ソードアート・オンライン インテグラルファクターX ーアインクラッド・メモリーズー 作:No 77777
昼食後、リク達は予定通り二時間シアンの稽古に付き合った。ソードスキルは何とか形にはなり、三人の付き添いのもと、シアンはフィールドに出て青イノシシ相手に実践を開始する。しかし……
「シアン、敵の動きをよく見るんだ!」
「う、うん、わかってる!」
GVの言うとおりにしようとするシアンだったが、どうも落ち着かない感じだ。無理もない。現実では一般人がイノシシと戦うことなどありえない。どうしても怖くなってしまう。デスゲームと化したSAOなら尚更である。
突進をぎこちない動きで回避したシアンは、すれ違いざまに「えいっ!」と可愛らしい掛け声で《スラント》を放ったつもりだったが、剣は光らず、ただの通常攻撃となってしまう。発動体勢が上手く決まってなかったのだ。故にダメージも小さい。
「落ち着いて、もう一度!」
コハルに励まされ、シアンは気を引き締めた。次こそは成功させる、きっとうまくいくと自分に言い聞かせて。
内心では怯えながらも、向かってくる青イノシシを見つめ、何とか回避。特訓でのモーションを意識し、武器を素早く構える。今度は剣が光り、そのまま《スラント》を放つ。
「…………あ」
シアンの口からか弱い声が漏れる。外した。技を放つタイミングが大きく遅れたのだ。技後硬直によって動けなくなり、青イノシシは獰猛な声を上げながら、恐怖で引きつった表情の少女に突進を仕掛けようとする。
「シアンっ!」
GVが間に割って入り、敵の攻撃を武器でガードする。青イノシシは飛び退いたが、距離とタイミングを計算していたリクが《スラント》で首の後ろを切り裂いて倒した。
「シアン、大丈夫?」
「……うん」
駆け寄ってきたコハルの気遣いに、シアンは元気無く答えた。
実戦での訓練は基本、シアンが一人で戦うことにしており、ピンチにならない限りは助けに入らないことにしている。彼女のHPはまだグリーンゾーンだが、あと一撃受ければイエローゾーンに突入するほどのところまで来ていた。ポーションをなるべく節約するためでもあり、死への恐怖を少しでも減らすためでもある。
「まあ、最初は誰でも初心者なんだ。上手く行かないのは仕方ないよ。次は頑張ろう」
「……うん」
歩み寄ってきたGVの言葉にも、シアンは弱々しく返した。
シアンはその後、渡されたポーションで回復。フィールドを移動して青イノシシを発見しては戦闘、危なくなって仲間に助けてもらうのを二回繰り返した。気がつけばもう夕暮れであり、夜の戦闘は危ないとシアンを説得して街へ帰還。コハルはGVに、シアンを元気づけるために街を見学してきたらと助言して、一旦別れた。
現在、リクとコハルはベンチに座りつつ、夕焼けに染まる街並みを見つめていた。そこにはNPCもいれば、下を向きながら歩いているソロプレイヤー、今後の事を話しながら歩いているパーティーと様々である。
そんな中、リクが口を開いた。
「……どうする? この調子じゃ、シアンが《フレンジー・ボア》を倒せるのは当分先だぞ」
「……そう言われても……」
「……だよな」
かつてド素人だったコハルに聞いても、どうすればよいのか分かるはずもなかった。
今日一日だけでは流石に判断材料が少ないが、元テニスプレイヤーとして様々な選手と戦い、プロ・アマ問わず多くの試合を見てきたリクには分かっていた。
残念ながら、シアンには近接戦闘の才能がない。HPが無くなる=死ということを抜きにしても、全体的に動きがガチガチだった。テニスの試合とVRでの戦闘では多くの違いがあるものの、シアンの動きは運動が苦手なタイプだとリクは思っている。コハルは最初こそ尻もちをついたりしていたが、動き自体は酷いものではなかった。
正直、この問題はかなり大きい。普通に生活していくにもコルは必要となる。それを稼ぐにはやはり戦闘でモンスターを倒さなければならない。今はGVがシアンの面倒を見ている状態だが、それもいつまで続くか分からない。続いたら続いたで、自分がお荷物になっていると思ってしまうかもしれない。
「せめて、戦闘以外で経験値を上げられたらいいんだけど……」
「いや、そんな方法あったら、みんなやってるって」
「……そう、だよね」
リクはコハルの希望的観測を否定した。
基本、RPGは戦闘で経験値を稼ぐものである。ただ、一九九〇年代からシリーズ化しているモンスター育成ゲームではレベルを一つ上げられるアイテムがあるのだが、レアであるため手に入れられる数が限られている。第一、そのようなアイテムがこの浮遊城にあるかどうかさえ定かでない。少なくとも、ベータテスターであるリクとコハルの記憶には存在しなかった。
そんなことはともかく、このままではシアンがアインクラッドで生き残れる可能性が極めて低くなってしまう。だがMMORPG初心者のリクとコハルの知識では、解決策が思い浮かばない。二人が真剣に悩んでいると……
「あげせん食う?」
「……え?」
さっ、と横から口のあいたメイソンジャーがリクの目の前に差し出される。その中には小さな煎餅が半分ほど入っている。視線をその大きな瓶から腕を伝うように移動させていくと、やがて相手の顔が見えた。前髪をオールバックにし、メガネを掛けている男性プレイヤーである。その人物は飄々とした感じの笑みを浮かべてこちらを見ている。
リクは自身の記憶を遡る。前にもこんなことがあった。ベータテスト時代にモンスターを他のプレイヤーに狩りつくされ、経験値稼ぎに悩んでベンチに座っていた時に、今と同じように突然あげせんを差し出されたのだ。
そんなことをするプレイヤーを、リクは一人しか知らない。
「よう、また会えたな」
「……ははっ、相変わらずだな、Z」
Zの親しい友と再開するかのような言葉に、リクは少し間をおいて、自然と笑って返した。
「おっ、お前も俺だって分かるのか」
「当然。この世界でいきなりあげせん差し出して現れるのは、Zしかいないからな」
「ま、それもそうだな」
「ね、ねえリク、この人と知り合いなの?」
コハルは訪ねた。二人が知り合いで、今日再開したということは一連の会話で察したが、置いてけぼりなのだ。
「おっといけない。昨日、ベータテスト時代に他のプレイヤーが《索敵》スキルのことを教えてくれたって話しただろ。この人がそうだ。Z、紹介するよ。彼女は友達のコハルだ」
「どうも、実力派プレイヤーZだ。よろしくな、カワイコちゃん」
「コ、コハルです。よろしくお願いします」
握手を求められ、笑顔で手を握ったコハルだったが、内心では困惑していた。みゆりんとは違った意味で個性の強そうな人物だったからだ。
「それにしても、Zはよく俺のことが分かったな。みんな現実と同じ姿にされたっていうのに」
「なに、お前の特徴はアルゴから聞いてるからな」
「え、アルゴと知り合いだったのか?」
「ああ、ベータテスト時代からの付き合いだからな。アイツは情報屋をやっていて、攻略の最前線にいたやつらは贔屓にしてたよ。俺も含めてな」
「一応聞くけど、向こうがお前に気づいたのは、やっぱりあげせんのおかげか?」
「御名答」
「やっぱりな」
「あ、あの、盛り上がってるところ悪いんだけど……」
男同士の会話にコハルは割って入った。リクが肝心なことを忘れている気がしたからだ。
「リク、シアンのこと、ちゃんと考えないと」
「あ、ああ、悪い! 忘れてた!」
「もう、しっかりしてよ!」
コハルはリクを叱咤した。友達の今後に関わることを片隅に追いやってしまったので仕方ない。とはいえ、リクはどれだけコハルと一緒に考えても答えは出そうな気がしなかった。
「……じゃあせっかくだし、Zにも相談しよう」
それがリクの出した結論だった。もしかしたら、ベテランのMMORPGプレイヤーなら何かいい案を出してくれるかもしれない。ダメ元である。
「何だ、悩み事か?」
「ああ、実は友達の事でな……」
自称、実力派プレイヤーは訪ねると、リクはシアンの今後の方針について悩んでいることを話し始めたのであった。