ソードアート・オンライン インテグラルファクターX ーアインクラッド・メモリーズー 作:No 77777
少女は、少年と出会った
2025年5月4日 ダイシー・カフェ
「ふう、終わった終わった」
キリトはそんな気怠げな言葉を発しながら、リーファ、クライン、アルゴと共にテーブル席の椅子に腰掛けていた。
四人は掃除および片付けを、たった今終えたのだ。決して重労働なわけではないのだが、二年四ヶ月に及ぶ寝たきりで筋力が落ちてしまっているせいで、かなり疲れを感じている。他の三人の表情にも疲労の色が少し見える。
「みんな、おつかれさま」
そんな四人に労いの言葉を掛けたのは、厨房にいるはずのアスナだった。片手にはグラスに入った人数分のウーロン茶を丸いトレイに乗せており、それを一杯ずつ前に置いていく。
「サンキュ、アスナ」
「ちょうど喉が乾いてたんです。ありがとうございます」
「気が効くナ、アーちゃん」
「流石はキリの字の将来の嫁さんだぜ」
「ううん、エギルさんが様子を見に来たときに、ちょうど片付けてるところを見ていたらしくて、飲み物を出してやってくれって頼まれたの」
キリト、リーファ礼を言い、アルゴ、クラインが褒めると、アスナは遠慮がちに返した。
「それじゃ、さっそく飲むとしますか」
クラインの言葉で四人ウーロン茶を飲み始めた。男性陣は片手でグラスを持ち上げてゴクゴクと勢いよく飲み、女性陣はストローで吸い上げる。
「ぷはぁー、生き返るなー」
「お兄ちゃん、言ってることがおじさんっぽい」
「そ、そうか?」
「でもよぉ、キリの字の気持ちは分かるぜ」
キリトは妹に親父臭さを指摘されてしまうが、クラインは同情した。
「働いた後に冷たい飲み物をグイっと飲むのはいいよなぁ。これがビールだったら最高なんだけどよぉ」
「お前、昼間から飲むつもりなのか……」
「呆れたナ」
「うわー、クラインさんのほうがおじさんだった」
「別にいいじゃねえか! 今日はお祝いだしよ。それに、明後日から仕事なんだ。飲まずにやってられっかよ!」
キリト、アルゴ、リーファから冷ややかな目で見られたクラインは開き直って強く主張した。
「でも祝うのはあくまでもリク君であって、クラインさんじゃないから」
「うっ……そりゃそうだけどよぉ」
しかし、アスナから正論でたしなめられて言葉に詰まってしまう。
カラン、カラーン!
丁度その時、新たな客を知らせるドアーベルの音が鳴り響いた。
キリト達は反応して出入り口に顔を向ける。店内に入ってきたのは少年少女の二人組。少年はツンツン頭の金髪の長い髪を三編みにしており、凛とした雰囲気を感じさせる。少女の方はショートヘアで華奢な体つきをしており、大人しそうな感じである。
「GV、シアン!」
「二人とも、いらっしゃい」
「みんな、久しぶり」
「久しぶりです」
キリトとアスナが笑顔で歓迎し、やってきた少年少女も再開を喜ぶように返した。
GVと呼ばれた少年はガンヴォルト。本名、十文字雷斗。SAOでは雷撃の二つ名を持つ攻略組の一員であった。
因みにGVとは、gun voltを略した呼び名である。
少女の方はシアン。本名、深見葵。SAOがデスゲーム化した初日にGVと出会い、彼に心を救われた。
戦闘力は低いが、生産職となってGVや仲間達をサポートした。
「ちょうどいい所に来たな。見ろよ、俺達で店内をピッカピカにしたんだぜ!」
「クラインさんはトイレ掃除でしたけどね」
「いや、トイレだって列記とした店内だろ」
リーファにツッコまれたクラインは弱々しくも反論した。
「そ、そうですか。僕達が来る前に頑張ったんですね」
「お、おつかれさまです」
クラインも働いたことに変わりはないので、内心では困惑しながらもGVとシアンは労いの言葉を掛けた。するとクラインは上機嫌になって、右親指で後ろにあるトイレの方を示す。
「おう。後で俺の働きっぷりを見てきてくれよ!」
「「は、はい……」」
二人はとりあえず返答した。見てくるとしても、手を洗いに行ったり、用を足しに行く時ぐらいだが。
「それじゃあ、GVとシアンちゃんの飲み物も持ってくるから」
「待ってください。僕にも何か手伝える事はありませんか?」
一旦、調理室に戻ろうとしたアスナを呼び止めたGVは応援を願い出た。
「うーん、そうね。いまエギルさんたちが料理中だから、作れるならお願いしたいけど」
「それなら任せてください。リアルでも家事はしていましたので」
「助かるわ。それならお願いね」
「はい。シアン、君はキリト達とゆっくりするといいよ」
「う、うん……」
シアンは寂しそうに返答すると、GVはそのままアスナと共に調理室へと向かっていった。
「おいおい、あいつリアルでも料理スキル持ちかよ」
「ははっ、相変わらずGVは真面目だなあ」
「う、うん。そうだね。(もうっ、GVくんは本当に鈍感なんだから!)」
クラインとキリトは苦笑いで感心の言葉を述べ、リーファは心の中で悪態をつき、アルゴはため息をついている。
GVは優しくて正義感の強い人物である。浮遊城にいた時から人助けを積極的に行い、時には危険な所にも踏み込んでいった。アスナに手伝いを願い出たのも、みんなが今日のために頑張っているのに、自分だけが寛ぐのを申し訳なく思ったからだ。
しかし、女性が自身に向ける恋心に鈍感な部分もある。仲間達がシアンのGVに向ける好意を分かっているのに、本人は未だに気づいていない。この日もシアンはGVにリアルで会えるのを楽しみにしていたのに、相手は厨房へと向かってしまったのだ。浮遊城にいた頃は、危ない目に遭って心配をかけさせたことだって一度や二度ではない。
とはいえ、危険を顧みなかったことに関してはGVに限った話ではなく、キリトやリク、一部の仲間達も同じことなのだが。
「……えっと、シアン。とりあえず、座ったらどうだ?」
「あ、はい」
キリトに促され、シアンはリーファの隣に腰掛けた。
「じゃ、じゃあ何かおしゃべりでもしませんか? 面白い話とかあるかな?」
リーファはやや強引に提案した。だがシアンの沈んだ気持ちを何とかするためとはいえ、すぐに話しのネタが思いつくとは限らない。
と、思われたが、アルゴは顔をニヤけさせて提案した。
「そうだナ。せっかくだし、GVとの出会い話でも聞きたいナ。おねーさん、興味あるシ」
「え、ええっ!」
突然の発言にシアンはつい驚き、頬を赤くしてしまった。
「お、そりゃ確かに気になるな」
「おいおい二人とも、少し落ち着けって」
「そうですよ。シアンちゃん困ってるじゃないですか」
クラインは乗り気だが、桐ケ谷兄妹は冷静に窘める。
「じゃあ、キー坊とリーファっちは全く興味がないんダ?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「少しは、気になりますけど……」
二人は言葉に詰まってしまい、シアンから目を逸してしまう。GVとの出会いはシアンにとって大切な思い出である。それを無理に聞き出すのもどうかとも思ったが、無関心だというのも彼女に失礼な気がしたのだ。
「と、いうわけで、もう話すしかないゾ」
「……じゃあ、ちょっとだけなら」
(さては、この流れを狙ってたな)
シアンが観念する中、キリトの内心は関心半分、呆れ半分であった。
全く興味がないのかと聞かれれば、さっきのような曖昧な言葉は『少しだけどある』ということになってしまう。つまりYESかNOならば、YESと言っているのと同じなのだ。
そんなアルゴの意図など知ることもなく、シアンは恥ずかしそうに語りだした。
「あれは、デスゲームが始まった夜のことでした」
* * *
2022年11月6日
ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に諸君らの脳はナーヴギアによって破壊される。
そんな恐ろしい言葉をSAOの創造主――茅場晶彦が告げてから、二時間近くが経過していた。
その時、シアンは街の街路の壁に背をつけて座っていた。
HPが0になったら死ぬ。脱出するには第百層のボスを倒してゲームをクリアするしかない。そんな残酷な事実を突きつけられた少女は、チュートリアルが終わると同時に広場から出た。
ただ逃げたかった。絶望した少女はそれだけしか考えられなかった。とにかく街の外に向かって走り続けた。
だが、ふと思った。どこへ逃げればいい? 街の外にはモンスターがいる。襲われてHPがなくなれば終わり。簡単に分かることだ。
結局、どこにも逃げられないと思い知らされ、走るのをやめた。
何をすればいいのか分からないから、適当にフラフラと街の中を彷徨っていた。でも途中、何だか疲れたからどこかに座りたくなった。近くにベンチがなかったから、街路の壁にもたれて座り、思い返していた。
父がナーヴギアとSAOの優先購入権を営業のお土産にと手に入れた時、最初は興味がなかった。だが父から仮想世界の話を熱く語られるにつれて好奇心が芽生えていき、未知なる世界に入ってみたいと思ったのだ。
父はSAOを購入して自分がダイブする予定だったが、サービスが開始する日に急な用事ができてしまった。だからログインする許可をもらって浮遊城にやってきた。
初めはワクワクしていた。見たことのない景色に町並み、まるで小説のように異世界へ転移したみたいだった。
だが、茅場晶彦の手によってSAOはデスゲームと化した。
いつでも現実に戻れるはずだったのに、もう帰れない。普通に過ごしていた日常に戻れない。現実にいる両親、友達に会えない。
そう思うと、涙が溢れてきた。自分はこの世界で一生を終えてしまうかもしれない。滲んだ目では未来も希望も見えなかった。しかし……
「君、大丈夫かい?」
優しそうな声が聞こえた。見上げると、そこには人が立っている。涙で視界がぼやけて姿がよく見えなかったが、シアンにはその姿が自分を救ってくれる存在に見えた。
「……あなたは、天使?」
だから、ついそんな言葉が漏れてしまう。
「いや、そんなんじゃないよ」
優しく返されたシアンは、手で涙を拭う。
今度ははっきりと見える。ツンツン頭の金髪ロングを三編みにした少年だった。
「僕はGV――ガンヴォルト。君の名前は?」
「わたしは……シアンです」
これが、後に雷撃の異名で呼ばれるプレイヤーと少女の出会いであった。