ソードアート・オンライン インテグラルファクターX ーアインクラッド・メモリーズー 作:No 77777
「どうだコハル、少しは落ち着いたか?」
「……うん」
デスゲームが開始してから数時間が経った。空は既に暗くなっている。リクとコハルはキリト、クラインと別れた場所から少し離れたベンチに座っていた。
「ごめんね。こんな時だからしっかりしなきゃいけないのに、迷惑かけちゃって」
「迷惑じゃない。コハルを放ってなんて置けなかった。俺のやりたいことをやっただけだ」
リクは優しい声で素直な気持ちを告げながら、片手をコハルの頭にポンと置いた。
事故が起きたあの日、結果としてテニスプレイヤーとしての生命が絶たれたが、子供を助けたいと思ったから助けた。リク――大地駆という人間は、その時からずっと変わっていないのだ。
「ありがとう」
コハルは感謝の言葉を伝えた。すると……
「こんな時に人助けとは、余裕だナ」
突然、女の声が聞こえた。二人が声のした方に視線を向けると、こちらに人影が歩み寄って来ている。
やがて街灯に照らされたその姿は、フード付きのコートを着た小柄な少女であった。
「まー、そう警戒するなっテ」
少女に無邪気な顔でそう言われたが、リクは気を緩めない。クラインと初めて会った時もそうだが、見ず知らずの人に声を掛けられたら、どうしても警戒してしまう。
「オイラはアルゴだヨ。よろしくナ」
「俺はリクだ」
「コハルです」
向こうから自己紹介をしてきたので、リクとコハルも名乗った。
「言っておくけど、俺だって余裕じゃない。俺達よりも覚悟を決めてる友達がいるんだ。そんな彼を見ていたから、自分にできることを精一杯やろうと思っただけだ。お前だって、こんな事態になった割には落ち着いてるな」
「周りがパニックになると、逆に冷静になるんダ」
「なるほどな」
アルゴの発言に、リクは納得した。
「ところで、二人はこれからどうするか、あてはあるのカ?」
「あては…………ない」
「私たち、これからどうしたらいいのか何も分からなくて」
尋ねられたリクとコハルは、まだ自分達が今後どうするかを決めていないことを告げる。できることを精一杯やるとか言いながら、リクは情けなく思った。
「外から助けは来ないんでしょうか?」
「その可能性は低いナ」
コハルの希望的観測に対して、アルゴはキッパリと言った。
「プレイヤーがログアウトできなくなってから、かなりの時間が経ってるダロ? 外部からの介入が可能なら、とっくに解決してるサ」
「じゃあ、どうすればいいんですか? 私たち、ここからずっと出られないんですか?」
「それをオレっちにきかれてもナァ……」
不安な表情で尋ねるコハルに、アルゴは困り顔になった。
「今分かってることは、第百層を突破すればこのゲームは終わる、それだけサ。外からの助けが来ないなら、そうするしかナイ。悔しいけどナ……」
「あ……アルゴさんも被害者なのに……私……ごめんなさい」
コハルは謝った。自分のことに必死で、相手の気持ちを考えていなかったことを申し訳なく思ったのだ。
「いいヨ。こういう時は、自分の気持ちを吐き出したほうが楽になれるもんダ。それで、ダ。これからどうすル? どうしたイ?」
アルゴは許した上で、話を本題に戻す。
「街に閉じこもったまま来ない助けを待つカ、脱出するために動くカ、二つに一つだヨ」
リクは少し考えた。茅場の決めたルールに従うのは癪だが、デスゲームと化したSAOからログアウトするには、浮遊城のラスボスを倒す以外にない。自分達が動かなくても、誰かが攻略に乗り出すだろう。
しかし、だからといって人任せにする気はない。
「少なくとも、俺はいつまでも閉じこもるつもりはない」
リクの覚悟を聞いたアルゴはニヤける。
「それなら、最初に必要なのはコル――金だナ。『とにかく生き延びること』を目標にして、装備を強化するといいヨ」
アルゴのアドバイスは実にシンプルだった。RPGで強くなるには、レベルを上げる以外にも装備が重要であり、購入にはお金が必要なのは言わずもがなだ。
「せっかくだし、難易度低くて稼ぎのいいクエスト教えてやるヨ。とはいえ、命が掛かっている以上、油断はできないけどナ。どうすル?」
お金稼ぎにはいくつか方法があるが、常道なのはひたすらモンスターを倒し続けるか、クエスト報酬で手に入れるかの二つである。
デスゲームが始まる前にキリトの指導でモンスターを何体か倒してはいるが、所詮はザコ中のザコなので入手できる金額は少ない。しかも入手したコルはパーティー・レイドで自動均等分配されるため、稼いだのはその半分だけなのだ。
そのため、アルゴの提案は好都合である。あとは二人次第だ。
「俺はやるよ」
リクは既に覚悟を決めている。問題はコハルの方だ。
「コハルはどうする? 嫌なら俺一人で」
「ううん。私も手伝う」
「え、大丈夫なのか?」
意外であった。今まで泣き崩れていたコハルが、死の危険を伴うフィールドに出ようとするなどとは思ってもいなかったのだ。
「私もリクと同じように、今できることをやってみたい。ここに閉じ込められて、何もしないままじっとしてたって、なんにもならないから……」
「分かった。でも無理はするなよ」
どうやら、コハルという少女はリクが思ってた以上に芯の強い女の子らしい。だからリクは、その思いを受け入れようと思った。
「そうこなくっちゃナ!」
すぐにアルゴはズボンのポケットからメモ帳とペンを出し、真っ白な紙の上に文字を書いてちぎり、それをリクに渡す。
「これがクエストの情報ダ。ついでに近くの安い宿屋の情報も書いておいたゾ。本当なら情報料を取るところだけど、今回はタダにしておいてやるヨ。じゃあナ」
そう言ってアルゴは背を向け、街の夜闇の中へと消えていった。
「なあコハル。あの人のこと、どう思う?」
「うーん、私は悪い人じゃないと思うけど」
「……そうだな。夜の活動も警告してくれたし、まずは信じて見るか」
リクは初対面の人に対しては慎重に接しがち(キリトの様な例外もある)だが、とりあえず今は信頼することにした。
そして二人は、メモに書かれた近くの安い宿屋で一晩を過ごしたのだった。
* * *
「始まってから二年四ヶ月かけてクリアしたんだよな、俺達」
コハルとキリトに再開し、デスゲームが始まった日の事を思い出していたリクはそそう呟いた。
結局、外から助けが来ることはなかった。
後に聞いた話によると、二〇二四年の五月あたりに警察庁は事件被害者の一斉救出を検討していたらしい。
その方法とは、外から一瞬でバッテリーを破壊し、装着者の脳を損傷させるほどの電磁波を出せなくさせるというものだ。
しかし、それはあまりにも無謀な計画だ。茅場が各所に出した声明文の中には、ナーヴギアを破壊すれば他のプレイヤーの安全を保証しないという一文もあった。被害者全員を救出するには、日本中の全てのナーヴギアを一秒のズレもなく破壊しなければならないのということであり、どう考えても不可能だ。
大方、上層部が自分達の面子を気にしたが故の苦肉の策だろうが、行われなかったのはSAO事件対策チームが必死で説得したからとのこと。もし強行すれば、リク達は今こうして生きていることはなかっただろう。
大したことはできなかった対策チームであったが、リク達はその点と仲間達の連絡先を教えてくれたことに関しては、素直に感謝していた。
「リク、おまたせ」
「ああ、ありがとな」
丁度、飲み物を買って戻ってきたコハルに礼を言ったリクは缶ジュースを受け取った。 コハルが隣に座ると、二人一緒に蓋を開けて飲み始める。スワンボートを漕ぐという運動の後もあって、スポーツドリンクの冷たさが体に染み渡ってくる気がした。
「あ、そうだコハル。お金は」
「いいよ。今日は私が奢るから」
「……そうか」
甘えてばかりで申し訳ない気持ちになったリクだが、今日だけは特別だと思うことにした。
「ねえ、もうすぐ一時になるし、そろそろエギルさんのお店に行かない?」
「そうだな。腹も減ったし、どんな料理か気になるからな」
今は丁度、昼食を取る時間。共に戦った仲間が経営する店は、今いる場所から三〇分近くで行ける距離にある。
SAOでもエギルの作った料理を食べたことのある二人だが、なかなか美味い。リアルでも店を開くほどなので、きっと美味いはずだ。
「うん。じゃあ、行こっか」
二人は立ち上がって缶を近くのゴミ箱へと捨て、ダイシー・カフェへと向かったのであった。
そこで何が待ち構えているかなど、この時のリクは知る由もない。
次回の本編は、早速パロキャラが登場します。最初に登場するのは、既に名前が出ている人物です。お楽しみに。