐらいだが逃げる事にも最低限の実力というものは必要なわけで、棗から逃げる最低ラインは瞬間移動。もはや、無理ゲーである。

 

 結果、広がったのは凄惨な現場だけ。返り血を彼が浴びてないだけで、その周りは血みどろであった。

 

 いい加減に、棗もうんざりしてきていた。それでも、全力殺戮ショーな暴力の化身的な行為に及ばないのは、偏にここが自分のテリトリーではないから。

 仮に、全てを衝動のままに破壊し続ければどうなるだろうか。スッキリはするかもしれない。その過程で、自分の知らない美味に出会えるかもしれない。

 だが、その先がない。殺して、壊して、その先に待つのはたった一人の荒野だけだ。

 本家宿儺のような、殺戮欲求や戦闘欲求は棗にはない。武人的な気質も無ければ、戦う事を忌避するタイプでもあるだろう。

 

 ただそれも、あくまでも彼が巻き込まれない場合に限る、という但し書きがつく。

 

 

「………なんだ?」

 

 

 ガバガバな棗の探知に違和感が引っかかる気配が一つ。

 位置は目の前、二メートル。胡坐をかいて、頬杖をついた状態である事は変わりないがそれでも、彼の意識はその場所へと注がれる。

 果たして、空間に亀裂が走った。

 

 

「―――――…………みつけた」

 

「へぇ………」

 

 

 裂けた空間。そこより現れるのは、黒髪の幼女。死んだ目をして、黒のゴシックロリータなファッションに身を包んだ幼女だ。

 瓦礫の山へと降り立って、その暗い瞳は真っすぐに棗へと向けられた。

 

 

「我、オーフィス」

 

「………宿木棗」

 

「ん。ナツメ、変な力持ってる。見せる」

 

 

 片言のような、たどたどしい話し方はその見た目相応のものに思える。

 しかし、その小さな体に内包した力は世界屈指どころか、世界最強。

 無限の龍神。それこそが、今目の前で棗の目の前にいる存在の肩書であり、『ムゲン』の片割れでもある。

 その力は、正しく無限。下手な小細工など必要のない絶対的な強者存在。

 

 一方で、棗はそんな事を知る由もない。知る由も無いが、目の前の存在が強いという事は理解していた。少なくとも、座っていてどうこうできるような相手ではないのは確か。頬杖を外し、胡坐を解いて立ち上がる。

 

 

「死なすか」

 

「我、死なない」

 

 

 開始の合図など存在しない。

 全身に独特の刺青のような模様が浮かび上がった棗は、先手必勝として右手の刀印をオーフィスへと向けた。

 

 

「『解』」

 

 

 放たれるは、不可視の斬撃。

 三本ほど、オーフィスの小柄な体に線が走り、直後にその線を区分けとして大きく弾けた。が、()()()()の事で無限が死に至ることなどありえない。

 ウロボロスだ。終わりと始まりが同時に存在し、尚且つ繋がることによって円環を成し、結果として終末が消える。

 バラバラとなったオーフィスの右手が動く。棗へと向けられた掌には魔法陣が浮かび上がり、目を眩ませるほどの光を発して、そして弾けた。

 地盤ごと爆散し、空に伸びるほどの粉塵が巻きあがる。

 その天辺より飛び出した棗は、空中で姿勢を整える事無く粉塵に隠れて見えない地面へと斬撃を叩きつけた。

 上から下まで真っ二つ。左右に完全に断たれた粉塵と、その先で薄く煙を上げて真っ二つとなった大地。

 並の相手ならば、これで終わっている。

 

 ()()()()()()

 

 

「―――――」

 

 

 言語化できない言葉。宛ら、うめき声のような、唸り声のような、詠唱のような、そんな声がオーフィスの口より零れる。

 どれだけ体を切断されようとも、無限に傷をつける事は叶わない。切断状態から直ぐに元に戻ったオーフィスはその右手を空へと掲げた。

 浮かび上がる魔法陣。極光と共に放たれるのは、人はおろか大型のトレーラーを丸々飲み込んでしまいそうな大きさの火球だ。

 まるで地上に太陽が降りてきたかのよう。その表面からの熱気で瓦礫は乾燥し、粉を吹いていた。

 

 

「………チッ」

 

 

 空中の自分へと飛んでくる火球を確認し、棗は舌打ちを一つ。そして、左手を熊手の様に指を曲げて力を込めた。

 一閃。軌道は、左斜め下から右斜め上へ。斬撃ではなく、己の呪力を込めて振り抜くだけだ。

 技もへったくれも無い。だが、力を持ち合わせた存在にとってはただの暴力であろうとも致命の一撃となりえた。

 弾ける火球。その隙間を縫うようにして、棗は頭より地面へと真っ逆さまに落ちていく。

 握るは拳。落下の速度を上乗せされた一発は、まるで隕石の落下のような破壊力を有していた。

 

 衝撃。拳と拮抗するのは、二重の魔法陣。

 数秒の鍔迫り合いの様な時間が過ぎ、それからどちらともなく距離を取った。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

 無言の二人。揃って無言であるが、共通して()()()()()()

 オーフィスが本気で戦えば、そもそもここ冥界は原形を留めないだろう。棗に至っては全身に文様が浮かんでいるが第三、第四の目を()()()()()()

 

 

「ん、強い」

 

「戦うのは、性に合わんな。お前の様な相手は、金輪際断りたいもんだ」

 

 

 先に魔力の高ぶりを消したのは、オーフィス。ついで、肩を回した棗の体からも紋様は消えた。

 怪獣大戦争の様なやり取りも、二人にとっては小手調べに過ぎない。

 

 

「………しかし、参ったな……腹が減った」

 

「ナツメ、空腹?」

 

「ああ。腹が減った。お前、何か食い物持ってないか?」

 

「ない………ナツメ、なぜ冥界に居る?」

 

「連れてこられたからな。お陰で帰り道が分からん」

 

「人間界?………こっち」

 

 

 頭を搔く棗の、空いた手を取ったオーフィス。

 彼が問う前に、彼女は空間へと亀裂を走らせた。飲み込まれ、そして消える。

 

 残るのは、凄惨な破壊の現場。

 半ば融解した瓦礫たち。大きな傷跡が刻まれた大地。

 かくして暴威は世に放たれた。


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