ソードアート・オンライン インテグラルファクターX ーアインクラッド・メモリーズー 作:No 77777
「ねえ、キリトさんを追いかけない?」
「……え?」
「だって、心配なんだよね?」
「そりゃ、そうだけど……」
確かに、キリトのことはどうも気になってしまう。だが彼は今、自分達よりも危険な場所へと進んでいるはず。未知なる敵もいる上に戦い慣れたモンスター達も複数で襲ってくるため、死の危険は増してくる。更に言えば、コハルが自分の気持ちを察しているがために無理をしているのではないかとリクは思っていた。
リクは上半身を起こし、コハルの目を見ながら真剣な表情で言った。
「分かってるのか? キリトは攻略を目指して動いている。あいつを追いかけるってことは、この近くよりも強いモンスターと戦うことになる。死のリスクは今よりも高くなるんだぞ?」
「うん、怖くないって言ったらウソになるけど、リクが一緒に戦ってくれるなら大丈夫だから。私もキリトさんのことが心配だし、放っておけない。それに、ここに閉じ込められてから今まで出会った人たちを手伝って思ったの。私ががんばることで、他の人たちに勇気や希望を与えられるんじゃないかって」
「コハル……」
パートナーの目は真剣だった。たとえリクに支えられているとしても、この一週間の行動と触れ合いが彼女を成長させたことをリクは感じ取った。
「分かった。なら善は急げだ。明日の朝に必要なものを揃えて街を出よう。それでいいな?」
「うん。みんなにも伝えないと」
リクとコハルは旅立ちを決心した。ならば街にいる仲間達には、しばしの別れを告げなければならない。
コン、コン。
ちょうどドアをノックする音が聞こえた。向こうから「二人とも、いるかな?」と少年の声が聞こえると、コハルは「うん、いるよ。入って」と答える。
ガチャっとドアノブが回る音がすると、ドアが開いてGVが入ってきた。
「GV、丁度良かった……って、どうかしたのか?」
大事なことを話そうとしていたリクだったが、デスゲーム化して最初にできたツンツンヘアの金髪三編みの友達は、やや困った表情をしていた。シアンの《細工》スキルの熟練度上げに何か問題が起きたのだろうか?
「ちょっと二人に相談があるんだけど、まず僕達の部屋に来てくれないかな?」
「あ、ああ」
「うん」
GVの頼みにリクとコハルはとりあえず返事をした。隣のGVとシアンの部屋へと向かい、中に入る。
「シアン、調子はどう……だ……」
「……ええっと、これって」
「夢中になってたら、こんなに作っちゃった」
リクとコハルの視界に入ったのは、机の上にある数多くの指輪だった。作るのに没頭し、できたものをストレージにしまうのを繰り返した挙げ句、全てオブジェクト化したら結構な数になってしまったということだろう。熟練度を上げるためとはいえ、シアンも困ってしまっている。
「ちなみに、今の《細工》スキルの熟練度は17だ」
「そうか、頑張ってるな」
GVが補足すると、リクはとりあえずシアンを褒めた。
生産スキルの熟練度は作成したアイテムのランクに応じて上昇する数値が違ってくる。シアンが作成した指輪は《メタルリング》で、使用した素材のレベルの低さと序盤の装備であることを考えれば最低レベルであることは間違いない。実際、初めて作った時は1しか上がらなかったのだ。
熟練度に関しては地道に上げるとして、問題は机の上にある指輪をどうするかだ。GV、リク、コハルも出来上がったものを装備しているが、それらを除いても十四個はある。
売ってコルにしようとは誰も言わなかった。三人とも、健気な女の子が懸命に作ってくれた指輪を金にしようという冷酷な人間ではないのだ。
「それなら、私たちのフレンドにあげるのはどうかな?」
「それがいいな。せっかくだし、みんなを転移門広場に集めて、その時に配るか。別れの挨拶も兼ねてな」
コハルの提案にリクは賛同した。
《メタルリング》はステータスを上げるアクセサリーである。被ダメージを僅かながら軽減するという効果だが、その微々たる差が命を左右するため、馬鹿にはできない。
「リク、別れの挨拶っていうのはいったい……」
「あ、悪い。さっき話そうと思ってたけど、実はな……」
肝心な事をまだ話してなかったリクは反省した。
二人はまずGVとシアンに、明日の朝『はじまりの街』を出ていく事を伝えた。キリトのことが心配だから追いかける事、この浮遊城で他の人たちのためにできることを探す事も含めて。
「……そっか。リクとコハルも、やりたいこと見つけたんだね」
そう言うシアンの表情は無理に笑顔を取り繕っているようで、不安な気持ちが滲み出ていた。二人が街を出れば死ぬかもしれない。そんな気持ちを察したのか、GVはシアンに歩み寄り、その肩に手を添える。
「大丈夫だよ。二人は強い。死んだりなんかしないよ」
「……うん、そうだよね」
失う恐怖が消えたわけではないが、GVの強くて優しい声にシアンは少し前向きになれた。大丈夫だと信じられた。
そんな二人を見て、リクとコハルは微笑みつつも思った。
自分達を思ってくれる人達のためにも、死ぬわけにはいかない、と。
2022年11月14日
朝、リクとコハルは朝食を済ませ、GV、シアンと共に必要なものを買い揃えた。
回復アイテムは当然だが、情報を書き込むためのメモ帳、装備は防御力を上げるために茶色いハーフコート二人分を購入し、コハルは武器を《スモール・ダガー》から《スマート・ダガー》に、リクは胸当てを鉄製に更新した。
リクの武器は買い換えず、武具店でメンテするだけで済ませた。それにはちゃんとした理由がある。
《はじまりの街》を出た後は、《ホルンカの村》を目指すことにしている。そこには序盤最強クラスの片手直剣武器である《アニール・ブレード》を入手するクエストがあるという情報を、リクはベータテスト時代に知ったのだ。
最も、知ったのは攻略が第四層まで進んだ辺りで遅かったのだが。
そのクエストをクリアするためにはかなり根気が必要らしく、そこでコルと経験値を稼いでおくのがリクの算段である。
そうして準備を終え、四人は街道を歩いて《転移門広場》へと向かっていた。目的地が見えると、リクは多くのプレイヤー達の中から見覚えのある顔を見つけた。初日に出会った、赤いバンダナを頭に巻いた野武士面の男である。近くには彼と年のさほど変わらない男達が集まっている。話していた仲間達だろう。
「クライン‼」
「おおっ、リク、コハル‼」
リクが手を振りながら名前を大声で呼ぶと、向こうも反応して手を振った。
昨日の夜、クラインは二人が旅立つ主旨のメッセージを受け取り、仲間達との自己紹介も兼ねて待ち合わせ場所にやって来たのだ。
「まだ別れてから一週間しか経ってねーってのに、懐かしい気分だぜ。お前ら、元気だったか?」
「ああ、何とかな」
「はい、クラインさんも元気で何よりです。その人たちが、前に話していた友達ですか?」
三人は再会を喜ぶ中、コハルはクラインに尋ねる。
「ああ、他のゲームでダチだった奴らだ。せっかくだしよぉ――」
「リク、コハル!」
クラインが仲間達を紹介しようとした矢先、少女の声が聞こえてきた。振り向くと、泣きぼくろの少女が少年四人と共にこちらに駆け寄ってきている。
「サチ、みんな、来てくれたんだ!」
「うん。二人が街を出ていくなら、見送らないとって思って」
これでメッセージを送ったプレイヤー達が、一人を除いて全員集まった。唯一来なかったZは、街を既に出たことを送り返したメッセージに書いていた。キリト同様、彼も本格的に攻略に乗り出したのだろう。
「よし、俺達がこうして会えたのもなにかの縁だ。自己紹介といくかぁ!」
クラインが言い出したのをきっかけに、集まっているプレイヤー達の間で簡易的な自己紹介をし、シアンは作成した《メタルリング》をみんなにプレゼントした。
三個余ってしまったが、リクとコハルは残りを誰に渡すかを既に決めている。自分達にとってのヒーローであるキリト、シアンのことでアドバイスをくれたZ、デスゲームが開始した初日に情報をくれたアルゴ。三人に再開した時には、この指輪を与えて恩を返すつもりだ。
「それじゃ、俺達はもう行くよ」
「みんな、見送りのために集まってくれて、本当にありがとう」
指輪がみんなに行き届いたことを確認したリクは出発の意を示し、コハルはみんなに感謝を伝えた。名残惜しいが、いつまでもここにいては決意が揺らいでしまいそうだ。
「そんじゃな。キリトによろしくな」
「二人とも、元気でね」
「また会えるって、信じてるから」
「リク、コハル、生き延びるんだ。絶対に」
クライン、サチ、シアン、GVがそれぞれ一言伝えると、リクとコハルは彼らの思いに応えるかのように頷いた。
「じゃあみんな、またな」
「またね」
お別れではなく再開を約束する言葉を告げて、リクとコハルは街の出口へと歩いて行く。門をくぐってフィールドへ出るとBGMが変わるが、今までとは違って寂しく感じた。もしかすると、キリトもそうだったのかもしれない。
しばらく歩いて、リクとコハルは来た道を振り返った。『はじまりの街』はだいぶ小さくなった。一週間留まっていた安全地帯からかなり離れただけあって、コハルはつい心細くなってしまう。だが、左手の中指に填めた指輪――シアンの作ってくれた《メタルリング》を見つめて気を引き締め、自分に言い聞かせた。
(だいじょうぶ。どんなに離れていたって、みんなと繋がってる。それに……)
コハルは、遠く離れた街を見つめるリクの横顔を見る。寂しそうな感じはするが、覚悟を決めた強い意思を感じる。
(リクと一緒なら、どこへだって行ける!)
「コハル、絶対に生き延びるぞ」
「うん!」
決意に満ちた声で言うリクに、コハルは笑顔で返した。
そして再び、次の街を目指して歩き始めたのであった。
後に二人は、アインクラッド攻略の中心人物となり、それぞれ緑の勇者、魔術師の通り名で浮遊城にその名を轟かせることになる。
* * *
現在、リクはドラッグストアの前に一人で立っている。コハルが急にトイレに行きたいと言い出したので、待っているのだ。
(アメ横も悪くはないけど、アインクラッドと比べたらなあ……)
リクは辺りを見渡しながら、申し訳無さそうに辛辣なことを思ってしまう。
二人は新しい街や村に着くと、必ずといっていいほど観光していた。街の景色を眺めたり名物料理を堪能したりと、数少ない楽しみを満喫していた。そんな浮遊城と比べると、現実はどこか物足りない気がするのだ。
SAOをクリアして現実に帰って来たとき、ずっと会えなかった家族と再開できたのは確かに嬉しかった。だが、仲間達と共に歩んだあの浮遊城へ二度と戻れないという喪失感も感じていた。いい思い出ばかりではないが、少なくともリク達にとって、アインクラッドは掛け替えのない人生の一部なのだ。
「リク、おまたせ」
「ああ、それじゃ行こうか」
丁度、コハルがドラッグストアの自動ドアを抜けて出てきたので、共にダイシー・カフェに向かって再び歩き出した。
(もうすぐ二時だからな。昼飯がこれ以上遅くなったら、晩飯に響きそうだ)
「ふふっ」
コハルは意味ありげに微笑んでいたが、時間を気にしていたリクが気づくことはなかった。