ソードアート・オンライン インテグラルファクターX ーアインクラッド・メモリーズー 作:No 77777
光が弱まると、周りの風景は一変していた。
リクたちは、それぞれ仲間の姿を確認しつつ周りを見渡すが、そこは紛れもなく《はじまりの街》の中央広場であった。しかも自分たちを包み込んだ青白い光が次々と出現し、そこから他のプレイヤーが現れている。
これは
しかし、四人にはそのどちらも当てはまらない。リクとキリトはプレイヤーたちの困惑した雰囲気からして、強制的にテレポートさせられていることを察した。中央広場は段々と出現したプレイヤーたちで埋め尽くされつつある。恐らく、現在ログインしている全てのプレイヤーが集められているのだろう。
現象が収まると、ざわめきと喚き声が散発し始める。そして……
「あっ……上を見ろ‼」
誰かがそう叫ぶと、この場にいた全てのプレイヤーが反射的に上を向ける。
百メートル上空に見える第二層の底が、真紅の市松模様に染まっていく。模様にはそれぞれ《Warning》《System Announcement》という英単語が綴られている。
(運営のアナウンス……なんだよな?)
大半のプレイヤーは肩の力が抜きかけ、広場のざわめきが終息しつつあるが、リクは異様な風景のせいか、安心できなかった。
続いて、市松模様の中心から血液のような赤い雫がどろりと落ちる。それは空中で静止すると形を変え、真紅のフード付きローブを着た人の姿となった。遠くから見ても、かなり巨大であることが分かる。二十メートルはあるだろう。
服装自体は、リク、コハル、キリトの三人には見覚えがあった。ベータテスト時にアーガスの社員が務めるGMが纏っていたものである。
しかし、男性なら長い白髭の老人、女性なら眼鏡の女の子のアバターがフードの中に収まっているはずなのだ。なのに、今空中にいるフードを被った人物の顔は、例えるなら漆黒の闇であり、視認できない。
リクの不安はさらに大きくなった。ログアウトボタンの消滅、事前の説明もない強制テレポート、それらの状況下での不気味な演出、運営がサプライズで仕組んだにしては普通ではない。
やがて、ローブの人物から言葉が発せられた。
「プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ」
まるでSAOが自分のモノ、自身こそがこの世界を作った創造主とでも言うようなニュアンスだ。そうなると、ローブの人物はSAOの開発に関わった人物である可能性が高い。
「私の名前は、茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ」
(茅場晶彦だとっ!)
内心、リクはその名前に反応した。なぜならその人物は、SAOの開発ディレクターと同時に、ナーヴギアの基礎設計者である天才ゲームデザイナーなのだ。今ここにいるプレイヤーなら、一度は聞いたことのある名前だろう。
そんな大物が、なぜこの世界に現れたのだろうか?
「諸君は、既にメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気づいていると思う。しかしゲームの不具合ではない。これは《ソードアート・オンライン》本来の仕様である」
その言葉で、一万人近くのプレイヤーは動揺した。
馬鹿げている。仮想世界から唯一脱出するための手段がないことが、不具合以外の何だというのだ? そんな不安をよそに、茅場は淡々と説明を続ける。
「諸君は今後、この城の頂を極めるまでゲームから自発的にログアウトすることはできない。外部の人間によるナーヴギアの停止、あるいは解除もありえない。それが試みられた場合……」
僅かに間が置かれる。プレイヤーたちが次に聞いたのは、正気を疑うような発言だった。
「ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる」
「なっ‼」
広場にいた全員に戦慄が走った。誰もがその意味を分かっている。
ストレートに言えば、死ぬということだ。
「何、言ってるんだ? ナーヴギアに――ただのゲーム機にそんなこと、できるはずがない」
「そ、そうだよね」
「だよなぁ、頭おかしいんじゃね」
リクは押し殺した声で否定し、コハルとクラインも引きつった表情になりながらも同意する。
「……いや、できるかもしれない」
しかし、キリトだけは重く受け止めていた。
「信号素子のマイクロウェーブは、確かに電子レンジと同じだ。たとえ電源を抜いたとしても、ナーヴギアには大容量の内蔵バッテリがあるから、リミッターさえ外せば脳を焼くことも可能だ」
「「「――――っ‼」」」
キリトの説明を聞いた三人は目を見開いた。
少なくとも、ナーヴギアで人を殺すことができると分かってしまったのだ。
「ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人らが警告を無視してナーヴギアの除装を試みた例がすくなからずありその結果……」
プレイヤーの気持ちなどお構いなしに話しながら、茅場は自身の近くにいくつものウインドウを出現させる。
写っているのはテレビのニュースだった。多少の違いはあれど、共通しているのは、オンラインゲーム、死者という言葉である。
「残念ながら、すでに二百十三名のプレイヤーがアインクラッドおよび現実世界からも永久退場している」
「……うそ……でしょ」
二百人以上が死んだ。あまりの衝撃に、コハルの口から怯えるような声が漏れる。 リクは心臓の鼓動が高鳴っているかのような感覚に陥り、キリトもがくがくと足が震えている。他にも細い悲鳴が上がったり、薄ら笑いを浮かべたり、放心状態になっている人達もいる。皆、突きつけられた現実に理解が追いついていないのだ。
「信じねぇ……信じねぇぞオレは……こんなのイベントだろ全部……オープニングの演出なんだろ……そうだろ……」
クラインは嗄れた声を絞り出した。だが、今の状況を否定したい気持ちはみんな同じだ。
「今後、諸君の現実の体は、ナーヴギアを装着したまま二時間の回線切断猶予時間の内に病院その他の施設に搬送され、厳重な介護態勢の下に置かれるはずだ。諸君には安心して……ゲーム攻略に励んでほしい」
「何を言ってるんだ! ゲームを攻略しろだと⁉ ログアウト不能の状況で、呑気に遊べってのか⁉ こんなの、もうゲームでも何でもないだろうが‼」
「キリト……」
無責任な言葉に、ついにキリトは叫んだ。リクは怒りに満ちたその形相を見て思った。彼はきっとゲームが大好きなのだ。だからこそ、ゲームで人を殺すという暴挙が許せないのだ。
「しかし、充分に留意してもらいたい。諸君にとって《ソードアート・オンライン》はもう一つの現実と言うべき存在だ。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に諸君らの脳はナーヴギアによって破壊される」
「なん……だと?」
茅場の宣告を聞いたリクの目線は、自然とHPが表示されている左上に動いていた。これが0になったとき、ベータテスト時は《黒鉄宮》の中で蘇生していた。
だが今は、本当に死ぬ。
「このゲームから解放される条件は、たった一つ。アインクラッド最上部――第百層まで辿り着き、最終ボスを倒してゲームクリアすれば良い」
「クリア……第百層だとぉ!? で、できるわきゃねぇだろうが!! ベータじゃろくに上がれなかったって聞いたぞ!」
茅場が今のこの世界から脱出する唯一の方法を告げると、クラインが喚いた。
二ヶ月のベータテストの間に到達できたのは十層までだった。しかも千人のうち、攻略の最前線に立っていたのは百人近く。ド素人だったコハルは勿論、リクはその中に含まれていない。
現在、既に死亡したプレイヤーを除いた九千八百人近くの中に、この状況下の中で攻略しようと思う人達が果たして現れるのか? 仮に出たとしても、百層までどれくらいかかるのかなど、見当もつかない。
「それでは最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう」
茅場はメニューウインドウを出して一連の動作を行うと、プレイヤーたちの手元に手鏡が出現する。
リクは鏡を覗き込むが、そこにはエッジを効かせた茶髪と、端正な顔立ちで凛とした表情をしたアバター姿の自分の顔が映っているだけだった。手鏡自体はいたって普通のようだ。
「――っ! 何だ⁉」
しかし突然、プレイヤーたちの姿が白い光に包まれた。